宗教は神って言葉で、人を縛ったり、操ったりしますよね?

なぜそれはできるんですか?

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A 回答 (8件)

神で人を縛るのは一神教(神との契約義務、契約破棄は死で償う)です。

神道は八百万の神がおり人を縛るものではありません。仏教は最高神がおりますが人を縛りません。
カルト宗教は人間の不安心理を利用して信者を縛る。つまり洗脳です。洗脳された人間はその罠から逃れることはできません。洗脳されれば教祖の言ったことに反駁できず言いなりになります。周りも皆同じで反駁しようとすれば暴力で屈服させます。オーム、一神教(韓国のキリスト教らしき宗教、イスラム教)は未だに顕著です。

縛っているのは神ではなく人間である。教祖と宗教の蜜の味を知った幹部のビジネス。宗教は金になるのです。
洗脳の方法(ヤクザのやり口と同じ)
経済的利得と損害、性的なもの(男に女を与える)
論理的思考を妨げる暴力と甘言。
虚構の刷り込みと情報遮断。集団ヒステリー。
仲間意識の醸成。異端は許さない。集団による互いの監視

中国や北朝鮮韓国もやっていますね。

なぜ信者が絶えないのか
言いなりになる信者は自分で情報を集め考える能力に乏しい知的弱者です。人間は知らないということに不安を覚えおびえて生きている生物です。中途半端な知性を持ったが故の不幸であり、金儲けのビジネスとして最高です。数の力で国家も支配すらできます。それが〇〇党です。

なぜ宗教ができたか
先にも書きましたが人間が知性を持ち、その結果幸不幸があることを知り死後の世界に不安を覚え、より幸福を求めたいという欲求に応えるのが宗教です。

宗教は経済行為であり政治行為です。うまく運営すれば幸福に繋がり、そうでなければ不幸が待っています。
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この回答へのお礼

なるほど〜!

詳しく書いていただいて本当にありがとうございます。

洗脳の方法の辺りイメージがしやすくわかりやすいかったです。

お礼日時:2016/07/13 11:34

神というのは絶対的な「他者」です。


われわれは、自分の意見や信念などを信じて疑わないということが出来ません。
そもそも、自分が実在しているかどうかさえ、断言することは不可能です。
このとき、われわれにとって、われわれ足りうることを証明してくれること、さらに言い換えるならば、わたしをわたしとして、あるいは主体を主体として明証するのは、決まって外部としての他者です。
今日では、神という他者のかわりに、世間という他者(外部)が存在し、その審級を通してわれわれの是非が判決されます。当時、宗教がまだ実際的な力を保っていたときには、自然と人間との共生関係が成立しており、未知の現象などを神の威力として、素朴に理解していました。技術革新による自然の殺害を経て、われわれは世間という名の法典を手に入れ、そこに著述されている個人の経歴、プロフィールを、神という明証性のかわりに絶対視しております。しかし、これはあくまで「常識的良民」が、自己のアイデンティティーを危機にさらさないために、口を緘して語らないというやり方で、累積総和にすぎない常識を健気に保守しているにすぎません。
ようするに、今日における常識や科学、戸籍というものが、当時の神に当たるものであり、その神は、つまるところ自己の認識、思考、存在論的存在、正義、悪、家族、社会などのエビデンスなのです。(科学が宗教の一形態であるという話はよく聞きますね)
ですから、あなたさまの「宗教だから「神」ということばを使う」というのはいささか穏当を欠く意見です。
むしろ、宗教団体自身が、まずはじめに「神」という明証性を疑い、だからこそ絶対的他者の存在を創作的に出現させようとしたのではないかと、わたしは思っています。たとえば、われわれは、「科学的」という常套句にはとても弱いものです。「科学的」ということばが付くだけで、なにかすばらしい効能があるのではないかと、頭から信じてしまいます。これはあたかも、「霊験あらたか」という文飾がされるだけで、変哲もないただの壺が、云十万という値をつけられることと、同様のアルゴリズムです。そこに、演劇性や物語性が追加されると、なおさら効果がありそうに思えます。工学部の実験などがそのいい例でしょう。
 このことから考えるに、われわれは、その本源的な地層から「洗脳されたがっている」という皮肉な真相が暴かれることになります。「科学教」の教義にしたがえない人や、科学の力で救えぬものを見捨てられない人、ならびに、自分の葛藤、苦境、他者の苦しみが、科学で説明できない「なぜ」起こるのかを真摯に知ろうとする人は、宗教にのめりこんでゆきます。
 それを悪いことだとは言いません。むしろ、無神論という宗教に憑かれ、ヒューマニズムの倨傲が至るところで存在する今のご時世に、常識という神や科学という神、または憲法という神をあがめる信者たちとはちがう、昔ながらの人間存在のあり方を、わたしはちょっと羨ましいとさえ思います(わたしは懐疑的すぎます)。
 もし宗教ばかりが洗脳しているというならば、あなたは一度、自分の身の周りを観察してみてはどうでしょうか。ブランド品という内実のないちっぽけなものに一体どれほどの女性が狂奔するでしょう。オタクたちは、虚構のキャラクターに一体どれだけの金を注ぎこんでいるでしょうか。彼らは、他者から洗脳されることにより自己の正当性を立証しているのです。価値そのものが空虚になったがゆえに、戯画的な身振りで、対等ならざる量掛け金を、みずから択んだ「宗教」に投じるのです。こうすることで、「シャネルを持っているわたし」=「わたしは、シャネルを持っている女。だからこそ、わたしは立派である」という図式を獲得するのです。ほかの事象もまた同断です。
 洗脳の要訣?
 それは、外堀を埋めることですよ。
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宗教はそもそも人を支配するために作り出された政治道具に過ぎません



なので神がいようがいまいがそこはどうでもよく、人を縛ったり、操ったりするのが本来の宗教の配布元の目的なのですから当たり前ですよ

それができるのは、宗教家に耳障りのいい言葉を与えてその気にさせ、宗教の配布元にいると気持ちいいーと感じるから

その後は
 → そのためならなんだってやる → バーサーカーになる → やりすぎて犯罪になる → 宗教の配布元から扱いづらい相手ぽいから破門(おせっふたくさんもらえてウハウハじゃわい)

→ 問題を起こさず私(配布元の)に従ってくれる → (配布元)おせっふを徐々に集めつつ勧誘してもらうか → (配布元)おせっふも信者もたくさんゲット、ウハウハじゃわい

といったパターン等になります

末端の宗教家と、配布元に近い位置にいる人では物の考え方が違うってことですね
だから宗教はやるのではなく、提供する側になるのが利口です
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宗教に特別に力があるとは思いません。



道路の信号機、ブラック企業、国益も同じです。

特に理由もなく自ら進んで何かに従う人がいます。

教育レベルの差だと思います。
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有神論者で、神社お寺参拝大好き人間ですが、十字軍&イスラム過激派&カルト教団の様に、宗教には確かに、危険性があります。

神、または、それに仕えてる人間(教祖/教祖一族/教団幹部/宮司/巫女/僧侶/神父/牧師など)の命令&教唆で、殺人&障害&詐欺&窃盗&無差別テロなど、愚行を幾らでも、正当化出来るからです。
「この世的には犯罪だが、神が許して下さるのだ。」と言う風に。
人間は、「神にも悪魔にも成り得る」のです。
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精神支配(マインドコントロール)されるからです。



人は基本的に善人であろうとするので、あまり上の者には逆らわないようにしたがるものです。

自分がその組織に入る前に、そもそも偉かった人には忠実なものです。
※宗教に限ったことではありません。
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この回答へのお礼

なるほど!

善悪を過剰に意識させれば、
よりコントロールしやすくなりそう。

また、ハマりやすい人の傾向でもありますね!

お礼日時:2016/07/13 11:37

宗教=神を崇拝している



だと思っているならば、もうちょっと勉強が必要ですぞ。

無宗教ですが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
質問のパターンの場合だけでいいですよ。どんな宗教かは特に問いません。

お礼日時:2016/07/13 09:27

縛ったり操ったりしていると見えるのは、その宗教を信じて


いない部外者だからです。
その神を信仰している人にとっては、支えられ守られ導かれている
と受け取っています。
いずれにしても、神は絶対者なんだから服従して当然です。
私は無神論ですけど。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
味方と思わせるのが大切ってことかな?神=絶対者はどうやって作っているんですか?

お礼日時:2016/07/13 09:23

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