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大学生の女です。生きづらく、最近限界を感じます。
私は子供の頃から暗い家庭で育ってきました。詳細は割愛しますが、親の精神病、暴力、不倫、喧嘩、無関心。しかし親を憎むに憎めず、親の気を引くために顔色を伺い我慢して生きてきました。そのトラウマから人の顔色を伺い人に気を使うのが癖になってしまいました。自分を抑えながら人と接することしかできないんです。そもそも素の自分が何なのか自分でも分かりません。自分がないのです。

いかんせん嫌われるのが怖く気を使うため表向きは円滑な人間関係を築けます。人からは明るい性格と言われることも多いです。しかし結局のところ、本心ではいつも自分の殻にこもり誰といてもどこか距離を置いてしまいます。深入りするのもされるのも苦手、自分の中では上辺の関係ばかりです。人の目を気にするくせに、他人に心から関心を持てないのです。傷つけられたくないというバリアかもしれないです。人といて心から楽しいと思うことがあまりなく、むなしいです。

こんな自分へのコンプレックスもひどく、まわりへの劣等感もあります。自分にも、人に誇れるものや頑張った経験や成果を上げた経験は多少ありますがそういった経験も、突き詰めれば結局は自分のコンプレックスを埋めるためにやったものに過ぎなかったりします。認められたいから頑張るという動機が強く、それ以上に何もないのです。
自分の将来を考えた際に自分の大切にする価値観も目標もなくやりたいこととも分からなく苦しいです。この先ずっと自分を抑えて繕って社会に適合していくしかないんでしょうか?

私は甘えているのでしょうか。誰しもひとつやふたつのトラウマは持っていてこのような生きづらさを心の中に隠し持っているものなのでしょうか?みなさんこのような生きづらさを抱えながら生きていますか?

A 回答 (9件)

私達は、社会にでて自立した生活を強いられる為、


まず、学生のうちに何かしらの就業可能なスキルを身につけるよう教育を受けます。

人間は共存しないと生きて行けない。
そして、その共同生活の中に、他人(社会)によって認知される自分がいます。

それは、自己の認知とは違い、他人からなので、
その客体性と主体とに相違が出てきます。

そこで、ペルソナ(仮面)を皆作り、
**(職業、肩書き、地位、学歴)の**さん、というように他人からの認識による自分を演じます。

そこで、多く問題になるのは、人間は内からの心も持ち合わせ、無意識の部分が、その客体性に合致しない事です。

そうして、無意識の意識が、あたかも、客体性に擦り合わさっているようになる。

そこで、自分を見失う気持ちになるのです。

価値観や目標というのは、
その客体性から見て過半数に指示されるものと、そうでないものがあります。

質問者さんの自分を抑える気持ちが湧くというのは、
その客体性に合わせているからでは無いでしょうか?

本来の自分を取り戻すには、
その世間の中で、よろしいとされる自分では無く、
本当の興味を探す事から始まります。

そこに行き着く為には、
たくさんレッスンを受けたり、趣味、本を読んだり、いろいろな体験が必要になって来ると思います。

若くして、すぐやりたい事、興味、生き甲斐が見つかる人もいるでしょうが、
多くは、就業の為、教育を受けるので、人間の自己の部分は覆い隠されたままです。

ですから、その本来の自分を探す、取り戻す為に、
いろいろ体験を増やしていってみて下さい。
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まだ若いので不安だと思いますが。



そのまま続けていくと、偽者だと思っている自分が本物に成ります。

他の大人の方をみてどう思いますか?

他の人に対して丁寧な人は、立派であると感じませんか?

そういう方と自分より年下の子供(小学生くらい)を比較してみましょう。

もし、どちらも同じ年齢だとしたら、明らかに前者の人を大切にしたいと思うでしょう。


では、

小学生が、他人に気を使って自分を抑えていたら無理をしていると思いませんか?

そして、

中年を過ぎて我侭な人に出会えば、もう少し無理しろと言いたくなりませんか?

そういう人は、質問者さんの年齢のとき、どうだったんでしょう。


良く漫画やドラマであるのですが、

「君はそのままで良いんだ。ありのままの本物の自分こそ大事なんだよ。」

私が、学生の頃に流行った漫画で始めてこれが言われたんですが。

さすがに荒唐無稽です。

どんな人間も、慣れと言うのがあって、最初に無理をしても、段々と習慣になり、

理想としていた自分に変化するものです。



また、立派過ぎる子供がいると、

「子供らしくない。無理をしてはいけない。」

などと言う、やはり漫画が流行りましたが、これも荒唐無稽です。



また、自分探しの旅と言うのが流行りました。

勿論、そういう人は凄い面白がられましたが。

どんなに背伸びをしても、直接利害が無い場合は、誰にも興味をもたれません。

別の人と利害関係を持とうとすると、大変なバイタリティが必要になります。

つまり、一生のうちで、

自分の名前と性格を知ってもらえる人は少ないはずなのです。

活力次第ですが。


もし、道を歩いていて、

「本当の私を知ってもらいたい。」

と話しかけられたら、驚きますよね。

どんなに相手が真剣でも、迷惑だと思いますよ。

目を合わせないで、そっとお互いに通り過ぎるものです。

しかし、仕事でお客さんを捕まえようとしたとき、

「おい。xxさんは、そういうのは嫌いなんだぞ。

 少しは相手を知ろうとしなさいよ。」

と怒られます。

利害関係があるからですね。


まだ学生でしょうから、こうしたシーンが無いんでしょう。


確かにこれを続けると、自分がわからなくなり、

仕事を忘れて本来の自分に戻りたいと思うときがあります。

「あれ? 本来の自分って何だろう?

 ええと、嫌なことがあったら顔に出してと・・・

 誰から構わず、タメで口きいて、・・・えええ?

 何でそんなことせにゃならん。

 とくにやりたくないし、しかも何の得もしない。

 記憶にある俺って??

 かなり酷くないか・・・?」

無理をしているときは、無理をやめることで得が生じますよ。

しかし、習慣になったあとは、それをやめるほうが苦痛です。



こんな自分に違和感を感じて、

実家に帰って友人と遊ぶときは昔の自分に戻ろうとか思います。


しかし、

気がつくと、友人を接待しています。

私の友人もそうなっていました。


仕事では、

お客さんとして、もてなされることがありますから、

相手に気を使って、楽しんでいると言う芝居を覚えてしまいます。

友人は習慣で私をもてなし、私は習慣で楽しんだフリをします。

しかし無理をしてるわけじゃありません。

気の許せる相手なので、かなりリラックスしています。

どちらかと言うと、上の空で、互いにぼんやりしている感じです。



猿はぼんやりすると、毛づくろいを始めます。

大人はぼんやりすると、この様なモテナシと、気遣いをします。

ほとんど無意識です。


確かに・・・。

子供の頃を、思い出せばぼんやりしたとき、鼻をほじっていました。


いまは、休憩所で考え事をしていると、

何時の間にかイスを並べて、整頓しています。

「ハッ、またやってしまった。

 疲れてるのかな。ぼんやりして、頭が働かないわ。」

なので、イスを並べている脳は、鼻をほじっている脳と同じなんでしょう。

ただし、癖が違うものになってしまった。


人にすれ違うと、笑顔を向けて頭を下げます。

人にぶつかると、

「あ、済みません。大丈夫でしたか?」

と聞いています。

「いてーな、このやろー、気をつけろ。」

っていう脳内信号が出ているんですが、外に出るものが違ってしまっています。


なので、

人をディスッたり怒ったりする脳と同じ場所に違うものが入ったんでしょう。

半年ほど怒らないでいたら、腹がたっても怒り方が分からなくなりました。

「何はともあれ、お疲れ様でした。」

と言っています。清々しく笑っており、相手をねぎらっています。

相手を罵っているつもりでも、出てくるものが違います。


これは本心じゃないとし、自分を偽っているとし、

「昔みたいに、なろう!」

と決めたとします。

そのためには、ちょっとした事で腹を立てて、自己を主張し、

人前で股間をいじったり、

意識して自分を辱めないといけないでしょう。


「しかし、なんでそこまでするんだ?

 そんな無理をして、意味があるのか?

 いや、それを続けて子供に戻る練習って、

 俺のいまのバイタリティで出来るだろうか?」


よくよく考えると、その子供っぽい自分を取り戻すための努力が出来ない。

どうも、このまま死ぬようだと思えます。



そして、

「まてまて、こっちの自分の方が、経過年数が長くならんか?

 ああ、つまりこっちが論理的に本物の自分だろう。

 本当とか言っているが、過去の記憶ってだけじゃないか。」



冒頭言いました。

他の大人を見てどう思いますか?

他の人に対して丁寧な人は、立派であると感じませんか?


しかし、どの様な過程を経てそうなるか分かっていませんでしたよ。

「なるほど、こんな気分なんだね。」

と言う感じです。



質問者さんは明るいとか言われるそうですが、

私も優しいとか言われます。

少し前は「無茶怖い」とか、

「とげとげしい」とか、「とんがっている」とか言われていました。

ですので、

「いやいや、単にxxと言うことがありまして、

 習慣でやっているだけですから、本当じゃありませんよ。」

と言うしかないです。

昔は、こういう大人を見ると謙虚だとか思ってました。

実際は本気で言っているんでしょうね。


この様に習慣で自分を改造するのが最も王道だそうです。

つまり、かなり普通と言う事です。



私たちには生理的な現象から、トイレにいって用を足す習性があります。

これは遺伝子に刻まれていた本能なんでしょうか?

それとも習慣で獲得したものなんでしょうか。

本来の自分に戻るために、

もよおしたらその場で漏らすべきと主張する人は滅多にいないと思います。

そうあるべきと思っても、実際にやるのは嫌ですよ。


昔、手術をして入院をした事があります。

治りかけのとき。

別途で寝ていて一番苦痛だったのが。カテーテルです。

とうとう、傷口が開くのを覚悟で、トイレに行かせて貰いました。

痛さで気持ちが悪くなると言う経験をしたのはそのときが初めてでした。

それでも、トイレに行きましたよ。


そういう動物に変化してしまったんでしょう。

どんな子供も、その様になってしまっています。

しかし、良く考えてみれば、大変な練習度合いなんですよね。

1日3回トイレに行くと考えると、1年で1000回を超えます。

10年で1万回です。

中学生でも、それくらい練習をしている事になります。

このレベルに達したら、

「トイレにいくまで、欲求を我慢するなんて人間と言う動物くらいだよ。

 君らは動物としての本当を忘れているんだよ。

 さあ、自分を解放して! 僕と契約してよ!」

とか言われても、何を荒唐無稽なことを言っているか!と思いますよね。

本当の動物はその場で垂れ流すものだと言われても、いやですよ。



1日3回、他人に気遣いをしたとします。

10年もやれば、1万回ですよ。

トイレと同じくらいになります。

しかし、1日3回、本来の動物としての在り方を自分らしいと誇り、

これを確認している人がいたとします。

それですと、その場漏らしを10年で1万回も練習してしまうんですよ。

もう、自然に本来の動物の姿を体現できるはずです。


30歳の後半になり、

子供の頃にイメージした大人になっているか?

より、子供っぽくなっているか?


20歳くらいで、悩んだとき、どちらを本来の自分とするかで決まります。

私が、

「自分らしく生きる。」
「君はそのままでいい。」
「素直に、無理をしてはいけない。」

と言う漫画の言葉を荒唐無稽と言った意味が分かりますでしょうか。

こんな嘘を信じてしまえば、最悪の人生になります。

人生のすべてが罰ゲームになってしまいますよ。


トイレに行くことを是と受けいれた子供は、人生の最後までずっとトイレにいきます。

無理をしてでもトイレに行きますよ。

こういうものが、本物でしょう。



人に気遣いをするのを是と受けいれた子供は、人生の最後までずっとそうします。

無理をしてでも気遣います。

これが本物じゃないと言えるはずが有りません。


余計なことを考えて逆をしなければ、誰でも手に入る人格なんです。

漫画やライトノヴェルの被害者はこの後も沢山出てくるでしょう。

しかし、ご自身だけは迷わないようにしましょう。

以上、ご参考に成れば。
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人間には認められたいという欲求と嫌われたくないという欲求が存在するものです。


私のように50才も過ぎればコミュニティの中で役割が確立されているのでどちらの欲求も低下していますが、若いうちは社会において自分の立ち位置を模索しながら生きて行くので皆が抱える悩みなんです。
だから自分だけ特別であるという認識は改めた方が宜しいです。
大切なことは、認められるためにはどうすれば良いか、嫌われないためにはどうすれば良いか、過去の出来事を踏まえて実行に移すことなんです。
私は16才で実家を飛び出し夜間働きながら高校に通い、在学中に公務員試験を受けて卒業後は就職のために単身で上京しました。
家族の柵から解放されるには一人でも生活していけることを証明する必要があると当時の私は考えました。
そのために重要なことは周囲の大人に信用してもらうこと。
信用してもらうためには何が必要か。
支援してくれる人達をガッカリさせないためには何が必要か。
私の意識は常に外に向いていました。
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解りますよ。

僕もあなたくらいの年齢の時はそういった冷めきった自分が中にいました。友達や彼女の為に泣いたり笑ったりはできても、どこか仮面を被っては心底では共感できていない自分が凄く嫌でした。

僕も幼少期は親との関係性が悪く、常に人というよりは親の顔色を伺って生きてきました。結果、小さい頃は無意識の内に暴力的な性格になってしまい(親父がとても暴力的だった為)いじめに加担したり、喧嘩で相手を傷つけたりとクズ人生を送ってきました。

トラウマというよりは黒歴史。人には言えない事がたくさんあります。

ただ、キッカケは何だったか覚えてないのですが、年齢を重ね経験を積む毎に色々な感情が芽生えるようになりました。

個人的にはやはり恋愛経験が一番僕を変えたかなと思います。感受性が強くなっていったというか。中には心閉ざしそうになった時もありましたが(笑)

そして趣味を通じて色々な人と巡り会えた事。新しい世界に自分から足を踏み入れた事で、心から笑える仲間を手に入れた事。

そして結婚し、自分の子供が産まれた事。自分の子供には心の底から愛情をもって接する事ができるので、嘘偽りない自分が出せるんですよ。

いつの間にか、凄く涙もろくなり、色々な事に共感できる自分ができあがってました。すると、あんなクソ親でも今は感謝している自分に気付くんです。

あなたにもいずれそうなる日が来ると思います。人間の心は常に成長しているのですよ。そしてちょっとしたキッカケがどこかで訪れるんです。

今は殻に閉じこもっていても良いです。でも、足だけは動かして色々と進んでみましょう。そうすればきっと変われます。
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>自分の大切にする価値観も目標もなくやりたいこととも分からなく苦しいです。


あなたは苦しいかもしれないが、
大多数はやはり似た状況下でも、考えないから苦しまないだけです。

>誰しもひとつやふたつのトラウマは持っていてこのような生きづらさを
>心の中に隠し持っているものなのでしょうか?
これも同じ、大多数はトラウマにはなっていないだけです。
世の中には生まれてから順風満帆、何の障害もなく育つ人も確かに居ます。
でも、そんな人が例外なのはあなたにもわかりますよね。
確かに、あなた様の状況は悲惨だったのかも知れません。
でも、生きてますね。
親の虐待で施設で育ったり、ひどい場合は殺されちゃってます。
大学生と云う身分でいられる人は、普通に判断すれば半分より恵まれた側ですね。

”人の顔色を伺い人に気を使う” のは誰でもやっている事です。
”認められたいから頑張る” も "自分を抑えて繕って社会に適合"もみんなやっています。
たまにそれが嫌な人は起業して、他人に気を遣わない生活をしようとします。
でも、結局はそれもサラリーマン以上に対人関係に苦しむのです。
社会の中で生きてるのですから、己の意のままって訳には行きません。

”自分は何と不幸なのだろう” ではなく” なんと恵まれているのだろう”
そう思い込むだけでも違う世界が見えると思います。
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あなたの悩みはよく分かりました。

いまあなたにとって一番大切なことは、これまでの自分をすべて忘れ去ることです。
これから説明することは、あなたにとって少しでもお役に立てればとの思いでお話ししますので長文ではありますが熟読願います。

1、まずはあなた自身がどう変わりたいかということです。
一般に人は変わりたいと考えていても変われません。人間は心で考えていることと現実は比例しませんから行動を起こすことが一番大切です。そして行動を起こすことが一番大変なのです。まづ用意するものがあります。それは紙とマジックペンの赤色です。あなたが変わりたいことをすべて書いて下さい。変わりたい変わりたいといっても皆さんいつも忘れてしまいますよね。そこでまずあなたが目指す目的を書いて下さい。そして目的は3つに分類します。例えば心と技と体というようにね。これを3つのどれでもいいのでどの部分を変えたいのか書いて下さい。

2、次に目的を具体化します。
では目的の書き方を説明します。始めに今の自分を褒めてあげて下さい。変わりたいと思う人はその時精神的に追い込まれ自分の長所を見失っています。生まれてきただけでもいいし、今まで頑張ってきたことを褒めてください。
何もなかったらこの文章が読めてる目をほめてあげて下さい。

3、行動する日付を決めましょう
次に今の日付を書いて今日から頑張る自分の新たなスタート日を決めて下さい。そして変わりたいことを180日かけて変わると決めてください。180日は約6ヶ月殆どのことは6ヶ月あれば出来ます。だいたい変わろうと思ってる人は短期的な目標を決めがちですから、明日すぐ変われることなどありません。1日で変わることはできませんが1日で気をつけることは出来ます。

4、目標を決めましょう
今から変わりたい事を書いてください。これは自分の言葉で自分が理解できるように書いて下さい。書けたら裏にその目標がかないましたと書いて下さい。これは自己暗示です。

5、目標を実行に移しましょう
実行するために必要なことを書いて下さい
細かくお願いします
金額、教材、何をするか、どうするか、どこに行くか、など

6、実行の補足
変わりたいと思うあなたは間違いなく、変わろうとしない人より変われます。ですが変わるには努力が必要です。
また大切なのは今の行動を変えるのです。実行は自分がやっていて居心地が悪い場所でしかかわれないのです
思い出して下さい。学生のとき怖い先生の話は聞くけど楽な先生の話は聞かないのと同じで辛いことじゃないと身にならないので

7、計画表を保管
手帳なりファイルなり自分がいつも持ち歩くものにしまっといて下さい。これはいつももつことによって引き寄せの法則が発動します。人間の80%の情報は目です。つまり目で見るだけで変わろうと思えるからです。

8、180日までにやりきりましょう
180日後まで続けられる人は10人中大体1人です。ですが変わろうと思ったことを計画して続かなかったことは気にしなくていいのです。それは自分に必要がなかったものなのでやる必要がないことだったのです。もし180日続けた人は明らかに結果として出ます。計画と実行は結果に比例します。
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貴女はアダルトチルドレンです。

本が沢山出ています。

民間の優れたカウンセラーにしばらく通って下さい。かなり良くなります。

恐れと恨みを手離す時が来てると思います。
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頑張る根拠なんて何だっていいよ


結果がともなっているのだから。そこは自分を褒めよう。

みんな歪なかたちのボールで人生を転がっている。

あっち行ったりこっち行ったり。
でも共通するのは前にしか進まないんだよ。坂道だから。時間という重力には逆らえない。
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大学生の女w

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この回答へのお礼

うーん・・・

おかしかったですか、、笑

お礼日時:2016/03/28 05:59

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