『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

5年前くらい?にテレビで見た以降、天地真理さんを見かけませんが、今はどうしているのでしょうか?現在は活動していますか?

A 回答 (1件)

派手な活動をしてらっしゃらないだけで、今でも芸能の人です。


http://www.amachimari.com/

メディアから遠ざかったのはおそらく
http://www.amachimari.com/2015/10/25/%E9%80%B1%E …
の記事があったからじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

ファンクラブがあるんですね!
でも歌手活動などはもうされないのでしょうかね…

お礼日時:2016/08/26 14:06

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Q天地真理「水色の恋」作詞・作曲者について

教えてください。

天地真理さんの「水色の恋」がいまだに大好きなのですが
作詞・作曲者について調べてみると(Wikipediaによる)
1971-2000
作詞:田上えり/作曲:田上みどり/補作曲:森岡賢一郎/編曲:森岡賢一郎
2000-現在(2006)
作詞:田上えり・PESCE CARLOS/作曲:田上みどり・LATASA FELICIANO/編曲:森岡賢一郎
(2006年現在、本楽曲著作隣接権はヤマハ音楽振興会と日本アメリカーナ音楽出版株式会社とされている。)

となっています。
・盗作問題などがあったのでしょうか?
・そもそも田上えり・みどりというコンビは何者なのでしょうか?
この曲以外には何も情報が探せなかったのですが、
なぜこの曲に決まったのか、真理さんのデビュー時のことをご存知の方、お教えください。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ネット上に散見していた情報をまとめてみます。

「水色の恋」はフォーク系の楽曲で、ヤマハ音楽振興会が主催した作曲コンクール(ポプコンの前身)の第1回大会(1969年)のエントリー曲でした。
http://www.early-times.com/Siryoukan/contest/sakyoku.html
田上えり・田上みどりについてのプロフィール等は不明ですが、アマチュアのライターのようです。

天地真理は、デビュー前にヤマハ・ミュージックスクールでレッスンを受けており、その時に「水色の恋」をよく歌っていたので、プロの編曲家である森岡賢一郎が補作曲をしたうえで彼女のデビュー曲(1971年)となったとのことです。
一説として、彼女自身がこの楽譜を見出して大変に気に入り、自分のデビュー曲にしたい旨を強く主張したという経緯もあったように記憶していましたが、ネットでは検索できませんでした。
事の真偽はわかりませんが、この逸話は、彼女が国立音大付属高校の出身で楽譜が読めること、選曲のセンスが優れていたということで、アイドル性に加味してアーティスト性の強調をも狙った営業戦略から出たものと思います。

後の盗作云々については、No.1さんの御回答のような対応になったのだと思われます。

参考URL:http://business2.plala.or.jp/marichan/sub7.htm

ネット上に散見していた情報をまとめてみます。

「水色の恋」はフォーク系の楽曲で、ヤマハ音楽振興会が主催した作曲コンクール(ポプコンの前身)の第1回大会(1969年)のエントリー曲でした。
http://www.early-times.com/Siryoukan/contest/sakyoku.html
田上えり・田上みどりについてのプロフィール等は不明ですが、アマチュアのライターのようです。

天地真理は、デビュー前にヤマハ・ミュージックスクールでレッスンを受けており、その時に「水色の恋」をよく歌っていたので、プロの編曲家である森...続きを読む

Q天地真理にはまってしまいました

56歳の男です。
中学生のとき天地真理の大ファンになりました。
その後、彼女の映画主演や容姿の変わりようの姿にいやになり
記憶くから消えていくようにしてました。
ただ、この歳になり精神疾患を患い、再び取り付かれています。
昔をなつがしがるのは、自殺の前兆ともきいています。
どのようにすればよいのでしょうか?
それと、彼女の歌は下手と聞きます。
音程でしょうか、リズム感でしょうか、発生そのものでしょうか?
軟調なので、よくわかりません。
教えてください、お願いします。

Aベストアンサー

純粋に楽しめばよいと思います。
>彼女の歌は下手
下手ではありませんよ。国立音大付属高校の声楽科を出てます。つまりクラシックの唱法です。だから裏声になるのです。
それに当初はヤマハのコンテストでフォークを歌って事務所に入ってます。ソニーは彼女を森山良子や本田路津子の後釜としてデビューさせてます。つまりアイドルではなく歌謡フォークだってことになります。彼女の後が太田裕美、そして遊佐未森の流れになります。
でも意外にも彼女はルックスで売れてしまった。路線を変更して森田公一が主体になってアイドルとして一時代を築くわけですが、クラッシックの唱法でポップスを歌わせのでリズムに乗れなかったし、森田公一のテクニックのないストレートな楽曲は今聞くと滑稽に聞こえます。
まあ戦略もなにもアイドルの売り方自体が確立してなかったので、飽きられてしまった。それで落ちていくことになりますが、決して彼女の歌は下手ではありません。やはりファーストアルバムあたりは傑作だと思いますよ。一貫してフォークを貫いてますから。


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