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大学の論理学の講義で下記の内容のレポートが出されて困っています助けてください。
次の論証に対して反論を挙げよ(できるだけ多く)
8月1日に期限切れとなる3300個の冷凍された胚をどうすればよいのだろうか?
法律によれば、体外受精治療を受けている夫婦のために作られたこれらのスペアの胚は、夫婦が
さらに5年間保存延長することを望まない限り、5年で廃棄されるべきである。中絶合法化に
反対の下院議員であるデイヴィット・オルトンは、大方の予想に違わず、これとは異なる見解
をもっている。彼はこれらのスペアの胚を養子縁組のために保存したいと考えているのである。
理想的には各々の夫婦がいま、彼らの胚の将来を決めるべきだろう。しかし、900組の
夫婦は追跡が不可能なのだ。そのような場合には、とるべき手続きは明らかである。すな
わち、当初の予定通り、胚は廃棄されるべきなのだ。
中絶反対の政治家たちは現行の規則が不道徳だと考えている。だが、いま規則を変える
のはさらにずっと倫理にもとることだろう。デイヴィッド・オルトンの忠告を採用したと
想像してみよう。すると、夫婦は、自分たちに望みに反して、誰か他の人が自分たちの子
供の兄弟姉妹を産み育てる、という状況に出会うのである。それは彼らが最初に不妊治療
について同意した時に告げられたことではない。また、それはいま彼らに対して強制的に
同意を求めることができるようなことがらでもない。

よろしくお願い致します。

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A 回答 (1件)

えーと、大学の先生は学生に出した課題について、インターネットに乗っている同じテーマの論文や、こうした質問サイトには隅々まで目を通しています。


ネット上の論文や質問サイトの回答などを参考にすると、必ずバレます。100%バレます。
この質問も、冒頭の一文をGoogle検索すると既に検索結果に出てきています。
単位がもらえなくなる危険がありますので、自分の考え方で、自分の言葉を使ってレポートを書いてください。

ここでできる助言をひとつだけ。
「論証に対して反論しろ」という課題ですが、反論するべき「論証」の部分は、
1.理想的には各々の夫婦がいま、彼らの胚の将来を決めるべきだろう。
2.当初の予定通り、胚は廃棄されるべきなのだ。
3.いま規則を変えるのはさらにずっと倫理にもとることだろう。
の三点になります。
残りは、この三つの論題の論拠になります。
反論の仕方は、この三つの論題に反する論題と、その論題を支える論拠を示す、という形でおこないます。

頑張ってください。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

そうですよね
私自身の言葉でしっかり作成したいと思います。
ご助言、アドバイスありがとうございます。

お礼日時:2016/02/26 22:50

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Q論理学とは?論理とは?

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学において正しいということですよね。論理学は論理的に話をする前に「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか?論理とは何なのでしょうか。
直感的に正しいものが論理なのですか?論理は受け入れるしかないのでしょうか?
論理的である事に基礎をおいた学問はみんな直感的にしか正しさは示されていないのでしょうか?
数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?もしあるのなら知りたいです。
三段論法とかは証明できるのでしょうか。
自分で証明しようとしても当たり前すぎて出来ません。

3。教えてgooの物理の板で質問して仕入れた知識なのですが、現代物理学の最先端では同一の仮定から同一の結論が導き出せない事も有るかも知れないそうです。(具体的には全く同じ初期条件で宇宙を仮定しても時間と共に違う結果になる?そうなのです)そういう最新の科学の進歩によって古典的な論理学が退却を余儀無くされているのはホントですか?

本屋さんの論理学のコーナーの本は多くが、推論のトレーニングみたいな事をやっていて、このもやもやした気分には全然答えてくれません!

参考文献も挙げて頂ければと思います。
宜しくお願いします。

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学にお...続きを読む

Aベストアンサー

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでしょう。

古典中の古典とは言え100年前の本です。
また、フッサール自身「形式的論理学と超越論的論理学」というより研究が進んだ本を後年著しています。
こちらは未読ですし、その他に分析哲学の立場からも無視できない議論があります。
その辺りについては私は詳しくは知りませんのであしからずご了承ください。


さて、論理学の目標となると、これは理論学ということになります。
そもそも、学問は、数学にせよ物理学にせよ、または医学にせよ、
それぞれ固有の研究領域がありますが、単に個々の諸事実を集めただけでは
学問とは言うことはできません。学問へと昇華されるには、体系的統一が必要です。
その統一はいかに与えられるか。「すべてのAはBであり、XはAである、故にXはBである」
というような推論形式に従い、与えられた認識から基礎付けをしつつ新しい認識に従うとき、
初めて体系的統一が生まれ、学問が可能になります。
このとき、個々の学問の内容に関わるのではなく、内容抜きの純粋形式を問題にする
理論的学問が成立し、これが論理学であるわけです。
論理学の課題は学問一般が可能であるための条件を提供することにある、と言えましょう。
ですから、論理学は応用されれば学問論としても成立します。
(西洋哲学で「論理学」と言うと、狭義の論理学だけでなく学問論や認識論まで
意味が広がることが少なくありません。学問的伝統と言ったところでしょうか)

この理論学から出発して、規範学の基礎として論理学は使われます。
規範学とはなにか。例えば「AはBであるべし」という主張は、
「BであるAのみが善きAである」という形式に転換できます。
このときこの推論には価値評価が伴っています。
「善い技術」と言う規範的命題を言明するときに、
私たちは「善い」技術についてなんらかの概念を持っていなければなりません。
「BであるAのみがCという諸性質を有する」という理論命題に、
「Cの肯定的価値評価」が生じれば、それは「AはBであるべし」という規範命題の形を取ります。
規範学にはなんらかの理論的諸真理が必要であり、
よって、規範学の土台には理論学が存在しなければなりません。
理論学としての純粋論理学が、諸学問に土台を提供する、ということになります。

数学で言う定義や公理を論理学に求めるとすれば、
同一律「AならばA」、矛盾律「Aかつ非Aではない(Aまたは非Aのどちらかである)」、
排中律「Aまたは非A」等を挙げることになるのでしょうか。
これら論理学の定理は、それ以上さかのぼることができません。
「前提として不可欠であり、しかも循環無しに互いに還元できない公理」まで
さかのぼり、そこから三段論法等の諸定理を整備するのが純粋論理学の課題でもあります。

これで3以外の問いにはひとまず答えられたでしょうか。
3に関しては私はまったくの無知なので今回の返答は控えさせていただきます。


Q. 論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?
A. 目標は、それ自身では真でも偽でもない理論的真理を整備し(純粋論理学)、
他の諸学問が正当であるための基礎付けを与えるなどすること(規範的論理学-純粋論理学の応用)です。
そのための手段が、諸定理や公理系です。

Q. 数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?
A. 主だった定理には上述の同一律等があり、これらは公理系から導出されます。
これは適当な論理学の入門書に当たってみればよいと思われます。

Q. 「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか? 論理とは何なのでしょうか。
A. 「AならばA」はそれ以上遡行が不可能なことが明証的に把握されえます。
そこから出発し、循環無しにはそれ以上さかのぼることが不可能で、
そこから外れるとあらゆる証明が意味を失うような、
すべての理論に統一を与える純粋法則、それが論理とでも言えましょうか。



以下補足。
「~学が他の学問に基礎を与える!」というようなこういう立場は
いわゆる「基礎付け主義」と言って、実はそれほど評判がよくありません。
(ではなぜ紹介したのか、と言われると、基礎付け主義の絶対確実な知識は存在する、
という立場に、反論があるのも承知で個人的に共感があるからです。
個人的好みをこういった議論に介入させてまことに申し訳ありません)
こういった基礎付け主義に対する分析哲学の立場からの議論を含み、かつ比較的易しい本として
戸田山和久著 「知識の哲学」 産業図書
がお勧めできます。
フッサールの論理学研究は相当難易度が高いので、まずはこちらを当たってみるのもよいでしょう。
いずれにせよ、論理学の立場についてはいまだにこれぞという結論は出ておらず、
もっとも優秀な哲学者たちが日夜頭をひねっている、というのが現状です。

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでし...続きを読む


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