ウォーターサーバーとコーヒーマシンが一体化した画期的マシン >>

1. 《自己の精神的充足》は どうして《利己》ではないのですか?

2. 長い目で見てにしろ・わざとではないにしろ 自己の精神的充足が自己の利益を
おもんぱかることとは無縁だという場合 その事例や根拠はありますか?



3. 《他人の喜びをみづからの喜びとする》のは 自己満足という利己ではないです
か?

4. それとも 自己が欲しいものを手に入れて満足するというコトは いけないこと
なのですか? 

5. 《利己》がなくて 人間の社会的行為は成り立ちますか?



6. 《助け合い》は 《利己》ではないですか? 相互利己ではないですか?

7. もし利己だけではなく 《利他》もあると言おうと思うなら それは わづかに
その手助けの行為について相手に おこなってもよいかと問うて その同意や了解を得
ているときに 自己の満足(自己のよろこび)とともに味わう共同作業のよろこびのこ
とではないのですか?

8. すなわち 困ったときはお互いさまということであって それが 基本であると
考えられます。つまりそのとき――利己だけではないとしても――ことさら 《利他》
を《主張》しうる事態でもないでしょう。

9. 仮りに利己心のほかに人には 利他心があるとします。そうしますと それにし
ても 利己心としての満足(よろこび)と利他心が満たされたという満足(よろこび)
とで どういう違いがありますか?
  
10. どちらも《主観》というつねに自己閉鎖的になりがちな意志と心との思いであ
って どこかに《利他の神による報いに浴することが出来た》とでも言うような・特別
の――利己心とは別の――栄光がありますか?

11. もし仮りにその利他心の充足には 特別なかたちで満ちたりて行く心の思いと
その栄光があるとしたら それは 《自己満足を得て 利己心が満たされたこと》とど
う違いますか?

12. つまり ワタシの利己心からおこなう社会的行為――経済活動など――によっ
て・つまりその互いの協働行為をつうじて 社会がわづかにでも利益を得るように成る
こと これはあると考えられますが そのときの《心のよろこび》とどう違いますか?

質問者からの補足コメント

  • ムッ

    回答になっていないと考えます。

    あるいは
    ★ (利己と利他の合一)
    ☆ というのならば その《合一》の場合にのみ 《利他》が現実となる。ということでは
    ないかと受け取ります。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/04/16 23:36

A 回答 (1件)

社会生命において、個人の生命は社会全体の順調な営為によって成り、その生きる意志とは助け合い=愛に到る(利己と利他の合一)。

この回答への補足あり
    • good
    • 1

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す


人気Q&Aランキング