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朝ドラ「あさが来た」で女子大学(日本女子大学)の入学式が桜の咲く時に行われていました。明治時代の大学の入学式は9月に行われていたのではないかと思うのですが、確かなことをご存じの方はお教えください。
小学校や中学校、高等学校等はどうだったのか、併せて教えていただければ幸いです。

A 回答 (3件)

面白いご指摘なので更に調べてみました。



女子英学熟(現、津田塾大学)の開校が1900年(明治33年)で
第一回卒業式が1903年4月2日(卒業生8名)でした。
http://www.tsuda.ac.jp/about/history/history.html

公立の東京女子師範学校の開校が1875(明治8年)で、
1885年に東京師範学校に合併され女子部となり、
1890年(明治23年)に同校より分離し女子高等師範学校と
成っています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E8%8C%B6 …

1888年(明治21年)に師範学校の入学が4月に成っていますから、
女子高等師範学校の入学は当然4月でした。

これらから考えるに、1900年頃は女子の高等教育機関の入学式は4月が
主流だったのかもしれません。

女人禁制の様な他の高等教育機関は、外人教師も多かったので9月入学
が大正の中頃まで続いたと考えられます。
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この回答へのお礼

追加の情報、ありがとうございます。
女子英学熟、日本女子大学も卒業式、入学式共に4月であったということは、(3)1919年(大正8年)旧制高校が4月に、というのと合わなくなりますね。
ご指摘のような「外人教師も多かったので9月入学」というのも確かに考えられると思います。
ただ上記の女子専門学校にも外人の教師はいたのではないかと思え、そのことから最初に書いていただいた(1)から(4)までは官立の学校だけに適用されたのではないかと思えてきました。
政府の出した規則は私立には適用されないので、私立は師範学校にならって4月に入学式をしていたという考え方はどうでしょう?
そうなると、男性だけの私立の専門学校、例えば現在の早稲田や慶応などはどうだったのか?
こちらの入学式は当初から4月であったのか9月であったのか、考えるほどに分からなくなってきました。

前回のお礼で、「東京では100年前でも4月20日の開花はちょっと早すぎるような気がします」と書いたのは、「4月20日の開花はちょっと遅すぎるような気がします」の誤りでした。すみません。

お礼日時:2016/03/25 21:41

お礼ありがとうございました。



4月20日の開校式に桜なら、抗議する必要も無いと思います。
近年は桜の開花時期が早くなっています。1901年と云うと100年以上
前ですから。
東北の育ちですが、5月3日の桜が満開の時に吹雪が有った明確な記憶が
あります。50年以上も前の話ですが、当時は5月に成っても日蔭には
雪が残っていました。今は4月に入ると雪は残っていません。

東京の開花が東北より半月早いとすれば、4月20日の桜も可能です。
50年前より100年前が更に寒かったとすれば、なおさらです。
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この回答へのお礼

ふたたびの回答、ありがとうございます。
東北や北海道なら5月の桜の開花も珍しくないと思います。
東京では100年前でも4月20日の開花はちょっと早すぎるような気がしますが。
それはさておき、日本女子大学のサイトを見ていたら、また少し不思議なことが…。
「写真で見る日本女子大学の110年」というコーナーなのですが、16番目の写真のキャプションに「卒業式(1906年4月11日)」と書かれています。

http://www.jwu.ac.jp/unv/about/spirit/jwu_histor …

これなら(3)1919年(大正8年)旧制高校が4月に、というのと合わなくなってしまいます。
卒業式は4月にしても、入学式は9月にしたのか。それとも日本女子大学だけ異例で卒業式、入学式とも4月にやっていたのか。
新たな疑問が湧いてきました。

お礼日時:2016/03/24 22:34

疑問は正しいようです。



しかしテレビを見ていないので、女子大の何期生の入学式なのか判らず確定的なことは言えません。

明治時代の高等教育機関の入学式は9月でした。
それが、4月入学に変わるのは次の時間経過に沿ってです。
4月入学への移行
1)1888年(明治21年)師範学校が4月に、
2)1900年(明治33年)小学校が4月に、
(1901年(明治34年)日本女子大創立、広岡浅子他)
3)1919年(大正8年)旧制高校が4月に、
4)1921年(大正10年)帝国大学が4月に。

これらの経緯から日本で4月入学が確立されたのは、大正初期から
中期とされています。

当時の女子大が旧制高校(現在の大学に相当)の扱いか帝大の扱いかは
判りませんでした。
大正8年以降の入学式が春とすれば、ドラマの卒業する女子大生は
(18+α)期生。調べていて判った事は「あさが来た」は広岡浅子が
モデルの様ですから、20期前後の生徒の卒業式が出てくるのはやはり
不自然です。娘や孫娘が自分の創立した大学を出た、涙、涙・・・
だったのでしょうか。

そうでなかったら、春=入学という安易な共感を期待するよりも、
へ~あの時代は入学は秋だったのだと云う新鮮な驚きの方が
面白かったと思います。
NHKに抗議しましょう。
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この回答へのお礼

丁寧な回答、ありがとうございます。
「あさが来た」で放送されたのは日本女子大学創立時の入学式ですから、1901年になります。
日本女子大学の「大学」というのは固有名称で、実際には専門学校(後の旧制高校と同等)扱いであったので、やはり4月に入学式があったというのはおかしいですね。
今調べたら、日本女子大学のサイトに、1901年4月20日に開校式となっていました。ドラマではこのときの様子を描いたのかもしれませんが、それでも4月20日ならもう桜は散っているはずですからどちらにしてもおかしいと思います。
小学校から帝国大学までの入学式の時期の変遷は大変参考になりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2016/03/24 17:38

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