国語の長文を解くときに、ぼんやりと答えになりそうなことは思い浮かぶのですが、「抜き出せ」や「本文に則して」などという問題がほとんどで、それを文章の中から探せません。
解答をみても、なんとなく思ってたこととはあってるけど、そんな言葉や表現どこにあったんだろう...とそれを探すのにも時間がかかってしまいます。
また、この段落が答えだとわかっても、字数以内にまとめるのも苦手です。

今使ってる問題集が借り物で、線を引いたり、大事そうなところをマークしたりできないのも多少はありますが...

改善できる方法や、コツはありますか?

A 回答 (2件)

中途半端に問題集なんてやっているからダメなのです。

正しい読み方を指南してくれる「参考書」を買うことです。「なんとなくわかる」というのは「まったくわかっていない」のと同義。都合よく言い換えているだけです。
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とりあえず問題をコピーをとって使ったらどうでしょうか。


毎回コンビニで10円コピーとるより
下手したらコピー機能のあるプリンターの下位機種のほうが
いつでも使えるし安上がりになるかもしれませんね
印刷の質は問えませんが…。問題文ぐらいなら大丈夫です。

ここだと思うところに線を引くのが大事だと思います。
そして結論に波線を引いて○か×か。

接続詞を四角で囲み、逆接か順接か。
基本いい変え、言い変え、してあるので
たどっていけば求められる字数に近い記述が見つかります。

抜き出しならきっかりと。
字数制限があるなら8割ぐらいの字数になるはずです。

本番の問題用紙には書きこみできるのですし
コピーして存分に書きこんで解くほうがよくないでしょうか。

大抵の人はぼんやりとは分かると思います
厳密な回答が難しいです。
マーク式だとあやふやなところが一つでもあると間違うように作ってあります。
選択肢も、回答解説にあるように
選択肢の文を細かく分析し、結論的なところには波線を引いて○、×
(一致、不一致)を横につけておくといいです。

まとめるときは、まとめる文章をしっかりかこったうえで
省略できるところを削っていくといいと思います。
結構真剣に細かく検証しないで「なんとなく」でやる人が多いと思います。
普段この情報はいるのか、いらないのか、と常に細かく検証してみると
だんだんスピードもアップすると思います。

国語は感覚やセンスと思っている人もいますが
地道な作業、という感じです
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Qそう!それ、それ!

自分が言いたいことを的確に当てて貰えたときに使う言葉を教えてください。

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない」
僕:「そう!、それそれ!」←こういうときに使う言葉です。

一応これまでに得られた回答を挙げておきます。
これがいいんじゃない?と思ったのも教えてください。

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「風見鶏」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「空気を読む」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「チャンスは前髪をつかめ」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「剣術は太刀風三寸にして身を躱す」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「君子豹変」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「言い得て妙」

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「我が意を得たり」

自分が言いたいことを的確に当てて貰えたときに使う言葉を教えてください。

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない」
僕:「そう!、それそれ!」←こういうときに使う言葉です。

一応これまでに得られた回答を挙げておきます。
これがいいんじゃない?と思ったのも教えてください。

僕:「アレなんだっけ?昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること」
友達:「温故知新じゃない?」
僕:「風見鶏」

僕:「アレなんだ...続きを読む

Aベストアンサー

 「我意を得たり。」と回答した者です。
質問のような場面で「我意を得たり。」を使うのは、大仰に過ぎましょう。
言い回しを教えてもらったくらいなら、「あ~それそれ。」で十分です。

<我が意(わがい)を得たり>自分の考えと一致する。自分の思うとおりになる

Q伊........人偏が無い,読み教えて下さい。.............ヽ(゜∀゜)ノ

伊........人偏が無い,読み,教えて下さい...............(´Д`)

文字入力しようとしたら漢字が入力出来ず困っています 。.............(*`д´)b

Aベストアンサー

手元の Vista の IME では「いん」で変換するとそのうち単漢字変換になって, さらにしばらく変換し続けると出ますねぇ.

Q「多少なりとも」「多少たりとも」

本当はどちらが正しいのでしょうか?検索サイトでどちらのキーワードで検索しても、両方ともたくさんヒットしましたが。。

それと、この言葉の意味を教えていただきたいです。私は「少しでも」「少しは」といった意味だと解釈しているのですが…。

Aベストアンサー

少しであっても、でしょうね。

多少なりとも・・欲しい
多少たりとも・・あげるわけには行かない

のちがいでしょう。

Q志望動機の添削を...........

「私は将来体育教員を目指しています。私の目指す教師像は何かに夢中になることは楽しいことだということを体育を通して教えていくことです。日本体育大学は技術面はもちろんのこと精神面の授業も充実しており、私の目指す教師像に一番近付けると思い志望しました。」
この文についてのアドバイスをお願いします。
出来れば短くしたいのですが

Aベストアンサー

文章添削については素人ですが、気づいた点を少し。あなたの文章でもなかなか良いと思いますので、出来るだけ崩さないように考えてみました。

>私は将来体育教員を目指しています。

正確には「教員になること」を目指しているのだと思います。「私は将来体育教員になることを目指しています。」


>私の目指す教師像は~

「目指す」が前の文章とダブるので、他の言い回しに変えたいですね。それに、主語が「教師像は」に対して述語が「こと」というのはおかしいです。この文は、例えば「夢中になることの喜びを体育の授業を通して生徒に伝えることが私の理想です」のような感じに直してはいかがでしょうか? 「私は」を繰り返すのも無駄なので、適宜省くと良いでしょう。

>日本体育大学は技術面はもちろんのこと精神面の授業も充実しており、

授業というよりは教育というべきかと思います。

>私の目指す教師像に一番近付けると思い志望しました。

意味は分かりますが、「理想の教師像に近づくために日本体育大学が最適と思い、志望しました」とかはどうでしょうか?

今回は口頭で述べることを前提にして文章を考えてみました。書類に記入するとなると、さらに添削が必要になります。

ところで、出来れば短くしたいとのことなので、なるべく短くなるようにしましたが、はっきり言ってこれでは志望動機としては具体性に欠けています。面接などで質問されたときの回答として用意しておくのならば、もっと具体的な回答を用意しておいたほうが良いと思います。「生徒にどのようにして夢中になる楽しさを教えたいのか?」「日本体育大学の授業のどの点が精神面の教育として優れていると思うのか?」など。面接であれば、逆に面接官から質問されるかもしれませんよ。

ま、一番大切なのはあなたが自分の言葉で語ることです。自信を持って、がんばってください。

文章添削については素人ですが、気づいた点を少し。あなたの文章でもなかなか良いと思いますので、出来るだけ崩さないように考えてみました。

>私は将来体育教員を目指しています。

正確には「教員になること」を目指しているのだと思います。「私は将来体育教員になることを目指しています。」


>私の目指す教師像は~

「目指す」が前の文章とダブるので、他の言い回しに変えたいですね。それに、主語が「教師像は」に対して述語が「こと」というのはおかしいです。この文は、例えば「夢中になる...続きを読む

Q私も弟もグレこそしなかったが、節目節目には多かれ少なかれ人並みに...の意味を教えてお願いします。

私も弟もグレこそしなかったが、節目節目には多かれ少なかれ人並みに反抗期というものを迎えた。こんな時母親は、「あ、女親じゃ、やっぱりダメ。こういう時は男親にカツンと一発やってももらわないと」といつも情けなさそうに言っていた。

上の文は読んだ文章から引用しました。わからないところはグレこそ、節目節目に、女親じゃ、ツンと一発やっても。意味を教えてお願いします。

Aベストアンサー

お断りしておきますが、こうした日常会話で使われる言葉や言い回しは、その状況によって言葉で示そうとしている意味が違います。 同じ言い回しや言葉であっても、使われる状況によって意味が違うので、文全体から、言いたいことを読み取るのが適当です。

> 私も弟もグレこそしなかったが、節目節目には多かれ少なかれ人並みに反抗期というものを迎えた。こんな時母親は、「あ、女親じゃ、やっぱりダメ。こういう時は男親にカツンと一発やってももらわないと」といつも情けなさそうに言っていた。
>> 私も弟も不良少年と呼ばれてしまうほどのことはしなかったが、学年が高学年になるとか、クラス替えがあったときとか、小学校を卒業して中学に入るとか、夏休みの生活について色々言われたときとか、友人との付き合いに関して注意されたときとか、自分が意見を言ったときに反抗的的だとか、権威者の意見だからや世の中ってそういうものなんだと言われてしまったときなどには、その場の状況や人間関係の状況も分からない親や教師諫められたときなどには、程度は強かったり、ちょっとだったりいろいろだったけれども、ごく普通に世間で見られるような反抗的気分になってふて腐ったり、わざと強硬にでたり、無視したり、サボったりをした時期があった。そうした折には、私たちの母は「あ、女親じゃ、やっぱりダメ。こういう時は男親にカツンと一発やってももらわないと(あぁ、もうだめ、もういや、ちゃんとしなさいヨ。母親だから優しく扱ってくれると希望的な期待でそんな態度をとっているんでしょう。私も女や母親はいつも子に優しく抱擁的で寛容な姿勢で対応しないといけないんだと思っていたし、今もそう思ってるけど、こんなわからんちんで反抗的な男の子には、性別役割で権威主義的・高圧的・専制的・暴力的な対応を基本にする父親に、こどもからの言い返しや理屈を許さずに、威喝かあるいは直接的腕力で服従させるような行動をとってもらうことが必要だと思っていることを口に出して)」、わざわざ悲しそうな情けなさうな表情と口振りで述べていた。

上記の場合の「グレこそ」=ぐれること(強調)は………(しなかった)に繋がる=グレ(ぐれ)には明確な限定的な意味はない。不良少年のようになってしまうという漠然とした傾向だが、そうしたことに決定的にはならないという意味
上記の場合の「節目節目」=成長発達の過程で何かの区切りになるようなステージ。この文章の場合は、出産、成人、就職、結婚、離婚のような節目ではなくて、(年齢から推定すれば)せいぜい小学校⇒中学、中学⇒高校という節目や、夏期休暇の時期などでしょう。七五三や正月、誕生日、転居などの節目ではないでしょう。
上記の場合の「女親」=親子関係での親の生別役割分業の女親・母親。この文章の場合は、子を守る親、子がどのような状況になろうと最終的には庇護者になるというスタンスを自分の立ち位置と考えている親という意味です。「母親じゃ」は「そうした役割をもつ女親のスタンスでは(なくて)」の意味です。
上記の場合の「ツンと一発やっても」=(カツン)と一発(を子供に)食らわせても。(かつん)や(がつん)は擬音語で、がつんと一発、かつんと一発のような擬態語の慣用表現です。ゴリゴリ、ゆさゆさ、がみがみ、ねちねち、ガンガンなどと同様です。一発という一瞬的なイメージとは限らなくて、「四の五の言い分けや反論を許さない強硬な態度で」という意味です。

お断りしておきますが、こうした日常会話で使われる言葉や言い回しは、その状況によって言葉で示そうとしている意味が違います。 同じ言い回しや言葉であっても、使われる状況によって意味が違うので、文全体から、言いたいことを読み取るのが適当です。

> 私も弟もグレこそしなかったが、節目節目には多かれ少なかれ人並みに反抗期というものを迎えた。こんな時母親は、「あ、女親じゃ、やっぱりダメ。こういう時は男親にカツンと一発やってももらわないと」といつも情けなさそうに言っていた。
>> 私も弟も...続きを読む


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