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最近のイスラム原理主義のテロの背景には宗教対立があるような気がしてなりません。以下質問です。
1.キリスト教もイスラム教を同じ神(エホバ)を信仰しているのだから兄弟宗教では?
2.旧約聖書ではエホバ以外にエジプトの神とかがいると(映画十戒で観ただけですが)されています。従ってエホバは唯一の神では無いのでは?
3.キリスト教ではゴッド、イスラム教ではアラーと名前が異なるのは何故ですか?
4.上記質問をキリスト教徒、イスラム教徒は不快に感じますか?(感じるなら理由は?)

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A 回答 (7件)

個別の回答の前に、前提と歴史を少し、



元々これらの宗教はすべてユダヤ教に源があります。ユダヤ教を信奉したのはユダヤ民族で選民思想ですから、ユダヤ人=ユダヤ教です。この民族の歴史は古く紀元前17世紀ぐらいにはエジプトで奴隷として集団生活をしていたと史実が残っています。
 彼らが一神教のなるのは紀元前1280年頃、モーセに率いられてエジプトを出発し神との約束の地を求めて今のイスラエルに移住した時です。このときにモーセは神から十戒を授かり「唯一ヤハウェのみを信仰する」と契約してユダヤ民族が誕生しました。
 このときの約束の地が今のイスラエルでユダヤ人の王国が作られたのです。

そして紀元前963年にソロモン王が誕生し、今のエルサレムに宮殿を作りました。これが今もユダヤ人に聖地として崇めらえているのです。
ソロモン王の死後は、10の支族に分裂し散りじりになったといわれています。その後はギリシャの支配をうけたり、ローマの支配を受けたりしました。

キリストはユダヤ人の子として産まれます。そして磔にされて死に、復活を遂げることで「救世主」となりました。キリスト教の誕生です。

次のターニングポイントは、紀元1世紀に行われたヤムニア会議で、ここでキリスト教とユダヤ教が経典の扱いを巡って分裂をします。それまでは同じ旧約聖書を使う同じ宗派だったのです。

そして、キリスト教は2世紀いっぱいかけて新約聖書を編み出し、ローマが390年にキリスト教を国教化すると、一気に広まっていきます。しかし、この時期までに編み出された様々な聖書によって、コプト教やのちにギリシャ(ロシア)正教などになるキリスト教の宗派も生まれました。

イスラム教は西暦610年頃にメッカでムハンマドが「神の啓示を受けた」と新しい宗教を語り始めたのが最初です。イスラム教の聖典であるコーランは650年ごろまでに成立したと言われています。また、ムハンマドは死ぬ前に大勢力を誇るようになっており、2代目3代目に引き継がれますが、4代目のころに跡目争いがあり、現在のスンニ派とシーア派に分裂してきます。

イスラム教もユダヤ教の旧約聖書を「最初の経典」としており、そこからの引用やコピーが多数あります。またモーゼは最初に神の啓示を受けた偉大な預言者であり、キリストも預言者としており、旧約聖書も新約聖書も聖典として認めているのですが、今のイスラム教の考え方では「現代に残っているのは悪質なコピー」であって聖典としては認められない、ということのようです。

とざっくりと流れを追ったところで
1.キリスト教もイスラム教を同じ神(エホバ)を信仰しているのだから兄弟宗教では?
はい、兄弟宗教です。でも兄弟だから仲がいいわけではありませんし、同じキリスト教・イスラム教の中にも対立があります。

2.旧約聖書ではエホバ以外にエジプトの神とかがいると(映画十戒で観ただけですが)されています。従ってエホバは唯一の神では無いのでは?
 元々、ユダヤ民族以外はすべての民族が多神教で、それぞれの民族に神がおり、となりの民族は神々の中のこれで、じぶんところはこっち、みたいな感じでした。日本の八百万の神が氏神としてこの村はお稲荷さん、あの村は八幡様というような感じだったのですが、エホバは「俺だけを信じたら、お前らに土地をくれてやる」と十戒をさずけ、モーゼとその民はそれを受け入れたので「唯一神」となったのです。

3.キリスト教ではゴッド、イスラム教ではアラーと名前が異なるのは何故ですか?
元々はヘブライ語でヤハウェのような発音でしたが、文字を転写したり発音が訛ったりしているうちに、分岐していきました。ちなみにフランス語で神はDieu、ドイツ語だとGottです。イエス・キリストと日本で呼ぶのもポルトガル語の発音がもとであり、英語ならジーザス・クライストなのはご存知だと思います。その民族の言葉によって変化していったのです。

4.上記質問をキリスト教徒、イスラム教徒は不快に感じますか?(感じるなら理由は?)
感じる人も居ます。自分の神はキリストのみ(正確にはキリストは救世主であって神ではない)、またはアラーだけで他の神の話は聞くこと自体「自分の信仰が試されている」と思う人もいるからです。
 他の神の話を「聞く」ということは「興味がある」ということで、「興味を持つ」ことがすでに「他の神・信仰に誘惑されている」と考えるからです。

でと、現在のテロはもちろん宗教対立が発端となっています。
しかし、難しいのそれだけではない、ということです。

そもそもテロということなら、キリスト教内でもあったのです。たとえばイギリスの一部である「北アイルランド」、北とつくように本来はアイルランドで1国なのですが、一部をイギリスが占領している形になっています。そしてアイルランド人はキリスト教の中でもカソリックであり、イギリスはプロテスタントの一形態であるイギリス国教会ですので、アイルランド人は北アイルランドをなんとしても取り戻したい、として1970年代までは過激なテロを繰り返していたのです。

またイスラムの方も問題があります。先に書いたようにイスラムにはスンニ派とシーア派があるのですが、これが対立を生んでいます。たとえばisisはスンニ派で、イラクなどの政府はシーア派が有力な状態なため、イラクなどに住むスンニ派がISISを支持してISISの占領地の維持に一役かっていたりします。

日本からは単なるキリスト教徒イスラム教の兄弟げんかのように見えますが、実際には各宗派の中にも対立があって、一筋縄ではいかないのです。

それもこれも「俺の言っていることだけ信じろ」といったヤハウェが発端で、それを時代時代の人間がつごうよく解釈してきたのが一番の問題だといえます。

カソリックはローマ教会を設立したニカイア公会議において、現在死海文書として知られている聖書経典を含めたいくつかの文章を廃棄しています。ですので、死海で見つかった文書は原初的なキリスト教を調べるのに適しており、中にはローマ法王の権限を失墜させる内容もあるのではないか、とも言われていました。

質問者様のご質問1から4は、テロや宗教対立を読み解くには重要な視点ではありますが、実際には「その時々の為政者の運用や勝手な改変、取捨選択の結果」であるともいえます。結局「神」の問題ではなく、人間たちの問題なのです。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。
とても長い歴史があって現在があるのですね。感動しました。

お礼日時:2016/03/03 07:05

疎外論で、疎外された神が消失した場合、人間はどうなるのか


ということではないか、と。

疎外された神は自己であるから自己を取り戻す
ということになるわけだが、

そうでなければ現実の人間は惨めで悲惨なままであるから。
もっともだからこそ神は超越した存在になっていくのだけれど。

そしてそのような神がもたらしたものをどう評価するか
ということでもある。

しかし本当に必要だったのは現実の人間が戦争に勝利し、強くなることだったとか

とはいえもはや戦う敵もいなくなった場合とか。

自分を攻撃してくる人間たちがどのような人間たちだったか観察したら
実は自分よりも弱くて馬鹿で、貧しい人間たちだったとか。

宗教批判というのは実はするべきではないのかもしれない。
それを必要とした人間たちがどのような人間たちであるか。
そして現実の問題は解決したのだろうか?
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:06

1.キリスト教もイスラム教を同じ神(エホバ)


を信仰しているのだから兄弟宗教では?
    ↑
ハイ、一般にはそう言われています。
ユダヤ教がユダヤの為だけの宗教でしたが
それを全人類まで広げたのがキリスト教で
そこから更にイスラムに分かれた
ということになっています。


2.旧約聖書ではエホバ以外にエジプトの神とかがいると
 (映画十戒で観ただけですが)されています。
 従ってエホバは唯一の神では無いのでは?
      ↑
一神教の前は多神教の時代があったのです。
そらが徐々に淘汰されて一神教になりました。
エジプトの神々などはその過度期の存在に
なります。
尚、多神教の神々の多くは、その後悪魔と呼ばれる
ようになります。


3.キリスト教ではゴッド、イスラム教では
アラーと名前が異なるのは何故ですか?
    ↑
アラーはアラビア語で神の意味です。
言語の違いだと思われます。


4.上記質問をキリスト教徒、イスラム教徒は不快に感じますか?
(感じるなら理由は?)
   ↑
キリスト教徒でもイスラム教徒でも無いので
何ともです。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:06

(あ) まづ 個人の心の内にある信仰とそして一般に集団にとってのオシへと


しての宗教とは 別です。

(い) ムスリムの人が自分たちの祖先であり信仰の鏡とするアブラハムにとっ
て 神は まだオシへはなく おのれの内なる信仰の神でした。

(う) 歳を取ってからさづかった長子のイサクを神にイケニへとしてささげる
というとき 迷いに迷い考えに考え頭ももうろうとして来た中でかれアブラハム
は 《ひとは自分をも他人をもころすものではない》とさとりました。そういう
信仰でした。

(え) モーセはこれを――人びとの集団にとって秩序が必要だと考え――《な
んぢ ころすなかれ》というオシへとしました。つまりモーセ個人はアブラハム
と同じ信仰を持ちましたが 社会にとっては倫理規範となる宗教をかたちづくり
ました。

(お) モーセがそのアブラハムから伝えられた神には名はないかと考えたとき
《われあり(エフイェフ)》であるとヒラメキました。これは またの名として
《かれ〔われをして〕あらしめる(ヤフヱフ)》とも捉えられました。

(お-1) このとき 唯一神も誕生しました。ほかに神ないし神々がいること
は承知の上で 自分たちの民族にとっては このヤフヱフないしヤハヱーなる神
を唯一とするというかたちです。

(か) もともとユダヤやあるいはアラブにとって 神は《エル( 'El )》と言
いました。そこからへブル語では 《エローホ( 'eLoH )》とも言いアラブ語
では 《イラーハ( 'iLaH )》と発音する語をも持ちました。どちらかが訛って
います。

(き) 定冠詞は ハル( HaL )でしたが へブルでは ハーと成り アラブ
では アル ( 'aL )です。

(く) つまり ユダヤ人にとって神を《 the God 》というときには ハー・
エローホ または普通は複数形で ハー・エローヒーム( Ha 'eLoHim )と言
います。アラブにとっては アル・イラーハ( 'aL 'iLaH )です。これは ふつ
う アリラーハ⇒アッラーハ( 'aLLaH )と発音されます。

(け) イエスなる男は 自分が神の子でありみづからも神であると名乗りそ
の後十字架上に去ったあとは キリストとも呼ばれるようになりましたが 要
はそのことによって ユダヤの・自分たちの民族だけの神を外に開きました。

(こ) このイエス・キリストは それまでに人びとが犯した罪はすべてゆる
され 人びとはもう神を知れと言っておしえることもしなくなるという旧約の
エレミヤ書(31:31以降)の《あたらしい契約》を成就しました(新約のへブ
ル書8章)。

(さ) モーセの宗教を アブラハムの信仰なるかたちに戻し ヤハヱ―なる
神を民族の外にも開いて 普遍神として指し示したわけです。神にとって名は
関係ないと。

(し) アラブのムハンマドなる男は イエス・キリストも単なるひとりの預
言者であると見て 神――アッラーフ――は 自分(=ムハンマド)の口から
直截にその言葉を表わすのだということを そのまま実践(実現?)しました。

(す) ところが そこには一般に《偶像〔崇拝〕の禁止》もうたわれている
ところ 考えてみれば いかにアラビア語と言っても それは人間の言葉であ
ある。わけです。つまり この世界における経験的で移ろいゆくものごととし
ての一つの言語であるに過ぎません。

(せ) その言語で表わされた言葉がそのまま神の語ったものであると言うに
は 無理がある。つまり クルアーンなる《神の言葉》というのは偶像崇拝に
なるのではないか? という疑問が起きます。自己矛盾ではないかと考えられ
るわけです。

(そ) クリスチアニズムつまりいわゆるキリスト教という宗教は これも自
己矛盾でしょうね。

(た) 新約聖書にもとづくかぎり ただちにアウトですし その内容として
の《あたらしい契約》つまりエレミヤの預言について――もしイエス・キリス
トが関係ないとすれば―― いつ誰が出て来て成就することになるのかと ユ
ダヤ人には問わねばならない。

(ち) つまりイスラエルは いづれその民族の神を揚棄しなければならない。
それは イエスの同じようにヤハヱ―を普遍神へと揚げてふるい唯一神体系を
棄てることである。

おおざっぱの内容ですが ひととおりのお答えになりましたでしょうか。
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この回答へのお礼


回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:07

質問が多いので内容を絞って書きます



1同じ神と思ってる人は一神教の違いを理解してません。
 ユダヤ教→キリスト教→イスラム教は一神教です。
 ユダヤ教とイスラム教は似た性質を持ちます
 神→預言者→厳しい戒律(集団をひとつにまとめる)
 キリスト教はイエスが救い主(神と同等)なので異質です。
 キリスト教はほんとに一神教なのかという問いまであるのです。
 キリスト教は終末の時代に生まれた突然変異なのです。
 教義上は唯一神で同じように思えるけれど、その神の性質は
 同じ神とは到底思えないほどそれぞれで違っているのです。

日本人はユダヤ教とイスラム教の知識がほとんどないので
一神教の神の概念がキリスト教的になってます。
それでユダヤ教やイスラム教の神との違いが分からないのでしょう。
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この回答へのお礼



回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:07

1兄弟喧嘩は凄まじい



2エホバだけと思う宗教 他にも数多に神はいる。確か1万くらいいる

3ゴッドとアッラーは違うと考えたほうがいいと思います。教えも違ってきている

4不快に感じると思います。お互いに「あいつらと一緒にするな」と言うでしょう。過激な人は

ただ多くのクリスチャン、イスラム教徒はそれを分かってて平和に暮らしたいと願ってると思います。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:08

由来も別だから3は当然として、それにより4の問いに関しても当然感じるでしょう。


キリスト教と一口に言ってもあなたが仰ったようにエホバ教というのもありますし、聖書をどう訳すかによっても変わります。
そして、あなたが質問される前に述べた点に関してですが、宗教対立と言ってもおそらく権力者は自分の利益のために宗教を利用しているだけでしょうね
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

お礼日時:2016/03/03 07:08

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