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世界は一家 人類はみな兄弟姉妹 みたいなフレーズもありましたが

宗教の多くは地上天国を作ろうと言いますねえ

悟りが必要なのかどうかは知りませんが 南無阿弥陀仏と唱えてるだけでは

実現しそうにないと思うのは私だけでしょうか?

実際に実現するかどうかはわかりませんが その過程も分からない訳ですが

もし地上天国と言えるような平和で豊かな世界が実現するとしたら

世界はどの様な世界が望ましいと思われますか?  是非御一考を^^

A 回答 (27件中1~10件)

まずは人間性を理解して


その上で人としての絶対場を外さず
さらにその上で、多様でいいことを尊重し合う。

そうすることで精一杯いらないケンカをしないで済む世の中を
めざすことができるようになるのではないかと思います。

そこから争いを意識した価値観を緩和の方向に向け
さらにそうした個人的な価値観を常識化することで
平和への前傾を強化できるのではないかと思います。

現状は人間性の理解が混沌としたままで
平和をめざそうとするところに無理が生じて
あと一歩の説得力を欠く結果になっているような気がします。

とにかくそうした
「平和からの多様な自己発現の開花」とそれを原動力にした
「文化の有無を言わさぬ発展の前傾」を獲得した世界なんていうのが
よさそうな気がします。
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この回答へのお礼

Thank you

よさそうですねえ。

しかし世界平和の問題になるのが大国のエゴです。国連での拒否権です。

大国だからこそ歩み寄ってくれないと もう中国もイデオロギーの壁を倒して

経済社会に入ってきたわけですから 例え中国が経済のGDPでアメリカを抜いても

もともと人口が違うのですから 仕方ないではありませんか

もう冷戦は終わったのです。これからは事後の収拾にあたってくれないと

ロシアにしてもそうです。核ミサイルの発射準備は出来ていたなどと 相手をビビらすような事を言って

世界の人々が望んでるのは戦争ではありあません。空爆ではないのです

今まで何度地獄絵図を広げてきたか 

人間性の理解、そして子供でもわかる暴力の悪循環、ケンカ、戦争をしないで話し合おうと

思ってくれなければなりません。米中露EUがそれを頭に置いた上で国連を変えてくれたら

どんなに変わって来るか。地上天国に戦争はありえません。世界の人々を説得しなければなりません。

お礼日時:2016/06/28 23:43

天国ってなんでしょうかね。

幸せと感じるのは、三食食べて、遊んでいることですか???それでしたら、クエートへ帰化すれば、原油で保証金がもらえて遊んで暮らせます。
そして幸せ感でしたら、マインドコントロールされることですね。
と言っても、既に、日本人の多くはされてますがね。
三つの世界、(死後の世界、現実世界、バーチャルの世界)
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この回答へのお礼

死後の世界が在るのでしょうか? バーチャル世界は人を錯覚させますねえ

現実の世界に根を張ってないと生きられないのではないでしょうか。

お礼日時:2016/07/12 10:49

地上の楽園は、エデンの園それを構築出来る力ですね。

機械化が奴隷を無くし奴隷無し生産に向かっています。重労働で、死な無い現実を作っています。初期投資が持続してライン生産のラインコントロールが、生産量をコントロール出来る世界を作りました。しかし人類は、ネズミ算式に増え続ける馬鹿は、消えるのでしょう。これが現実なのです。
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この回答へのお礼

シビアですねえ。機械化で仕事が楽になればいいのですが、仕事は増えるばかり

サービスする方は大変ですねえ。

お礼日時:2016/07/12 10:47

>最後には落ち着くところがあるのではないでしょうか


すべての存在は相対的ともいわれる?。
最後に落ち着くところ、ありません、そんな考えが宗教団体に狙われます。
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この回答へのお礼

大無垢や念仏を唱えたら治る という人も多いですね

最後に落ち着く気持ち、境地はないんですかねえ?

お礼日時:2016/07/12 10:45

以前漫画が見ました。


天国へ行くひとは全員お釈迦様(仏像で見るような)と同じ顔に整形手術を受けるという内容。
順番待ちの男は自殺したそうな、すでに死んでいるのにおかしな話ではありますが。
>宗教の多くは地上天国を作ろうと言いますねえ
宗教の教えそのものはそうではありません、宗教団体を作った人たちが、その組織の維持のためにそんなことを言っているだけです。
天国=平和で豊か、だれがそんな定義を?。
塞翁の話、禍福のあだなえるがごとし、すべて、いつも平和で豊か、とすれば、それはごく当たり前であり、すでに平和で豊かでなくなります。
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この回答へのお礼

ありがとう

確かに宗教によっては地上天国など語らない宗教もありますが

いつも平和で豊かが当たり前で 既に平和で豊かでなくなりますと言うのは? そう変化すると言う事でしょうか?

人間万事塞翁が馬ですが 最後には落ち着くところがあるのではないでしょうか?

お礼日時:2016/07/01 20:54

35!へえ、あほなさんて、わたしより15歳以上も若いんだ!

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この回答へのお礼

僕もあほなさんが35歳とは思いませんでした。

お礼日時:2016/07/01 18:01

回答に記述せさせていただきました昔作った話、不愉快さでも、ご批判でもございません。

言葉足らず、こちらこそすいません。
 私も色々と考えてしまうのですが、
「人口爆発問題」でも求めとしましては怪我も病気も治して死なずに生きるようにする医療は大切であり、快適に生きられるようにします食糧も水も生活環境も大切です。「平和への求め」でも所有への求めは私達それぞれが強く、それを基に争いは起きるようでもあります。それら生きます上での欲望によって、問題は起きているようでもあります。平和への望み自体も、豊かさへの望み自体も、豊かな心への望み自体も、自分がより良く都合良く生きる欲望のようでもあります。
「現実の問題と、理想の世界」それらは相反しているようで、根源にあるところは同じなのではないかと感じております。「天国」「望ましい世界」というような完結した形には、どうしても無理があるということになります。
 そこで、別の発想を始めてはと、カッパの話を記述させていただきました。
 別の発想、一つには、「現実の中に、どのように生きているのか」を考えることになるのかもしれません。
 ご質問の内容と違った回答になってしまいました。重ねてごめんなさい。
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この回答へのお礼

ありがとう

人間ですから、時には落ち込み時には浮かれて馬鹿な事を言ってしまったり

地上天国にそういうものがないとは言えませんねえ。

僕の考えも革命的に地上天国を作るという発想はもうありません。

今よりもより良く、より存在出来る様に。より多くの人が幸せになれるようにと言うのがあって

その為の考えが存在性思想であり存在主義です。

一人でも多くの人が幸せなれます様に この考えを贈っています。

お礼日時:2016/07/01 18:01

#15です。



>原因が決まっているのですから結果も決まっているのです。
それが因果律というものですが 私もそう思ってるだけで そうじゃないという人もいると思います

「原因が決まっている⇒だから結果も(元々)決まっている」
とおっしゃっていることになるので、それは結果論になるような気がします。
因果律の場合、その定義も詳しく知らないので断言はしませんが、
「原因が存在する⇒だからこそ結果も(結果的に)存在する」
のように表現してみたいです。

存在主義でしたっけ、その言わんとするところはわかるような気がしています。
ただ、人間である以上、自分の存在が最優先であるのはやむを得ないことでしょう。
お互いに仲良くするに越したことはないわけですが、わたしたちは、自分の存在か他者の存在か、という選択を日常的に迫られているわけです。
比重の割合という問題になるのかもしれませんが、いずれにせよ、自分の存在が最優先であることは認めざるを得ないわけで、ここを無視して仲良くしよう!と言っても理解は得られない。
そこで、(否定はし得ないわけですから)最優先であることを認めた上で、では、徹底的に、何から何まで(自分を)優先しなくてはならないものなのかどうか。
また、それが本当の幸せにつながるものなのかどうか、といった観点からのアプローチが必要になると思います。
A~C に至る論理で、たぶん幸せには繋がらないだろうとは考えていますが、あとは比重の掛け方の問題が残る。
「貪欲」のもたらす功罪といったことに繋がっていきそうな気はしているのですが、なにしろ素人の思いつきですので、遅々として進みません。
たぶん haru27 さんのほうが深くお考えになっていると思うんで、部分的にでも何かのご参考にしていただけるなら幸いです。
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この回答へのお礼

Thank you

スッキリした良い回答だと思います。

自分の存在は守りたい その上で周りや社会の存在と協力できることは協力しよう。と言う事でしょう。

存在主義も出来るだけ殺し合いや戦いなく、競争程度で済む社会。競争も心身に悪いようなものではなく

健全な競争。福祉、良心の活かし合いと愛の目的を広げて行く事・・・まだまだ考える余地はありますが

その辺を地上天国ならどんな風に愛を活かすか、憎しみを昇華するか。建前でなく嘘でなく本音で語り合う

出来るだけ多くの人が幸福になれる世界。最大多数の最大幸福。一つの世界、国連が世界中に機能する世界

理想や見識を持った人は沢山います。大国のエゴや宗教対立、温暖化や人口爆発を何処まで解消できるか

そういう事を考えたいのです。

お礼日時:2016/06/30 21:43

サバですか(^_^)a


明かしますと、今年で35になります。もう青年とはなかなか呼べないと思ってます。私もただのおっさんですよ^_^ 既に衰えも感じております。
それでもお兄さんと呼んでくれるのは近所の60代のおばちゃんくらいですね。

野球と言えば、仰るように完全試合と言うのがありますね。一人もランナーを出さなかったらでしたっけ?
野球はよく見る方ですが、完全試合はみたことないですね。

完全な球体も頭の中にしかないでしょうし、完全というものの多くは概念的なもので、現実にはないのかも知れません。
そう言えば、完全数とかいうのもあるらしいですね。詳しくは知りませんが。

完全な人間、完璧な人間、と言えば、ある意味欠点のある故に完全な人間と呼べ得るのであり、欠点なく完全であればそれはもう人間とは言えないのかも知れませんね。
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この回答へのお礼

Thank you

完全な人というのはいませんね。イエスとかゴータマ・シッダルタが完全な人間と崇められますが

実際には欠点もあったでしょうね。

地上天国はそこまで完全を求めるものではありません。平和で程よい競争があって、落ちこぼれないように

人それぞれに価値を見出し。存在するだけでも価値と認め 今から少しずつ少しずつ良くしていく

その先に有るのだと思います。

地上天国は完全な世界ではないです。みんなで目指す最善の世界です。

お礼日時:2016/06/30 21:14

昔、以下のような話を作った経験がございます。


拙い話ではございますが、いかがお感じいただけますでしょうか。
 どこなのか、いつなのかは、わからない。
 争いはありませんでした。
 飢えもありませんでした。
 病気もありませんでした。
 ほどほどに物はは満たされて、安全も保証されていました。
 管理しつくされているわけでもありません。
 そうなるためには
 悲しみがあり
 苦しみがあり
 憎しみがあったようです。
 しかし、それは遥か昔
 今は平和でした。
 町では人々がゆったりと歩いていました。
 その人々の顔は、柔らかな表情をしていました。
 心やさしく、憎むことを知りません。
 その人たちには
 しなければならない事はありませんでした。
 したい事もありませんでした。
 そんな中に一匹のカッパが
 バター茶を飲みながら歩いていました。
 その時です。
 カッパは、しばらくはξ把$・きて言いました。
 「あなたは、・Qきけ…お─しいきゃ
 そしιむたつくsЖ/憎‘cい・
 と2・行くよ ∝しzきた好きち
 ∠けい禽∀・み3┬㈪⊥い・んだよ」そう言うと
 バター茶を飲み干して その茶碗を空に放り投げました。
 しかし、茶碗は落ちてこなかった。
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この回答へのお礼

ありがとう

なにか気に障ったのですか?それならすみません。

カッパは何と言ったんですかねえ?

初めの方は昭和の良き時代を彷彿とさせますねえ。

お礼日時:2016/06/30 20:48

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