鏡を覗くとなぜ自分の姿が映るのですか?

A 回答 (6件)

#2の補足に対する回答です。



(1)なぜ鏡は他の物体と違い表面がなめらかなのか?
「なぜ」ではなく、表面がなめらかな物を鏡として「利用している」のです。

(2)なぜ他の物体は光を吸収したり乱反射するのか?
通常、物体は光を吸収します。これは電子や原子や分子の振動やエネルギー状態によるもので、避けようがありません。
鏡(として利用している物)は、たまたま可視光領域(人間の目に見える光)を吸収しない性質の物質を「利用しているだけ」です。

(3)なぜ光は光源から生じるのか?
光を生じる物を「光源」と言っているので・・・。
光源(として機能している物)の、光の発生方法を知りたいと言うことでしたら、下を見てください。

(4)そもそも光とはなんなのか?
たいていは「電磁波」という回答が返ってくると思います。
「なんなのか?」という問いに対して、どこまで答えればいいのかわかりませんが、「エネルギー」と考えるのが楽かもしれません。たとえば、ある物質にエネルギーを加えます。エネルギーがある程度を越えると、物質内にとどまっていられなくなります。その際、光として外に出てくる場合があります。太陽や白熱灯は、そんな感じでしょう。電球(フィラメント)に電気(エネルギー)を流すと、余ったエネルギーが光となって外に出てくるという具合です。
光の性質として、「波長」があります。この波長によって、物質内を透過したり(X線)、日焼けを起こさせたり(紫外光)、色が付いて見えたり(可視光)、熱を伝えたり(赤外線)、いろいろと性質が変わります。

まずは「わかりやすさ」を優先して書いています。
ところどころに、(厳密には)不正確な表現があることをご了承ください。

光についてこれ以上のことを知りたいと言うことでしたら、本を読んでみることをおすすめします。光のことをここで質問していたら、キリがありません(笑)。
今すぐに推薦できる本が思いつきませんが、せっかく起きた好奇心ですから、本屋さんに行って、自分でも読めそうな本を見つけてください。
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この回答へのお礼

丁寧な回答をありがとうございました。
何か本を探してみようと思います。

お礼日時:2001/06/24 02:48

銅鏡などの装飾は片面だけにほどこされており、逆の面はツルツルにみがいてあります


よく研磨した(みがいた)金属は非常によく光を反射し、銅のような色がついた金属でも大昔なら鏡として十分利用できます
もちろん、銅よりも鉄のほうがきれいに反射すると思いますが、鉄はいかんせん酸化しやすい
そのために鉄よりも銅を鏡として使ったのでしょう

現在の鏡はガラスの片面に銀を塗ったものを使っています
銀は極めてよく光を反射し、ガラスと組み合わせることでほぼ100%光を反射できます

「光とは何か」という問いは、我々の一般的な常識・想像を越えた物なので、私には納得させられる回答はできません
ごめんなさい
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この回答へのお礼

丁寧な回答ありがとうございました。そうか鉄は酸化してしまうのですね。
銀についてのお話は「銀鏡反応」でしたね、確か。
理科系のことには疎いので驚くことばかりです。

お礼日時:2001/06/25 06:35

割り込み回答ですが  補足に対して少々



「 鏡  銅鏡 」で検索をかけると結構出てきますね。
そのうちの1個 置いときます。
参考URLで銅鏡の作成を行った記録があります。

参考URL:http://www.gijyutu.com/kyouzai/kakou/doukyo2.htm

この回答への補足

むう。しかし三角縁神獣鏡のような鏡は芸術的ということもできるのだろうとは思いますが、ごちゃごちゃと模様が張り巡らせてあって鏡としての機能を果たしていないのではないか、と思ってしまいます。裏は平面になっているのかな?考古学のカテゴリーをあたってみて、同じ質問が無かったらスレッドを作ってみようと思います。

補足日時:2001/06/24 13:10
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この回答へのお礼

拝見しました。割り込み大歓迎です。
銅鏡=曇っている と考えるのはいささか先入観があったようですね。サイトの画像で見る限り実に磨きがかかった状態に仕上がっているように思えます。実物を見てみたくなりました。Thank you for your advice !

お礼日時:2001/06/24 12:55

ご回答に対するお礼を見ていると


基本的にほかのところから光が来て網膜に結像して
像が見えるということを諒解していると思われますので
それを前提とすると、鏡は光を反射しているに過ぎません。
というのが答えなのでしょうか
(そうするとつまんない!ですよね。でもとりあえず)。
私という物体に散乱されて飛んでいった光
(つまり、私たちがほかの物体をみているときに網膜で受けているはずの光)が、
単純に反射されてたまたま私たち自身の目に入って
網膜に結像したに過ぎないのではないでしょうか?

この回答への補足

ああ、しかし卑弥呼が魏から贈られたとされる鏡は「銅鏡」でしたね、確か。銅でできた鏡なんて想像がつきません!色がついているじゃないですか、銅には!色がついている鏡なんて見にくいではないですか!鉄で作ればいいじゃないですか!鉄はなかったのですか、その時代には?いや無いわけが無い。鉱物資源は永久に不滅ですね。すると技術が無かったのか?うん、これは物理学の領域ではないですね!

補足日時:2001/06/24 03:39
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この回答へのお礼

なるほど。納得のいく仮説ですね。信じてしまいたくなります。鏡の歴史に興味が湧きました。弥生時代と呼ばれる時代に卑弥呼とかいう人が既に鏡を使っていたと聞いた覚えがあります。その鏡は誰が作ったのか?その動機は?どんな技術で?謎は深まるばかりです。因みに自分は文系の大学生です。

お礼日時:2001/06/24 03:02

1)あなたが存在すること。


2)光源が存在すること。
3)あなたに光源から出た光が当たること。
4)鏡があること。
5)あなたに当たった光が鏡に向かって進むこと。
6)鏡で光が反射されること。
7)鏡があなたの正面を向いていること。
8)あなたが光に反応する感覚器(目)を持っていること。
9)あなたの目に光が入ること。
10)あなたの目から脳までの神経信号伝達が正常であること。
11)あなたの脳が、視神経からの信号を処理して「これは自分である」と認識すること。

以上のうち、一つでも欠ければ、自分の姿が鏡に映ったことを自分では確認できません。

この中で、6)が不思議なところですか?

まず、鏡でなくても、光をほぼ正反射する物体なら姿が映ります。たとえば、よく磨いた金属(スプーンとか、ナイフとか)や透明な板ガラス(夜間の窓ガラスとか)でも、この現象は起こります。
たいていの物体では、光を吸収したり、乱反射したりしているので、まともに(像として)使える光が目に入ることがありません。どちらかというと乱反射の方が効いているのでしょう。
鏡(とその仲間たち)は、表面がなめらかなので、ほとんど乱反射せず、当たった光をほぼそのまま反射しますので、像として使える光を目に届けることができるのです。

まずはこんな説明でご理解いただけますでしょうか?

この回答への補足

回答ありがとうございます。わかったと言えばわかったのかもしれませんが、さらに疑問が湧いてしまいました。

(1)なぜ鏡は他の物体と違い表面がなめらかなのか?
(2)なぜ他の物体は光を吸収したり乱反射するのか?
(3)なぜ光は光源から生じるのか?
(4)そもそも光とはなんなのか?

うーん、アリストテレスのソクラテスメソッド状態です!

補足日時:2001/06/23 23:28
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この回答へのお礼

>アリストテレスのソクラテスメソッド状態です!

血迷ったことを申しました…。

お礼日時:2001/06/23 23:37

自分の体に反射した光が、鏡に反射して目に飛び込んでくるからです。

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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございました!

お礼日時:2001/06/23 23:25

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こういう風に、鏡に映った像は、「鏡像反転像」であるということが本質的に重要なので、反転しているのは、上下か左右か前後かは、鏡の位置や、像を見る視点によって違って感じられるのです。

2)しかし、普通は、鏡に映る像は、「左右が反対」と云います。この理由は、No.3 の回答者は、経験と学習の結果であって、子供は区別できないのが元々で、大人でも稀に区別ができない人がいると述べています。

これはどういうことかというと、普通、他者と向かって立つと、自分の右手の方にある相手の手は、相手にとっては「左手」で、その逆に、自分の左手の方にある相手の手は、相手にとっては「右手」だということを、経験によって学習するということを述べています。

自分の右手と左手は、自分にとっては絶対的な方向性ですが、それは他者には適用できないのです。他者は他者として、右と左を持っていて、相向かうと、丁度、自分の右手の前に相手の左手があり、その逆も成り立つのです。

こういう経験学習と、左右の方向概念の「脱中心化」が成立した後では、鏡に映っている像は、自分の前に、誰か他者が相向かって立っているのと同じ状況なので、鏡のなかの像の右手は、当然、自分の左手側にあると思えるのですが、右手を挙げてみると、「右側の手」が上がるので、「左右が逆」になっていると感じるのです。
 

 
これは、No.3 の人が非常に丁寧な回答をしており、申し分のない答えなのですが、分からない人もいるのかも知れません。そこで少し敷衍して補足します。

No.3 の人は、二つのことを述べています。

1)まず、鏡に映すと、人も物体も、反射像は、「鏡像反転像」になるということを丁寧に述べています。どうしてそうなるのかは、光の直進性や反射性などの物理的な特性からそういうことが起こります。

「鏡像反転像」は、左右、前後、上下の三つの空間の軸を考えると、そのどれか一つが逆になっているの...続きを読む

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参考URL:http://www.ncsm.city.nagoya.jp/exhibits/S/S1/2104.html

#2です。補足します。

1.まず、単なる鏡を見た時を考えてください。
鏡の上下左右の端に映っているのは自分の上下左右にあるものです。

2.次に、同じ大きさだけど少しだけ凹んでいる凹面鏡を考えてください。
鏡の上下左右には、自分の上下左右にあるものが映りますが、単なる鏡の時よりも自分に近いところが映ります。単なる鏡の時と比較して、自分に近いところが同じ大きさの凹面鏡いっぱいに映るのですから、大きく映っていることになります。

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しかし実際は
鏡に映った物体=物体からの光が鏡で反射して目に到達している(つまり物体→鏡→目のルートで光が到達している。)




このように質問者さん自身が考えている疑問というのが仮にあった場合「鏡の発光」という変な事態になっていることに気づけば、光の通り道が距離になっているとわかってくると思います。


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