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TITRE: D'autres livres sont sous la clef

Rien d'innocent dans les journaux, les livres, les albums qu'on laisse en évidence sur la table basse, au milieu du salon. Faut-il surprendre, ou jouer ton sur ton ? Tout dépend bien sûr des visiteurs potentiels. Aux amis proches, à la famille, on se contentera d'épargner le journal de télévision avec une présentatrice en couverture, les mots croisés découpés dans Paris-Normandie; il s'agira plutôt d'un rangement, même s'il n'est pas indifférent d'abandonner en évidence le dernier Géo spécial Bruges, le pavé imposant sur l'art de vivre à Rome, dont le format presque carré, la couverture brun et crème viendront à point infuser l'Italie au creux des tasses de café. Mais c'est pour tous les autres, les amis plus lointains, les quasi inconnus, que l'on distille, qu'on soupèse. Car l'équilibre est homéo-pathique. Quelle image de soi faut-il donner sur la table basse ?

上記フランス語の和訳をお願いします。
特に、Rien d'innocent dans les journaux, les livres, les albums qu'on laisse en évidence sur la table basse, au milieu du salon.の文章において、どこからどこまでが主語に相当し、それに対応する動詞がどれなのか教えていただきたいです。よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

No.2,4,5です。

申し訳ありません。最初からやり直しです。

こちらの文章ですが、ここで終わる形でどこかに出ていたのでしょうか。これでは意味がなかなか取れません。実は、引用元のDelermという作家の書物を持っていたのに、気が付きませんでした。昨日アマゾンの目次で見た時は、5~6ページありそうだったのですが、1ページあるかないかの文章です。しかし、ほかの部分にも意味のとりにくいところがあり、まだ全部理解できていません。改めて回答しますので、もう少し締め切らずにいて下さい。

回答No.3のbragelloneさんは、私よりフランス語がおできになるので、ちょっと応援を頼みました。原文とかなり違うことを書き加えておられるので、まさかと思われたかもしれませんが、こういう可能性もあるとは思っていました。実際の原文はまただいぶ違うのですが、似たようなことが少し書かれています。Car l'équilibreのところで段落が変わり、ほかの書物や雑誌の名前が挙げられています。

distillerという動詞は、仏和、仏独、仏仏の三種の辞書を見てもほかの意味が書いてなかったのですが、文学作品などでほかの比喩的な意味で使われるらしく、このDelermという作家はほかの文章でもこの動詞を使っているようです。したがって、コーヒーにひっかけたジョークとかではなさそうです。

題名がブリュイエールの『カラクテール』からきているのではないかという推測は当っていました。これは、本文の最後に書かれています。

明日以降、また回答させていただきます。
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この回答へのお礼

(こちらの文章ですが、ここで終わる形でどこかに出ていたのでしょうか。)
申し訳ありませんが、私が質問に使ったフランス語の出典は申し上げることが出来ません。悪しからずご了承下さい。なお、今回の仏文和訳に関しては、これまで教えていただいた内容で充分と考えています。ありがとうございました。

お礼日時:2016/04/10 20:46

承知いたしました。

ではここで終了させていただきます。
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No.2&4です。

たびたびの訂正、すみません。
No.4の最後に書いた、「ただし、意図してそう置いたのだと主張するのが主眼なのではなく・・・」以下の解釈は撤回します。
私は、これは独立した小文かと思って読んでいたのですが、ネットで調べたところ、Philippe Delermという作家の「Dickens, barbe à papa et autres nourritures délectables」という著作の中の「D'autres livres sont sous la clef」という章からの引用であることがわかりました。実際にはもっと長い文の一部で、それをネット上で読むことはできませんが、この文の数行あとに出てくるらしい文章が見つかりました。

Tout cela tient à parts inégales de l'hypocrisie sociale et de la consctruction mentale. C'est une mèche replacée, après un coup d'oeil au miroir.
そのことすべては、社会的偽善と精神構造のちぐはぐな協調に起因する。それは、鏡に目を向けたあとに元の所へ戻す導火線なのである。
http://booknode.com/theme/textes-courts/extraits …

この文からの推測ですが、訪問者を試すためにローテーブルの上に意図的にそういうものの置き方をするのは、その人の中の社会的偽善と精神構造のちぐはぐな協調からくるもので、自分が訪問者の立場になって鏡の中の自分を見たとき、その誤りに気付いて本を再び片づける、という意味にとれます。そして、こう考えた方が、ホメオパティーという言葉が使われている意味がはっきりします。つまり、そのような仕掛けをして他人を試すという自らの病(=社会的偽善と精神構造のちぐはぐな協調)を、その仕掛けという毒を自らに与えて治療する、ということになります。
この章全体を読めないので100%ではないかもしれませんが、上の文章を見つけなかったら大きく間違うところでした。
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この回答へのお礼

私はまだフランス語初心者なのですが、私の小さな質問に対し大変な時間を使って調べていただき恐縮します。こんなに意味深な文章とは想像がつきませんでした。ありがとうございました。

お礼日時:2016/04/08 21:09

No.2です。

お礼コメント有難うございます。
「だいぶわかり易くなった」ということは、まだ完全ではないということですね。実は、私もきのうの時点で完全に読み解けていませんでした。今朝起きてからもう一度自分の回答を読んで、ちょっと違ったと気づいたので、訂正と補足解説をします。まず。全体の訳を書き直します。


ほかの本は片づけてある

居間の真ん中、ローテーブルの上に、人目に付くように置きっぱなしになっている雑誌、本、写真集には、無毒なものは何もないのです。その様子にびっくりすべきでしょうか、それとも色合いを楽しむべきでしょうか?すべてはまさに、来る可能性がある訪問者次第です。女性アナウンサーが表紙に載っているテレビ雑誌や、パリ・ノルマンディー新聞から切り取ったクロスワードパズルなどは、親しい友人や家族なら大目に見るでしょう。ブルージュを特集した『ジェオ』の最新号、そしてローマの生活様式について書かれた重く分厚い本はほとんど正方形で、茶色とクリーム色の表紙がちょうど空っぽのコーヒーカップにイタリアン・コーヒーを注ぎに来そうですが、たとえこれらが人目に付くように放置してあるのがどうでもよいとは言えないとしても、むしろその片付けかたが重要なのでしょう。しかしこれは、ほかの人たちみなに対するもの、もっと付き合いの少ない友人やほぼ見知らぬ人たちに対するもので、彼らは、蒸留分離され、重さを量られ評価されるのです。というのは、この均衡がホメオパティーの役割をするからです。人は、どんな風に自分自身のイメージをそのローテーブルの上に見なければいけなくなるでしょうか?

ton sur tonの個所ですが、テーブルの上に置きっぱなしになっているものを、散らかっていると否定的に受け止めるか、いろいろなものが置いてあって楽しいと肯定的に受け止めるかということなので、「調和」より「色合い」に変えてみました。
解答No.2で「むしろ片付いていると言えるだろう」と訳したところは、きのうの時点で疑問を持っていたのですが、ここは、片付いているとも散らかっているともいえない微妙な置き方こそが重要な点だということだと思うので、素直に辞書の意味どおりに訳し直しました。
distilleとsoupèseですが、これは、コーヒーや本にひっかけたジョークのようなのでそのまま直訳しておいたのですが、直訳だと意味が分かりにくく、意訳すると面白さが失われてしまうため、両方を混ぜた訳にしてみました。distillerは、蒸留して分離するという意味にもなりますので、テーブルの上の本などを見た訪問者の反応によって異なるタイプの人間に分けられるという意味でしょう。soupèserは「評価する」という意味にもなりますが、本を手に取って重さを量ることにひっかけた表現ではないかと思います。
ホメオパティーというのは、御存じだと思いますが、病気のもとになっている毒素と同じものをわざと微量投与するという治療法です。l'équilibreをNo.2で「平衡」と訳したのを「均衡」に直したのは、テーブルの上の本などが、片付いているとも散らかっているとも言い切れない「微妙な均衡」で置かれているという意味だからです。そして、この微妙な均衡が、ホメオパティーで使われる毒素の役割をするということで、冒頭のRien d'innocentはこのことをいっています。つまり、テーブルの上の本は、何の意図もなくただ置かれているのではなく、訪問者の人柄を試すためにわざとそうしてあるのだと言っているわけです。ただし、意図してそう置いたのだと主張するのが主眼なのではなく、もし仮にそういう意図で置かれたものだと見た場合、自分自身(ほかの来訪者ではなく)がそれをどう受け取るか、あなたならどうですか、と問いかけているのだと思います。かなりひねりのきいた皮肉です。
語学力だけでなく、言語感覚や文学的読解力がないとなかなか読み解けません。得意言語ではなかったので、苦労しました。
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ようし 分かったとは言えない状態です。



そして思い切って意訳しました。その翻訳がマチガヒであると分かってそれによって別の意
味でどこか参考になるところがあるやも知れない・・・と思って投稿します。くれぐれもそ
のようにお受け取りください。

    *


表題:もっとあぶないわが蔵書は若干 抽斗の奥に

わたしの好きな本・雑誌・アルバムは あぶないものばかりだ。
しかも 応接間の真ん中に置いたコーヒー・テーブルの上にこれ見よがしに散らかしてある。
そのまま ひとの意表をつくかたちにしておくべきか?
それとも 驚かすにも順序があって少しは秩序立てておくべきか?

まぁ もっとも来客いかんによる。
家族や親友には おどろく順序への気遣いは要らない。
女子アナが表紙をかざったテレビ雑誌もパリ-ノルマンディ紙から切り取ったクロスワード・
パズルも並べて置かずとも だいじょうぶであろう。

そして確かにひとを出し抜くにも問題は 整序立ったかたちが必要だということにある。

気の置けない人たちにしても たとえばブリュージュを特集した《ジェオ》誌の最新号を置
いておくとかすれば テーブルにお似合いであろう。
あるいはつまり ローマの生活様式に関する分厚い本が置いてあれば その全体がほぼ正方
形のかたちをしていて表紙が茶色とクリーム色をしているのでまさにコーヒー・カップの窪
みにイタリアン・コーヒーを注ぐに持って来いとなるかも知れない。
そういった気配りが どうでもよいとは われながら 思っていない。親しい人たちに対し
ても そこまでのことは考える。

だから ひとを驚かすにも 整序が必要である。
しかも そのことは じつは そのほかの人たちのためだということになる。
面識のうすい人やまだどこかよそよそしい友人たち。
つまり その人たちのためにこそ わたしのはかりごとはあって あたかもコーヒーをふた
たび蒸留するかのごとくその人たちを分析しコーヒー豆を計りで計るかのように人となりを
定めようとするのだ。

というのも つり合いというものが大事で それをものごとの整序によってかたちづくって
おいたごとく わがひそかな楽しみとしての病いも わが来客の人たちと・そうとしたら同
じたぐいのものであるとなるかも分からない。

さて コーヒー・テーブルには どんな顔と表情を前もってつくっておくとよいであろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2016/04/08 13:09

ほかの本はしまいこんである



居間の真ん中、ローテーブルの上に、人目に付くように置きっぱなしになっている雑誌、本、写真集には、無害でないものは何もない。びっくりすべきか、それとも調和を楽しむべきか?すべてはまさに、来る可能性がある訪問者次第だ。女性アナウンサーが表紙に載っているテレビ雑誌や、パリ・ノルマンディー新聞から切り取ったクロスワードパズルなどは、親しい友人や家族なら大目に見るだろう。たとえ、ブルージュを特集した『ジェオ』の最新号や、ほとんど正方形で、茶色とクリーム色の表紙がちょうど空っぽのコーヒーカップにイタリアン・コーヒーを注ぎに来そうな、ローマの生活様式について書かれた分厚い本が人目に付くように放置してあるのがどうでもよいとは言えないとしても、むしろ片付いていると言えるだろう。しかしそれは、蒸留され、重さを量られるすべての他人のためのもの、もっと付き合いの少ない友人やほぼ見知らぬ人たちのためのものだ。なぜなら、平衡はホメオパティックだから。人は、どんな自画像をそのローテーブルの上に見なければいけなくなるだろうか?

題名のD'autres livres sont sous la clefは、たぶん17世紀フランスの作家、ジャン・ドゥ・ラ・ブリュイエールの『カラクテール(人さまざま)』からの引用ではないかと思います。
最初の文は、非人称の形式主語と動詞、Il y aが省略されていると考えればよいと思います。innocentなものは何もない、ということです。
la table basseは、低いテーブル、日本ではローテーブルとかコーヒーテーブルなどと呼ばれます。
ton sur tonは、色などが調和すること。
Paris-Normandieは、新聞の名前。
Géoは、ドイツで出ている雑誌、GEOのフランス語版のことです。
le pavé imposantは、書籍用語で、「分厚い本」のこと。
l'Italieは、イタリアン・コーヒー

フランスらしい、ちょっと難解で、エスプリと皮肉のきいた文章です。
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この回答へのお礼

詳しい解説をしていただきありがとうございます。私にとってこれまでで一番難解なフランス語の文章でしたが、だいぶ分かり易くなりました。

お礼日時:2016/04/08 01:55

タイトル:その他の書籍は、キーの下



中央のリビングルームには、忘れられたかのように、コーヒーテーブルが置き去りにされていて、その上には、罪のない新聞、それと本とアルバムがあります。
(何もないので、) 驚きますか? あるいは、音楽をつけた方が良いでしょうか?
それはもちろん、そこを訪れる人次第です。
親しい友人や家族、プレゼント付きのためられたテレビ雑誌。表紙には、クロスワードのカットがある他、 パリ や ノルマンディー地域の写真:
それはむしろ、外見的な記憶です。

彼は最後の特別なジオブルージュ(世界遺産になっている水の都)が失われることに無関心ではありませんが、(要するに、上記の光景を不満そうに述べているので)
ローマでの生活の芸術的に舗装されたブロックは、ほぼ正方形の形をしていて、カバー茶色とクリームのもので、コーヒーのカップのくぼみにちょうど間に合うように、(それが置かれていることで、)イタリアの形になっています。

しかも、すべての他人(最も遠い友人や殆ど知らない見知らぬ人々)のために、それ【コーヒーテーブル】でコーヒーを量って、我々は蒸留します。

コーヒーは、(不眠の人の眠り薬になり、時には覚醒的な薬にもなるような、=これをホメオパシ―と言っています)バランスを保つようなホメオパシーの飲み物です。
我々はコーヒーテーブルの上にどのようなセルフイメージを抱いたら良いのでしょうか?

******************************************************************************************
これはある場所の光景に対する想像のモノローグだと思います。

しかもご質問の最初の文は、羅列的に書かれています。
だから、動詞や主語が省かれているようです。

英語の機械による直訳は、
Nothing innocent in newspapers, books, albums that leaves prominently on the coffee table in the living room.
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この回答へのお礼

早速対応していただきありがとうございました。

お礼日時:2016/04/07 15:38

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Aベストアンサー

1. d'environ の de
ここでは、補語(属詞)ですね。
「人口」が「およそ4800万」という数字であるはずはないので、形容詞的にする必要があります。
英語で言えば、of +抽象名詞で形容詞扱いにするのと同じです。
類例を挙げておきましょう。
Sa capacité est de 565 millions m³, la superficie est de 14,2 km², et son hauteur est de 726 mètres.
「体積は...、表面積は...、高さは...」
La température est de 20 degrés.
「気温は20度」


たとえば、考えてはどうでしょう。
le voyage de 14 jours 14日の旅行

これを主語と補語(属詞)に分離すると、
le voyage est de 14 jours. 旅行は14日だ

de が出てきますね。



同じように、
population de 27 mille habitons 2万7千人の人口
La population est de 27 mille habitons 人口は2万7千人だ。

ね、de が必要でしょ?


数字以外ではこういうのもあります。
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英語や日本語では出てこないし、「無くても良いような気が」するかもしれませんが、フランス語では必要です。



2.d'habitants の de
これはくだくだ説明するより、million 以上の桁を表す数字の特殊性によると思って下さい。
million, milliard などは de を挟んで名詞が来るのです。
deus millions de francs 200万フラン
un million d'hommes 100万人
un milliard d'euros 10億ユーロ

1. d'environ の de
ここでは、補語(属詞)ですね。
「人口」が「およそ4800万」という数字であるはずはないので、形容詞的にする必要があります。
英語で言えば、of +抽象名詞で形容詞扱いにするのと同じです。
類例を挙げておきましょう。
Sa capacité est de 565 millions m³, la superficie est de 14,2 km², et son hauteur est de 726 mètres.
「体積は...、表面積は...、高さは...」
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たとえば、考えてはどうでしょう。
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