【復活求む!】惜しくも解散してしまったバンド|J-ROCK編 >>

陸用爆弾を装備したまま攻撃に向かわせたとして、敵の位置情報が間違っていたのに攻撃隊は目標に到達できるものか、甲板が頑丈な米空母に陸用爆弾が有効だった例はあるか教えてください。タイミング的に敵の攻撃隊がこちらの空母を撃沈するのは避けられないと思いますが、もし攻撃させていたらどう変わっていたでしょうか?

A 回答 (5件)

直ちに発艦させてれば20~30分の余裕が生まれる


護衛戦闘機に補給して発艦させる事が出来たと思う
10機ぐらいは中高度警戒に間にあったかも。

急降下の前に迎撃すれば爆弾の命中率は下がる
日本空母は被弾しないと考える。
で、攻撃隊は先行する偵察機により進路を変えて

敵艦隊に到達、大破させていたかも・・・
そして二次攻撃で魚雷で撃沈~
空母の防御力は弱いので陸用爆弾で充分

アメリカ空母は甲板を弱く設計してありましたからねー
戦闘時の時間については正確な記録は無いようです・・・
しかし陸用爆弾と攻撃機の燃料が空母から消える

爆撃されても誘爆は半分の規模・・・戦闘機の燃料は空。
急いで魚雷を収納すれば爆撃被害は激減。
爆弾で空母は沈まずに済んだ、と。
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熟練パイロットの攻撃隊が米空母部隊に向かう場合、運が良ければ敵空母のどれかを捕捉攻撃できる可能性があると思います。


陸上攻撃用の装備ですから米空母の撃沈は難しくとも、被害を与えて使用不能に陥らせる事が出来るかも知れません。
しかし、米機動部隊の艦載機が迫りつつある中、南雲部隊の空母が史実の被害を受けてしまえば、結果はあまり変わらないと思われます。
最初の被害で赤城・加賀・蒼龍の3空母が被弾炎上してしまいます。機関は被害を受けていませんが、火災の為、他艦による救援・曳航が出来ませんでした。
米軍側に制空権が渡っている状況下での曳航も困難です。被害が受けた空母が1~2隻ならもう少し有効な反撃が出来たかもしれませんが…。
唯一反撃した飛龍もヨークタウンに2度攻撃を加え大破させますが、その飛龍も薄暮攻撃の準備中に奇襲をうけ火災のため放棄せざるをえない状況になってしまいました。

ただ、被弾した空母の搭乗員は、搭乗員であるがゆえに非常時の配置がないため消火活動による負傷が少なく、
退艦命令が出た後、助けられた搭乗員も多かったといいます。
それゆえに、珊瑚海海戦で多くの搭乗員を失った5航戦が1航戦として素早く再建できたことにも繋がりました。
飛鷹と隼鷹は2航戦の生き残りが多く配属されたといいます。

翌日の戦闘では、三隈が最上を援護しつつ撤退を行っていますが制空権が失われたまま、援護していた三隈が撃沈されてしまいました。
この戦闘には色々と異説はあるようですが、制空権のない中、損傷艦の曳航や撤退は難しいのです。

なので、ミッドウェー海戦での日本海軍の損失は、3空母が被弾炎上した時点で、兵装転換せず陸用爆弾でそれなりの損害を与えても、それほど変わらなかったと思います。

しかし、もし仮に米空母の損害がヨークタウンの損失の他に、もう1隻が損害を受けた場合、少しですがガダルカナル攻撃を遅らせる事は出来たかもしれません。
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大日本帝国の暗号がアメリカ合衆国に解読されていました、


この事に大本営は最後まで気が付いていません。
どんな作戦を起こそうが、勝てませんですよね。
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質問の意味が不明


大勢は変わらない。
ここで時を稼ぐことが大きな損失・不利益を招くことになる。
戦争停止の判断もソ連の進駐を念頭にアタフタを決められました。
そもそもが負ける戦争ですから、早く負けた方が被害が少ない。
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>甲板が頑丈な米空母に陸用爆弾が有効だった例はあるか教えてください。


 →米空母の甲板は装甲化されていませんので陸用爆弾でも有効だったと思います。というか、逆に艦爆の250㎏通常爆弾だと炸薬量が少なすぎて、よほどいいところに当たるか、よほどたくさんの命中弾を与えないと大きな被害は与えられなかったんではないか思います。陸用爆弾でも木製甲板がめくれ上がれば航空機運用を阻害できた可能性は高く、ということは帰還してきた艦載機も着艦できずに失われることになり、特に艦載機へ効果は大きかった可能性ありでは。

>タイミング的に敵の攻撃隊がこちらの空母を撃沈するのは避けられない
 →この海戦での日本側空母の被弾は1000ポンド爆弾だけです。基本的に大型艦の撃沈には魚雷が有効とされており、爆弾だけでは厳しいというのが当時の考え方です。実際にこの海戦での沈没の原因の大半は機体搭載の燃料の誘爆による火災で、艦体そのものには大きなダメージを受けていません。
 攻撃隊をいちはやく発進させていれば艦内の機体は減少しますので、誘爆による火災はそれほど大きくなかった可能性があり、撃沈される可能性もかなり低くなったことが考えられます。

 もしいち早く攻撃隊を発進させていたとしたら、敵空母の航空機運用能力をある程度そぎ、こちら側の損害が減少していた可能性があると思います。
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Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Qもしも、真珠湾攻撃をしなかったら・・・

太平洋戦争の発端は真珠湾攻撃と聞いています。
それでは、日本が真珠湾攻撃をしなかったら、日本はどのようになったのでしようか。
何が理由で、大国と戦争をしたのですか。

Aベストアンサー

 大東亜戦争(国際法上に於ける正式名称・East Asia War)の発端は真珠湾攻撃ではありません。ワシントンDC及びロンドンで米英蘭に対して日本が宣戦布告したのが発端です。
 この宣戦布告に基づいて真珠湾・フィリピン・マレーシアに同時攻撃を行いました。続いてインドネシアへの攻撃が行われます。
 もし真珠湾攻撃をしなかったらですが、米国太平洋艦隊が無傷だっただけのことです。米国国民が対日戦に賛同するかは微妙です。フィリピンを巡る戦いのために米国国民が2年も3年も戦争を支持するとは思えません。

> 何が理由で、大国と戦争をしたのですか
中国との戦争を止めるためです。米英が国民党政府をバックアップしていたのが判っていましたのでその供給元を戦争に引きずり出して彼らのアジアに対する影響力を排除しない限り安定がないと思ったから戦争したのです。


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