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平家物語の有名な始まりは「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり」ですが源氏物語の始まり又は源氏物語を教えてください。

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A 回答 (1件)

いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに



うんぬんかんぬん
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Q平家物語の「祇園精舎の鐘の声」はなぜ「声」?

素朴な質問ですが、平家物語の冒頭の一節「祇園精舎の鐘の声・・・」で始まるところの、一文ですが、なぜ、「鐘の音」ではなく、「鐘の声」なのでしょうか?気になってしようがありません。どなたかおしえてください。お願いします。

Aベストアンサー

大和言葉の「こゑ」は
1.人や動物が発する音
2.物の音
3.発音、ことば[訛りなどについていう]
4.漢字の音(おん)
5.アクセント
の用法があります。ご質問の場合は2に相当しますが、これは漢字「声(セイ・ショウ)」の用法をうけたもので、平安時代以降によく使われるようになります。

 漢字の「声」には、「人の発する声」・「動物の鳴き声」の意味と同時に、「物の発するひびき」の意味があります。声の基本字である「聲」の成り立ちがすでに、古代の楽器「殸(ケイ)」に耳を組み合わせた文字です。殸は金属製の楽器でたたくと高い音を発する。それが耳に聞こえるところから聲(声)という字が生まれました。

 そのような意味がある「声」が日本では「こゑ」と訓じられ、こゑにも「物の発するひびき」・「物の音」という意味が派生的に生まれました。

「鐘の声」という表現は、日本と大陸の言語文化が融合した表現ともいえるでしょうね。

参照
『古語辞典』項目「こゑ」(岩波書店)
『大漢語林』項目「声・聲」(大修舘書店)

Q祇園精舎の鐘の音・・・

このあとに続く文章を教えてください。読み方も教えてほしいです。すごく気になるので・・。

Aベストアンサー

 平家物語の冒頭ですね。読み方と意味は参考URLで分かると思います。1185年の下関「壇ノ浦の戦い」で破れ各地に散った平家一門の残党が残した物語が歴史を経て洗練された姿で残り、その形はさまざまなバリエーションがあるようです。日本人のもつ「滅びの美学」をよく著していると思います。

 祇園精舎とは古代インド、コーサラ国シラーヴァスティー(舎衛城)にいたスダッタ(須達)という人物がブッダに帰依し寄付した、修行のための施設だったと言います。祇園とは祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)の略で、持ち主の祇陀(ジェーダ)太子より購入した園林という意味で「祇樹」となり、「給孤独」は須達(スダータ)長者の別名で「孤独な人々に食を給する」聖人という意味があると言います。

 今はインドのサヘート・マヘートの遺跡が祇園精舎の跡とされていますが源蔵法師が7世紀に訪れたときには、すでに廃墟となっていて、この言葉が中国を経て日本に伝えられたそうです。三蔵が訪れたとき、恐らくうらびれて寂しい様子だったのでしょう。

 諸行無常とはもともとは仏教用語で「この世の万象はすべてうつり変っていくものであり、決してとどまる事が無い」という意味とか。

 日本では祇園とは京都八坂神社の社領として有名ですが、舞子さんが行き交う祇園と平家物語の祇園精舎との関係は、参考にした清水義範著「ムイミダス」(文春文庫)をお読み下さい。たぶん長々と書いている間にいい回答が寄せられていると思いますが、その時は御容赦を。

http://www.fides.dti.ne.jp/~kamokamo/gionsyouzya.htm

参考URL:http://www.fides.dti.ne.jp/~kamokamo/gionsyouzya.htm

 平家物語の冒頭ですね。読み方と意味は参考URLで分かると思います。1185年の下関「壇ノ浦の戦い」で破れ各地に散った平家一門の残党が残した物語が歴史を経て洗練された姿で残り、その形はさまざまなバリエーションがあるようです。日本人のもつ「滅びの美学」をよく著していると思います。

 祇園精舎とは古代インド、コーサラ国シラーヴァスティー(舎衛城)にいたスダッタ(須達)という人物がブッダに帰依し寄付した、修行のための施設だったと言います。祇園とは祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん...続きを読む

Q平家物語の冒頭文の質問

冒頭文に

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

がありますが、なぜ 音 ではなく 声 になっているのでしょうか?
不自然だと思います。鐘の音 が正しいと思います。

現代語訳は祇園精舎の(無常堂の)鐘の音は、諸行無常(万物は刻々と変化していくもの)の響きがある。
になっているのですから、やはりおかしいと思います。

鐘の声にした必然性があるとお考えの人がいましたら
ご意見をお聞かせ下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

 No.3の方がおっしゃっている「文学性」ということで説明できると思います。
 また、他の方も述べられているように、「声」にした必然性については、確かに音韻上の好ましさもあると思います。
 それに加えて、「鐘の声」という言い方は、平家物語の作者にとっては、けっして珍しいものではなかったということがいえると思います。質問者が違和感をお感じなるとしたら、そういう文学的な表現にお慣れになっていないということが理由としてあげられるのではないでしょうか。

 たとえば、サーチエンジンの「googole」で「かねの声」で検索してみると、

 「水のおもてもさやかにすみたるをそなたのしとみ あけさせて見いたし給へるにかねの声」(源氏物語・椎本)
 「三昧たうちかくてかねの声」(源氏物語・明石)
 「けふすぎぬいのちもしかとおどろかす入あひのかねの声ぞかなしき」(新古今和歌集・1955)

など、平家物語に先行する作品の用例が見られます。

 同じく「鐘声」で検索すると、

 「月落烏啼霜満天、江楓漁火対愁眠、姑蘇城外寒山寺、夜半鐘声到客船」(中国・唐の張継の漢詩)
 「観音寺只聴鐘声 」(菅原道真・不出門)
といった、有名な漢詩の例がヒットします。

 中唐の詩人で、平安時代の日本の貴族たちに親しまれた白楽天の、有名な「琵琶行」という作品にも、鐘ではなくて琵琶ではありますが、「忽聞水上琵琶声、主人忘帰客不発、尋声暗問弾者誰」という表現がみられます。

 これらの漢詩も、いずれも平家物語以前に詠まれたものですから、「鐘の声」という表現は、「平家物語」を書こうとするくらい文学に親しんでいる作者にとっては見慣れ、聞き慣れた表現だったといえるのではないでしょうか。

 No.3の方がおっしゃっている「文学性」ということで説明できると思います。
 また、他の方も述べられているように、「声」にした必然性については、確かに音韻上の好ましさもあると思います。
 それに加えて、「鐘の声」という言い方は、平家物語の作者にとっては、けっして珍しいものではなかったということがいえると思います。質問者が違和感をお感じなるとしたら、そういう文学的な表現にお慣れになっていないということが理由としてあげられるのではないでしょうか。

 たとえば、サーチエンジンの...続きを読む

Q祇園精舎,諸行無常の響きがあり

“祇園精舎,諸行無常の響きがあり”の読み方と意味を教えて下さい。

Aベストアンサー

平家物語の最初の一節です。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕わす

ぎおんしょうじゃの かねのこえ しょぎょうむじょうの ひびきあり しゃらそうじゅのはなのいろ しょうじゃひっすいの ことわりをあらわす  

簡単に云うと、次のような意味です。
「どんなに権力があり、強い者でも、何時かは滅びていくもので、世の中は儚いものである」

あの強い平家も、滅びてしまったという事です。

Q「 沙羅双樹の花の色 」は何故「盛者必衰の理」なのか?

平家物語の冒頭で、
 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらわす
があります。

どうして「沙羅双樹の花の色 」が
「盛者必衰の理」をあらわすのでしょうか?
沙羅双樹の花は日本とインドで違うようですが、
ここでの花はどちらでしょうか?
↓ココのサイトによると
http://blog.livedoor.jp/rakutabi/archives/24721929.html
沙羅双樹の花は仏陀入寂のときに散った白い花だそうです。
でも花の色は変らず、変ったのは幹の色とのこと。
仏陀入滅=盛者必衰と結びつけるのも無理があるように思います。

どなたか説明していただけないでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。。

 仏滅の際、沙羅双樹がどうなったかは、複数の異なった様子が伝わっていて、一定しないようです。(原典を読んだわけではないので、詳しくはわからないですが・・・)
 手近な資料から見てみたので、わかりにくいですが・・・(自分もよくわかっていません。すみません。)

 釈尊が沙羅林に横たわった際、季節外れに花が咲き、散って釈尊の身を供養した。

 釈尊が横たわったところの東西南北に各一対の沙羅の木があり、入滅と同時に東西の二双と南北の二双が合わさって、それぞれ一樹となり、釈尊を覆った。
 このとき、木の幹が白変し、白鶴のような姿になった。(「鶴林」「鶴樹」という言葉の由来)

 この計8本の沙羅の木のうち、四方の双樹のそれぞれ一本は枯れて一本は繁茂した。(四方で一本ずつ残った)これを「四枯四栄」という・・・
 
 四枯四栄は、誤った8種のモノの見方、(凡夫が俗世間を誤った見方で見ることが「四栄」、大乗仏教以前の仏教徒が涅槃を誤った見方で見ることが「四枯」)正しい8種のモノの見方(大乗以前の仏教徒が俗世間を正しい見方で見ることが「四枯」、大乗菩薩が涅槃を正しく見ることが「四栄」)という二重の喩えになっている、そして、一方が枯れ、一方が繁茂した中で涅槃されたということは、枯れ(衰)も栄え(盛)もしない涅槃そのものを表しているとされています。

 沙羅双樹の花の色→盛者必衰というのは、双樹の片方が枯れ、片方が栄えたことか・・・?
 十分な説明になっていなくて申し訳ないですが、自分のわかる範囲ではこういうところです。では。
 
 

こんにちは。。

 仏滅の際、沙羅双樹がどうなったかは、複数の異なった様子が伝わっていて、一定しないようです。(原典を読んだわけではないので、詳しくはわからないですが・・・)
 手近な資料から見てみたので、わかりにくいですが・・・(自分もよくわかっていません。すみません。)

 釈尊が沙羅林に横たわった際、季節外れに花が咲き、散って釈尊の身を供養した。

 釈尊が横たわったところの東西南北に各一対の沙羅の木があり、入滅と同時に東西の二双と南北の二双が合わさって、それぞれ一...続きを読む


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