江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」、「屋根裏の散歩者」についてのいい論文を探しています。できればここ5年以内のもので、雑誌名と筆者名も添えていただけると助かります。

A 回答 (1件)

http://www.e-net.or.jp/user/stako/
に乱歩関係の文献などの紹介があります.
膨大な力作です.
直接お役に立つかどうかわかりませんが,ご参考まで.
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。早速、拝見してみます!

お礼日時:2001/06/25 23:11

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Q特別支援教育系の卒業論文について

普通学校での特別支援支援についての卒業論文を書こうと思ったのですが、
具体的には何をしようか決まっておらず、とても困っています。

始めは、通常学級で行われている特別支援教育についてや、交流学級について調べようかと考えていたのですが、
今からどこかの小学校に入って事例研究をしようにも、
コネも時間もないので無理だと教授言われました。

だからやるなら文献研究かアンケートをとるかなのですが・・・
アンケートをとるのにも個人情報などで中々難しいとのこと。

そこで質問なのですが、
普通学校での特別支援支援教育について書くなら具体的にどのようなことを調べていくのが、やりやすいと思いますか??

何か面白いテーマなどないでしょうか??

なんでもいいので参考までに教えて欲しいです。

Aベストアンサー

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つのせて、ちょっとだけ長くする ぐらいの作業です
卒論、つまりあと半年ぐらいで、結論まで出す必要があります
壮大なテーマはアウト!です

例えば
特別支援支援 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%95%99%E8%82%B2
ここに載っている定義でも用語でも興味ある項目はありますか?

障害でも全部の障害を扱うなんて、到底無理です。特定の障害に限定しましょう
学校も全部を扱うのは無理。

これを絞るだけでも、
「知的障害者の小学校教育における歴史的経緯の考察」
とグッとイメージ沸いてくる
またはエリアで絞ってもいい
「○○県△△市□□駅前における聴覚障害者対策の実態調査および考察」
言いたいこと伝わりますかね?

どんどん絞っていいんです。グイグイ絞り込んでください
学校での事例研究は相手がいることなので、大変ですが
地元の駅前の調査なら、質問者さんが調べてみれば済むことです

例えば聴覚障害者にとって、横断歩道が渡りやすいのか?
視覚障害者にとって、切符は買いやすいのか?
道路の黄色いプレートは使いやすいのか?
こんな対象をいくつかあげて調べていけば、まあなんとなく
フィールド調査型の卒論としてまとめることが可能だと思います

がんばってください

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つ...続きを読む

Q江戸川乱歩 久作論

江戸川乱歩について質問です。
夢野久作は江戸川乱歩に対して「江戸川乱歩氏に対する私の感想」をかきましたが
江戸川乱歩が夢野久作に対してかいた「久作論」はどのようなものなのですか?
文献があれば教えてください。

〈参考〉
江戸川乱歩氏に「久作論」を頼んだから、私はそれに対する「乱歩論」を書けという註文が猟奇社から来ました。 私はとりあえずドキンとしましたが、あとから直ぐに「これは書けない」と思いました。 乱歩氏は私の未見の恩人の一人なのです。 乱歩氏はズット前に、私が生れて初めて書いた懸賞探偵小説を闇から闇に葬るべく、思う存分にコキ下されました。又、一昨年、私が或る老婦人の手記を中心にした創作を書いた時には口を極めて賞讃されました。もっとも後者はつまるところ、その手記を私に提供した老婦人の手柄になった訳ですけれども、いずれにしても縁もゆかりもない一素人の投稿作品を、あんなにまで徹底的に読んであんなにまで真剣に批判して下すった同氏の、芸術家としての譬えようのない、清い高い「熱」によって、私がどんなにまで鞭撻され、勇気付けられ、指導されたか……という事は、私自身にも想像が及ばないでいるのです。 そのような恩人の作品を公開的に批評する事が、どうして私に出来ましょう。 さもなくとも乱歩氏は当代、探偵小説界の大先輩で居られるのに、これに対する私は後進も後進……一介の愛読者に過ぎない程度の者です。そのような立場の者です。たとい頼まれたにしても公々然と名前を出して、大先輩と取り組み合うというような非常識な事が、どうして出来ましょう。世間の物笑いの種になる事が、わかり切っているではありませぬか。・・・
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2128_21872.html

江戸川乱歩について質問です。
夢野久作は江戸川乱歩に対して「江戸川乱歩氏に対する私の感想」をかきましたが
江戸川乱歩が夢野久作に対してかいた「久作論」はどのようなものなのですか?
文献があれば教えてください。

〈参考〉
江戸川乱歩氏に「久作論」を頼んだから、私はそれに対する「乱歩論」を書けという註文が猟奇社から来ました。 私はとりあえずドキンとしましたが、あとから直ぐに「これは書けない」と思いました。 乱歩氏は私の未見の恩人の一人なのです。 乱歩氏はズット前に、私が生れ...続きを読む

Aベストアンサー

「夢野久作の世界」西原和海著 平河出版社(1975年)又は沖積舎(1991年)刊に、夢野久作氏とその作品 by 江戸川乱歩として、「夢野久作氏とその作品/夢野久作氏/夢野久作氏の作品に就て/夢野君余談・故人の二つの仕合せ」が収録されているようです。
また、河出書房より刊行されている「夢野久作(文藝別冊」にも、講演内容の収録として、江戸川乱歩の「夢野久作氏とその作品」が収録されています。

Q特別支援教育になったら・・・

はじめまして。よろしくお願いします。
特別支援教育がはじまりましたが
イマイチわからないので教えて下さい。
養護学校、盲ろう学校は特別支援学校となり
地域のセンター的役割を担うようになると聞いてますが
最終的には
これらの学校が一括
知的障害・肢体不自由・盲・ろうのお子さんを
教育していくことになるのでしょうか?
それとも
名前は特別支援学校だけど
子どもの所属はある程度わけられる
(今までの通り知的障害・肢体不自由・盲・ろう)のでしょうか?
盲・ろうだけでも
ひとつになることが難しいように感じるのですが・・・

Aベストアンサー

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れることとなります。

 一方で、文部科学省は、各学校に対し、もともとあった専門分野を確保することも求めています。つまり、もともと肢体不自由児対象の養護学校だったところでは、引き続き肢体不自由児教育の専門性も持たせていく、というのです。文科省では「肢体不自由部門」「知的障害部門」という「~部門」を設けて教育を行うことを想定しています。教員免許についても同様です。「特別支援学校教諭免許状」に一本化されました。ただし、これについても「視覚障害」「聴覚障害」「知的障害・肢体不自由・病弱」の各部門に分けて授与することになっています。
 
 私個人は、以上のような制度が現実的かどうか、もう少し様子を見る必要があるとは思いますが、質問者さんのおっしゃる通り、課題は多いような気がします。また、文科省の理念の実現にはもう少し時間がかかりそうな気もします。

 以上です。ほかに何かあれば補足してください。

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れる...続きを読む

Qエドガー・アラン・ポー ⇒ 江戸川乱歩

よろしくお願いします。

海外の有名な固有名詞(人名以外も可)をもじった日本の有名人のペンネーム、芸名(グループ名も可)を挙げてください。
文学カテで質問していますが、文学界の人物でなくてもOKです。

今のところ、ここまで集めました。
・エドガー・アラン・ポー ⇒ 江戸川乱歩
・ダニー・ケイ ⇒ 谷啓
・バスター・キートン ⇒ 益田喜頓
・ザ・ビートルズ ⇒ ずうとるび
・クインシー・ジョーンズ ⇒ 久石譲
・グレタ・ガルボ ⇒ 呉田軽穂(松任谷由実)
・ダンセイニ卿 ⇒ 団精二(荒俣宏)
・イーデス・ハンソン ⇒ 半村良
・モーリス・シュバリエ ⇒ 芝利英
・イヴ・モンタン ⇒ 夷撫悶汰(桑田佳祐)
・ビビアン・リー ⇒ 微美杏里(藤真利子)
・メグ・ライアン ⇒ Meg.C(松田聖子)
・周星馳 ⇒ 馳星周
・アーサー・C・クラーク ⇒ 浅倉久志
・アーサー・マッケン ⇒ 朝松健
・エラリー・クイーン(イニシャルがE.Q.) ⇒ 依井貴裕(音読みすると、いいきゆう)
・バーナード・ショー ⇒ 花登筐

Aベストアンサー

マルキ・ド・サド⇒丸木砂土(秦豊吉)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E8%B1%8A%E5%90%89

ボブ・ディラン⇒ホフディラン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%95%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%B3

アルチュール・ランボー⇒みなみらんぼう
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%82%89%E3%82%93%E3%81%BC%E3%81%86

確定できないところで
シャルル・デュラン⇒久生十蘭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%94%9F%E5%8D%81%E8%98%AD

ミッキー・マウス⇒三木鶏郎
http://www.mikitoriro.jp/html/KEY%20WORD/KEY%20WORD.html

あと、小田島雄志が学生時代にチェーホフをもじって「池永保夫」と名乗ったことがあるそうですが一体何のアルバイトをしていたのか(翻訳???)・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97

マルキ・ド・サド⇒丸木砂土(秦豊吉)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E8%B1%8A%E5%90%89

ボブ・ディラン⇒ホフディラン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%95%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%B3

アルチュール・ランボー⇒みなみらんぼう
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%82%89%E3%82%93%E3%81%BC%E3%81%86

確定できないところで
シャルル・デュラン⇒久生十蘭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%94%9F%E5%8D%81%E8%98%AD

ミッキー・マウス⇒三木...続きを読む

Q障がい者 差別 特別支援教育

障がい者 差別 特別支援教育

皆さんは障がい者について
どう考えますか?

私は今
特別支援教育者になるため
勉強中です。

世間では障がい者に対しての
差別が絶えないようです。

授業でもこの問題が
取りあげられました。

「障害者」この漢字も
差別用語になりつつあるみたいですね。

常に健康な者(健常者)と
書きますが

では、障がい者は常に健康ではないのか?
という考えもあります。

差別は大きな問題ですが
答えを出すには
とても難しいと考えます。

皆さんは差別に対して
どうお考えでしょうか?

教育者ではなくても
結構です。

いろいろな観点からの
意見をお聞きしたいです。

回答、お願いします。

Aベストアンサー

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いやる心のユトリも消えうせようというものです。また、健常者がかように非正規雇用で使い捨てられる時、弱者へのサポートもまた切り捨てられるのは物の道理。
 かように考えれば、弱者の問題は、実は、健常者自身の問題と同質なんだと思いますよ。となれば、私は、「差別」に光を当てるのみならず、その根源が同一のものであることにスポットライトを当てることを忘れてはならないと思います。障害者への同情云々ではなく、同一の根源に向かって改善を求める者同士っていう意識の醸成。これも必要なことだと思います。
 観点ということであれば、障害者も健常者も同じ地点から社会を俯瞰するということが肝心と思っています。

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いや...続きを読む

Q「押絵と旅する男(江戸川乱歩)」について

「押絵と旅する男(江戸川乱歩)」について質問があります。
文中には「それが奇妙な点ではない」という打ち消す表現を繰り返しています。
これはなんという手法なんでしょうか。またこれによってどんな効果があるんでしょうか。

どなたか回答お願いいたします。

Aベストアンサー

強調的修辞法のひとつで、列挙法にあたるかと思います。
 列挙法:ある事物に対し、さまざまな語句を列挙することで、
      自分の意図を多面的に述べる方法。

この作では、ああでもないこうでもないと挙げては打ち消していくという方法で、
語り手の気づいた「奇妙」な点を、くっきりと浮き彫りにする役割を果たしています。

Q特別支援教育についての質問です。

最近、「特別支援教育は教育の根である」
と言うようなことを目にしたのですが、
これはどういう事なのでしょうか?

子ども達一人一人のニーズに
あった教育を目指すことに繋がる、
と言うこと以外で
意味合いがありましたら
教えて頂けると助かります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>子ども達一人一人のニーズにあった教育を目指すことに繋がる

以外は、特にないかと…

Q江戸川乱歩くわしい方・・・

江戸川乱歩の映像作品についての資料を探しています。正式な論文でなくても結構です。雑誌、単行本、おすすめのものがありましたら是非教えてください。急いでます!

Aベストアンサー

乱歩の映像ですか、「屋根裏の散歩者」が一番メジャーですかね。
以前はTVでも良くやっていましたが、最近は見ませんね。

さてご質問の件ですが、はずしていそうですが参考になりそうなサイトのurlを添付しておきます。

乱歩の世界 : 評論・随筆リストを掲載
http://members3.cool.ne.jp/~inat/rampo/

著作目録、執筆年譜を始め、乱歩に関する最新情報も掲載
http://www.e-net.or.jp/user/stako/

世界的な名探偵の一人「明智小五郎」を紹介するページ
http://www.asahi-net.or.jp/~KF2T-MRKW/akechi/

サイト紹介
http://allabout.co.jp/entertainment/mysterynovel/subject/msubsub_ranpo.htm

Q特別支援教育を受けられず困っています

特別支援教育の法整備と学校現場の運用のずれが起きています。
ADHDの為、学業の成績が下落してきている、それに連動して不登校のリスクが高まってきているにもかかわらず、学校が当事者(中学生)及びその保護者の要望を聞こうとしません。
九州の某県立中高一貫校に対する行政指導は、どこの誰が責任を負うのでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく率直に述べたいと思います。

あなたのおっしゃるような「正論をぶつける」行為が、どういうことになるか、感じていただきたいし、この回答をどう思われるのか私も知りたいのです。

ただ、とても嫌なことを言うことになりますから、心の準備をお願いします。





まず。
保護者の思いが重い…というのが、学校側の本音といったところでしょうか。最近思うのですが、親御さんがパワフルになりすぎて失敗するケースも少なからずあるかもしれません。もちろん、学校がきちんと対応しなくてはならないことが基本的な前提なのですが、それを後押しするタイプと停滞させてしまうタイプの働きかけがある、ということです。

今まで学校に駆け込んでくる親御さんがどういうタイプだったかを考えると、イメージしやすいかもしれません。一昔前のドラマに出てくる母親に例えれば、バリバリの教育ママとか暴力団に近いようなヤンママとか、駆け込んできてはおいおい泣いて家庭内の問題までどうしましょう?なんて聞いてくる母親とか…。
仮に、上記のような親御さんと同様に思われていたとしたら、どうでしょう(実際にはそういう状況ではないことと思いますが、分かりやすくするため、あえてひどい例を挙げています)?

言葉の端々に不信感が噴出しています。そういうのが、電話で話したり会っていたりしていると、そういった思いが言外に表れてしまうと思いませんか?
学校側が直接受け取れば、自分たちが非難されていると感じるかも知れません(この場合、実際に非難されるようなことをしている/いないは関係ありません)。人は非難されると、やがて心を閉ざしてしまうものです。そういう意味で、No.1の方の書かれた「先生方も同じ人間」という表現は、ここに通じるのではないかと。


正しいことを主張することは大切です。ただし、その方法を工夫しないと、クレーマーのような扱いをされてしまいますよ。クレーマーに対して、話をきちんと聞いて受け入れ、学校運営を見直そうという動きにはつながりにくいと思うのです。目的は、正しいことを伝えることではないでしょう?ケンカすることでもないでしょう?
お子さんにとって最適な学習の場をつくるために必要なのは、事実の共有、目標の共有、支援の手立ての共有かと思いますが…何より必要なのは、協調姿勢を作ることではないでしょうか?


と、ここまでお読みになって、上記の考え方について、たとえ理屈では分かったとしても、非常に不愉快に感じられるのではないでしょうか?それは、質問者の方の思いに、あえて真正面から反対するような書き方をしているからです。そして、ある意味「現実ベースに語られた正論」と見ることもできるので、なおさら腹が立つことでしょう。これはつまり、質問者の方と私が戦ってしまっているのです。さらに、質問者の方の動き方では動けない、それでは学校は変わらない、なんて全否定してしまったとしたら(私はそうは思っていませんからね、念のため)、もう聞く耳なんて持たなくなるのではないかと思います。

失礼な物言いをして大変申し訳なく思っています。
ただおそらく、質問文に書いていらっしゃるような雰囲気の伝え方が、どういう風に見られてしまうかは、ご理解いただけたのではないでしょうか?


学校側としては、冷静さを失った方への対応として、ひとまず伺っておいて、落ち着くのを待ってから話をしよう、という対応になりやすいと思います。感情的な状態では話し合いにはならないからです。
たとえ正しいことであっても、学校が親御さんの「感情」で動くことは、ないといって良いかも知れません。本当に様々な親御さんがいますので…と言えば、分かっていただけますでしょうか?

要するに、質問者の方が熱心に語ることがクレームだと思われてしまったら、その時点で目標であるお子さんの教育ニーズを満たすための働きかけから一歩遠のくと思うのです。それは望む状態ではないでしょう?


余談ですが…
今の学校は、少しのミスでも叩かれやすく、少々の不手際も許されない環境に置かれているため、かえって組織としては融通が利かないところがあるのです。新しいことを始めるよりも、今やっていることを確実にやろうよ、みたいなこともありますし、もちろん怠惰が原因でもあります。私も含め多くの教員は怠惰と言えるでしょう。
また、要望=対応するべきもの、という風に考えているわけではありません。学校には学校としての考えもありますし、大勢のお子さんを抱えていく中で、全体を見てバランスの良い体制を整えることも大事なことだからです(ただし、この意見は教員向けのものではありません。教員としては、現状がどうあれ、その時点でできるベストを尽くすべきだと思いますし、そういう対応を心がけています。多少の労働条件の悪化も厭わないで子供のために身を粉にしている同僚も多いです。ただ、そうすべきだ、という風に外部から言われることでもないのかな、という微妙な話です)。


特別支援教育の体制が整っている/いない、ということは、その学校に専門的な知識や技能を持つ教員がいるかどうかによって異なります。その意味で、確かに学校間格差、地域間格差が生じていることは事実でしょう。

私は特別支援教育に関わる立場にいるので、発達障害をもつお子さんの指導について、いくつかのケースを経験し、同僚とも具体的に話し合うことができます。ADHDの障害像を漠然とですがイメージできますし、課題の発見も教育目標の設定も手立てや配慮事項の工夫も、少しは考えることができます。ただ一般の学校の先生方の多くは、そういったお子さんの事例を見ていない(正確には見えていない)ので、比較的にスムーズには行かないでしょう。私が突然月曜から職場を交換しても40人をまとめきり授業を成立させることができないように。

「~するべき」という言い方は、正しくも不幸な意見の出し方だと思います。
簡単にできるならすでにやっているはずですし、必要性を感じていればすでにやっているはずです。どうしたらいいか分かっていればすでにやっているはずですし、余裕があれば手をつけはじめているはずです。
…できない理由を怠惰にもってくると、相手の人を責めてしまうし、お互いに不幸になります。怠惰と責められ喜ぶ人はいませんから。逆に、どういう条件が整えば組織が動き出すかを考えると、必要な手立てが生まれてくるかもしれません。ダメ社員が多く足を引っ張り合っているような会社でも、現状を的確に把握し、今の状態でできることは何か、といった視点で改善を続けていくと、成果が上がってくるそうです。



もう一つ、指摘しなければならないことがあります。

担任をこえて管理職と話し合いたいとのこと。
どういったいきさつがあるかは分かりませんが、直接指導にあたっている教員ではなく、その上司に話をしようとしている状態を、担任の方はどのように感じていらっしゃるのでしょうかね。
自分に指導能力がないと、保護者に責められているように感じているかもしれませんね。そう感じてもなお、お子さんのために全力を尽くしてサポートしようと思うのかどうか、少々疑問があります。…もしかして、担任の方と戦ってしまっていませんでしょうか?

正論を語ることも大切ですが、直接お子さんを指導している方が、本当に特別な教育的支援の必要性があることに気づいて、どうしたらいいかな、と思えるようにならなければ、何も変わらないと思うのですが…。どのような支援が必要だとお考えかは分かりませんが、普通中学では教科担任制で授業が進むので、それぞれの担当教員が一人一人変わっていくような、働きかけが必要だと思います。

管理職、県の窓口、文科省、どこに話をしていってもよいのですが、結局のところ、お子さんの担当教員が変わらないと、意味がないばかりか、学校との関係が悪くなるばかりで、かえって害があると思います。また、いわゆる上の組織に話したとしても、クレーマーだという判断をされてしまっていたら、何ら効果がありません。たとえ多少なりとも効果があったとしても、やればいいんでしょ、といったような対応になってしまって、理解もないまま形だけ整えて見せて、本当に必要な支援を得られないことを、私は心配しています。


否定的な話ばかりしてしまってすみません。
お子さんの苦しみが分かるからこそ、強く要望されているのだと思います。学校の対応が変わっていないからこそ、言わねばならないと立ち上がったことも理解できます。であればこそ、なお私は作戦を考えていただきたいと思ってしまうのです。


>しかし、カミングアウトしていないので教室内で徐々に
>セルフエスティームが下がってきており、学業成績も
>連動して下がっています。

カミングアウトしていればセルフエスティームは保てる…?
ちょっと分かりませんでしたが、何か省略があるのでしょう。それはともかく、成績やセルフエスティームの低下が、ちょっと対応を工夫することで防げることを、うまく伝えていかなくてはなりませんね。

私は、第3者である医師や臨床心理士といった方(普段お子さんを診ている方のことです)を交えて、担任と十分に懇談をされることをおすすめします。今までに出された情報をもとにすると、私には担任の理解が不足していると言わざるを得ないと思うのです。まずはその辺りを、親御さんからではなく専門家から解説してもらうようにするのです。できれば授業も一緒に見たり、教室のレイアウトや活動の組み立て、基本的な対応など具体的なアドバイスを頂くようにします。
それを行うことでお子さんが変われば、きっと担任の方も親御さんが何を言わんとしているか、漠然としながらも分かるようになるのではないかと思うのです。

このステップは、親御さんだけでは出来ないのです。
親御さんの色眼鏡があることが否定できないからです。
(ここも、本来なら学校サイドで実態を的確に把握しなくてはならないことが大前提です。ただ、こういったことが必要であることすら気づかない状況は確かにありますし、それをどうにかするために多少の権威ある存在は有効だと思います)


>特別支援教育に係る法の精神に対して、不遵守もしくは
>不適格な状態だと考えます。
>先生の限界とはだれがジャッジするのでしょう?

教員をジャッジするのは、生徒であり親であり、地域の皆さんでしょう。そのために学校評価制度というものもありますし。存分に評価されてください。

ただ、評価をつけることが目的ではなく、「改善する」ことが目的なのです。そこは大事にされてほしいと思います。思ったことを散々書かれて良いのですが、改善案も具体的に挙げられるとか、ここは良い/ここは要改善、とメリハリをつけて具体性をもたせることなどをおすすめします。
予算がかかるような改善案よりも、工夫することでできる改善案のほうが適しているかもしれませんね。

同じく改善するなら、明るく前向きに行いたいものです。人に言われるよりも、仲間内から挙がってきた声の方が、変わりやすいものです。そういう形につなげられることを、心から願っています。



色々と失礼なことを申しまして…お怒りは重々承知していますが、どうしようもない状況をどうにかしようとしていらっしゃる様子を感じ、少しでもお役に立てればと思い回答しました。

どうか、よい方向に向かいますように。
失礼します。

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく...続きを読む

Q乱歩の『二銭銅貨』の結末

私は文学作品などはほとんど読んだことがないのですが、先日あることがきっかけで、江戸川乱歩さんの『二銭銅貨』を読む機会がありました。

しかし、一番最後の段落の、「私」が読者に語りかけている部分の意味が分かりません・・

「あの品を私にくれた或る人」とはいったい誰なのでしょうか?登場人物は少ないので、誰のことを指しているのかは限られてくるのですが、再度読み返しても理解できませんでした。

お分かりになった方、解説をお願いします。

Aベストアンサー

そうですね……、書いてある通りではないでしょうか。
「私はここに詳しい説明を避け」たい、誰であるかを特定しないでいただきたいと。
そしてたぶん、その人物はこの小説中に出てくる誰でもないだろう、という予測も容易に立ちます。

二重に張りめぐらされた暗号解読がメインの推理物です。
きっかけになった品の出所が誰か、というところまでこだわった話ではないので
それで十分だと思います。いかがでしょうか。


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