三島霜川の ’解剖室’です。

近頃は例の、貴方の血の糧(かて)だとか有仰(おツしや)つた林檎(りんご)を喫(あが)らんやうですな。

この文章、何の意味なんですか? 今の言葉に訳すればどうなるんでしょうか?

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A 回答 (1件)

意味は「近頃は例の『大切な食べ物』だと言っていたリンゴを食べないようですね」


尊敬語で話しているので
「近頃は例の『大切な食べ物』だとおっしゃっていたリンゴを召し上がらないようですね」
糧は食糧、命をつなぐもの。
喫る(あがる)は食べる、飲む。喫茶や喫煙の「喫」です。
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この回答へのお礼

そうですね~ 本当にありがとうございます!!

昔の日本語って難しいですね。

勉強したいですけどどんな本で勉強したらいいんでしょうか?
ちなみに私は韓国人です^^

お礼日時:2016/06/20 11:59

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Q'春はあけぼのでものの哀れよ'の意味

韓国人で、ひとりで日本語を勉強しています。

いま宮部みゆきの「龍は眠る」(文庫)を読んでいます。p.312の中で

"春はあけぼのでものの哀れよ"

という文句がありますがその意味がわかりません。
源氏物語の中の文句でしょうか。

ぜび教えてください。

Aベストアンサー

「龍は眠る」は読んでいないので正確なことは分かりませんが,No.1の方の回答を参考にお答えします。

「春はあけぼのでものの哀れよ」という文句は,そのままの形ではおそらく古典作品の中には出てきません。
「春はあけぼの」というのは『枕草子』の冒頭で,「春は(一日のうちで)夜明け頃がいちばんすてきだ」という意味です。
「ものの哀れ(あはれ)」というのは,江戸時代の国学者・本居宣長が,平安時代文学の真髄として提唱した概念です。その最高峰が『源氏物語』だとされています。

「もののあはれ」が具体的にどういう感覚かというのは説明しにくいので,Wikiの説明を下に参照しておきます。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/もののあはれ

Q'small Litin and less Greek' とはどういう意味なのでしょうか?

'small Litin and less Greek'ということばについて調べています。
なんとなくシェイクスピアや古代ギリシャ・ローマ文学と関連する、ということまではわかったのですが、それ以上は調べきれませんでした。
ことばの意味も勉強不足でよくわかりません。
使用例などもわかる方がいたらぜひよろしくお願いいたします。
みなさんの知恵をお貸しください。

Aベストアンサー

small Litin→ small Latinではないでしょうか。
下記URLの後半に、この言葉が引用されています。
意訳すると、
ラテン語は少し、ギリシャ語は全く話すことができなかった、
というような意味になるでしょうか。

参考URL:http://www.dokidoki.ne.jp/home2/kazetyas/HTML/451-/544.html

Q「押絵と旅する男」の中で'お富士さまの作りもの'は何ですか?

江戸川乱歩さんの「押絵と旅する男」を読んでいる外国人です。

作品の中で次のような部分があります。

"その頃の浅草公園といえば、名物がまず蜘蛛男の見世物、娘剣舞に、玉乗り、源水のコマ廻しに、のぞきからくりなどで、せいぜい変ったところが、お富士さまの作りものに、メーズといって、八陣隠れ杉の見世物ぐらいでございましたからね。"

ネットで検索してみましたが'お富士さまの作りもの'は説明を見つけることができませんでした。

どなたかわかる方、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

これは、浅草の六区に一時期あった、はりぼての富士山の事です。
引用文献より
「2)富士山の見せ物
 浅草寺五重塔は明治初年、修理の資金を調達するために工事用足場を有料で公開したところ大当たりで、1886(明治19)年には修理のめどが付いた。
 これを見ていた香具師寺田為吉は、翌年11月、六区4号地に木骨石灰塗り込めのハリボテ富士山を作り、富士山縦覧場として行楽客を集めた。高さ32.4m、裾周り270m、頂上の広さ25坪で、螺旋状登山路を作り、頂上を展望台にした。結局台風で壊れ、2年半で取り壊されてしまったが、跡地はパノラマ館となり、現在はROXがある浅草の一等地である。」
なお、ここに記載されているパノラマ館も江戸川乱歩の小説には良く登場します。

Q宇治拾遺物語の中で「これも今は昔、田舎の児の比叡の山へ…(中略)…うたてしやな」

宇治拾遺物語の中で、「これも今は昔、田舎の児の比叡の山へ…(中略)…うたてしやな。」という古文の、最後の「うたてしやな」は、誰の立場にたっての見解でしょうか?作者でしょうか、僧でしょうか?

それと、その文中にある「桜のめでたく咲きたりけるに」の現代語訳は、「桜が見事に咲いているところに」でよいのでしょうか?
それとも、「桜の立派に咲いているところに」でしょうか?

どちらでもよいので、わかった方は、教えてください!

Aベストアンサー

語り手のように思います。
宇治拾遺物語の全体に、生き生きとした語りが感じられます。とりわけ助詞のつかいかたなどにです。
うたてし・やな(情けないことよなぁ/嘆き) もそうですし、咲きたり・ける・に(咲いていたのだったが/回想または伝聞) もそうです。
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Qアリスの姉はなぜ制止しなかつたのか

『不思議の国のアリス』について質問です。

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夢だつた、といふ夢のない答ではなく、ルイス・キャロルなみの回答を期待してゐます。

Aベストアンサー

まず、ご存じかも知れませんが、『不思議の国のアリス』の日本語訳は
http://www.genpaku.org/alice01/alice01j.html
で読めます。これに基づいて話を進めます。

確かに、物語の最後で、アリスは「川辺によこになって、
おねえさんのひざに頭をのせてい」ますから、
すべては夢だったとも解釈できますが、
仮に夢であったとしても、
夢の中でどういう出来事が展開されたかを考えるのは
無駄ではないと思います。

まず、アリスがおねえさんと一緒にいた場所と、
アリスが兎の穴に飛びこんだ場所とは、
野原を隔てた別の場所です。

おねえさんは「絵も会話もない」本を読んでいます。
アリスはうさぎを追って「野原をよこぎ」りますが、
その時のお姉さんの行動については記述がありません。

したがって、おねえさんの行動は
想像してみるしかないのですが、
読書をしていた彼女は、そばにいた妹が
急に「とびあが」って「うさぎのあとを追っかけ」始めたとき、
たとえば、妹の腕をつかんで引き留めるとか、
間を置かずに妹の後を追うとかすることは
できなかったのではないでしょうか。

そして、仮に、ですが、
一瞬後に妹の後を追いかけ始めたとしても、
結局、妹がうさぎの穴に飛び込むまで、
追いつくことは出来なかったのでしょう。
(もちろん、おねえさんはうさぎの穴の存在を
 前もって感知してはいなかったはずです。)

そして、お姉さんは、追いかける途中で
「急にどこへ行くの。止まりなさい」などと
声を掛けた可能性はありますが、
アリスはうさぎを追うのにに夢中になっていますから、
姉の声は耳には届かなかったか、
あるいは、届いていたとしても、
どのみち、止まるはずはなかったと思われます。

先に述べたように、すべては想像でしかありませんが、
ともかく、アリスが穴に飛び込まないことには、
物語は先に進みませんから、
アリスがうさぎを追い始めて以降のおねえさんの行動は
追っかけて止めようが、止めまいが、
それは枝葉末節であって、わざわざ描くほどのことはないと
ルイス・キャロルは考えたのではないでしょうか。

参考URL:http://www.genpaku.org/alice01/alice01j.html

まず、ご存じかも知れませんが、『不思議の国のアリス』の日本語訳は
http://www.genpaku.org/alice01/alice01j.html
で読めます。これに基づいて話を進めます。

確かに、物語の最後で、アリスは「川辺によこになって、
おねえさんのひざに頭をのせてい」ますから、
すべては夢だったとも解釈できますが、
仮に夢であったとしても、
夢の中でどういう出来事が展開されたかを考えるのは
無駄ではないと思います。

まず、アリスがおねえさんと一緒にいた場所と、
アリスが兎の穴に飛びこんだ場所とは、
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