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彼氏が夏目漱石の名言「嫌な女も好きな女もあり、その好きな女にも嫌なところがあって、その興味を持っている全ての女の中で、一番あなたが好きだと云われてこそ、あなたは本当に愛されているんじゃありませんか?」という言葉をTwitterでRTしてたのですが浮気してるってことでしょうか?

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A 回答 (4件)

単に名文句に憧れただけかと思います。

文豪が使ったと言うだけでかっこよさがにじみ出ます。
あなたのために、いろいろな名文句を探しているのではないでしょうか?
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私、旧い漱石ファンです、あの方はあまり自由に論じる事が許されなかった時代に、笑いを研究されたのではないか?と憶測しています


あまり文学的素養はありませんが、何も無かった戦時中、勿論児童書など無く、たまたま親の書棚にあった「我輩は猫・・」を漢字飛ばしで読み返した子供にかなりの影響を与えた、と勝手に思い込んでいます
旅行で松山に行った時、漱石執筆の間という有料観光施設があり、一時間机の前に座ってみた、という行動で女房に呆れられた事もあります
今は電気通信の技術者という実用一点張りの社会人を経て、年金暮らしになりましたが、何も下積みがある訳で無く、好きな落語家を選んで一人コツコツと「日本の笑い」を吸い込んでいるところです
長くなりましたが、貴女を悩ませている「今風文学青年」のいい所を探してみては如何でしょうか?
何か深いところもある、アナログ人間である様な気がします、歳も大きく違いあれこれ話し合う機会も無いのに、年の功だけを頼りに言わせて頂きました、良き展開に進むことを祈っています
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深いなぁと思ったのでは無いでしょうか?

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え?


何故?
ちょうど漱石を読んで、おもしろかったから、ツイート披露したかっただけなのでは?
漱石、いいですよね。
ちょっと理屈っぽいけど、大好きです。
大好きというのに無知ですが、その言葉は、何に入っているのでしょう。
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Q嫌な女も好きな女もあり、その好きな女にも嫌なところがあって、その興味を持っている全ての女の中で、一番

嫌な女も好きな女もあり、その好きな女にも嫌なところがあって、その興味を持っている全ての女の中で、一番あなたが好きだと云われてこそ、あなたは本当に愛されているんじゃありませんか?
夏目漱石の言葉なのですがこれってどういう意味でしょうか?
最後の文は女の人に言っているのでしょうか?

Aベストアンサー

「好き」「嫌い」はデジタル的に「0」「1」ではなく、アナログ的なものですよ、というのが前半。(「あばたもえくぼ」という「好きな人のものなら、何でも好き」という舞い上がった価値観を否定している)

後半は「好き」「嫌い」がアナログ量であっても、「好き」が一番多いとか「嫌い」が一番少ないということではなく、「好き」「嫌い」が混在する中で「好き」と言われることが「愛されている」ということではないでしょうか? という価値基準の提案かと思います。

「最後の文」って、これ「ひとつの文」だと思いますよ。もちろん、女性に対して言っています。(ついでに言えば、一般の堅気の女性ではなく、「プロ」の女性かなと思います)
当然、「男」の立場で言っているので、かなり独善的かつ男性に都合のよいもの言いです。

Q夏目漱石は森鴎外をどう思っていたか。

お世話になります。
森鴎外と夏目漱石、ともに日本を代表する作家です。
森鴎外のいくつかの小説には、夏目漱石の名前もしくは夏目漱石をモデルにしたと思われる人物が出て来て、森鴎外が夏目漱石を一目置いていた事が分かるのですが、逆に夏目漱石は森鴎外の事をどう思っていたのでしょうか?2人の間には交流はあったのでしょうか?
そのような事が分かる本などは有るのでしょうか?
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄にて、全体を窺ふ事かたく候得共(そうらえども)、当世の文人中にては先づ一角ある者と存居(ぞんじおり)候ひし、試みに彼が作を評し候はんに、結構を泰西に得、思想を其学問に得、行文(こうぶん)は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚(あつま)つて、小子の目には一種沈鬱奇雅の特色ある様に思はれ候。(八月二十三日付け:引用は江藤淳『漱石とその時代』第一部から)
--------

鴎外は明治二十三年一月、『舞姫』を、同年八月『うたかたの記』、明治二十四年一月に『文づかひ』を発表しています。

後の漱石、当時はまだ金之助であった彼が読んだ「二短篇」がなんであったかは明らかではありませんが、この冒頭から、二作品を読んで高く評価した漱石に対して、子規が、それはおかしい、と反論した背景があったことがうかがえます。

江藤淳は『漱石とその時代(第一部)』(新潮全書)のなかで、鴎外の作品は、前年に帝大の英文科に入学してからの漱石の状況を考えながら、この手紙を以下のように解釈しています。

-----(p.202から引用)-----
「洋書に心酔」し、しかもそれを意志的・知的に理解しようと努力するうちに、いつの間にか虐待されつづけていた金之助の感受性を覚醒させずにはおかないものであった。つまり鴎外の小説の「結構は泰西」に仰がれていたが、そこにはまごうかたなき旧い日本――金之助が英文学専攻を決意して以来置き去りにして来た「日本」があったのである。

……『舞姫』に描かれた才子佳人の恋は、舞台こそ独都ベルリンに求められていたが、ほかならぬ晋唐小説の伝統を「文明開化」の時代に復活させた恋である。金之助が鴎外の「二短篇」に見たものは、いわば崩壊しつつある旧い世界像の残照であった。その光を浴びた彼の衝撃がいかに深かったかということは、のちに金之助が英国留学から帰国して発表した小説、『幻影の盾』と『薤露行』に痕跡をとどめている。この二短篇の雅文体の背後には、ほぼ確実に『舞姫』や『文づかひ』の鴎外がいる
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つまり、漱石が英文学の研究から執筆活動へと移っていったのも、鴎外の存在があったことが、理由の一つであったと考えることができます。


後年、両者はそれぞれに、当時の文壇から離れた場所で、それぞれに仕事をするようになります。

このことを中村光夫はこのように指摘しています(『中村光夫全集』第三巻)。ここで「彼等」というのは、漱石と鴎外の両者を指しています。

-----「鴎外と漱石」p.160-----
おそらく彼等が表面冷やかな無関心を装ひながら内心激しい憤怒に燃えてゐたのは当時の文壇といふやうな狭い世界ではなく、むしろこの文壇をひとつの象徴とする或る社会風潮であつた。いはば彼等の誇り高い教養と抜群の見識とは、当時の我国民が無意識のうちに徐々に陥つて行つた或る根深い精神の頽廃を鋭く直観した。そしてこの抗ひ難い社会の風潮に対して勝つ見込のない敵意を燃やしてゐた。…

では彼等がここで生涯を賭して闘つた敵は何かと云へば、それは一口に云つて、近代欧米文明の一面的な輸入の結果たる所謂文明開化の時潮であったと僕は信じてゐる。…明治大正を通じて我国が存立の必要から強ひられて来た欧州文明の物質的側面の急激な輸入と、その結果として我国民の精神の深所に徐々に食ひ入つた或る微妙な歪みを指すのである。
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当時のふたりがなぜ交友をもたなかったのかは、さまざまな事情があったことと思います。

なによりも、漱石が専業作家として活動したのは、わずか十年であったことを忘れてはなりません。成熟するまでに時間がかかり、一人前になってからわずかな時間しか与えられなかった漱石は、自分の生命を削り取って作品に結実させていった、といっても過言ではありません。

二葉亭四迷没後、一時期は同じ職場に籍を置きながら、実質的には交遊がなかった二葉亭に対して、『長谷川君と余』(『思い出す事など』所収 岩波文庫)のように、実に心情にあふれた追悼文を残した漱石ですから、たとえば鴎外が自分より先に亡くなってでもいたら、間違いなく、何らかの追悼文を残したでしょう。

こういう位置にあった鴎外と漱石が、たとえ表面的には交遊がなかったにせよ、互いに反目したり、あるいは嫉妬したり、排斥したりということは、非常に考えにくいと思います。
漱石の弟子宛ての書簡にも、鴎外の名は散見されます。
ともに意識のうちにあったのは、日本や日本の文化の行く末であったことを考えると、互いに深い敬意を抱いていたと理解してかまわないかと思います。

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
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鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄に...続きを読む


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