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突然すみません。高校一年の女子です。

最近、部活を辞めたいと思うようになりました。

私は中学3年間陸上部に、そして、10年間水泳をしていました。水泳は中2の途中で辞めてしまいましたが…
現在は陸上部に所属しています。
今年の春から県内1の進学校に進みました。

中学時代の私は、いつも明るくて真面目。
スポーツも勉強も得意で(私の学校の中では)
先生にもかなり気に入られていましたし、みんなから頼りにされる存在でした。生徒会長もしていました。
自分にそれなりの自信もありました。

そして、部活についてですが、私はスポーツは好きでもきつい練習がどうしても嫌になってしまう弱い人間です。
勉強は人以上に頑張れるのに、息がきれる肉体的にきついことが頑張れません。
みんな頑張っているのに、そんな自分がたまらなく嫌です。
中学時代は大好きな部活の仲間や後輩のおかげで続けられましたが、今は進学校なだけあって、顧問の先生もほとんど部活に来ませんし、手を抜きたければいくらでもぬくことができます。でも、そうするぐらいなら辞めた方がいいと思っています。
ストレスばかりがたまり、趣味で走ったり泳いだりするだけでいいのでは?と思うようになりました。

しかし、部活を辞めたいと思ってもどうしても後悔してしまいそうで踏み出せません。
理由として、中学の部活の後輩から、
「先輩と同じ学校に進学して、また一緒に部活がしたい」と言われたこと、
また、彼氏が陸上をしていることです。
彼はスポーツ推薦で私とは別の高校に入り、毎日部活を頑張っています。また、スポーツだけだと思われないように苦手な勉強も頑張っています。彼は私の前向きで努力家なところしか知りません。
だから、一生懸命な彼に「キツイから部活を辞めたい」などと言って失望されたくありません。
彼は本当に優しくて素敵な人です。

しかし結局は周りの目を気にしているだけなんですよね…
最近は自分への自信もなくなり、劣等感ばかりを感じてしまいます。
部活が憂鬱でしかないと思ってしまいます。

部活を辞めて、後悔した方はいますか?
また部活を辞めたら、更に勉強は頑張れますか?(現在の第一志望校は東京大学です)
部活をしていなくても生き生きと過ごすためにはどうしたら良いのでしょうか?
その他アドバイスなど、どんなことでも構いません。
思っていることをそのまま相談できる相手がいないため、この場をお借りしました。

長々とすみません。
回答お願いします!

gooドクター

A 回答 (4件)

とても聡明な方ですね。


十分、大人と感じました。

文武両道こそ正論ではないかと思いますので、せっかくの人生を生き生きと楽しんで頂きたいですね!!

今は東大を志望されていますが、その先は、夢は、どうなのでしょうか?

彼が素晴らしい人物ならば、きっと、あなたも素晴らしいのでしょう。
人様の為に学業とスポーツをしているわけではないと思いますので、、
あるところでストップはアリだと考えます。

勉強と運動以外で、好きな事(学校外において)はしていますか?
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部活の相談と言うよりも、



「進学校に進んだいま、

 周りの方がみんな優秀なので自分の学力についても不安を感じはじめました。

 自信を取り戻したいです。」

と言うようにも汲み取れました。

質問者さんは、水泳を既に辞めているのですから、

辞めると言う事はどういうことか、知っていると思います。

こちらが本当の悩みじゃないと、勝手に解釈し、前提した上で助言します。


まずは自信と言うものの捉え方です。

これは、晩年に成っても難しい。

経験から言いますと、自信という字づらに答えがあると思います。

自分を信頼することですから、

自信がなくなっているときは、自分の考えを信頼しないことです。

字のごとくですね。

今の自分が部活を辞めたいといっているのですから、

これを信じて行動したら、

何らかの宜しくないことが起きると自分だけが判っていると言う事です。

だから悩んでいるんでしょう。

その直感は他人には分かりませんから、ここについて考えて見ます。


年齢とプロフィールから考えて、

恐らくですが。

今、必要なことは、「頑張って入れば努力が実る」という発想から、

「戦って競争に打ち勝つためにはどうすればよいか?」

という姿勢に、自分を変えていくことでしょう。

小中学校と言うのは、まだ成長に差がありますので、

意外と楽に課題をこなすことができます。

本当の競争になっていませんので、そこで得た名誉は全て本物じゃありません。

高校で全てを失うというのが良くあります。

ここに対策で来た人が、これらを維持できます。


大事なのは、自分の弱さも、他人の強さも認めると言う事です。

この課題(発想の転換)をクリアできない場合は、

これまでの積み上げは全て無くなります。

どんな子供も、

「結局自分は、

 楽なものにしか勝てず、楽なものだけを選んで、他人に誉められている。」

いつかは、自分にこのようなレッテルを貼ってしまうはずです。

これが早ければ早いほど、大人としての最終的な能力が低くなります。

(これも何とかなりますが、その間はロスになります)

中学から高校に進学した人は、最初の1年に注意が必要です。

自分の人生に頭打ちをするのだけは避けましょう。



また、他人の目を気にするという表現を間違ってつかっています。

真の意味は、

「負けそうな戦いでも継続し、

 きっちりと負けて、きっちりと泣き、きっちりと悔しがり、

 惨めな姿を、怖がらず他人に晒す。」と言う事です。

質問者さんの場合は、練習がきつくてサボったり、愚痴ったりすることです。

(その都度、出来うるかぎり抵抗することですが)

例えば、

「人生に影響しない大事ならば、競争を避けて楽な道に進んでも良い。」

かもしれません。

しかし、

「人生に影響しない大事ならば、ここで負けておいて、惨めな自分を体験し、

 それに慣れる事で勝ち負けの恐怖を和らげておく。」

と発想することもできるのです。

常に私は、後者で考えています。

そして考えてみてください。

論理ではこの二つの発想しかなく、多くの人が必ずどちらかを自分の方針

として採用してしまっているはずなんです。


つまり、後者の発想をしている人は、

比率としては少ないですが、かなりいます。

小中学校、高校では資質としての差がでません。

ですので、高校から能力が急落するひともいます。

そして資質としての差とは、

負けそうな戦いにどのように挑むかです。



闇雲に頑張る人は、必ず負けます。必ず前者の結論を出します。


ここで獲得すべきものは、

体感的な不快感を細かく分析し、原因について丹念に調べ、

慎重に結論を出すこと。

問題を大きくして逃げ出したり、責任転嫁の誘惑に対抗することです。

小さな嫌ことをマメに改善したり、

一つの原因で複数の不具合が生じるものを見つけようとすること。

人に呼びかけて共感を得て、一緒にこれらを取り払ったりすること。


つまり、

誰にも指図されない中で、自分の戦いのために、自分の知恵を使うことです。


そして、

顔を挙げて、ライバルや当事者以外の第三者の事情を探り、

自分のもち札から、手堅く狙えるもの、出来れば取りたい部分、と順位付けし、

想定できるイベントに対して時系列でアクション予定を作ります。

(このあとこれを仲間と共有して役割分担をするようになります。)


これらは学校で指導されません。

テストにも出ません。

しかし、社会の本質的な仕事はすべてここに帰着します。

ということは、

幼少期や学生時代に自然に体得している子供がいるということです。

もし自分が未獲得であるならば、彼らには勝てません。

学業が優先されていますが、本当の資質の部分は密やかに育成されています。

学業や集団生活の中で、子供たちにストレスを与えるように計画されています。

芸を仕込むように、

親の財力を使って子供に勉強の傾向と対策だけを教える親がいます。

しかし、ストレス一般に対しての対抗の方法を教えていない場合があります。

こちらが本当のテストであると考えましょう。

大人ですら、これらに負けて格付けされているのが社会です。

親ですら実際のところは出来ていなかったりするものです。

大人に成るためには、

大人が出来ないことを、子供のうちに獲得する必要があります。


「確かに辞めてしまっても死にはしない?

 しかし、辛いとか難しいとか、負けそうな状態になったとき、

 逃げる理由に頭を使うか?

 辛さの原因を調べて、楽にできるように工夫をするか?

 自分の知恵をどちらにつかうのか、習慣になるとしたらどうする?

 大したことは無いと決めても良いが、

 そこ(如何なる時も改善に知恵を使う自分になりたいと)拘っている

 ライバルがいたらどうする?」

 
しかも、

恋愛であっても、学業であっても、趣味であっても、仕事であっても、

同様の構図(=うまくいきそうにない=いやだと思える=ストレスになる)

が成立してしまいます。

何でも競争しようと言う姿勢は疲れるだけですが、

「挑まれたときは、それなりに対抗できる」

という保障を自分に対してもっているべきでしょう。

不得意な分野であっても、変わらず対応できること。

これならば、自信がある分野ではなく、自分に自信があるとなります。

この本当の自信(=分析と改善)を得ている人と、

そうでない人では、器量が違うでしょう。

そしてこれが魅力にすらつながって行きます。



コントラクトブリッジというカードゲームがあるのをご存知ですか?

どんなものか調べて、その考え方を知ってください。

自信とは何かわかるはずです。


分析と改善程度ですと、段々と同等のライバルには勝てなく成ります。


そして、

非常に高い次元ですが、発想転換(=パラダイムシフト)という方法論を

自由に使いこなす人が登場し始めます。


この次に、

天運と言うものを知り、これのメカニズムが分かり、

これを制御しようとするようになります。

(7つの習慣、セレンディピティと言うキーワードで調べてみてください)


先端のエリート達が望んでいるのはこの次元です。


こちらからの視点で捉えますと、

悩んでいる以上は、結論が間違っていると自分が直感しています。

これが意識的に自覚できず、言葉にならないのは年齢のせいです。

この直感という部分は、40歳くらいから活動し始める、真の能力です。

ある時突然、鮮明になり、合理性も含めて綺麗にわかるようになります。


悩みを逃げることでしか解決できないとなれば、

こちらのほうが後悔をします。

苦しいといっても、死ぬわけではないのですから。

ですので、日常の習慣や環境の工夫で、手堅く改善をしましょう。

話を大きくしてしまわないことです。

「これくらいは日常に良くあります。普通に無意識に改善していました。」


十代後半であれば、まずはこの次元をクリアしましょう。

人の頂点の次元で見ますと、このあたりはかなり下のほうになります。

しかし、一つ一つクリアして行かないと、

上がどうなっているのかすら見えないまま人生が終わります。


天運と言うのは、

人の中に共通しているガード機構、このアルゴリズムから生まれます。

実際には、人は一度見たモノを模倣する能力を持っています。

ですので、地球コンピューター並みの能力を全ての人が持っています。

自意識が生まれたときに、これらが鍵がかかり開放されなくなります。

練習や勉強と言うのは錯覚の一つです。

その程度では、脳は新しい能力を獲得できません。

本人の目的意識の確認を本人の中に潜むガード機構がチェックしており、

本人のためではなく、社会のために解放するように目を光らせています。


生徒会長をするために必要な能力を開放してもらえたと言う事です。

勉強が鍵であったわけではありません。


人の期待に応えようとし、そのために必要であると判断されたわけです。

これを生得の物と勘違いをすると、あらゆることが出来なくなります。


高校で振り出しにもどってしまい、ショックでしょう。

再度、一からやり直して、構築できるのか? 繰り返せるのか?

これが今のテーマなんですよ。

以上、ご参考に成れば。
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自分のしたくないことを続けるのは ストレスで苦痛でしか ないと思います。

確かに。
彼氏や 後輩のくだりは 省きます。

あくまでも 私個人の考えなので 参考程度に 流して読んでください。

部活じゃなくても 趣味で運動したり 泳いだり で 良いんじゃないか
と あなたの言葉にありました。

私は逆にそう思うなら 完璧ではなくても 部活を続けた方が良いと思います。

始めたことを 途中で投げ出すことは あまり 好感の持てることではありません。

あなたなら 乗り越え 部活を続けながら 東大に入れるような気が 私はします。

だって 中学時代にも頑張れたじゃないですか。

あとは 部活を楽しむことを考えれば良いだけです。

頭の良いあなたなら 出来ると思います。

頑張ってください。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
あなたからの回答を読んで勇気が出ました。
背中を押してくださって本当にありがとうございました!!

お礼日時:2016/05/31 22:53

あなたは、誰のために、何のために生きているのですか。


自分自身のためでは、ないのですか。

他人の目ばかり気にしているように見えます。
私も中学から高校までは、そうでした。

自分の人生、自分が主人公です。
自分で道を探すしかありません。
自分で判断するしかありません。

これが、一番頭を悩ますことだと思います。
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