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リベットは、自由意志が存在するかどうかを確かめようと思って、
「被験者に好きなときに手首を動かしてもらい、その時の脳活動を観察する」実験を行いました。

しかし、結果は一般の常識とは違ったものでした。
被験者が「動かそう」と意識する約0.5~1秒前に、
脳が手を動かす「準備」を始めていることが明らかになったのです。

このことは、意識は、無意識に脳がすでに行ったことを、
遅れて認識したにすぎないということを意味します。

どうやら自由意志というのは存在しないというのは、ほぼ脳科学の定説と見てよい。

本当は「自由意志」なんて無い?〜常識を覆す脳の話〜 - NAVER まとめ
<http://matome.naver.jp/odai/2136826856775566301>


「自由意志」は存在する(ただし、ほんの0.2秒間だけ):研究結果|WIRED.jp
<http://wired.jp/2016/06/13/free-will-research/>

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A 回答 (3件)

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論 ジュリオ・トノーニ (著), マルチェッロ・マッスィミーニ (著), 花本 知子 (翻訳)



まずはここら辺をお読みになって下さい。現在の脳科学では,記憶・意識・意志はトリーニの2004年に提唱しました「統合情報理論」に従えば,脳のシナプスで結合したニューラルネットワーク内の興奮にあるといった考え方です。つまりどこかに保存されているものでも無く,どこかが発信しているものでもありません。

この学説はもはや定説になりつつあります。ノーベル賞受賞者の利根川進博士や理研を初めとした多くの研究所でその理論の正しさが証明されています。現在はその考え方に基づいて,光遺伝学で記憶の書き換え等の意識・意志に関した実験も行われています。マウス等では利根川博士等は記憶の書き換えに成功しています。
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それは有名な「矛盾」ですが、我々が時間というものを絶対視する時に起こる余り意味の無い現象です。


最初に脳の心理学的な構造を考えると、地球くらい大きな無意識と、海洋を合わせたくらいの大きさの前意識、そしてまあ百っ歩譲って富士山くらいの意識があり、我々が何か行動を起こすのは無意識の中で、それが意識に昇って来てはじめて「行動を起こすよ」と認識されます、だから行動を起こすと云う具体的な事象は体細胞へ送られるのと同時に意識へ送られ、うまく斉合します。これもただの経験で、有名な野球選手でいらした川上哲治さんが「ボールが止まるから叩くだけ」というのはそれを良く表わしています。多分動体視力に優れた川上氏はボールの軌跡を前もって予想する事が出来、その結果が無意識中に軌跡を描き、意識には軌跡が見え、同時に運動神経に送られる、もちろん川上氏はトレーニングの鬼だったそうだったらしいですから、この協奏が非常に自然に感じられたでしょう。似たことは誰にでもあり、走る時「まず右足を出して、次ぎに左足」と考える人は健常者では無く、運動神経が反射で行なっていることは良く知られています、そのためその間に意識が介入したりすると、混乱して良くてもバタ付き、不運だと階段から転がり落ちます。
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精神構造のより深いところに位置する「主体」からの


自由意思が意識に認識されるまでの時間の方が
行動の準備より遅いという解釈くらいでどうなんでしょうね。
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Q人間に自由意志はあると思いますか?

こんな質問はおそらく科学的には答えられないことであって、哲学の問題なのかもしれません。でも、哲学のカテゴリーで質問すると、あまり根拠のない私見しか得られなくなりそうなので、こちらで質問します。

なるべく科学的・実験的な根拠を基にした意見を下さい。もちろん、はっきりとした答えは求めてません。ある程度の根拠を基にしたうえであれば、自分の意見でかまいません。見識深い皆さんはどうお考えか教えてください。

ちなみに、私は・・・わかりません。でも、脳だって物質から出来ているのだから物理法則は免れないはずなので、自由意志なるものが介在しえるのかなぁと思います。

Aベストアンサー

こんにちは。
科学的にどうかということですが、一応現在では、「人間の自由意思は存在する」ということになっていると思います。そして、そのことを証明するために、「自由意思とはいったい何か」などといった問題を論ずる必要は一切ない、科学はそう述べています。

自然科学の分野では、恐らく18世紀頃からですが、かなり長い間、人間に自由意思というものはありませんでした。それは、この世のあらゆる運動の法則を司る、ニュートン力学に於ける「確定論」が自由意思の存在を否定していたからです。ですが、20世紀になって、量子力学に於ける「不確定性原理」なるものの発見により、人間の自由意思は、ようやくその存在が許されるということになった、というのが科学史上の出来事です。申し上げるまでもなく、「ハイゼンベルグの不確定性原理」は、「アインシュタインの相対性理論」と頭を並べる20世紀屈指の大発見ですよね。
「ニュートン力学の確定論」と「ハイゼンベルグの不確定性原理」、名前からして全く正反対の主張ですよね。そして、これがどういう意味で歴史を二分する哲学的対立になるのかということですが、要は一言で述べるならば、不確定原理の発見によって、量子力学は単なる電子工学に於ける基礎理論の変革に留まらず、それまで古典力学によってガッチリ支配されていた世界観を覆し、「自由意思の存在」という、人類に全く新しい人間原理をもたらしてしまった、ということになると思います。

ここでは、自由意思存在の正否は、「未来が確定している」か、はたまた「未来は不確定であるか」か、このふたつだけに依存しています。
未来が既に確定しているものであるならば、そこに人間の自由意思は存在しません。未来が確定しているのであれば、人生の全ての出来事は予め定められたレールの上で順番通りに出現する、単に時系列的な現象に過ぎません。そこに如何なる意思決定が成されようとも、全て決まっていたことなのですから、それを我々の意思と呼ぶことはできませんし、それによって何が起ころうと、それは自分の意思が反映した結果ではありません。
しかし、未来が未確定であるならば、自由意思の存在は許されます。未来が確定していないのであれば、我々の意思決定は来るべき未来の結果に反映します。
右に行くべきか左に行くべきか、そのとき自分がどのような判断を下したかによってもたらされた未来は、それがどのような動機であれ結果であろうとも、少なくとも自分の意思によって選ばれたものであるということになるわけです。

人間の意思決定によって未来の結果が変わるのは、未来とは未確定であると共に、それは「確率の集合」でしか記述することができないからです。量子力学では、未来とは、「出現し得る可能性のある、ありとあらゆる事象の確率の集合」です。「現在」に於ける我々の自由な意思決定は、その確率を変化させることによって未来の結果に影響を及ぼします。

ニュートン力学では、位相空間上の6次元座標によって全ての物体の運動を記述することができます。つまり、未来の結果を計算によって導き出すことができるわけですね。そして、ニュートン力学の絶対的な信望者であった数学者のラプラスは、「神の計算機があれば宇宙の未来を予言することができる」と主張しました。
未来が既に確定しているものであるならば、それは何らかの手段で予知できるはずです。もしも、現象を構成する物質の力学的な初期状態の全てを分子レベル、原子レベルで計算することのできる超ス―パ―・コンピューターがあれば、それで誰でも事前にサイコロの目を予知することができるということになりますよね。サイコロを構成する原子全数の運動量と、それに伴う温度・湿度・空気抵抗などとなれば、如何に神のコンピューターであろうともその手に余る膨大な計算になりますが、ラプラスの主張は、それが量的な問題である限り原理に反することはないということです。
しかしながら、未来を知ることができないのは、それがまだ未確定であるからです。20世紀になってから量子力学によって開拓された分子や原子などの超ミクロ空間は、そんな万能の運動法則・従来のニュートン力学が通用しない全く未知の世界でした。

不確定性原理を簡単に述べると、ミクロの世界では「観測」という行為そのものが物質の状態に影響を与えてしまうため、観測以前にその状態を決定することはできないということです。例えば、電子の運動量を決定しようと思えばその位置が決定できず、場所が分かれば運動量が分からなくなる。観測によって電子の位置を確定したとするならば、その時点でスピンが不確定になります。従って、そのスピンがそれまで右周りだったのか左周りだったのかは50%・50%の確率でしか示すことができなくなります。
余り正確な説明ではありませんが、要は、ミクロの世界では全ての運動量を決定することができないということであるならば、この時点で「確定論者・ラプラス」の主張は覆されたことになります。そして、未来とは、観測という行為によって初めて現在として確定されるものであり、それまでは出現可能な、無数の事象の確率の集合でしかないということなんです。
従って、未来を予知することはできません。同時に、未来は未確定であり、人間の自由意思は晴れてその存在を許されるということになりました。これが、量子力学が導き出した結論であり、科学史に於いては、これを、200年以上の長きに渡り人類を拘束し続けた「確定論の崩壊」と位置付けることができます。

未来は予知することはできませんが、予測することは誰にでもできます。それは、未来の可能性が押し並べて蓋然性を持っているからです。如何に未来が無数の可能性を秘めているとはいえ、確率の高い事象が高い確率で出現するのは我々の経験に反するものではありません。ですから、崩壊したとはいえ、21世紀のこんにちでも万有引力によってリンゴは下に落ちますし、現在でもニュートン力学を使って人工衛星の軌道計算ができるのは、通常の世界では当たり前のことなんですね。そして、「不確定な未来」によって自由意思は保証され、我々は行為の選択によってより可能性の高い未来を選択することができるわけです。
「現在」とは、観測によってひとつに決定された、未来の可能性です。これを、「観測による確率の収縮」と言います。

さて、最初に申し上げましたが、ここで興味深いのは、人間の自由意思が存在するか否かに就いて回答を求めるために、古典力学も量子力学も、共に「自由意思とは何か」ということに就いて一切論じていないということです。自由意思の存在は未来の確定・不確定に依存します。つまり、自由意思の存在に、その意義は全く関係がありません。まして、「人間の自由意思」という定義そのものが無意味なんです。

量子力学がミクロの世界の不確定性を論じたならば、それを拡張したのは「カオス理論」とうことになります。全ての現象には誤差が生じ、それが指数関数的に増大するという考え方は、未来の不確実さという概念を継承しているばかりではなく、現在を基に過去を逆算することもまた不可能であるとも述べています。
60兆の細胞を持つ人間のそのときの体調を分子レベルで測定し、投げたサイコロの初期運動量に反映させるのは、正に「ラプラスのパラドックス」に匹敵する神業です。ですから、その時々で人間の脳が判断を下す意思決定には常に膨大な誤差が発生しているということになります。
これは、中枢神経でも自律神経でも同じことですから、誤差と神経の反応は全ての動物の行動に共通です。例えば、昆虫のアリが巣穴を出て西に行くか東に行くかは、そのときのアリの気分しだいだと思います。そして、たまたま西へ行ったアリは餌にあり付くことができました。これは、アリが西に向かった時点で初めて収縮された事象であり、確率としては含まれていましたが、アリが巣穴を出る前には決まっていなかった未来です。
ではここで、未来が確定しているものであるとするのであれば、アリが西へ向かって餌を採るというのは既に決定されていた事象であり、アリはただ決められたレールの上を歩かされただけということになります。
ですが、未来が不確定であるならば、アリが西へ向かったという行動の選択が、餌の獲得という未来に反映したことになります。つまり、未来が不確定であるならば、アリの自由意思もまた立派に存在するということですね。
科学的な原理・検証というのはこういうものではないでしょうか。未来が不確定である限り、全ての生物に自由意思は保証されます。更に付け加えるならば、不確定な未来が自由意思の存在を保証するという帰結に基くならば、単に人間の思考が他の動物よりも複雑であるという理由で自由意思の構造的な問題に目を奪われる必要は全くありません。

脳の話が出ていますので、もうひとつ例を取ります。
人間の脳は大変複雑な神経ネット・ワークによって演算を行なっています。先にカオスの誤差という問題を取り上げましたが、これは「複雑系」に於ける「複雑さ」によって発生するものであり、人間の脳に限らず、生物の構造そのものが複雑系なのですから、それは膨大な誤差によって成り立っていると言っても嘘にはなりません。
さて、ここで人間の脳から誤差というものを全て取り除いてしまったらいったいどうなるでしょうか。
それは、膨大な思考力を持ち、一切の過ちを犯さない極めて正確な超巨大スーパー・コンピューターということになりますよね。これは物凄いことです。
ですが、この脳は絶対に間違いを犯しません。それがどういうことかと言いますと、計算の結果、即ち答えは常にひとつしか出て来ないということです。幾度計算しても必ず同じ結果しか出しません。
では、全く決まった答えしか出せない脳を持つ人間に自由意思があると言えるでしょうか。つまり、脳が間違いを犯さなければ人間に自由意思などないということになります。

さて、自由とは何でしょうか。
それは、拘束されないということですよね。
これまで長々と述べましたように、未来が既に決定していたり、脳の出す結論が予め決まっていたりするならば、そこに自由意思はありません。
自由意思というのは、自分の意思を外に反映させたり、コントロールできたりすることではありませんし、人間の知能が高等だからといってそこに宿るものでもありません。少なくとも、脳を自分でコントロールできないのであるならば、自由な意思決定であると言えないなどといった考え方は全くのナンセンスです。つまり、自由意思とは、拘束されないこと、即ち「不確定」であらねばならないということなんです。そして、量子力学は未来は未確定であるという結論を出しましたし、カオス理論に基くならば、間違いを犯さない脳はあり得ません。
ということですから、どちらかと言えば、我々はかなりいい加減な意思決定によって、常に偶然の未来を確率的に手に入れているということになるわけなのですが、決して定められたレールの上を歩かされているわけでもなく、答えの決まった結論を出しているわけでもありません。ですから、誰が何と言おうと我々は自由なんです。

他の回答者さんも書いておられましたが、このような量子力学に於ける人間原理は、現在「強い人間原理」といった考え方にも発展しています。
未来は観測によって収縮し、観測者の意思決定が反映されます。現在、宇宙の物理法則がかくあり、太陽系の構造が地球環境を生物の存在を可能にしているのは偶然ではなく、観測者である地球生命の存在によるものであるというものです。
私はこれに就いては詳しく説明できませんが、「強い人間原理」「ロバート・ディッケ」などのキーワードで検索すれば情報を集められると思います。
先に、未来は確率の集合であり、我々はより高い確率の未来に基づいて行動選択する術を知っていると述べました。これにより、誰でも自分の望む未来の確率を高めることもできます。また、観測者の意思決定が結果に反映し、あろうことか宇宙の物理法則まで決定してしまうというのであるのならば、未確定な未来は観測者の思うままということになります。
ですが、この問題を論ずるときに、私は最後に何時もこう付け加えるのですが、観測とは、少なくとも世界60億人の入れ子状態で行なわれていますし、仏教ではこれを「平等の境地」と定義し、一切の利己的な動機に基く観測、即ち煩悩を廃してこの世の全ての生物が成仏しなければならないと解いています。万人の望む未来は席に限りがありますし、それを手に入れようとすること事態が煩悩なのだそうです。
ですから、人生が欲してままならないのは、どうやらその為らしいです。

また、ついつい長くなってしまいました。
ごめんなさい。

こんにちは。
科学的にどうかということですが、一応現在では、「人間の自由意思は存在する」ということになっていると思います。そして、そのことを証明するために、「自由意思とはいったい何か」などといった問題を論ずる必要は一切ない、科学はそう述べています。

自然科学の分野では、恐らく18世紀頃からですが、かなり長い間、人間に自由意思というものはありませんでした。それは、この世のあらゆる運動の法則を司る、ニュートン力学に於ける「確定論」が自由意思の存在を否定していたからです。です...続きを読む

Q自由意志は存在するのですか?

ノーベル賞を受賞した利根川進さんが・・
「すべての生命現象が物質現象から発生したものである以上、生命に特有と思われている感動や衝撃といった心理的な現象も、いずれは解明されるだろう」と何か書いているのを、今、思い出した。

人間には自由意志が存在するのか、それとも、自由意志が存在するように見えるものの、それは決定されたものにすぎないと考えるのか。

利根川進さんよると・・「自由意志が存在するように見えるものの、それは決定されたものにすぎない。」らしい。
自由意志は存在するのですか?
教えて下さい

Aベストアンサー

kokoro111さん、はじめまして。素人のmori0309です。

 今、会社におりまして多くは書けませんけど、簡単に考えを述べさせて
ください。
 コンピュータのメモリのしくみがわかれば、これから生まれてくるソフト
ウェアの可能性のすべてを理解したことになるでしょうか。
 オーディオ装置のしくみや原理がわかれば、音楽がわかったことになるで
しょうか。

 脳内の物質やその動きを観察したところで、精神や意志の謎を解明する
ことはできないだろうと思います。ミクロレベルの脳細胞とマクロレベルの
精神のへだたりはあまりに大きいです。ミクロからマクロへと単純に階段を
上っていけば頂上にたどりつけるとは思えません。階段の途中で精神なる
ものはミクロレベルの因果法則から自由になると思えてなりません。

 ただ科学研究が無駄だと言っているわけではなく、今後も科学は私たちに
たくさんの神秘的な事実を教えてくれるだろうと思います。
 自由意志が存在するかという問いに対しては、まず自由の定義をしなくては
ならず、これもたいへん難解な問題だと思います。よく考えて出直します。

 偶然と必然の問題については「運命の定義って?」のなかでserpent-owlさんが
詳しく解説されています。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=69689

kokoro111さん、はじめまして。素人のmori0309です。

 今、会社におりまして多くは書けませんけど、簡単に考えを述べさせて
ください。
 コンピュータのメモリのしくみがわかれば、これから生まれてくるソフト
ウェアの可能性のすべてを理解したことになるでしょうか。
 オーディオ装置のしくみや原理がわかれば、音楽がわかったことになるで
しょうか。

 脳内の物質やその動きを観察したところで、精神や意志の謎を解明する
ことはできないだろうと思います。ミクロレベルの脳細胞とマクロレベル...続きを読む

Q自由意志は錯覚か?

脳科学者の間では、自由意志(自分の行動を自分自身が決定しているという感覚)は錯覚であるという考えが広まりつつあるようです。

私は、次のような実験が将来技術的に可能になるだろうと予想しています。

被験者の脳に機械を取り付け、外部から「右足を上げろ」という信号を送り、その通りに右足を上げさせる。しかも被験者に自分の自由意志でそれを行ったと錯覚させる。

もし本当にこのような実験が実現したとしたら、皆さんは自由意志が錯覚だということを認めますか?
それとも飽くまで「いや、今のは機械で操作されて騙されたが、普段はこんな機械つけていない。普段俺が感じているのは本物の自由意志だ」と主張されますか?

Aベストアンサー

やっていることは、
脳の特定部位を電気的刺激を与えるなどすると、ホニャララの反応が起きるということと基本的に同じでしょう。
この電気的な刺激が信号に置き換わっただけ。
このような実験で分かるのは、あくまで刺激とその刺激に対する反応の経路と過程です。
「右の手をあげる」という意志決定のプロセスとは何の関係もありません。
自由意志の議論で大切なのは、この意志決定のプロセスです。
もし意志決定が原因→結果という因果律にのみしたがっているのであれば、
「右手を上げる」という意志の決定は、先行する事象によってなされるのであり、その意志決定は必然的なもので、そこに自由はない、となります。
極論をするならば、宇宙誕生の瞬間に、その人がその時に「右手を上げる」ということが決定されている、と言ってもいい。
 ───こういう考え方を「かたい決定論」といいます───

あるいは、こう言ってもいいでしょうね。
この実験の被験者はただの物理的対象で、装置に過ぎない。
そして、
自由意志で問題になるのは、「何故、被験者の右手をあげさせよう」と、その実験を行う人が考えたか?
左手でもよかったのに、なぜ、右手なのか? ───このとき「左手を上げさせる」という選択の余地があってはいけない。絶対に右手でなければならない。このことを証明しなければならない───
そもそも、なぜ、この様な実験を行おうと思ったのか?
このような実験を行うことは、この実験を行なうはるか以前に決定されていた(orもしくはこのことは完全に予測できる、予言でできた)のか?
である。

やっていることは、
脳の特定部位を電気的刺激を与えるなどすると、ホニャララの反応が起きるということと基本的に同じでしょう。
この電気的な刺激が信号に置き換わっただけ。
このような実験で分かるのは、あくまで刺激とその刺激に対する反応の経路と過程です。
「右の手をあげる」という意志決定のプロセスとは何の関係もありません。
自由意志の議論で大切なのは、この意志決定のプロセスです。
もし意志決定が原因→結果という因果律にのみしたがっているのであれば、
「右手を上げる」という意志の決定は、...続きを読む

Q心とは物理法則に則って動くもので物理主義が正しいと証明されるのでしょうか?

心とは物理法則に則って動くもので物理主義が正しいと証明されるのでしょうか?

Aベストアンサー

ずいぶんと証明にこだわっていますね。

質問者は、科学的なことをお求めのようですが、証明や科学と無縁なことばかりです。

以後、哲学もしくは宗教カテに行かれてはいかがですか。

Q哲学の心身問題を解決する方法はありますか?

哲学の心身問題を解決する方法はありますか?

Aベストアンサー

人の喜ぶ顔を見るだけ
その後の利益をかんがえる人間です
あなたは
ばか正直は考えてない
プライドない
ばかは騙された詐欺❗

Qこの世は人間が認識するまでは存在しない

《特報》「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認

したそうです。
http://oka-jp.seesaa.net/article/420222661.html
画像には複雑そうな機器が見えますが、人間、あるいは認識が、この実験にどのように関わっていたのかご存知の方おられましたら、お願いします。
どんな実験だったのか?
興味が尽きません。

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、観測者が見るまで不確定と言うのも、おかしいような気がしますよね?
ただし、記録内容は、観測者が見るまで、誰も見ていないわけです。
そういう意味では、それが、確定した記録と信ずる証拠も無い事になります。
もちろん、マクロの範囲ではそういう事はありませんし、一般的に記録媒体の記録が、見るまで不確定と考える人もいません。
量子力学が、「因果性」、「局在性」、「実在性」に対して、確率的な法則しか与えられない以上、理論が述べられるのは、そのような事でしか無いと言う事です。
今、仮に、観測者自身も、量子力学の範囲の観測系として、その不確定性の影響を受けるとすると、観測者自身も一定の確率で、その収束結果を見る存在として、存在すると考える事も可能になります。
そうならば、未来にAと言う結果と、Bと言う結果を見る観測者は、観測するまでに、同等の確率で存在しえた事になります。
そう考えれば、観測の直前までは、観測者自身も未来の可能性において、確率的存在だと言える事になります。
もちろん、その事によって、観測者自身が変わるわけではなく、その未来の可能性が不確定なだけです。
これが、いわゆる量子力学の「多世界解釈」という解釈の方法です。
多世界と言う言葉は、同時に複数の世界があると言う意味ではありません。
未来の分岐可能な世界が複数存在すると言う意味であり、SFなどのパラレルワールドと言う意味では無い事に注意してください。
観測者は、量子力学の実験において、波動関数が示す確率によって、違う観測結果を見る可能性を持つ存在として、観測前は存在していると言う事です。
そして、観測によって、ある観測結果を見る存在として、収束すると言う事です。
これは、ある可能性が捨て去られたと言う事ですから、ある意味、観測者自身も、その結果の影響を受けていると言えなくもないです。
ただ、これは、実験がある確率で測定結果を与える不確定性を持っていると言う事だけであり、未来は不確定と言うのは、ある意味、当たり前の事です。
表れない未来として、違う観測結果の未来は存在しえたが、観測によってそれが収束したと言う事は、観測するまで、未来が確定しない事は言えますが、人間が観測するまで、物理的存在が、存在しないと言う事まで言及しているとは言えないと思います。

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、...続きを読む

Q全部決まっている?【運命・必然・偶然・自由意志】

人間の判断が全て刺激に対する反射とするならば、自由意志というものは存在せず、「自分で決めた」ということがあり得ないのではないでしょうか?

もし、そうだとすれば「人生で何が起こるかは、何も決めることができない。全て偶然。」になるのでは?

何も決めることができない、ということは「全て決まっている」と言えてしまうのでは?

といったことを考えました。
実際のところ、どうなんでしょう???

当方、哲学が専門という訳ではないので、まったく見当はずれのことを言っているのかもしれませんが・・・。もし、このような問題を扱っている書籍などもありましたら教えてください。

Aベストアンサー

(1)しかし、もっと驚くべきことにリベットは、自発的な行動にかかわる脳内のニューロン作用を、被験者が動くと決めた時刻より決まって300~400ミリ秒も前に検出したのである。この明らかに自発的な動作は、被験者が行動を意識的に決めたと思うより前に始まっていたのである。
・・・重大なことに、意識的な行動意図の認識と運動刺激の開始とのあいだには、なおも200ミリ秒のすきまがある。リベットの提案によれば、まさにこの運動遅延期間に、意識は随意行動に影響を与えることが出来る。随意行動は無意識のうちに始まるかもしれないが、それが完了する前に意識が介入してこの行動を止めたり強化したり出来るのだ。p392

(2)ところで自由行為は、流れつつある時間の中で行われるもので、流れ去った時間の中で行われるものではない。それゆえ、自由とは一つの事象であって、しかも確認される事象の中で、これ以上はっきりしたものはない。この問題のもつすべての難しさも、また問題自体も、持続に広がり{延長}の場合と同じ属性を見いだそうとしたり、継起を同時性によって解釈しようとしたり、また自由の観念をあきらかにそれを翻訳するに絶えない言語で表現したりしようとすることから生まれるのである。p202


(1)は「量子進化」マクファデンからの抜粋です。
最近、認知科学、脳物理学の分野で、意思決定の前に脳の当該部分のニューロンが発火しているとの事で、或いは、解決する前に回答が脳のなかにあるといった表現で、自由の問題が注目を集めています。ただ注意しなければならないことは、意識といった生命現象を、ニューロンの発火やアドレナリンに還元しても、それは、物質のメカニズムを理解しただけで、生命のメカニズムを理解したこととは、原理的に違うという事です。
「ある生物のはたらきについて調べるとき、より小さい構成要素のより細かい部分について調べていくうちに、目の前から生命そのものが消えてしまうようなのだ。動物全体あるいはその一個の細胞に生命を認めることはむずかしくない。だが、細胞の内側を見ていくときに疑問が起こってくる。染色体は生きているのだろうか?遺伝子やDNAはどうなのか?」これも、上掲書の一節です、物質のメカニズムを究明しても、生命活動のクオリアは依然として何の手がかりもないようです。言い換えれば、感情・感覚・知覚・記憶の何たるかは、私たちには認識できないような構造になっているようです、つまり、諸感覚は、外部にのみ開かれています。

(2)は、「時間と自由」ベルクソンの抜粋です。
この本は確かに難解ですが、誤解を恐れず、別の言葉で表現すると
自由とは現在意思できるという能力ではないか、と言う事です。例えば、私は現在、ここに回答しています、これが自由でなくてなんでしょうか、犬にも、石にも、こんな能力はありません。ところが、この回答を後から振り返ると、質問があったから回答できたのだから、自由ではないと言ってみたりします。

しかし、自由は現在の持続の中で、自分自身が望むことが出来るのです。純粋持続と言う時間が空間の中で迷子になっているのですが、空間で物質を捕らえる習慣が、迷子になっていることにすら気が付かない、と言うことでしょうか?この辺りは、自分の解釈で、自信がありません。

ご質問で言われる所の「自由意志」が一体なんであるかを考える必要もありますね、この辺が私の限界ですので失礼します。

出来れば、解説の類より「時間と自由」ベルクソンをお奨めしますが100年前の本です、
ご自身で検討してみてください。

(1)しかし、もっと驚くべきことにリベットは、自発的な行動にかかわる脳内のニューロン作用を、被験者が動くと決めた時刻より決まって300~400ミリ秒も前に検出したのである。この明らかに自発的な動作は、被験者が行動を意識的に決めたと思うより前に始まっていたのである。
・・・重大なことに、意識的な行動意図の認識と運動刺激の開始とのあいだには、なおも200ミリ秒のすきまがある。リベットの提案によれば、まさにこの運動遅延期間に、意識は随意行動に影響を与えることが出来る。随意行動は無意...続きを読む

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Qコカイン、ヘロインを辞めた方にお聞きしたいのですが、ある程度年数がたっ

コカイン、ヘロインを辞めた方にお聞きしたいのですが、ある程度年数がたっていればもうやりたいと思わなくなるものなのでしょうか?

彼が昔やっていたことを知りました。
昔の話は聞かないようにしていましたが、先日少しだけ話をしてくれました。
私はただ彼の話を何も言わず聞くことしかしなかったので細かい情報も分からない状態で
す。
「よく辞めれたね」と言ったら、「コカインはきつかった」とだけ言っていました。
当時どのくらいの摂取量でどのくらいの期間やっていたのかは分かりません。
自分自身やったこともないし、知り合いにやっている人(やっていた人)もいないので、全くわからないのです。
それを聴いて引くと言うより、心配になりました。

彼は最低でも4,5年前から辞めているとは思います。

全くやりたいと思わない期間が何年あっても、年数に関係なく突然やりたくなるものなのでしょうか?

またどういった方法で辞めましたか?

辞めたという表現ではなく、我慢しているといった方が正しいのでしょうか?

全くやりたいと思わなくなることもあるのでしょうか?

Aベストアンサー

薬物経験者もしくは、薬物使用者が多い業界で仕事をしていた経験と、薬物が手軽に入手可能なアジアでの生活を経験してきた物ですが、興味本位で使用した経験程度成らば、本人の努力しだいで再び使用する事を抑える事は可能かも知れませんが、コカインはきつかった、と言う発言が出るようではおそらくかなり常習的に使用していたと考えた方が良いと思います。

日本における使用者の状況からしてもコカイン、ヘロインの使用を行って居たと言う事は、おそらく全ての薬物を使用した経験を積んで居ると考えられます

質問の通り、辞めたという表現ではなく、我慢しているといった方が正でしょう、あえて言うなら今は使って居ないというべきでしょうか。

薬物依存の怖いのは、今は使って居なくて、普通に生活できて居ても、生活の中で極度なストレスや、偶然で有っても、薬物が手に入る環境に措かれた時だと思います。

心が弱っている時や、悩みを抱えている時、本人の意思で制御する事は大変難しい様です、現にその様な環境で再使用をしてしまう人を何人も見てきました。

もし貴女が私の身内で相談を受けていたなら、私は彼が過去に殺人を犯し服役していたと言う話しならば、罪を償い更生しているのなら、其れをとがめたり交際に反対はしないでしょうが、相談者さまの彼氏の様な状況で有れば、交際事態を反対します。

殺人は本人の心しだいで再犯する事が防げますが、薬物は其処が非常に難しいからです。

特に自分はもうやらないと言う人が危険です、常に再使用の恐怖を持った人の方が再使用率は低い様に経験から感じます。

薬物経験者もしくは、薬物使用者が多い業界で仕事をしていた経験と、薬物が手軽に入手可能なアジアでの生活を経験してきた物ですが、興味本位で使用した経験程度成らば、本人の努力しだいで再び使用する事を抑える事は可能かも知れませんが、コカインはきつかった、と言う発言が出るようではおそらくかなり常習的に使用していたと考えた方が良いと思います。

日本における使用者の状況からしてもコカイン、ヘロインの使用を行って居たと言う事は、おそらく全ての薬物を使用した経験を積んで居ると考えられます

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Q量子力学はいずれ消滅します

 
量子力学を少しかじったばかりに、「全ての存在は量子的な不確定性に基づいており、無限に詰め込むと存在確率の山が平らになって無となる」とか、「無いとは分からない事が有である」などといったバカげた発想を導くものであるとするなら、量子力学ってのはビッグバン宇宙論のごときペテン科学しか成立させず、何らの実質的な科学的貢献もせず、全くもって無意味な空論に過ぎないと結論できましょう。
量子力学はいずれ破綻し、消滅するのではないかな。 
 

Aベストアンサー

>量子力学はいずれ破綻し、消滅するのではないかな。

 前段は正しく、後段は間違いだろうな。

 量子力学っていうのは思想なんだ。人間が量子的存在だからこそ量子力学が誕生している。相対性理論も人間を見ているってこと。

 物理学者は、宇宙、物質、素粒子などなどを研究し続けているけど人間を探求し続けているのと同義なんだな。
 
 そして、あなたの言っている人の道とあなたの言う神は宇宙の法則は究極的に同一のものだ。

 一つの階層を外から見るとその階層の中の法則は間違っているように見える。
 であるから、最上位層(そんな層があるかどうか知らんが)から見れば、ビッグバンもビッグクランチもニュートンの法則も量子力学も相対性理論もすべて間違っているというのは正しい。

 しかしだ、その層では正しいんだから消滅することはない。


 


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