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日本経済史 明治期について

政治史などでは清と書かれていることが多いのですが、
経済史では中国と書かれているのを見かけます(たとえば、「綿糸は主に中国、朝鮮へ輸出」など)。この例だと韓国も朝鮮と表されています。

この場合、経済史というジャンルであるからそのような表記なのでしょうか? それとも地理的な要因でしょうか? 地理的なものであるとしたら、いわゆる中国の経済を清とは別の概念上で議論しなければならなかった所以はなんでしょうか? 清ではないが中国として貿易をした場所があるのでしょうか? そうだとすればまず思い浮かぶのは中国分割ですが、それ以前から日本→中国朝鮮の輸出は行われているようですし…

細かな用語の使い分けには聡くないので、ぜひ教えてください。高校生にも分かるようにくだけた説明だとなおありがたいです。おねがいします。

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A 回答 (3件)

政治史的には時の王朝により政策が変わるので、王朝単位で話をしてます。


経済史的にですと、王朝が変わっても交易は続いてましたので中国大陸という意味合いで中国と交易という形で書いてます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます、分かってすっきりしました!

お礼日時:2016/01/23 19:24

長い目でみると、その時の国名の「清」とか「宋」と言うより、中国と一括表記すれば、過去から現在までの流れとして判りやすい。

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1949年10月1日に中華人民共和国が成立しました。


ですので、それ以前は清、それ以降は中国という事になるかと思います。
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