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【質問1】
イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフの名言に、「乗りかけた船には、ためらわずに乗ってしまえ」というものがありますが、「乗りかけた船」とは、まだ船には乗っていないということで間違いないでしょうか。

(注)例えなので、実際に船に乗りかけたということではないのですが。

【参考サイト】
http://www.jlogos.com/d006/5450027.html



【質問2】
「乗り掛かった船」の場合は、もう既に船に乗ってしまっているということで間違いないでしょうか。

(注)例えなので、実際に船に乗り掛かったということではないのですが。

【参考サイト】
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/172544/meaning/m0 …

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/172543/meaning/m0u/

http://kotowaza-allguide.com/no/norikakattafune. …

http://www.jlogos.com/d005/5552116.html

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    ありがとうございます。

    多治見松陰塾様の回答の説明に、おかしなところがあると思います。

    「乗りかけた船」は、確かに船にはまだ乗っていませんが、乗ることは既に決めているということだと思います。

    >「乗り掛かった船」も同様です。

    これは明らかに間違いであると思います。「乗り掛かった」と「乗りかけた」は意味が異なると思います。「乗り掛かった船」とは、既に船に乗ってしまい、出港してしまったことを言っているのだと思います。

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/09/04 01:24
  • うーん・・・

    #4

    承前

    >何かを契約することに置き換えてみましょう。

    「乗り掛かった船」を説明するのに、この例えはおかしいと思います。「契約し掛けたら」と「契約しかかったら」というのは、まだ契約が完了してはいませんが、今将に契約書にハンコをつこうとしている状況だと思います。「乗り掛かった船」の「乗り掛かった」は、これでひと纏まりだと思いますが、「契約しかかったら」は、「~しかかったら」の「~」の部分に「契約」という言葉が入ったものだと思います。これは「~しかけたら」と同じような意味になると思います。「乗り掛かった」は、「物事をしはじめた」という意味です。

      補足日時:2016/09/04 01:26

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A 回答 (9件)

質問1の間違い無いかという話だと、これは日本語訳になってるので


原文とそのニュアンスを確認しないと難しいのでは?
という話がありますが、私は原文確認出来ないのと
日本語の文章についての質問という事で、一応横に置いて

「乗りかけ」の意味に
1 乗ろうとする。また、中途まで乗る。(goo辞書)
とあるので
「乗ろうとしてる~途中まで乗った」の範囲のどれかという事で良いんではないでしょうか

「乗り掛かった船」はことわざ・慣用句なので
「乗り掛かった船」までで一つの言葉と認識するべきかなと思います

質問1は翻訳文なので「乗りかけ」という言葉そのままの意味
それは「乗ろうとしてる~途中まで乗った」の範囲(戻れる範囲)
質問2はことわざ・慣用句なので「乗り掛かった船」という言葉で
「船に乗って出たため降りられない(という意味)」までを一つの文章として使う

という事で違いが出てるんではないでしょか
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

>質問1の間違い無いかという話だと・・・

僕はロシア語も分かりませんし、ツルゲーネフが書いた言葉を、この日本語訳がどこまで忠実に訳してあるかも分かりません。ですので、この日本語訳に対しての回答で問題ありません。

>「乗りかけ」の意味に・・・
>「乗り掛かった船」はことわざ・慣用句なので・・・

僕も、nikkunemuganai 様と大体同じような認識でいました。

お礼日時:2016/09/05 14:25

なんて興味深い話なんでしょう。


 非常に入り組んでいるので、ものすんごく回りくどい話になります。
 お付き合いください。

 まず、質問に即して回答を。

【質問1】
「乗りかけた船」とは、まだ船には乗っていないということで間違いないでしょうか。
→「乗っていません」。さらに言うと、この場合に「乗りかけた船」と言うのは、「乗りかかった船」の誤用・誤訳ではないかと。

【質問2】
「乗り掛かった船」の場合は、もう既に船に乗ってしまっているということで間違いないでしょうか。
→文法的に考えるなら、「乗っていません」。ただし、『大辞泉』の「乗りかかる」には〈3 物事をしはじめる。「―・った以上あとにひけない」 〉という語釈があります。これは、慣用句によくある超法規的な解釈だと思います。それを「実際に乗ったか乗る寸前なのか」と考えてもあまり意味がないのでは。
「目から火が出る」は本当に火が出るのか……これは少し違いますか。
「負けず嫌い」とか……。

 詳しくは下記をご参照ください。
【「乗りかかった船」 辞書 乗りかける 乗りかかる】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12196846508.html
 以下は一部の抜粋(重言)。

 非常に入り組んだ話なので、クド~めに、順番に書く。
「乗りかかった船」は比喩的な表現なので、解釈がまぎれる気がする。とりあえず「船」を外して動詞で考えたほうがよいのでは。慣用句に関して考えるのはそのあとの話。
『大辞泉』の引用は末尾に。

「乗りかかる」はそれで一語。
 3つの意味があるらしい。

1 上に乗って、からだを寄りかからせる。「―・って押さえつける」
 これは今回の話とは無関係だろう。「のしかかる」なんかと似ている。「鯨が乗りかかった船」は可能かもしれない。とっても危険。逆に、岩に「乗りかかった船」も危険だけど。それは座礁(笑)。
2 乗り物に乗ろうとする。乗りかける。「タクシーに―・ったところをつかまえる」
 意味のひとつに「乗りかける」があることに注目。「乗ろうとする」(まだ乗っていない)の意味なら、「乗りかかる」でも「乗りかける」でもほぼ同義ってこと。
3 物事をしはじめる。「―・った以上あとにひけない」
 これが今回の意味。あくまで比喩的な表現であり、実際に乗ったか乗る寸前なのかは微妙。

 一方「乗りかける」は「乗る」に「~かける」がついた形だろう。
「~かける」の意味は、〈㋐…しはじめる、途中まで…する、今にも…しそうになるの意を表す。「言い―・けてやめる」「死に―・ける」〉。

「乗りかける」という語も収録されているが、「1」は↑の「乗り」+「かける」と同じこと。あえて収録する意味がわからない。「2」は別の意味です(「乗りかかる」の「1」と同様)。
 たとえば「食べる」と「~かける」が載っていれば、「食べかける」は必要ないはず。ところがWeb辞書はこういう複合語も片っ端から収録している。前に見たのはなんのときだったろう。きっと親切心からなんでろう。収録語数の水増し、なんて毒を吐いてはいけません。

 ここで考えなければならないのは動詞の種類のこと。
「~かける」には2つの意味がある。
1)…しはじめる(途中まで…する)
2)今にも…しそうになる
 すべての動詞につく「~かける」が2つの意味をもつわけではない。
 おおざっぱに言って、動詞には「瞬間(的な)動詞」と「継続(的な)動詞」がある。
「発売する」(瞬間動詞)と「販売する」(「継続動詞」)で比べるとわかりやすいだろうか。
「乗る」などの動詞は「瞬間動詞」。「継続動詞」にするのは、「乗っている」などにする必要がある。
「食べる」も「瞬間動詞」だが、「継続動詞」的な性質ももっている。「ひと口で食べる」行為は「瞬間」だが、食事になるとある程度の時間は「継続」する。
 だから、「食べかける」には「今にも…しそうになる」と「…しはじめる(「途中まで…する)」との両方の使い方ができる。最初のひと口をまだ食べてなければ、「今にも食べそうになる」(まだ食べていない)も「食べかける」。半分くらい食べた状態も「食べかける」。
 一方、「乗る」は「瞬間動詞」なので、は「乗りかける」(「乗りかかる」も同様)にすると、論理的にはヘンなことになる。
 強引な例外を考えることはできなくはない。乗船までの通路やタラップが異常に長い場合は、その途中であれば「乗りかける」だろう。あるいは「乗る」人が大勢いる場合は、「乗船中」(乗りかけている状態)も可能。だが、個々の「乗る」はあくまでも「瞬間動詞」なので、「乗りかける」はありえない(船に片足を載せた状態を別にすれば)。
 タクシーに乗り込もうとした容疑者が体半分入れたくらいで警官がタックルして取り押さえたら「乗りかけた」「乗りかかった」と言えるかもしれない。でも「まさに乗ろうとしていた」とか表現するだろうな。

 では「乗りかかった船」はヘンな用法かと言うと、これは慣用句だろう。慣用句だと、文法的にヘンなものはけっこうある。文句をつけてもしかたがない。
『大辞泉』の「乗りかかる」の項にも〈3 物事をしはじめる。「―・った以上あとにひけない」〉という意味と用例がある。一種の超法規的な措置だろう。これを「乗りかける」と言えるか否かは当方には判断できない。誤用、誤訳の類いって気がする。意味が同じだからと言っても、ムヤミに慣用句を言いかえてはいけない。
 質問者がひいた慣用句辞典の類いも、ほとんどが「のりかかった船」にしている。

 で、本題の結論。
「乗りかかった船」は、慣用表現。「乗りかけた船」はかなりあやしい。
 慣用句で「物事をしはじめる」というあくまで比喩的な表現であり、実際に乗ったか乗る寸前なのかは微妙。というより、考えてもあまり意味がない気がする。
 ただし、文法的には「瞬間動詞」の「乗る」を使った「乗りかける」(「乗りかかる」も同様)は〈2)今にも…しそうになる〉だろう。乗り終えてはいないのだから、「まさに乗ろうとする」という解釈が素直。
〈1)…しはじめる(途中まで…する)〉や、「すでに乗っている」という解釈は苦しい。「乗る」動作の途中まで完了、というのは不可能ではないが不自然だろう。

 辞書の引用は省略。
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

>なんて興味深い話なんでしょう。

質問の仕方が不味かったので、なんて馬鹿な質問をしているのだと思われるだけかと思っていたのですが、そのように思っていただけて何だか助かりました。

>この場合に「乗りかけた船」と言うのは、「乗りかかった船」の誤用・誤訳ではないかと。

誤用・誤訳であった場合は、この名言の意味は「もう既に船に乗って出港してしまっているのだから、このまま突き進め」といった感じなのでしょうか。

>「負けず嫌い」とか……。

これも文法から考えると、意味が違ってきますね。

>「食べかける」には「今にも…しそうになる」と「…しはじめる(「途中まで…する)」との両方の使い方ができる。最初のひと口をまだ食べてなければ、「今にも食べそうになる」(まだ食べていない)も「食べかける」。半分くらい食べた状態も「食べかける」。

「半分くらい食べた状態も「食べかける」」に関してなのですが、僕は、途中まで食べた状態を表すときは、「食べかける」を使ったことが今までなかったと思います。このような状態を表すときは、「食べかけ」として使っていました。
しかし、「乗りかける」に関しては、途中の状態を表すときにも使ったことがあります。

>「乗りかかった船」は、慣用表現。「乗りかけた船」はかなりあやしい。

「乗りかかった船」は慣用表現なので、このままの形で使うものだと思います。「船に乗りかけた」はありますが、「乗りかけた船」という纏まりでは、今までに聞いたことはないですね。

お礼日時:2016/09/08 15:09

質問の趣旨、理解しました。


名言や慣用表現としてどうか?ですね。

それなら質問者さんの解釈で良いかと思いますよ。

「乗りかけた船には、ためらわずに乗ってしまえ」は、乗ってません。
「乗りかけた」には、「乗ろう!」と言う方向性、すなわち「意思」を含んでいます。
従い、「やると決めたら、やめるな。ためらうな。やれ!」的な意味合いです。

一方、「乗りかかった船」は、たとえば「のしかかる(伸す+かかる)」と言う複合動詞における「かかる」には、動作の始動を示す意味はありませんが、これと同様かと。

すなわち、「乗っかった船」と同じ意味で、「乗ってしまった船」と言う解釈で良いかと思います。
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質問者さんの言語感性を否定するものではありませんが、言語学的には、「乗りかけた」と「乗りかかった」では、時制的な意味の違いはありませんよ。


いずれも「船に乗る」と言う動作を、始動した様態を示します。

まず「かかった」は促音便で、「かかる」の連用形「かかり」の語尾「り」が、「っ」に変化したものです。
従い、「かけた」と「かかった」の違いは、「かける」と「かかる」の違いで、「かける」は他動詞で、「かかる」は自動詞です。

言い換えれば、「かける」と「かかる」は、他動詞,自動詞の対をなす動詞で、相互に対応関係ですから、「アスペクト(時制,時相)的な違いはない」わけです。

ご質問の場合は、いずれも「動詞+かかる」「動詞+かける」と言う複合動詞を形成していますが、「乗りかかる」「乗りかける」の場合、意味はどちらも、「乗る」という動作の「始動」や、「動作の未完」を意味します。

冒頭の通り、感性は個々に尊重されるべきものです。
しかし言語学と言う学術分野では、上記の様な考え方なので、「いずれかが船に乗っていない状態」なら、「どちらも船に乗っていない状態」です。

判りにくければ、
・私は船に乗りかかったが、ためらって降りた。
・私は船に乗りかけたが、ためらって降りた。
などで、対比してみられたら如何でしょうか?

ほぼ完全に「等価」「同意」の文章を構成するかと思いますし。
もしいずれかが、少なくとも出航してしまっているとしますと、上の文章は成立しません。
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

これは、僕の質問の仕方がもの凄く悪かったのだと思います。大体の意味は分かっていて、それが間違いないのかの確認と、詳しい方から回答をいただくことで、新たな知識が得られればと思い質問いたしました。

>質問者さんの言語感性を否定するものではありませんが・・・

これは、僕の感性ではなく、ほぼ正解であると思い確認の意味で質問してみました。
「乗りかけた」と「乗りかかった」は、ほぼ同じ意味として使われると思います。
「船に乗りかかった」と「乗り掛かった船」とは、全く別ものだと思います。
「船に乗りかかった」は「船に」+「乗りかかった」と分けて考えられ、船に乗ろうとしているところで、まだ船には乗っていません。ところが、「乗り掛かった船」はこれでひと纏まりで、「乗り掛かった」と「船」を分けて考えることは本当はできないと思いますが、分けて考えるように思わせた質問の仕方に問題がありました。
「乗り掛かった船」とは、「船に乗って岸を離れ、もうここでは船を降りられないこと」を意味し、「物事を始めてしまった以上、中途でやめるわけにはいかないことのたとえ」です。

お礼日時:2016/09/05 14:27

子ブたんブゥ



>「乗りかけた船には、ためらわずに乗ってしまえ」

>「乗りかけた船」とは、まだ船には乗っていないということで間違いないでしょうか。

間違いないですブゥ
何故、「乗りかけた船」だけを抽出して、その意味を解釈する必要があるブゥ
「ためらわずに乗ってしまえ」と、いう意味を一切考慮せずに、文脈を理解せずに、その一部のみを抽出して、あたかもワイドショー的な誘導はいけないブゥ

>「乗りかけた船」は、確かに船にはまだ乗っていませんが、乗ることは既に決めているということだと思います。

すでに決めているか、今現在も迷っているのか(決め切れていないのか)・・・
「ためらい」が生じることを考えると、迷いが0ではないことが推測できるブゥ
ということで、前後の文脈から判断することをお勧めするブゥ


>「乗り掛かった船」の場合は、もう既に船に乗ってしまっているということで間違いないでしょうか。

これも一義に判断することは無理ブゥ

「乗りかけた船」と同じ解釈もできれば、
いままさに船に乗った直後であるとの解釈もできるし、
船に乗るかどうかを決断する直前とも解釈できるブゥ

結局、日本語における、時間軸の表現があいまいであることが問題なのであって、それを補うのは、前後の文脈から解する以外ないブゥ

>「乗り掛かった」は、「物事をしはじめた」という意味です。

解釈のあり方を、それしかないと考えるべきではないブゥ

これで、さんしょくだんごゲットブゥ
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

>一部のみを抽出して、あたかもワイドショー的な誘導はいけないブゥ

ワイドショーではありません。クローズアップしたジョーの山田です。

>これも一義に判断することは無理ブゥ

「乗り掛かった船」として使われるときの「乗り掛かった」は、「物事を始めてしまった」一義であると思います。
「乗りかけた船」の「乗りかけた」は、状況や文脈判断が必要だと思われます。
僕の考えは、#2 様の回答に近いと思います。

>これで、さんしょくだんごゲットブゥ

さあ、どうでしょうか。三色団子だけなのか、ベストアンサーと共になのか、はたまたどちらもゲット出来ないのかは、締め切られてからのお楽しみ。

お礼日時:2016/09/04 15:06

表面的な意味と実質的な意味があります。


有料の旅客船、料金未払い、切符未購入なら、タラップわたって船上に立っても乗った船とは言いにくいですね。
乗りかけた船は比喩で、それなりの判断でいったん行動開始したのなら、やり遂げて、結果を見てから改めて考えるべし。
なぜ、船にたとえたのか、昔の小舟、乗るときは、まず片足を船のへさきへ、片足は岸ですね、そこでやめようとすると、へさきの足を強く蹴る必要があります、地上の固定されたものならそれでOKですが、相手が水に浮いた小舟では十分な反力が得られません、それどころかその力で船が遠ざかるかもしれませんね、結果は、ドボンとなりかねません、一旦乗ったうえで改めて降りるべしですね。
言葉の遊びです、乗りかけた、元本保証みたいな、花のような、・・・的、・・・その他。
乗っていない、元本保証でない、花ではない、・・・ではない、という意味が120%と思ってもよいくらいです。
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そもそもまだ船には「乗っていない」から「乗りかけた」と表現しています。

つまり、もしすでに乗っていたら、乗っているのに「ためらわず乗ってしまえ」との日本語表現は矛盾しています。「乗り掛かった船」も同様です。何かを契約することに置き換えてみましょう。「契約し掛けたら、ためらわず契約してしまえ」も「契約しかかったら、契約してしまえ」も同様ですね。「やってる奴は、やってる。やってない奴は、やってない」とかいう日本語表現も「やってる奴は、やっていない。やってない奴は、やってる」とは言わないですね。でもこの日本語は「やってる→やってる。やってない→やってない」と当たり前なのに、みなさん普通に何の疑問もなく言っています。他に例をあげると「勉強を頑張っている奴は、頑張っている。頑張ってない奴は頑張ってない」「この番組を毎週見てる奴は見てる、見てない奴は見てない」「この技ができる奴はできる。できない奴はできない」いずれも当たり前なのに、みなさんは普通にこのようにしゃべっています。私にとっては不思議でたまりません。えっ!なぜ当たり前かって?くどいようですが反対にして置き換えてみましょう。「勉強を頑張ってる奴は、頑張ってない。頑張ってない奴は、頑張ってる」「この番組を毎週見てる奴は見てない、見てない奴は見てる」「この技ができる奴はできない。できない奴は、できる」とは絶対に言わないですね。
この回答への補足あり
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専門家紹介

多治見松陰塾

職業:塾講師

日本の学校や学習塾の92%がいまだに詰め込み教育を行っていますが、当塾ではICT(情報通信技術)教育を用い、考える教育を重んじます。ICT教育は「詰め込み教育」ではなく「ゆとり教 育」でもありませ ん。今の時代に合ったパソコンやタブレットを有効に活用した「活用教育」「情報通信技術」です。子ども達が夢中になってプ レイするデジタルゲームもICTを活用しています。ですからICTを活用したデジタル学習は【アクティブ・ラーニン グ】、つまり受け身学習ではなく【能動学習】なのです。もうストレスばかりが溜まる受け身学習、考えない詰め込みの時代ではありません。子ども達が次々と攻略していくデジタルゲームのように、勉強も次々と自ら思考力を高められる楽しい勉強、無駄のない圧倒的に能率の良い勉強。それが「活用教育」であり「ICT教育」なのです。現在学校で習っている所をもっと勉強したい子、戻り学習をしたい子、先取り学習をしたい子、受験勉強をしたい子、弱点を克服したい子など、勉強に悩む子ども達を一人でも救うため、自ら楽しく勉強が進み、個別に効果的に指導できる学習塾を運営しています。

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専門家

面白い質問ですね。

個人的意見を書きます。
乗りかけた船も乗り掛かった船も同じ意味だと思います。

乗る寸前の状態でも、実際に片足が船の内部についた時の状態でも、
乗った後、出発前の下船できる状態でも、
下船出来ないが水中に飛び込める状態でも使うと思います。
例文を作る人のさじ加減でどうとでも作れます。

質問とは関係ないですが1.の名言は当てはまらないこともあると思います。
あの有名な御巣鷹山123便墜落事故に「乗るはずだった客」は10人いるそうです。
その中で別の用事を優先させてキャンセルした方も数人おり、結果的に命が助かっています。
「乗りかけた船」ならぬ「乗りかけた飛行機」にためらわずに乗っていたら死んでいたでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

>あの有名な御巣鷹山・・・

このことは、運命って本当にあるんだなあと感じてしまいます。

お礼日時:2016/09/05 14:25

乗りかけた、は乗る寸前でとまった、みたいな感じで


乗り掛かった、は足を一歩だけ踏み込んだ、みたいな感じでしょうか。
個人的なイメージですけども。
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

お礼日時:2016/09/05 14:24

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