出産前後の痔にはご注意!

倫理学の勉強をしています。
レポートを書かないといけないのですが煮詰まっております。。
題名は『殺人はいけないとされるが、なぜ殺してはいけないとされているのか』です。
 
価値判断の基準というワードは入れるべきのようです。
ざっと功利主義、義務論、社会契約説、正義論、ヒュームの法則、ムーアの自然主義的誤びょう、メタ倫理、情動主義、生命倫理、環境倫理、動物倫理などの道徳的価値の特徴を学びました。

ですが、それぞれの定義を理解していくのがやっとで、なぜ殺人がいけないかと問われてもどう論じてよいかさっぱりわかりません。。
色々な価値判断の仕方があるのは何となく分かったのですが、それをどう生かし、組み込めば良いのか・・・いくら考えても出てきません(泣)
どのような組み立て方で論じれば良いのでしょう?論じる内容などで無くてもちろん結構です。 

何でも結構ですのでアドバイスをしていただけませんか。甘えているかもしれませんが、本当に切羽詰っております・・・。何卒、よろしくお願いいたします。

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A 回答 (4件)

> 何でも結構ですのでアドバイスをしていただけませんか


大学で倫理学に関するシラバスとか、講義の最初の頃の内容とかに、《規範を根拠づける》ということの説明はなかったでしょうか。 それを確認すると、指針が得られるかもしれません。
先生は違っても、倫理学を講義しているのであれば、似たような考えをもっているのではないかと思います。 次のサイトも参考になると思います。
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/clas …
> なぜ殺人がいけないかと問われてもどう論じてよいかさっぱりわかりません。
軌範を根拠づけるという練習を簡単なテーマでしてみるのも良いかもしれません。
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/clas …

面白い、参考になりそうだと感じたなら、適当に開いてみてください。
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/clas …
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この回答へのお礼

URLをご親切につけてくださり、ありがとうございます!

お礼日時:2016/02/14 13:42

一般論として「殺人はダメ」というのは、まあどんな価値観でも説明できます。


たとえば
・殺人OKなら自分が殺されるかも。それは嫌。
・多数派の意見が正しい、法律でそうなっている。
・刑法で罰せられるのが嫌。
・生まれた以上、人間には生きる権利がある。これは権利の中で最強なので他人の権利を侵害してはならない。
・神がそう言った。
・昔の偉い人(仏陀、孔子など)がそう言った。
・親にそう教わった。
などなど。


しかし、極限状況の場合は、価値観により意見がばらつきます。(ばらついていいのであり、相手意見に対し批判しないこと!)
多数派意見=法律 として、殺人okなのは、
・死刑などを司法としての執行
・正当防衛
・緊急避難
・戦争

そもそも殺人なのかどうかで意見が割れるのは
・中絶
・自殺


通常感覚では殺人NGなのに論理的には殺人OKになってしまうパターンもあります。

・親にそう教わった。  の場合、親が意見をひっくり返し、「Aさんは殺してよい」といったら殺せることに。
※これは論外としても、神は「殺せ」と言ったことがあります。(旧約聖書に出てきます)

・臓器くじ問題
 ※くじ引きで1人を殺し、その臓器を移植すれば大勢が助かる。で、殺していいか。
  前提として、くじは完全に公平、移植の成功率100%、代替手段は存在しないの3つが成立とする。
功利主義で考えた場合、殺人OKになってしまいます。

・トロッコ問題
 トロッコが暴走し、このままでは人の群れに突っ込む。あなたは分岐器の隣にいる。
 分岐器を切り替えれば、別の人(こちらのほうが少数)に突っ込む。
 あなたは分岐器を切り替えるかどうか。
多数派は、功利主義にしたがい、切り替えるのだけれど、問題をちょっといじって
 あなたは橋の上に他人と一緒にいる。
 他人(あるいは自分)を橋から落とせば暴走は止まり、大勢が助かる。
 橋から落とす(自ら落ちる)か?
今度は、行動しないほうが多数派となります。なお、超少数派として、自ら落ちるのもいます。
※原発暴走の時に原子炉至近で作業するのは自ら落ちるに該当。大勢というのが数千万になると、
 またまた意見が逆転する。

以上、○○主義という単独価値観だけでは説明できない事象があるから、いくつもの価値観が存在する余地があるということ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!

お礼日時:2016/02/14 13:40

我々が思考する時、頭の中では心と理性がごっちゃになって考えていますが、倫理や道徳というのは、理論なんかどうでも良くて、まずは心で考えるべきだと思います。



 それでは、私の心で考えてみます。
私は他人を殺したいのか? → NO殺したくない。特に自分が愛する家族や友達には死んで欲しくない。(YESとなった人はこの科目の受講そのものをキャンセルしましょう。) → でも、見知らぬ他人とトラブルになった時など、カッとなって一瞬殺したいと思った時はあるかも → そういえば、殺人事件のニュースは絶えないし、世の中には悪い奴もいるよな → もしも、自分がそういうことに遭遇したら当然自分の身を守るために相手を殺すかもしれないし、愛する人を守るために殺してしまうかもしれない。 → だから、法律には正当防衛というのがあるのか。でも自分の感情が暴走して殺してしまったら過剰防衛になるんだろうな。 → あれぇ?死刑は殺人じゃないのかな?死刑執行官は人殺しじゃないのか?命令した法務大臣も殺人者にならないのかな?でも、これはいいような気がするけど、人を殺してはいけないというのと矛盾するな。 → まてまて、戦争は殺人そのものじゃん。もしも、自分が戦場にいったら当然敵を殺すよな。そうしないと自分が殺されるし。 → そう考えると殺人というのはもっとあるような気がする。 → あっ!事故でも台湾地震でのマンション倒壊みたいに、どう考えてもこれは殺人だろ、というのがあるな。 → 企業での競争で倒産したりして自殺者が出たりしたら、これも広い意味で殺人にならないのかな? → まだある。安楽死。今は尊厳死だっけ。高齢化社会が進むとこれも問題になるな。

 まあ、他にもいろいろとあると思いますが、ここまで心で考えてわかったことを整理すると、
自分の心や体は生きるのが根本的な目的になっていて、それは、他人も同じことだから、だから殺してはいけない。でも社会の中では人を殺すようなことが起きてしまう。・・・・というのが根底にあるのだと思います。
 でも、こんなこと、さも学問風にあれこれ考えなくても心で考えれば簡単に出てくる答えだと思います。

 後は、心で考えた時に湧いてきた疑問に対して、学校で教わった理論の中であてはまる部分があれば適当に当てはめれば出来上がりです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!

お礼日時:2016/02/14 13:40

善悪の分別は無常であり、最悪の罪の1つである殺人さえ、


戦争では英雄となる。
物質の持つエントロピー増大(カオスに向かう)は淘汰と
して化学反応の進化を導き、生命を生んだ。
生命の目的は“生きる事”自体であり、それは意識体に
おいて意志の充足として、生きる目的を“人生を通算した
精神的充足量の最大化”にする。

そこにおいて、唯一の価値基準は「喜びか苦痛か」である。
ところが人類は、組織化・分業化する事により、個人の生が
社会的に拡張するにあたり、そうした社会生命性の自覚化に
よって自律的に社会行動をとれる(=生きること自体による
充足)認識の深まりを怠り、お金や出世といった“馬車馬の
目の前のニンジン”を発達させて、他律的に社会行動を強制
するようになったのだ(お金をもらうためにイヤイヤ働かさ
れる=苦痛から逃げる事による生)。
そうしたアメ(お金、出世)だけでは足りず、ムチも発達さ
せた、それが罪(法規、モラル)である。

つまり罪とは、低認識(バカ)な自己チュー人間をして社会
性のタガをはめるための方便であり、本来、社会は分業化=
助け合いのために集まったものであり、社会生命的自覚=愛
による自律的社会行動において、罪自体が必要悪である。
つまり、唯一の真の罪があるとしたら、こうした自己存在の
本質に目をそらし、目先の安楽に流されて自分を見失う事だ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!

お礼日時:2016/02/14 13:39

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