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"怠け者"と"怠け心"とは違うはず。

ここでの質問は"怠け者"の存在の役割に付いて、それが有るならば知りたいと言う事です。

我こそはと思う人はもちろん、それほどには思わない方でも関心のある方は「回答」に挑戦して見てくれませんか。

出来れば回答者同士の議論なども起きるほどの"意見交換"があればいいな、と思うのでそのきっかけになればと、まずは私の考えから・・・

"怠け者"の存在は、"いざ事が起こった"と言う時の予備軍として重要である!
・・・と、主張します。

ご回答、期待しています。
よろしく。

質問者からの補足コメント

  • 今夜、時間があればお礼欄を使って“説明に挑戦”して見ようと思います。
    頑張ってみます。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/06/21 15:53
  • 新カミカゼ特攻隊員に元気な老人を!

    自爆なんて手段はセコい考え。
    正々堂々と「新カミカゼ特攻隊」を組織して、日本の潜在力をアピールすべし。

    怠け者、いや老人は“予備軍”である。

    以上。これでおしまい。

      補足日時:2016/06/27 15:59

A 回答 (10件)

こんにちは、yy8さん。



>ここでの質問は"怠け者"の存在の役割に付いて、それが有るならば知りたいと言う事です。

昔話の「三年寝太郎」のように、いつも寝ている=(けれども)頭のなかではあれこれと試行錯誤している、その結果、村を干ばつから救うことが出来ました。といった功利主義的な見方もなりたつでしょうが、わたしはロシア文学における「余計者」や漱石の「猫」に出てくるような明治期の「高等遊民」という存在に惹かれます。

彼らは食うに困らない経済的な背景があるので、仕事もせずにぶらぶら暢気に暮らしていますが、同時に彼らは市井のインテリでもあり、寝太郎とは別の次元での「考える人たち」です。

漱石の「猫」に登場する高等遊民たちとロシア文学の「余計者」の系譜とは異なりますが、寝太郎も含め、社会はその内部にどれだけ異質なものを抱え込むことが出来るかによってその成熟度が測られます。もはやそれは、寝太郎のように、「いつかは役に立つだろう」という期待すら持ちえない「無償の抱擁」です。結果として彼らが寝太郎であったのか、全くの社会的デラシネであったのかは最後までわからない。けれども、怠け者、余計者は生産者ではないがゆえに何の価値もないという見方は社会を限りなく硬直したものにし、最終的に、人間とはけっきょくは生産力であり、支払い能力である、というような人間観を醸成しかねないと思うのです。であれば、カレル・チャペックの『ロボット』のように、「ロボットの方が人間より優れている!」という「ロボットによる人類殺戮の」主張に重なるように思えるのです。
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この回答へのお礼

なるほど、です。
同レベルでの感想は現れません。
なるほどと思うばかりです。

有難うございました。

お礼日時:2016/06/25 00:38

こんばんは、



質問から離れますが、No.5のニャンポコさんの回答へのお礼欄に書かれている

>「いざ事が起こった時」と言うとちょっと大げさな表現になりますが、大げさな表現に即した事柄を敢えて言えば「戦争」と言う事がそれに当たります。

>蛇足と断っておきたいですが、過去の世界大戦時に日本の若人が国のために命をささげたことを思うと、年寄りの私はこの元気な体を国のために使いたいと思っているのです。

というのはどういうことか、お聞きしてよろしいでしょうか?
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この回答へのお礼

特に深い意味は、ありません。
言葉に現れた通りに受け取って頂いたほうが気が楽で、いいです。

さっそくスローガンを作りました。

『これから、の若人より元気な、老人!』

これがいいと思います。

お礼日時:2016/06/27 15:43

そりゃあ 誰かさんのように 存在主義を持ってくるのが正解


でしょう。

★ 予備軍として重要である
☆ というのは すでに回答が出ていますが 功利主義におい
てしか≪怠け者≫なる存在を捉えることが出来ない・・・となっ
てしまいます。

誰が言っているのか知りませんが 存在しなければ世界は何も
始まらないのですから 存在するだけでとうとい。という見方
が 基礎になりましょう。




植物人間であっても 近しいひとたちにとっては そこにいる
のと全くいなくなったのとでは その自分たちのそれぞれの生
活現実が違ってくるはずです。

生活共同ということについて 具体的な概念づけが――生前に
その身内が存在していた状態とそして死者としてほうむったあ
との状態とでは―― じっさい違って来ます。

生活の中で・仕事のことで ともによろこぶといった時間が実
際じょうのこととしては なくなります。





ただし 話し合いがまるで出来ないという状態にある怠け者に
ついては どうカカハリを持てばよいのか。なやましい問題が
あるかに見られます。

そういう場合があるかどうかは 分かりませんが。

というよりも 話し合いを実際におこなっていて それでも
相手の言い分を聞かない・受け留めないという場合 こういう
場合は けっこう現実にあり得ているようです。

対話不能症候群。こういう種類の怠け者が 問題です。
ごろつきもいますし。いいこと言っていても 破落戸だという
場合があるのです。
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この回答へのお礼

こう言った怠け者も現れるんですね。
なるほど、です。

今回はよく分かりました。
有難うございました。

お礼日時:2016/06/25 00:43

ナマケ者との関連語はナマハギ、ナゴミタカリ又はヒカタタクリと呼び、太平洋に面した奥州の一部では、小正月(縄文時代の正月)の晩に来る蓑笠の神さまのことで、恐ろしい聲をして手に小刀を携へ、それを筒のような器に入れて、がらがらとならして来る村もある。

ヒカタは、火にばかり当っている者の肌膚にできる「火だこ」とよばれる斑紋であり、 タクルは剥ぐことである。ナマハギのナマも同じく「火だこ」のことで、ナマケ者のナマと同じ。

火だこの出来ているような者にたいする神聖なる一つの脅迫がナマハギである。

以上、『定本柳田國男集』第二巻「雪国の春」p124の要約
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この回答へのお礼

『柳田國男』に付いては、以前より"そのうちに"と言った怠け心が働いていて"いまだに"と言う状態です。
だからこれを切っ掛けに、重い腰を上げようと思います。

氏が『南方熊楠』を神とあがめるように、私にとっては学問上に於いて『柳田國男』が神となるような予感があるからです。

有難うございました。

お礼日時:2016/06/25 00:28

>人間の怠け者はどうしようもないよ、と言う事ですね。



決して非難はしていませんよ。蟻とキリギリスのどちらが幸福か。それは本人次第。
怠け者は怠け者の幸福をそのまま享受したらいいということ。
怠け者を自覚しているのに、自分は本当は役に立つんだ言わなければならないことが不幸だということ。
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この回答へのお礼

敢えて、疑問を。

自覚する、と言う事の裏には≪自身に依る自身への批判≫があるから、なのではないでしょうか。

怠け者と言う自覚の無い怠け者は幸福である、とは言えると思いますが。

また≪不幸≫は向上心があるから、と言いたいです。

☆ 意見の違いではなく、表現の食い違いだと思います。

有難うございました。

お礼日時:2016/06/25 00:14

人間の場合、やるべき必要な仕事があると思えば働く気になると思います。



根っからの怠け者に思える人がごくたまにいますが、なんらかの「障害」が
あるといえると考えます。

現在の社会で怠け者になっている人は、「あぶれた人」だといえるでしょう。
学校で落ちこぼれてしまった人、職につけなかった人、クビになった人、自
分が不要な人間だと思っている人、無能な人間だと思っている人、自分の位
置があると思えない人等々‥

揚げ足を取るようですが、「お呼びがかかったら‥」というのは弱気ですよ。
弱気な人、変わった人、頑固な人なども、社会からあぶれてしまい、怠け者に
堕してしまうことが多いのかもしれません。

yy8さんは「いざことが起こった時」ってどういうことを言っているのですか?
確かに平和で、特に問題がないのであれば、そんなにガツガツ働かなくてもい
いのかも知れませんが、私は問題アリアリだと思うので、今が「いざ鎌倉」だと
思っているので、死ぬまで働こうと思っているんです。
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この回答へのお礼

「障害」は例外として、

そうですね、扉を開けてみたら、そして入ってみたら、居心地が悪く、また拒否されているような気もして、どうも自分はここでは役立たずな、不要な人間のようだと思ってしまう事が怠け者に"してしまう"のかも知れません。
ここで引いてしまうのが弱気なんですね。

「お呼びがかかったら・・」と言うのも確かに弱気な姿勢です。

「いざ事が起こった時」と言うとちょっと大げさな表現になりますが、大げさな表現に即した事柄を敢えて言えば「戦争」と言う事がそれに当たります。

蛇足と断っておきたいですが、過去の世界大戦時に日本の若人が国のために命をささげたことを思うと、年寄りの私はこの元気な体を国のために使いたいと思っているのです。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2016/06/25 00:01

怠け者、にも重度と軽度が居ると思うので


全てに当てはまるものでもありませんが
>お呼びが掛かったら頑張ろうと思っていたのに、、、
とか思っている人には当てはまらない事は最初に言っておきます。


そもそも、普通の怠け者は考えているもんです。効率よく仕事をする方法を
どうすれば、楽に仕事が終わるか、とっとと帰れるかを常に考えているのです

この部分を、こう改善すれば、この部分の仕事が必要無くなって、その分
俺の仕事が減る的な考え方をしながら面倒くさい仕事をしているものです

実際、多くの発明品や、特許は、人を楽にさせる道具が大半を占めています
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この回答へのお礼

優秀な怠け者もいれば、劣等な怠け者もいるという事ですね。

このように教えられると、この社会は優秀な怠け者の役割って重要なんだなあと、思いました。
有り難うございました。

独り言(重度と軽度、かあ~)

お礼日時:2016/06/21 17:15

人間は思い無しに考え無しに行い無し。


有るという人は皮肉に言えば天真爛漫だから。
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この回答へのお礼

で、回答は何ですか?と思わず思ってしまいました。
こう思ったので考えてお礼しています。

怠け者には怠け者としての“考え有っての事”と言うことですね。
有り難うございました。

お礼日時:2016/06/21 16:45

で質問はなんですか?

この回答への補足あり
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この回答へのお礼

"今夜"が今日になってしまいました。

今月(6月)の17日の質問に「怠惰とは何か。①なぜ人は怠けるのですか?②なぜ人は怠けると罪悪感を感じるのですか?③怠惰とうまく付き合っていく秘訣は?」と言うのがあって、寄せられた回答を見ると質問者さんの質問の意図から外れたと思えるような回答が多かったように思い、そこで怠惰とは何か?と言う事と"怠け心"の違い、を確認したくてこの質問を立てました。

勘違いではないかと私が思うそこでの回答は、なるほどと思えるものばかりだったので、これは"怠け心"とは別に、あるいは"怠け心"から離れて"怠け者=怠惰"に付いて新たに質問してみようと思い立ったのです。

"怠け者"の存在には何やら有意義、を感じてしまったんです。
それゆえの質問なんです。

こんな説明で、私の質問の意図は伝わりましたでしょうか。

お礼日時:2016/06/24 23:28

みんなが、米を生産したり、トイレットペーパーを作ったり、漫才をやってみんなを喜ばせたりしてる中で、怠け者は、その恩恵を受けるだけで自分は何もしない。

いざという時に力を発揮する人というのは、火事が起こっていない時の消防署、戦争、災害が無い時の自衛隊。イザという時に備えて日々研鑽を積んでいる。
怠け者になるのも自由。好きにすればいいが、取っ手つけたような怠け者ナルシズムは、腐った肉でも非常時には焼いて食べられますと聞こえる。
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この回答へのお礼

怠け者に見える蟻は予備軍として、緊急時には働き者に変わるから怠け者とは言えないけど、人間の怠け者はどうしようもないよ、と言う事ですね。
成る程です。
ただ、最後の「取っ手つけたような怠け者ナルシズム」以下の意味が読み取れませんでした。私の頭のせいでしょう。残念。

怠け者は予備軍にはならないのかあ、、、
お呼びが掛かったら頑張ろうと思っていたのに、、、

嘆いて居ても仕方ないのでお礼を。
回答有り難うございました。

お礼日時:2016/06/21 14:14

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