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私は死後への不安がとてつもなくあります。
死んだら永遠の無というのももちろんとても怖いのですが、
死後の世界で永遠に存在する事もとても怖いです。だって死後の世界であってもいつか消えてしまうと今みたいに悩んでいても辛いからです。
とにかくこの悩みはとても怖いです。
何か、不安じゃなくなる考え方はありますか?この事で生活にも支障をきたしています。

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A 回答 (10件)

死んだ後の世界って生まれてくる前の世界と(たぶん)同じ。



無の世界を認識する意識もないだろうし、時間を認識することもないだろうから、(夢を見ずに)寝てる時みたいな感覚なのかな
そう思ったら毎日経験してる事だし当たり前の事だと思いませんか
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わたしは、死後の世界はなく、死んだ瞬間今までの記憶も全てなくなってパラレルワールドの世界に飛んでってまた1から自分の人生を歩みだすんじゃないかなと思っています。



色々生活してて、初めて来たはずの場所でも、あれ?ここ、前にもきたことあるような、、、と思ったり、こんなことまえにもあったような、、、と感じたことありませんか?デジャブってやつですかね

天国とか地獄とかは想像上の死後の世界で、わたしはパラレルワールドのほうを信じますね
前世は犬だったとか江戸の住人だったとか、そういうのも面白いですが、やっぱり自分はいつまでたっても自分なんだなって思います。

もっと想像を膨らませてみてください。死後、こんなんだったらな、とか。わたしの考えのようにパラレルワールドに飛んでって、もしかしたら、あの頃好きだった人と付き合えてるかも!と考えてみたり、、、難しいかもしれませんが、死ぬということはそんなに怖いものではないです。ゲームをしてて主人公が死んでゲームオーバーになると最初っからになるのと一緒です。
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死んだら死後の世界があるとか考えない方がいい

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人間が他の植物や動物と違って死を正確に認知できるのは



いたずらに怖がったり、それを利用して人を騙したり、脅かしたりするためでは無くて、

恐竜に出来なかった思考を持つという事で地上に1億年より長く生息する為なのですよ

(例えば ざっくり書くと・・・・死を的確に認識する事で医療等を考えたりコミュニティを築いて長く生きる努力をする。コミュニティで安全に子孫を残す等々するため)

其れは向日葵が誰にも教わらなくても日の光を向いて咲くのと同じ事で、私達の核細胞に情報として組み込まれているはずなんです。

恐らく学校では教えてくれないので・・・・知らなくても当然なんですけれど。。。。

もう少し地球の歴史や自然科学に目を向けて小さな一つの命が何故地球と同じ重みが有る

なんて言葉が有るのか 考えた方が良いですよ。
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私も前は死ぬことがとても怖かったです。


でも今は全くそんなことを思わなくなりました。
なぜなら、私は天国に行けるという確証があるからです!

主イエスキリストを救い主だと信じた人は天国の国籍が与えられ、悲しみや苦しみなどが一切ない喜びに溢れた天国へ行けます。

聖書には世界の始めから終わりのことが書かれていて、確実に世界の終わりが近づいています。
聖書に書かれていることが実際に起こってきているからです。
その時までに多くの人々が救われてほしいと神様は願っていて、各地でリバイバルがたくさん起こっています。

教会へ行ってみてはどうでしょうか。
聖書を読むのも良いですが間違った受け取り方をしてしまう場合があるので...

あなたが救われて恐怖や不安の中で生きるのではなく、神様がくださる喜びと平安に溢れた毎日を送れますように。
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死後の事の考えは本当に人それぞれなので…



むしろ、私は死後の世界には興味ありません。
今まで3●年間生きてきて、色んな人の死や、死に顔をみてきましたが…
「ああ、宗教なんてクソも関係なく人間は死んだらただの肉の塊なんだなぁ」と悟ったくらいです。

ただそれだけですよ。
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https://oshiete.goo.ne.jp/qa/5291158.html

私は死なないという話
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私は入院中ですが、あなたは今、生きてるんですよね?



生きてるなら、先の死をみるよりも
生きてる今を楽しめばいいと思います。

私は身体が辛いけど、来月まだ生きていたら、あの期間限定の○○が食べたいなど
プラスな明るい未来を想像しています。

別に重い病気とかじゃないけど、今生きてるしおばぁちゃんになったらさ、死ぬけどさ、
今はまだ若いからお洒落できるし、今できることを考えながら生きると楽しいよ。

おばぁちゃんになったらなったで、着物着て、旦那と一緒に国内温泉旅行いきたいなとかちっちゃい夢があるし、
死ぬことよりも、おばぁちゃんになったときの夢を想い描きます。

みんな、おばぁちゃんおじぃちゃんになっても
生きてる人って少ない。
死んだら食べたいものも着たい洋服も着られないならば
今やらなきゃ。

私は身体が辛すぎて死にたくなるときもある。
この身体を脱ぎ捨てて、軽くなりたいと願うときもある。
もう、殺してっておもうときもある。
案外、死ぬことっていうのはとても、楽なことだと思う。

でも今日は身体を軽くて、栗パフェを食べることができて幸せです。
死んでしまったら栗パフェは食べられないもの。

死後の世界なんて、考えたって仕方ないじゃない。
土に戻るだけ。

いつまでも生きていたって地球も、そして宇宙も消えてしまうらしいし、それなら家族や友人たちと死にたいな。
死後の世界で永遠に存在するのも怖いことだろうけど、
生きてるこの世界で永遠に存在するのも怖いことだと思うよ。

不安じゃなくなるためにすることは
楽しいことや好きなことをすることかな。

私はお洒落することと食べること大好き。
これだけしてれば死にたいする怖さなんて忘れられる。
80才まで生きられる保証なんてなくて
死はいつでも潜んでいるからこそ、今を楽しみたい。
死で悩んでる時間がもったいない。
死ぬ瞬間まで生を味わい楽しみたいです。
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今おいくつかわかりませんが、おそらく若い方とお察しします。

というのも私も10代20代のころは特に同じように怖かったのですが40代も半ばを過ぎてから片足がそちらに入っているのか、全然怖さは感じなくなって来ました。むしろ解放される喜びすらあります。また死んだら無ではなく、魂のレベルで存在しますよ。そしてまた生まれ変わる。魂の修行です。そして魂が悟りを開くとキリストとかブッタとかモハメッドのレベルは もう輪廻転生はしなくなります。その頃にはこわさはなくなっていることとおもわれます。
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誰にもわからないことなので考えないことですね・・・。


正直死後の世界なんてあるかどうかも分からないのですから。誰も返ってきたことないのですから。

いつか、今の自分を見てつまらないこと考えていたなと思える日が来ることを祈ります。
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Q死後の世界はなく 死後は無になると証明はそのうちされるのでしょうか? 最近 意識がどう生まれるのかと

死後の世界はなく 死後は無になると証明はそのうちされるのでしょうか? 最近 意識がどう生まれるのかとかが解ってきているようですが

Aベストアンサー

されないでしょうね。
それは「悪魔の証明」と言うやつで、事実上不可能です。
論理上の誤魔化しと言っても良い。

仮に意識のメカニズムが分かったとしても、
死後の世界が無いことは証明できません。

こういう空想みたいな案件は、「有ること」を証明の対象としなければならないのです。

Qタナトフォビア(死恐怖症)の症状を抑えたいです。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、何の為に生きているのだろうかとか、宇宙について考えてしまったりして、ここ数日は朝になるまで寝られず、起きている間も考えてしまいます。恐怖や絶望を感じてしまい、食事も無理をして行っている感じがします。情けないですが、自分の部屋で声を殺して泣いてしまうこともありました。

また、母親(60代前半)もいつか死んでしまって、火葬が行われるであろうことも考えてしまい、家で母親の顔を見ただけでも、涙が出そうになってしまいます。ニュースなどで人が死んだことを聞いても、その人について考えてしまいます。

先日、ネットで調べて「タナトフォビア」という言葉があることを知り、自分もそれを発症していると思い、ここのような相談サイトを見て回ったのですが、理論的な理解はできても、感情をなかなか抑えられません。少し落ち着いているときと考え込んでしまうときが交互に来ている状況です。

10代の時に強迫観念症(これが正式名かどうかはわかりません)を複数発症したこともありました。(元々、そのような病気になりやすいのだと思います。)そのときは病院には行かず、程度の差はあれ、自分で症状を改善しました。

心が休まりません。どうすれば、タナトフォビアの症状を抑えられるのでしょうか。

強迫観念症の件で家族には迷惑をかけてきており、また、今回は対象が「死」ということもあり、家族には話していません。なので、ここで質問させていただいた次第です。

長文かつ乱文で申し訳ございませんがよろしくお願いします。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、...続きを読む

Aベストアンサー

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純に感性が鋭い事が原因なんだろうと思いました。
感性が豊かな人なら大なり小なりタナトフォビックであろうとも今は思っています。
死、はいかなる人であれ未知です。
DNAからは死を避ける行動を取るように恐怖という感情を引き起こすよう書き込まれています。
それなので死=恐怖は自然な感情です。ところが死が溢れているがゆえにいつまでも繰り返し
恐怖を引き起こす、どこかで麻痺するのが通常なんでしょうけれど、麻痺しないことが苦痛となる。
麻痺しないことは間違ってはいないと思うので病気だとは考えません。
ただ麻痺しないから困っている現状がある、それをまず客観的に捉えられるようにしました。

そこで繰り返し引き起こされる恐怖への対処法を考え、実行しました。

何をしたかというと、死、の反対を探したんです。
誕生ですね。意識して、意識を向けた結果、溢れる死と同じように
生命の誕生を至る所に感じられるようになりました。
毎日、毎秒、ありとあらゆる生命が生まれている一方で、死んでいく。
繰り返し、繰り返し、です。その感覚を得てはじめて万物流転をきちんと理解できた気がします。
自分の身に起こる死もまた、肉体が解体され、流転する。自然の流れなんだろうと。
そこに魂を信じる気持ちがあれば、輪廻転生も有り得る事とも思いました。

その一方で、死からも学びを得ました。何よりも如何に命が儚いか、です。
だからやはり誠に、生きて存在しているということ事態が奇跡なのだと知りました。
一期一会という言葉の持つ真の意味に触れることが出来たのも、死を思ったが故に。
今は昔、全ての時計に書いてあった言葉だそうです。メメントモリ(死を想え)と。
その昔は今で言うタナトフォビアが当たり前だったのかも知れませんね。
ちなみに朝生まれ、夜死す、それが繰り返されて日々となる、という考えもありますね。
なによりも人は思ったよりも簡単に死んでしまうものなので
限られた日々を一所懸命生きなさい、という智慧なのでしょう。

いつか必ず死にます。死後の世界の話で困るのは、結局死んでみないことには判らないですし、
折角まだ生きているのに、知りたいから今死のう、というのも違います。
なので死後の悩みは死後のお楽しみとしてひとまず置いておきませんか?
死後も意識が継続していましたら、その時にあらためて考える、としておいて
意識が無かった時は諦めよう、としてみましょう。
問題の死への概念ですが、死の意識を振り払うことは大変です。
だったら死に対してポジティブな意識を持つように意識を変えてみませんか?

私の辿った道のりです。
身近に溢れる命が死んでゆく、その切なく脆い命が故に、命に対しての愛おしさに繋がった。
儚さゆえの愛おしさだとしても、溢れる息吹に感じ入り、懸命に生きる大切さが
死を感じるが故に繰り返し伝わってくる。
その時にはじめて死の概念がそのまま命への慈しみへと変わりました。

残された日々を大切な人たちといとおしみ、生きる。それはかけがえのない日々となるでしょう。
命を見送り、自分の最後の時には、素晴らしい人生を過ごせれた、と悔いなく死ねるでしょう。
思い残すことが無いから安心して自らの命を自然へ帰す。
そんな心を最後の時に持てるよう日々、命を燃やして生きていきたい。
それこそが、死を想うが故に苦しみを生むことに対しての最大の対処法として
僕が今、まさしく実践中の毎日です。

繰り返しますが、命は儚いものです。お母様を想う気持ちは慈しみでしょう。
慈しむ思いがあるのですから、まずはお母様への慈しみの行動を取ってみましょう。
具体的に、日々の感謝の気持ちを手紙としてお渡しするのも良いでしょう。
あなたの笑い顔を見せることも、もちろんとても喜んでくださるでしょう。
何も出来そうになければ、ただ、傍に居る、たったそれだけでもとても大きな喜びでしょう。
愛情こそ、死への恐怖から解き放つ何よりのものではないでしょうか。

私事ばかりで恐縮ではありますが、何か拾えるものがありましたら何よりの喜びです。
長々とお付き合い、ありがとうございました。

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純...続きを読む

Q死が怖いです。死後の世界ってあると思いますか?

中学2年生です。
数カ月前に死後のことについて深く考え、死の恐怖が生まれました。
数週間考えこみ、このサイトにもお世話になりました。
でも、時間が経つにつれてその悩みが消えて行きました。
でも、ここ数日また死への恐怖が生まれました。「そんな事考えても仕方がない。今を楽しく」と思っているのですが、気持ちが収まりません。
死後の世界があって親類とも再開できる!と分かれば怖くないと思います。「無」になると聞くと怖いですが仕方がない、と思える(?)かもしれません。皆さんはどう思いますか?
臨死体験というものが存在しますが、それは死んではいません。極限状態の夢と聞いたこともあります。でも、脳波計が動いていないようです。それって魂があるってことですか?
あと、いろいろな事を理解した思春期という時期に死への恐怖が生まれるのは普通なのですか?一生恐怖を持っているのもイヤです。

いろいろ質問してしましましたが、皆さんの考えをお願いします。
でも、根拠が全く無いのはご遠慮ください。
((チェック))死後の世界ってないです。無いものは無いんです。
((チェック))死後の世界はあります。なんか、そんな気がします。
(◯)〇〇だから〇〇なので死後の世界はあります(ありません)。
皆さんの臨死の体験談、私と同じような死への恐怖の体験がある方も大歓迎です。何でも良いので教えて下さい。怖いです。

中学2年生です。
数カ月前に死後のことについて深く考え、死の恐怖が生まれました。
数週間考えこみ、このサイトにもお世話になりました。
でも、時間が経つにつれてその悩みが消えて行きました。
でも、ここ数日また死への恐怖が生まれました。「そんな事考えても仕方がない。今を楽しく」と思っているのですが、気持ちが収まりません。
死後の世界があって親類とも再開できる!と分かれば怖くないと思います。「無」になると聞くと怖いですが仕方がない、と思える(?)かもしれません。皆さんはどう思いますか...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。

 ★ 死が怖いです。
 ☆ だれもがそうです。さらに特定すれば 志の半ばで去らなければならないという死については無念という思いがつよいでしょう。

 ★ 死後の世界ってあると思いますか?
 ☆ 知りませんし 分かりません。

 ★ 中学2年生です。 / 数カ月前に死後のことについて深く考え、死の恐怖が生まれました。
 ☆ ところで きっかけは何だったのですか? ちなみにわたくしの場合は 祖母の死――身近な者として初めての死――が小学六年のときにあり 同じように死後のことについて考えました。そこでは祖母のある姿が想い描かれ それで満足したようでした。死の恐怖をおぼえるのは さらにあとでした。

 ★ ~~~~~
 数週間考えこみ、このサイトにもお世話になりました。
 でも、時間が経つにつれてその悩みが消えて行きました。
 でも、ここ数日また死への恐怖が生まれました。「そんな事考えても仕方がない。今を楽しく」と思っているのですが、気持ちが収まりません。
 ~~~~~~~
 ☆ たぶん《今を楽しく》というところが 哲学としては 不十分なのではないか? あるいは あいまいです。その《今》のあとの《今》は やはり同じく《たのしければいいぢゃないか》ですか? つまり 問題の先送りでしょうか?

 ★ 死後の世界があって親類とも再開できる!と分かれば怖くないと思います。「無」になると聞くと怖いですが仕方がない、と思える(?)かもしれません。皆さんはどう思いますか?
 ☆ まづ先に結論づけますが 《分からない》が答えです。分からないことをあれこれこねくり回していると あたまが前へすすまなくなります。それだけのことだと割り切ってください。

 ★ 臨死体験というものが存在しますが、それは死んではいません。極限状態の夢と聞いたこともあります。でも、脳波計が動いていないようです。それって魂があるってことですか?
 ☆ いつかなってみると いいかも。としか答え得ません。

 ★ あと、いろいろな事を理解した思春期という時期に死への恐怖が生まれるのは普通なのですか? 一生恐怖を持っているのもイヤです。
 ☆ 問題は 何をやるか? です。一生のうちに。しかもそれは 誰それの人生ではなく 《わたし》の人生です。しかも一回切りのです。しっかりと前を向いてあゆんで行きましょう。それだけの問題だと考えます 《死生観》というのは。
 
 死のおそれはあるのですよ どこまで行っても(何歳になっても)。
 そのおそれよりも 自分がみづからの人生において果たそうとする仕事とは何なのか? それを成し遂げるのに自分はふさわしいか? そのためにいま何をおこなっているか? このような問いをもって それがかなわなくなってはならないという きよらかなおそれを持ってすすみましょう。

 こんにちは。

 ★ 死が怖いです。
 ☆ だれもがそうです。さらに特定すれば 志の半ばで去らなければならないという死については無念という思いがつよいでしょう。

 ★ 死後の世界ってあると思いますか?
 ☆ 知りませんし 分かりません。

 ★ 中学2年生です。 / 数カ月前に死後のことについて深く考え、死の恐怖が生まれました。
 ☆ ところで きっかけは何だったのですか? ちなみにわたくしの場合は 祖母の死――身近な者として初めての死――が小学六年のときにあり 同じように死後のことについ...続きを読む

Q生まれる前と死んだあと…

人間って生まれる前は何処にいるのですか?死んだらどこにいくのですか?僕の友達が生まれる前の記憶があると真剣に語っていたのですが…。死んだらまた新しい人間としてやっていくのですかね?

Aベストアンサー

宗教的な考え方についていけないが、生まれる前は何もなく死後にも何もない、という考えにも賛同できないという方のために、
こういう考え方もある、ということをお伝えしておきます。

この考え方は、
人間は、その「肉体」と「意識」(俗に魂とか霊などと呼ばれているもの)とからできており
「肉体」は、その誕生から死までの間だけ存在するもの
「意識」は、生前・死後も存在し続けるもの
と仮定しています。

>人間って生まれる前は何処にいるのですか?
>死んだらどこにいくのですか?

人間は、現在の「意識」として生まれる前と死んだ後は、同じところにいるそうです。
(分かりやすく言うと、俗に「あの世」と呼ばれる場所です。)
その場所は、各宗教で言われているような「地獄」のようなところではなく、「天国」や「極楽」のようなところだそうです。

この、「地獄」とは、
宗教の指導者が、生きていく上で「悪い行い」を人々がしないように、
「悪いことをするとこのような場所へ行くことになる」という例えを表現したもので、
実際にそのような「場所」が存在するのではなく、
死後の自分の魂が、生前の自分の行いを振り返っているとき、自らの行為が他人へ及ぼした「悪影響」を知って、苦しむ様子を表したもの、だそうです。
この過程は、死後、誰もが通る過程であるため、「地獄」を避けることはできないそうです。
ただ、「地獄」の過程は、永遠に続くものではなく、死後の意識が生前の悪事を「反省」すれば、普通の「あの世」へ行けるのだそうです。

この、「あの世」へは、行ったきりではなく、多くの場合、また人間として生きるため、この世へ再び生まれてくるそうです。
#5の回答に、「すぐ」とありますが、「あの世」では「時間の概念」がないそうで、そのため「すぐ」と表現されてしまうようです。人間の時間に直すと、ほぼ死の「直後」から、数百年もの間があくこともあるそうです。
「あの世」では、次の人生のための準備をしているそうですが、特別な使命のある人はその準備を瞬時に済ませ、本当に「すぐ」に生まれ変わることもあるのだそうです。
ただしそれは、いわゆる「復活」ではなく、あくまで人生の最初からやり直すことになります。
逆に、準備が出来ない場合は、ある程度の期間、肉体を持たないままでいることもあるようです。
ただし、すでに人間として十分に修行を積んでしまった魂は、もう人間として生きる必要がないため、再び生まれ変わってくることは、(ほとんどの場合)ないのだそうです。

>僕の友達が生まれる前の記憶があると真剣に語っていたのですが…。

「意識」が存在し続けているので、その「記憶」もまた、存在し続けているようです。
ただ、これらの「記憶」は、「現在の自分の記憶」と混ざってしまうと不都合なことが多いので、通常の状態では思い出せないよう、隠されているようです。
たまたま、「現在の自分の記憶」がまだ少ない幼児の頃などに、そのような「記憶」を思い出す機会が度々あった人は、「現在の自分の記憶」にもそれが記憶されるため、「生まれる前の記憶がある」という自覚があるようです。

>死んだらまた新しい人間としてやっていくのですかね?

「意識」は存在し続けるようですが、それが以前と同じものである、ということは、表面的には分からないそうです。
以前生きていたときとは、入っている肉体の性質も違うし、違う人生を生きるために、性格も違っていることがあるからです。
その意味では「新しい人間」と言えますね。
次にどんな人間になるか、どんな人生を送るかは、ほぼ「あの世」で決めてくるそうですが、どこまできちんと決めてくるかは、その「意識」によって違うそうです。

ところで、いくつかの宗教では「魂」は不滅である等の考えを否定しているものがあります。
それらの宗教は人間が生きていく上で非常に厳しい気候・風土に根ざしたもので、
再びそのような厳しい「この世」に生まれて来ることなど、辛くて考えたくない、という人々にも教えを広めるために、
「死後は再び生まれ変わることがない」という考え方を取り入れたようです。
「生まれ変わることはない」のですから、いわゆる「前世」も、存在していてはいけないのです。
起こっている現象は同じことなのですが、それを表現する人のとらえ方・表現のしかたが異なるため、まるで違うことを言っているような、大きな相異が起こっているようです。
この「違い」のために、過去のみならず現在も、多くの人間の命が失われていることは大変に嘆かわしいことですが、もしかすると、それらの「違い」を理解し、乗り越えることも、われわれ「人間」の使命のひとつではないかとも思うのですが・・・。
 
以上に述べたような考えは、単なる空想だ、と片づけてしまうこともできるのですが、
ある程度の部分、「科学的に」証明されているようです。
それについて詳しくは、参考URLの本をご参照下さい。
宗教系の考え方になじめない人や唯物論者の方には、最適な参考書だと思われます。
実際、この本は、人の生死の場面に多く係わる医療系の方々や、「心の問題」を多く抱えてはいるが宗教を取り入れてはいけないことになっている公立校の教師の方々によく読まれているようです。

なお、このような考え方に賛同できない方もいらっしゃると思いますので、押しつけがましくならないよう、「自信なし」で書かせていただきました。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569627943/qid=1105365406/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/250-2739906-7833016

宗教的な考え方についていけないが、生まれる前は何もなく死後にも何もない、という考えにも賛同できないという方のために、
こういう考え方もある、ということをお伝えしておきます。

この考え方は、
人間は、その「肉体」と「意識」(俗に魂とか霊などと呼ばれているもの)とからできており
「肉体」は、その誕生から死までの間だけ存在するもの
「意識」は、生前・死後も存在し続けるもの
と仮定しています。

>人間って生まれる前は何処にいるのですか?
>死んだらどこにいくのですか?

人間...続きを読む

Q死が怖いです

人はいずれ死にます。それはどうしようもない事だと思います。
ですが、その事を考えると異常に怖くなります。
僕は特に宗教などは信じていませんので、
人は死んだら無になると思っています。
ていう事はこの無が永遠に続くわけですよね。
永遠にもう意識が手に入らないわけです。
それを考えると恐ろしくてたまりません。

なのでなるべく死については怖いので考えないようにしてるのですが、
時々ふと考えてしまうと異様な恐怖に襲われます。
どうしたらこの恐怖がなくなるでしょうか。
ちなみに21歳の男です。幼稚な質問でしたら申し訳ありません。

Aベストアンサー

はじめまして。31才・男です。

質問者様のご心境がどれ程のものかよく分かるつもりです!!
私も、幼少の頃から、度々このことを考えては一人恐怖におののき、周囲の人(例えば、父母・祖母など)をびっくりさせていたようです。私の方こそ愚かだったかもしれませんが、このことで母と口論になったことも度々ありました(苦笑)

もちろん、大人になってからも何度も何度も悩まされました。
質問者様が
>時々ふと考えてしまう
と仰るように、シャワー浴びてるときに突然このことが頭をよぎって、パニックになって風呂場からシャンプーの泡を付けたまま飛び出て、当時同棲してた女の子にびっくりされたこともありますから。。σ(^Дヽ^;)

はっきり言って、世間一般によくいう霊魂とか幽霊とかいうのが本当に存在するのならば、それの方が全然怖くないですよね!?むしろ、メチャクチャ嬉しいですよ!
でも、科学的合理的に考えれば考えるほど“死”=“(人としての)無”という現実的蓋然性は高まるばかり(例えば、人が物事を記憶するための機能を持つ前頭葉が“死”ことによって稼動しなくなる。⇒死後の記憶が無くなる⇒すなわち、人としての無、等)。。ww
また、たとえ医療・科学技術が進歩して、寿命を何万年、何億年延ばすことができたところで、それだけではいつか死んでしまうときの“死”=“(人としての)無”の問題解決はできませんもんね。

ただ、もし対策があるとすれば、我々人間の遺伝子情報の中には“恐怖”を感じる因子があるように聞いたことがありますので、それを除去することによって“恐怖”を抑制するという形であれば、近い将来に医療・科学技術の発展&倫理的ハードルのクリアにより、理論上は有効な物質的アプローチによる方法となるとも考えられます。
それから、大昔から人はこのことでずっと悩み苦しんでいたわけで、その中から“死”=“(人としての)無”ということを逆手にとって、「形あるものはいずれ崩れ去り、人はいつか必ず死ぬ(簡単に言えば「色即是空」)。だから、物事に悩むだけ無駄なんだ」という考え方が出てきました。これが仏教だったりするわけですよね。そのような“モノの考え方”“人生哲学”のような精神的アプローチが対極にある方法ですよね。

もちろん、そうは言っても、誰もが簡単に俗世離れした生き方が簡単にできるわけではないし、遺伝子操作等の方法も現実的には早々にできる対策とは言えないですよね。なので、やはり結論的に当面の対策としては“考えないようにする”ということしかなさそうです。

以上、結局煮え切らない物言いに終始してお粗末な回答となりましたが、多少なりとも参考になりましたでしょうか??
今回、私自身、質問者様のお悩みを私の回答で根本的に解決できるなど大それたことは考えてはおりませんが、少なくとも言えるのは、このことに関しては、私も現在進行形で“苦悩する者”ですし、逐一口に出さないだけで心の底から同じ苦しみで悩んでおられる方は大勢おられるはずです。
なので、本来であれば、少しでも人生を充実して送るための心のケアを図るべくこういったことを真摯に考え、話し合える場なり集まりなりあればいいのですが、現実生活の中では心の隙につけ込まれる悪徳商法等をはじめとする様々なリスクがあったりと、なにぶん気軽に相談できないジャンルですので余計に対処を難しくさせることも多いですよね。
その意味では、こういった投稿の場を利用して少しでもお気持ちを軽くする工夫をされるのも1つの有効な手段だと思いますよ!

なお、本当はここでご質問への回答としての範疇を越えてしまうくらいお話したいことはあるのですが、おそらく喋り足りなくなりそうなので今回は自重しようと思います(それでも十分長文回答になってしまいましたが・・苦笑)。
ではでは(´ーヽ`)ノシ

はじめまして。31才・男です。

質問者様のご心境がどれ程のものかよく分かるつもりです!!
私も、幼少の頃から、度々このことを考えては一人恐怖におののき、周囲の人(例えば、父母・祖母など)をびっくりさせていたようです。私の方こそ愚かだったかもしれませんが、このことで母と口論になったことも度々ありました(苦笑)

もちろん、大人になってからも何度も何度も悩まされました。
質問者様が
>時々ふと考えてしまう
と仰るように、シャワー浴びてるときに突然このことが頭をよぎって、パニッ...続きを読む

Q歳を取るほど死が怖くないのは何故ですか?

 若い人ほど死ぬことを恐れ、歳を取るほど満足したから?かどうか分かりませんが

 怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?


 個人的にはカウントダウンに入っている方が恐ろしと思うのですが
 
 いわゆる「お迎え」っていうものがあるので、宗教的な要因もあるのでしょうか?

Aベストアンサー

Q/怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?宗教的な要因もあるのでしょうか?

A/日本の場合はそうかもしれませんね。
宗教観や倫理観の問題ですね。人が生きる意味は、人によって様々ですが、一つ共通に言えることがあるとすれば、苦しむことを嫌うということです。その逆に楽をしたいという感情もあるでしょう。そして、遺伝的には、次の性を残すことが目的です。

この苦楽と子孫のいずれかが満たされていくと、死を恐れる感情は徐々に抑えられるはずです。

もっと、分かりやすく言えば、親は子供が出来れば、子が死ぬなら自分の命を捧げる覚悟をするケースもあります。人生の目標が親であり、親として子供を育て上げることに目標があるなら、その人の人生は、満たされたことになり、少なくとも一つの大きな未練はなくなります。それは、死しても自分の子孫が残るということで果たされるからです。

苦と楽というのは、子供の頃に死を恐れることにも影響します。苦しみには仏教では四苦八苦というものがあり、生老病死に生きる上で必ず1度は味わうであろう、愛する人と別れる苦しみ、恨んでいる人や憎しみを抱くような相手と会う苦しみ、求めるものを欲する苦しみ(それが手に入らない苦しみ)、精神的な苦しみの4つを加えた8つの苦しみがあるのです。

死ぬ苦しみが、怖いのは年老いても実際には同じですが、子供の場合は、精神的な苦しみが少なく、憎しみを抱くことも普通に育てられていれば少ないはずです。さらに、愛する人が近くにいることも多く、別れる機会も少ないはずです。それに対して、漠然として理解できないのが死の苦しみです。

生きる苦しみは、病気をしたとき、人生において一人立ちをしたとき、生活を自分で設計したとき、子供が生まれ家族が出来たときと順番に、大きくなります。それらは、全てが苦しみではありませんが、生きていることの苦が、死の苦に勝っていけば、自分から死を選ぶようにもなります。

人の喜びや悲しみ、苦しみや、楽しみは人によって様々ありますが、その人にとってほぼ苦と楽は正反対の価値です。楽が10なら苦は-10なのです。ただ、人は慣れる生き物です。そのため、最初は楽が10でも次に同じ楽を味わっても、9に感じます。苦も不条理でなければ同じことですが、楽しか味わっていない人は、それを理解できないため、苦が緩和される前に、諦めてしまい社会に苦ばかりがあるように感じるようになります。
生まれたときから、一定の楽を味わえば、たいていの場合、年齢があがるにつれて、死は怖くなくなるでしょう。
何故なら、死に対する苦しみより、社会の苦しみの方が現実的で、恐ろしいからです。


最初から、死に直面するような社会に産まれ、育っていくと死を重んじるようになり、恐れるまではいかないでしょうが、死の価値を誇大に見るようになります。まあ、よい方向で教育されれば、最後まで生き抜いて、死の苦しみが少ない社会を目指すかもしれません。悪い方向で教育されれば、テロリズムに走り、自分の死を選ぶときに、多くの敵を一緒に巻き込むでしょう。

人の喜びは、価値のある物を手に入れたとき、人に評価されたとき、そしてそれらを合わせて自分の好きなことを好きなだけ出来るときなどに生まれます。死に対する感情は、その教育と幼児期からの育ちによってある程度は決まります。ある方法での死を喜びと錯覚させるように教えられれば、死は恐怖ではなくなるでしょう。
また、社会が苦しみの固まりだと感じれば、死は怖くなります。そして、一番よい死の苦しみを和らげる方法は、目標の幸せを手にして、幸せを一定程度勝ち取ることです。苦をある程度受け入れ生きることが、死を安らかに迎える方法かもしれません。

Q/怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?宗教的な要因もあるのでしょうか?

A/日本の場合はそうかもしれませんね。
宗教観や倫理観の問題ですね。人が生きる意味は、人によって様々ですが、一つ共通に言えることがあるとすれば、苦しむことを嫌うということです。その逆に楽をしたいという感情もあるでしょう。そして、遺伝的には、次の性を残すことが目的です。

この苦楽と子孫のいずれかが満たされていくと、死を恐れる感情は徐々に抑えられるはずです。

もっと、分かりやすく言えば、親...続きを読む

Q魂や死後の世界が無いことを証明する方法はありますか?

魂や死後の世界が無いことを証明する方法はありますか?

Aベストアンサー

「魂」という言葉が有るのは魂が存在している証拠でしょうね?
無いモノ(概念)を言葉に出来ますか?あの世も然りです。

Q永遠の無

教えて下さい。

自分の死後、何十億年の無我、を信じる事が出来ません。

Aベストアンサー

>「このばか、まだわからないか。ダメだなこりゃ」
と言われそうで......

そんなこと言いません。皆んな仲良く生きましょう!!
peikanさんの疑問は壮大なもので、僕もたいへん興味深いです。

しかし、あまりにも根源的で壮大であり、
僕達地球人の思考能力ではとても理解できないと思います。

ただ、諦めずに一歩でもお互い協力して進めたいと思います。

さて、peikanさんの使用しておられる言葉の概念
(無、時間、絶対、無我、有我、等)を
より深く吟味し、
全体的、相対的に少しずつ新たな認識を加えなければ、
単なる言葉の遊戯に終始し、
意図する結果には至らないと思います。
そこで、まずは、

>時間......。
アインシュタインは出さないで下さい。いまは感覚的にどちらかといえば情緒的に話を進めようと思っていますので、・・

ということですので、
新たな「時間」の概念について理解を深めたいと思います。
(新たな、といいますのは地球上で発達した概念ではなく、
 宇宙情報による概念を
 僕が理解した範囲でお伝えします。
 これから宇宙時代を迎える地球に必要な概念です。)

何か、peikanさんがすでに潜在意識で知っているようで、
不思議ですが、(実は不思議でなく、過去に知っていた)
宇宙次元の「時間」の概念は、感覚的で情緒的なのです。

◆地球時間

 本来、地球の自転周期を基準にして、
 それを人間に便利なように細分し、
 1秒を定めていたと思いますが、
 地球の自転周期自体が一定とはいえないようになったため、
 「セシウム133原子の・・・」と何だかわからない、
 つじつま合わせの定義をして1秒としています。

 いずれにしても、
 地球で「不変」とおもえる現象の周期律から
 万人に共通の(本当はそんなものはない)
 固定的不変の物理的時間というものを定めたわけで、
 人間の感覚とは独立で、
 「宇宙いたるところで通じるもの」とした訳です。
 
 アインシュタインさんのは、
 おっしゃる通り僕にも奇妙で不可解ですので省きましょう 
 
◆宇宙時(間)

 これは一言で言えば「固有時」で、
 ある星において、
 その星の住民の平均的情報処理能力に応じて、
  (人間をはかる、第一の尺度は愛の心の大きさで、
   愛の心が大きくなるに従い、
   情報処理能力が高まるようになされている)
 空間と共に密接不可分に「設定」されるもので、
 各人が瞬間、瞬間(今)に感じる「時のはやさ」をいいます。
 主観です。情緒的でしょう!

 数十年前と今のコンピューターの情報処理能力と
 地球人と進化した星に住む人の情報処理能力を
 対比して考えると面白いと思います。

 要するに、地球人が一生涯かけて体験し、学習する内容を、
 例えば、ある進化した星の住民は一日で学習する、
 ということです。

このように、時間・空間は個々の星、固有の様式であり、
その星の住民がより進化するに従い、
時間はより速くなり、空間はより短縮される、
相対的様式をとるものです。


それと、「永遠の無」というのはない、ということを知るためにも、まず、

人間は100年足らず生きて後、死ぬ、儚い肉体ではなく、
人間は魂の進化向上のために生きる、永遠の生命である。

ということを洞察しなければならないと思います。

 
 
 
 

>「このばか、まだわからないか。ダメだなこりゃ」
と言われそうで......

そんなこと言いません。皆んな仲良く生きましょう!!
peikanさんの疑問は壮大なもので、僕もたいへん興味深いです。

しかし、あまりにも根源的で壮大であり、
僕達地球人の思考能力ではとても理解できないと思います。

ただ、諦めずに一歩でもお互い協力して進めたいと思います。

さて、peikanさんの使用しておられる言葉の概念
(無、時間、絶対、無我、有我、等)を
より深く吟味し、
全体的、相対的に少しずつ新たな...続きを読む

Q死ぬのが楽しみな人っていますか?

タイトルの通りなのですが、死に対して期待感を持つ人ってどのくらいいるのでしょうか?

私は、死に対する恐怖がなく、どちらかというと老いに対して
漠然と嫌悪感を抱いており、出来れば30歳になる前に死にたいなあ
なんてことを考えています。
「もしも今自分が死んだら、周りは驚くのかな」とか
不謹慎にもわくわくしている自分がいます。
私の場合は何か苦労をして人生に疲れたわけでもなく、
ただ歳をとる前に死にたいという願望なのですが、
他にもこんな考え方をする方はいらっしゃるのでしょうか?
少し気になったので質問してみました。
お暇でしたら回答していただけると嬉しいです。

Aベストアンサー

20世紀少年で主人公が「昔、誰かからこんな話を聞いた。ロックやってると27歳で死ぬってな。
ブライアン・ジョーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスン、ジミ・ヘンドリクス、なんとなく、俺も27歳で死ぬんだろうと思ってた。・・ところが28歳の誕生日をむかえちまって、、ガックリきたよ。・・略
だけど、ジジイになってもロックやってるすごい奴は山ほどいる。死んだらすごいって考えは・・・・・やめた。」という内容の話をしていました。

若い時は死に対する恐怖と、死への憧れと両方持つ人も多いかもしれません。特にこの時代の人は。
少数派だったら、こんなフレーズ使わないでしょう。私もジョプリンのファンだったので、30前に死ぬと思っていましたよ。

でも現代はロッカーでも品行方正で、無茶して若くて死ぬなんていう人居ないですよね。
死が遠くなってしまって、でもすぐ隣にいるから、恐怖だけがあるんでしょう。
いい中年が「そんなつまらないこと考えて・・」とか言いますけど、彼等は忘れているか、たいした時代をすごしていないんですよ。私も30を超えて40になるまではぬるま湯の人生でした。

だから彼方の様な方は、我々から見れば珍しくもないけれど、今の時代で見れば珍しいといえます。

20世紀少年で主人公が「昔、誰かからこんな話を聞いた。ロックやってると27歳で死ぬってな。
ブライアン・ジョーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスン、ジミ・ヘンドリクス、なんとなく、俺も27歳で死ぬんだろうと思ってた。・・ところが28歳の誕生日をむかえちまって、、ガックリきたよ。・・略
だけど、ジジイになってもロックやってるすごい奴は山ほどいる。死んだらすごいって考えは・・・・・やめた。」という内容の話をしていました。

若い時は死に対する恐怖と、死への憧れと両方持つ人も多...続きを読む

Q高齢者の方は死ぬのが怖くないのか?

「もしも明日の午前0時に、突然死ぬとしたら、何がしたいか?」
という問いをよく自分にぶつけます。

「女性とたくさん関係を持つ」とか「おいしいものを食べまくる」とか
「気に入らないやつを殴りに行く」とか、
低俗で下世話な欲望がいろいろ浮かぶのですが、
結局いつも最後に出るリアルな答えは
「死への恐怖に耐え切れずに、ただ泣きながらそのときを待つだけだろう」です。

しかし、高齢者(特に平均寿命を大幅に超えた)の方々は、
「明日、いや次の瞬間に自分は死ぬかもしれない」という
恐怖を抱えているはずなのですが、
精神面・行動面、
すべての面において、
若者よりも落ち着いているように私には見えます。

少し失礼な言い方になりますが、
脳が老化すると、死への恐怖が鈍化するのでしょうか?
それとも本当は、心の中が死への恐怖でいっぱいなのでしょうか?

私が今80歳になったと仮定すれば、
とても死への恐怖に耐えられません。

そう考えると、ご年配の方々はつくづく偉大だなといつも思っているのですが、
本当のところはどうなのでしょうか?

教えてgooのユーザーさんにいらっしゃるかわかりませんが、
80歳を超えておられるご年配の方々に、
死に対するご意見を聞いてみたいです。

「もしも明日の午前0時に、突然死ぬとしたら、何がしたいか?」
という問いをよく自分にぶつけます。

「女性とたくさん関係を持つ」とか「おいしいものを食べまくる」とか
「気に入らないやつを殴りに行く」とか、
低俗で下世話な欲望がいろいろ浮かぶのですが、
結局いつも最後に出るリアルな答えは
「死への恐怖に耐え切れずに、ただ泣きながらそのときを待つだけだろう」です。

しかし、高齢者(特に平均寿命を大幅に超えた)の方々は、
「明日、いや次の瞬間に自分は死ぬかもしれない」という
恐...続きを読む

Aベストアンサー

高齢になると身体のあちこちにがたが来る。燃えるような希望がなくなる。パワーがなくなる。つまり心身ともに衰え、死期の近いことを悟り(ああもうそろそろだな)とあきらめがつくのです。
わたしは団塊の世代ですが、老化現象があちこちにあり、これが年と共に強まり、衰えて行くのだなということがわかります。淋しいことですがこれが自然です。死なないとこれまた大変なことになります。要するに神によって生かされている間はしっかりと自己表現して生きればいいんです。


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