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【日本史・聖徳太子が】人魚姫を見たことがあるとはどこの書物に記載されているのでしょうか?

西洋には人魚姫伝説がありましたけど、当時の聖徳太子はどのようにして西洋の人魚姫の存在を知っていたのでしょう。

A 回答 (1件)

『日本書紀』によれば、619年に摂津国で、「子供のような姿で、魚とも人ともつかないものが網にかかった」とされています。

聖徳太子の時代なので、ここから話が広がって、彼が人魚に会ったという伝説になったようですね。

> 【日本史・聖徳太子が】人魚姫を見たことがあるとはどこの書物に記載されているのでしょうか?
聖徳太子が人魚を見たという話は、『聖徳太子伝暦』(917年成立)にあります。
http://www.yomiuri.co.jp/local/shiga/feature/CO0 …
ただこの人魚が、女性だったかどうかはわかりません。観音正寺の伝説では、「生前は漁師だった」とされていますし、男と思われていたようです。

ちなみにリンク先では、近江国の蒲生川に人魚がいたことになっていますが、厳密に言うとこれは違います。蒲生川について『日本書紀』には、「人のような形の生き物がいた」とあるだけです。「魚とも人ともつかないもの」が捕まったのは、摂津国でのできごとです。

> 西洋には人魚姫伝説がありましたけど、当時の聖徳太子はどのようにして西洋の人魚姫の存在を知っていたのでしょう。
日本の人魚は、西洋のマーメイドとは本来関係がないようです。一種の人面魚のようなもので、人に似ているのは顔だけです。
http://www.jiten.info/dic/world/ningyo_mermaid.h …
「上半身が人、下半身が魚」という姿になったのは江戸時代以降、西洋の知識が入ってきてからです。「人魚のミイラ」と言われるものがつくられ出したのもこのころです。
なお、観音正寺にあったという人魚のミイラはこんな感じです。↓
http://www.yomiuri.co.jp/local/shiga/graph/artic …
「【日本史・聖徳太子が】人魚姫を見たことが」の回答画像1
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この回答へのお礼

みなさん回答ありがとうございます

お礼日時:2016/06/23 13:31

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