先日沖縄の離島に初めて医師が赴任したとのニュースを読みました。
前任者は医介輔だったとの事ですが、(法律上)医師に出来て医介輔に出来ない事はなんだったのでしょうか。
制度的には正規の医学教育を受けていない衛生兵や医学校中退者が、特例措置により認定試験により医介輔になるという事ですが、資料を読んでも「制限つきの医師」としか分からず、その制限が何かが分かりません。
また医師国家試験の受験資格に
「沖縄の復帰に伴う厚生省関係法令の適用の特別措置等に関する政令(昭和47年政令第108号)第17条第1項の規定により医師法の規定による医師免許を受けたものとみなされる者であって、厚生労働大臣が認定したもの」とありますが、国家試験を受けて限定解除に成功した方はいなかったのでしょうか。
また、そもそも予備試験などの受験資格も無いのでしょうか。
これとは別に奄美の医介輔は資格が剥奪されたようですが、救済措置は一時金と感謝状だけで、その他は何もなかったのでしょうか。(生活の糧を奪われ、困った気がします)
職業上必要な資格が剥奪されたことは極めて稀と思いますが、医介輔が治療ミスが多かったとか、何か剥奪しなければいけない事情でもあったのでしょうか。
実は近所の鍼灸師の先生ですが、戦後のどさくさで卒業証書が受け取れず、仕方なく鍼灸院をやってましたが、昭和の終わり頃になってやっと同級生の証言などで、戦前の医専で単位を取ったとの資料が集まり、認定(戦前に単位を取れば無試験で医師免許がきたらしい)で医師免許(内科医で登録)をとった方がいて、よけい気になりました。
歯科医介輔についても併せてご教授いただければ幸いです。

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A 回答 (1件)

殆ど手付かずの分野だと思います。

きっとお調べになれば大変貴重な研究となることでしょう。

医介補に関する研究者では、琉球大名誉教授で沖縄国際大教授の崎原盛造氏が唯一の研究者ではないかと思います。
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この回答へのお礼

まだ現役の医介補の先生もおられるようなので、お話が伺える内にぜひ調べてみたいと思いますが、沖縄はあまりに遠く行く機会がありません。
以前からいろいろな免許の変遷にも興味があり、医師免許で言えば、私が診てもらっている内科の先生も、他の科で「内科はどこで診てもらってますか」と尋ねられ「xx先生です」と答えると「短大出身の先生か」とちょっと馬鹿にした言い方をされる事もあり、気になっていました。
それで調べてみますと
旧制大学医学部卒、5年制医専卒、4年制医専卒の先生がおられ、現在新制のxx大学医学部に統合されても、OBの間で出身母体によりヒエラキーがあるようですし、有名な野口博士などのように検定で医師免許を取った方は国内では評価されないなど、面白いことも分かってきました。
それでこの医師のようで医師でない「医介補は」と興味を持った次第です。

お礼日時:2004/08/02 09:45

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Q戦場で衛生兵を撃っては行けないルール

戦争映画を観て、よく戦場のシーンで「衛生兵!」って
叫んで、衛生兵がケガした兵士の所に走って行きますけど
戦場では、敵国の兵隊の衛生兵は撃ってはいけないという
国際ルールでもあるのですか?

Aベストアンサー

1864年の第1回赤十字条約「戦地における軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する条約」で、戦地病院は局外中立であるとともに、この病院が「任用する人員」、即ち病院の監督員、事務員、負傷者運搬者、説教者はその本務に従事し、かつ傷病者を救助する必要のある間に限って、局外中立であることが認められています。つまり衛生兵(負傷者運搬者)はその本来の任務を遂行している間は、敵対行動の目標とされていないことが規定されています。
次に1929年の赤十字条約は、その3章で衛生兵の保護について詳細に規定し、「傷者及び病者の収容、輸送及び治療並びに衛生上の部隊及び造営物の事務に専ら従事する人員並びに軍隊所属の説教者」は、戦争中であればどのような場合でも保護されなければならず、また捕虜としても取り扱われません。(敵に捕まっても、拘束されないという意味。)
このような赤十字条約を批准している国家は、戦争中といえども衛生兵をはじめとして、傷病者を救護する任にある者を攻撃してはならないのです。現代の戦争は実はある一定のルールに従って行われている、と言ってもいいでしょう。(もっとも批准していない国との戦争や、戦場が入り乱れている場合などでは、衛生兵が射撃されることもあります。ですから「衛生兵!!」と叫ぶのでしょう。)もっと詳しく知りたければ、国際法の中の「戦争法」を読んでください。

1864年の第1回赤十字条約「戦地における軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する条約」で、戦地病院は局外中立であるとともに、この病院が「任用する人員」、即ち病院の監督員、事務員、負傷者運搬者、説教者はその本務に従事し、かつ傷病者を救助する必要のある間に限って、局外中立であることが認められています。つまり衛生兵(負傷者運搬者)はその本来の任務を遂行している間は、敵対行動の目標とされていないことが規定されています。
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QNHK大河ドラマ「北条時宗』に登場する北条時輔について

ドラマの中で、時宗の兄時輔は高麗に渡って、その後元の軍船に乗って博多に戻って来たという設定になってますが、これって史実?それともフィクション?
 ご存知の方がいたら教えて下さい。

Aベストアンサー

史実では、六波羅で討たれたことになっています。
ただ、源義経が平泉で生き延びてモンゴルに渡った、という伝説があるように、恐らく「判官びいき」のようなもので色々な伝説が残っているようです。
大河ドラマはその「伝説」の方を採用したと思われます。
参考URLに時輔伝説の一例が載っています。

参考URL:http://www.ne.jp/asahi/bau/dog/tokisuke.htm

Q女性衛生兵

第二次世界大戦時、アメリカで女性の衛生兵はいましたか?アメリカでは女性は前線ではなく後方支援をしていたと書いてあったんですが、衛生も後方支援だと思うんですがどうなんでしょうか?

Aベストアンサー

映画の話になりますが。
衛生科なのかわかりませんが。 野戦病院に女性が居ましたね。

女性は前線に行ってなかっただけだと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9B%E7%94%9F%E5%85%B5

衛生兵は部隊と共に行動して、最前線での負傷者の応急処置をします。

早い応急処置が大事ですからね。 よく映画なんかでも負傷したら「Doc!(ドク!)」とか呼ばれていますよね。

応急包帯などで処置したりするシーンです。応急処置の後 後送します。

後方にも野戦病院を構え、処置しますが。 そこは比較的安全なので女性の衛生兵がいるでしょう。(看護師という呼び名かもしれません。)

Q自分は現在、研修医一年目の医師ですが、まったく医学に興味がありません。

自分は現在、研修医一年目の医師ですが、まったく医学に興味がありません。
もともと歴史・文学・国際関係などの文系の学問が好きだったのですが、『文系なんて食えない』と文学部への進学を許されず、医学部受験を強要されました。

まったく毛ほどの興味もない理系の勉強を中高6年間、これまた興味のない医学を6年間、12年間を私は苦痛に耐えて過ごしました。正直もう限界です。これ以上現在の道にい続けるのは、人生の浪費だと思っています。

これでは親の虚栄心を満足させるためだけの人生です。

私は、別に結婚願望もありません。好きな学問を専攻して、自分ひとりが食っていければ満足なのです。
そんな夢物語…と一蹴されそうな話です。文系学部専攻のかたにお聞きしたいのですが、本当にそれは不可能なのでしょうか?

Aベストアンサー

たとえばこんな研究分野があります。

■日本医学哲学・倫理学会
 http://pe-med.umin.ac.jp/

■日本生命倫理学会
 http://wwwsoc.nii.ac.jp/jab2/index.html

■日本医学史学会
 http://www.flc.kyushu-u.ac.jp/~michel/jsmh/index.html

■医療社会学
 http://www.arsvi.com/d/sm.htm

■医療人類学プロジェクト・ジャパン
 http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/medanth.html

このような分野では医学を学んだ経験が大いに役立つはずです。
医師として仕事を続けながら副専攻的に研究を積み重ねるも良し。
大学,あるいは大学院からやり直してその道の専門家を目指すも良し。
あなたのやる気しだいで道は拓けると思います。

医学ときれいさっぱり縁を切りたいのなら,
それはそれで他の道を探せば良いと思いますが。

Q衛生兵の言い方!!

はじめまして、お世話になります!!誰か助けてください!!
「衛生兵」の言い方を教えてください!!
すごく簡単な単語だったと思うのです。
映画の「プライベートライアン」や「地雷を踏んだらさようなら」などで聞いた覚えがあるのです。
辞書には色々難しい言葉であるのですが、どれも記憶とは違うようなのです。。
誰かご存知の方、いらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか!!
よろしくお願いします

Aベストアンサー

こんばんは。
Medic!とたいていの場合は叫んでいませんでしたか?
corpsmanという言い方もありますが、たいがいは急いでいるので、単純にmedicといってることが多いですね。ただ、これは話し言葉です。

Q「輔弼」と「輔翼」について(明治憲法)

暇なときにご回答ください

国務大臣は天皇を「輔弼」する立場だったので、天皇は国務大臣の決定には口を出さない。
これに対し、参謀総長、軍令部総長は天皇を「輔翼」する立場だったので、天皇の意向にそった作戦計画を立てなければならない。
。。。ということでよろしいのでしょうか。

天皇は、陸軍大臣の決定には口を挟めないが、参謀総長の決定には口を挟める、ということでしょうか。
というと、陸軍大臣の方が参謀総長より偉い、ということでしょうか。陸軍大臣と参謀総長と教育総監は並列関係だと思っていたのですが。

Aベストアンサー

決定するのは名目上、あくまでも天皇です。
これは天皇は失敗・敗北してはならないので
その責任を大臣や参謀総長ら文武の官がもって
辞任なり処罰なりされるための制度です。
ようするに制度的な”身代わり”。

明治憲法の観念で、
天皇の行為としてなされ或いはなされざるべきことについて進言し、
採納を奏請し、その全責任を負うことが、「輔弼」です。
国務上の輔弼は国務大臣、
宮務上の輔弼は宮内大臣および内大臣、
統帥上の輔弼は参謀総長・軍令部総長の職責です。

輔翼は単に輔佐(補佐)と同じ意味です。

天皇は大権があるので決定を下すことも
覆すことも、異例ながら憲法上は可能です。
しかし現実的には事前に協議され奏上されたものを
承認するだけになって、ほどんどのケースで
親政をしませんでした。
これは昭和天皇の立憲主義的立場によるものと
組織優先の考えからきていますが、
厳しい判断や決定を先送りする傾向が強く
弟の秩父宮親王が激しく非難したことでも知られます。

Q衛生兵のやること?

こんにちは
日本人は戦争対策すっからかん過ぎて人間の域を逸脱していますw
災害等で自分で縫合も考えてドラッグストアにステイプラーを買いに行ったら怪訝な表情をされました。
もし戦争とかになって医療機関がパンクして間に合わず、自分で自分の治療をしなければならなくなった時、縫合や殺菌などどのようにして自分を治療したらいいのでしょうか?
夏場とかでウジ虫だらけになるのはだれでも怖いです。そういう死に方も最悪です。きちんと殺菌できる方法を学びたいです。
アドバイスよろしくお願いします

Aベストアンサー

外傷の消毒は水道水での洗浄のみです。
スティプラがあるといいですよ。テープ剤だと頭部とか毛髪が多い所ではくっつかないですから。ただし、自分で頭部外傷をスティプラで縫合するのは無理かと。

破傷風も怖いですが、溶連菌(TSLS)などでもブドウ球菌(SSSS)、バルニフィカス、水辺ならAeromonousあたりでも劇症化して死亡します。この辺の言葉で検索してください。

Q日本でも昔官吏登用試験のような試験がありましたか。その試験の上からの三位は何と呼ぶのでしょうか。

 日本語を勉強中の中国人です。日本語を勉強するとともに、日本の歴史も少し勉強したいと思います。

 中国には昔科挙試験という官吏登用試験があります。科挙の最終試験で首席合格したものを「状元」と言います。二位を「榜眼」、三位を「探花」と言います。

 そこでお伺いしたいですが、日本でも昔官吏登用試験のような試験がありましたか。その試験の上からの三位は何と呼ぶのでしょうか。

 自然な日本語の文章を書きたいと思いますので、よろしければ質問文の添削もお願いできると有り難く思います。

Aベストアンサー

awayuki_ch さん。こんにちは。
日本語の勉強、そして日本の歴史への挑戦。本当に頭が下がります。頑張ってください。

「科挙」の日本版に関するご質問ですね。
★日本には「科挙」に匹敵するような「官吏登用制度」はありませんでした。
★平安時代(800年頃)に「科挙」を真似した制度が導入された経緯があるようですが、「官吏登用」とまではいかず、「下級貴族→中級貴族」程度の「進級」だったようであり、その後消滅したようです。
★日本の近世を作り上げる基礎となったのが、「明治維新」につながる「江戸時代」です。この時代に「徳川幕府」を中心とした「武士階級」が主役となり、いわゆる「官吏登用制度」は事実上無くなってしまったのです。
★明治維新後になって「科挙」を真似した、「科挙形式」の制度が導入された経緯があります。
しかし、内容的には似て非なるものだったと書かれております。

【参考】
日本でも、平安時代に科挙が導入されたが、受験者の大半は下級貴族で、合格者は中級貴族に進める程度であった。このため、大貴族と呼ばれる上級貴族層には浸透せず、当時の貴族政治を突き崩すまでには至らなかった。その後は、武士階級の抬頭とともに廃れ、江戸時代までは、官僚は世襲制が主となり、科挙が日本の歴史に影響を与えることは無かった。

しかし、明治維新で、日本にも科挙形式の官僚選抜制度が導入された。高等文官試験は科挙をヒントとして作られた制度であり、試験科目は儒教ではなく、西洋の近代学問となった。

awayuki_ch さん。こんにちは。
日本語の勉強、そして日本の歴史への挑戦。本当に頭が下がります。頑張ってください。

「科挙」の日本版に関するご質問ですね。
★日本には「科挙」に匹敵するような「官吏登用制度」はありませんでした。
★平安時代(800年頃)に「科挙」を真似した制度が導入された経緯があるようですが、「官吏登用」とまではいかず、「下級貴族→中級貴族」程度の「進級」だったようであり、その後消滅したようです。
★日本の近世を作り上げる基礎となったのが、「明治維新」につながる...続きを読む

Q戦時中の軍刀について

陸軍の行軍のさいに、長い軍刀は携帯していたのでしょうか。腰などに。

歩兵銃の先につけていたやつではないほうの、軍刀のほうです。

Aベストアンサー

私の義兄が陸軍少尉から中尉に昇進しましたがその体験談で同僚の小隊長が腰に軍刀を下げていて狙撃され戦死したそうです。

戦闘中は軍刀は右手に提げて小銃のように見せる必要があると言っていました。
狙撃兵は将校を必ず狙うのでそれくらい注意してないと命はないそうです。

独ソ戦でもドイツ軍将校は肩の肩章に覆いをかぶせ、識別されないように注意したという話を読んだ覚えがありますが、これもソ連軍の優秀な狙撃兵に対する用心でした。  残念ながらどの本かはわすれました。

Q戦前の定義

こんにちは。

このたび、レポートで、“戦前の日本における分岐型学校体系の実態と特徴を整理する”というものが課されたのですが、この場合の戦前というのは太平洋戦争以前であることは分かっていますがどの位の期間を指しているのかよく分からず、ここで質問させていただいているしだいです。
講義の中で、いつからいつまで、と言っていたかもしれないのですけれども、丁度その辺りの授業の時に、私事ですが法事がありまして聞く事ができませんでした。
不躾な質問とは思いますが、どうか回答よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

学校問題についての戦前ということなら、国民学校ができる以前を指すのでしょう。昭和16年 3月までです。
では、始まりはいつかというと、それは出題者の意図によって代わってきますが、明治 5年の学制頒布から論じておけば、間違いはないでしょう。


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