大学の授業時間は、普通一回が90分ですが、これは2時限連続して実施したものとして計算されています。このことを定めた法令等がありましたら教えてください。
自分で調べたところ「昭和31年10月22日 文部省令第28号 大学設置基準」には特に定めはありませんでした。

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A 回答 (2件)

ご存知のように、大学の授業時間の1(単位)時間は、実際には(時計で計測して)45分間です。

それを一般的に1時間とか言うので、誤解されることが多いです。実際には(時計で計った場合には)45分間しかないのに、1時間と言うことが原因です。
元をたどれば、「学校教育法の一部を改正する法律等の施行について(昭和五十一年一月二十三日文管振第八十五号)」が根拠だということになっています。この中で、専修学校の規定ですが、「第五 設置基準の概要」の2、(4)にある、「一単位時間は五十分を原則とし、教育上支障のない場合には四十五分でも差し支えないものであること。」です。

さて、1時間ではなく45分間を1単位時間と見做すのは、15分間を立ち上がり(挨拶等)や休憩の時間のための余裕時間と、伝統的にして来たようです。1単位時間は実際の時間と違うので、時には連続した2単位時間を時限と呼ぶこともあります。
大学設置基準の第21条では単位の定義は大学が決めてよいとしていますが、たとえば、1単位時間を45分間とし、連続する2単位時間の90分間を1時限としていることが多いです。1週間に1時限(コマとも言う)で半年の授業では、2単位に相当するとします。
時間で言えば、45分間で1単位時間の授業を、連続する2単位時間(90分間)にまとめ、これを1週間に1回やり、これを半年の15週間やれば2単位と見做すのが一般的です。

実は、上の「単位」の説明は正確ではなく、授業の単位時間数だけだと、授業(講義)が2単位時間(1コマ)X15回を半年で2単位相当ですが、それだけではありません。「単位」となるには、授業(講義)に加えて予習/復習のための単位時間が必要です。これは授業(講義)の単位時間の2倍が必要とされています。それを合わせて初めて「単位」となります・
結局、半年間で、授業(講義)が15単位時間+予復習の30単位時間=45単位時間---->1単位ですから、授業15x2単位時間+予復習30x2単位時間=90単位時間---->2単位となります。
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この回答へのお礼

大変貴重な情報をありがとうございます。
実は、県の委託により介護・福祉関係の研修を行う上で、科目ごとに厚労省の定めた時間数があるのですが、その単位時間を60分とするのか50分+10分休憩とするのかで県と解釈が異なっていまして(県は60分説)その説得材料をさがしているところでした。専修学校の規定で明確な一文があるのはかなり強力な説得材料となりそうです。
ありがとうございます。

お礼日時:2016/09/13 10:08

特に規定はなさそうです


「学校教育法施行規則の標準授業時数」で、小学校の1単位時間は45分となっているので、それにあわせているだけでは?
ちなみに、中学校の1単位時間は50分となっているようです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
やはり、明確な規定はなさそうですね。学校教育法施工規則については知りませんでした。
大変参考になりました。重ねてお礼申し上げます。

お礼日時:2016/09/09 17:50

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私の語感でお答えします。

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視点を「考え方・見方」という意味で使う場合も、例えば、「視点をかえる」という場合、「こっちから見れば、こう考えられるが、発想を転換すると、異なる考え方もできる」という意味で用いる際、「表から見ていたものを、方向を変えて裏から見る」など、物事を見る場合の立ち位置――しかも矢印で表せそうな――見る際の方向を表すイメージがあります。

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したがって、私の語感では、例えば、「哲学とは無関係に思われた事柄を、そもそもの前提を見直して、哲学の立場から考察すると」という場合、「哲学的観点に立てば…」とは言いますが、「哲学的視点に立てば…」はやや表現の適切さに欠けるように思われます。
 ただし、「そもそもの前提を見直さないで、単に考えの方向を変えてみて」という意味でなら、「哲学的視点では」とも言えると思います。

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視る→まっすぐ目を向けてみる、一点を集中して見る。
観る→多くを並べてみくらべる、広く見渡す。
という漢字本来の意味内容をかなり正確に引き継いでいるのではないかと感じます。

以上、私の語感でした。

私の語感でお答えします。

私は、視点と観点の両方を用いますが、
視点の方は、「見る、目を向ける」という意味合いを
強く引っぱっているように思います。

視点を「考え方・見方」という意味で使う場合も、例えば、「視点をかえる」という場合、「こっちから見れば、こう考えられるが、発想を転換すると、異なる考え方もできる」という意味で用いる際、「表から見ていたものを、方向を変えて裏から見る」など、物事を見る場合の立ち位置――しかも矢印で表せそうな――見る際の方向を表すイメージがあります...続きを読む


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