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教えて欲しいというより、お考えを伺いたいのです。近年、人間関係が希薄になったと言われます。地域や職場で。そんな人間関係を望む人が増えた結果だと思いますが。人間関係は希薄になったと思いますか?原因は何だと思いますか。

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A 回答 (7件)

そうかもしれませんね。


私の子供の頃は、ご近所さんに調味料を借りるのは当たり前でした。
ご近所さんは玄関ではなく居間の窓から勝手に入っても来ました。
靴下が嫌いだった私はよく近所のおばさんから叱られましたし(お灸をすえちゃうぞっ!と)、女の子なんだからトウモロコシはかぶりつくのではなく手で取りながら食べなさい、などと躾もされましたね。
嫌な時は嫌なものでした。
母もよく愚痴を言っていました。
常にご近所の目が気になったようです。
洗濯物の干し方から庭の手入れまで口出しされていましたし、外出時に洗濯物をご近所さんが取り込んでくれて畳んだ上、洗濯の仕方を注意されることもありましたから。
それでも、私が熱中症(当時は日射病と呼ばれましたが)になった時には、一番我が家に入り込んできていた近所のおばちゃんが、大根ときゅうりを鬼おろし(おろし器の巨大バージョン)でおろして、私の体中にべちゃべちゃ貼り付けてくれましたっけ。
そのおばちゃんは戦時中、東京の闇市でヤミ米を購入し、懐に隠して機関車で帰ってくる時に、闇市摘発の警察が同じ車両に乗っていたため、途中で機関車を飛び降り、徒歩で帰宅したと言っていました。
出兵する兵隊さんへの千人針も経験があったようです。
そういえば、母のバセドウ氏病を指摘してくれたのもそのおばちゃんでした。
もうちょっと遅ければ手遅れだったんです。
豪雨で我が家のボットン便所が溢れそうになった時も、そのおばちゃんが天秤棒を担いでやって来て、ウチの糞尿をかきだして「おばちゃんの畑の肥料にするから」と。
他人の悪口ばかりで辟易するようなおばちゃんだったけど、救世主的な存在でもありました。

そのように子供が世話になれば、なにかしらのお返しをする。
ヤミ米などはご近所に配るほどの余裕は無かったでしょうが、垣根を超えて助け合うのが当たり前だったのだろうと思います。
今時のご近所や他人に対する配慮なんて二の次三の次で、もっと根源的な、近所同士で命を繋ぐ行為に意識が向いていたように感じます。

それが無くなったのは、やはり、物質(金)主義になったからでしょうね。
物さえあれば&お金さえあれば、例え近所でも借りる必要はないし、病院に連れて行けばいい。
葬儀もお金を払って葬儀社で済ませた方がお互いにラクだし、その分、面倒な付き合いもせずに済む。

…このおばちゃんに会いたくなりました。
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この回答へのお礼

よいお話をありがとうございます。プライバシーも大切なので、昔のままが良いかは別にしても、人間関係が希薄になり、会っても目が合わないふりをする人も少なくない今の時代、寂しいですよね。また、何かのきっかけで、人間関係の大切さを実感できる時代が来ると信じたいです。そのために何ができるか、必要か、考えてみたいと思います。

お礼日時:2016/08/30 18:05

No.4です。


「仕事中心の人間関係という意味ではなく、広い人と気軽に声を掛け合うような人間関係が少なくなり、寂しくなったと感じるのです」
→そうだと思います。
でも、それは都市、町に限った現象です。
今でも、東北、北海道、山陰や四国の田園地帯、山間部、小さな漁村ではお隣同士が親密にお付き合いしています。
子供たちも学校で、とてもフレンドリーです。

首都圏などが特に酷いのです。
人間社会が過密化して競争が激しくなっているのです。
でも、長い歴史の過程では一時的な現象だと思いますよ。
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この回答へのお礼

それだと安心します。田舎では、知らない人がいないくらい、オープンな付き合いですからね。アパート等は、隣が誰かも知らない。災害時に備え、地域のコミュニティが大切と言われながら、希薄さが変わらないことを、心配します。気軽に声をかけることが嫌なのか、掛けたくても不慣れなのですかね。

お礼日時:2016/08/30 11:54

ご質問に対する直接の回答しては、


「人間関係が広がったから、その分個々の人間関係は希薄になった」のではと思います。

どのくらい時間を遡ればよいか難しいですが、電話も普及していない時代であれば手紙や電報しか遠く人と連絡を取る手段はなかったわけで、日常の人間関係といっても隣近所や仕事場で顔を会わせる相手くらいしかいなかったでしょう。
それが今ではネットなどの発達で一度も会ったことのない人とも人間関係が構築されるようになっていますし、長年会っていない旧友などとも日々お互いの近況がわかったりしているわけです。

たとえば、仕事で嫌なことや良いことがあって「今日は飲みたいな」と思っても昔であれば急に誘えるのは会社の同僚くらいだったのが、現在ではネットなどですぐに仕事関係以外の友人などを呼びかけられるようになってます。

あくまでも私見ですが、人間関係が希薄になったと言われながらも逆に希薄ながらも広がってしまった人間関係に振り回されている人も増えているように思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。人間関係が広がったのですかね。確かにネットでは広がりましたね。メールでやり取りするけど、直接会ってコミュニケーションが苦手な人も増えたように感じます。生活環境の変化ですかね。

お礼日時:2016/08/30 11:50

おじさんです。


「人間関係は希薄になったと思いますか?原因は何だと思いますか」
→確かに希薄になったでしょうね。
その原因はたくさんあると思いますよ。
大きな原因は、働くだけではつまらない、と考える若者が増えたのでしょうね。
戦後の高度経済成長時代から日本人は”働き蜂”になりました。
しかし、低成長時代に入った現在、若者は”働き蜂”に疑問をもつようになりました。
つまり、会社だけ、職場だけ、という人間関係はつまらないということでしょうね。

でも、どんな時代でも楽しい人間関係は必要だと思います。
そういう意味で、日本は欧米型の民主主義になってきたのでしょう。
まだ、”道半ば”ですが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。仕事中心の人間関係という意味ではなく、広い人と気軽に声を掛け合うような人間関係が少なくなり、寂しくなったと感じるのです。例えば、お隣さん、何度か出くわす人と、さりげなり挨拶とか、少なくなったように感じるのです。そして、何故僕のだろうかと。価値観の変化、育てられ方でしょうかね。

お礼日時:2016/08/30 11:11

確かにそう思う。


他人に興味がないと言うか、
広く浅くと言う感じですね〜
人の事より自分の事を考える人がふえきたからじゃないですか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。確かに、親しく付き合うことを避けるように感じます。そして、「広く」なったのか?それも、よく分かりません。ネット等の付き合いも含めると、人がなったのでしょうが、人とあまり関わりたくない人が増えたようには感じるのです。災害の時など、地域の繋がりがないと、いざというとき大丈夫かなと感じます。

お礼日時:2016/08/30 11:45

自分の事で手一杯なんだと思います。


私も含めて。
自分に余裕が無いと、他に迄頭が回らない。
私は家族に行動を制約されて、何も出来ません。
家族は制約していないと、言い張るけど、言葉の端々で分かります。
強行突破すると大変な事になる。
嫌な世の中ですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。拘束する人が増えたのでしょうかね。その原因はなんなのでしょう。困りますね。気持ちに余裕を持てる生活をしたいものですね。

お礼日時:2016/08/30 11:48

うん、なったと思う。


色んなストレスが多いから、人間関係でストレス抱える余裕がない。

それは主にお金のことだと思う。

もし自分にお金の心配がなければ、家にでも仲間を呼んでワイワイやるか!となると思う。

基本的に飲みにお金使うのがもったいない、
交際費を節約したいと思ってるから。

例えば飲みの誘い、行くのも断るのもストレス。
行けば出費でストレス、断れば罪悪感でストレス。

それなら最初から本当に大切な仲間以外、付き合わなければ良い、と考えます。

だからお金が原因、もっと言えば心の余裕が無いから、かな。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。心の余裕がないのですかね。どちらでもいい、それでもいいよ!っという気楽さがなくなったのですかね。人間関係をストレスと感じる人が増えた、敏感な人が増えたのでしょうかね。

お礼日時:2016/08/30 08:21

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