はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

今の大河ドラマの第二の主人公みたいな人物真田昌幸。
ゲームでの能力はずば抜けて高く、謀略の達人のイメージがあり、結構好きです^^
昌幸の外交手腕、謀略手腕等いろいろお聞かせ願えればうれしいです。結局謀略は成功したのでしょうか?
一点気になるのは、謀略を張り巡らしすぎて、わが子ですら疑心暗鬼になって真田家はまとまっていなかったのではないかという疑惑です。これはどうなんでしょうか?
よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

さぁどうなんでしょうね



信繁さんは、昌幸が亡くなるまで一緒に行動していますし

長男は、徳川家の重臣の娘を嫁にもらい親と行動を別にしましたが、その結果真田家は大名として江戸時代から明治維新まで存続していますからね
親子が別行動する事がまとまっていないと言うのならそうでしょうけど
家名の存続という目的に対してはまとまっていたと解釈してもいいのでは?
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以下のページ、よく纏められています。


http://sanadada.com/14/
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まずは、本を読んだら?


尋ねるまでもないことですよ。
弱肉強食の戦国時代、自らの経営したエリアを守るためには、あらゆることをやる必要があります。
きれいごとではいきません。うそつき、偽善当たり前。
TVはもちろんきれいごとしか表現されていません。
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私の知る限りでは、家督を譲った長男を徳川方に、自分と次男は反徳川で、これは3人の話し合いで、真田家を守る為に親子がとった策でろうとされています。

そういう意味でも大人になった息子達とは、相当強い絆で結ばれており、まとまっていたと思われます!
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途中まで、真田昌幸の表裏比興的な謀略が成功したと思います。



さらに、関ヶ原時での、嫡男信之の徳川方、昌幸・信繁(幸村)が石田方、というのが、真田家永続のための仕掛け・策略だったとするなら、真田昌幸の謀略は成功、と言ってもOKでしょう。

ところが、真田家が、関ヶ原で敵味方に分かれることが、打ち合わせ済み、のことだったか否かは、全く立証されてはいない(裏付け史料が無い)ようで、これは残念なこと。

で、骨肉相食む戦国乱世では、珍しく、家族・一族が仲が良い、これが真田家の実態だった、諸記録からは、そう判断できるのです。

昌幸の度重なる心変わり、これらを大河ドラマは、リアルに、時にコミカルに、描いて強調、そのたびに、信幸・信繁などの周囲が、あっけにとられて、コケル、わけですが、これはあくまで、ドラマ(作り話)。

ドラマではなく、記録からすると、真田家・一族は、小領主として、かなり、まとまっていた、このように私は感じているのですけど。
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