『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

ヌーベルバーグのことについて

ヌーベルバーグとゆう映画運動をわかりやすくどんな映画運動か説明してくれませんか?

ちなみに、来週トリフォーの作品を借りて観ようと思うのですが、トリフォーの作品の中からなにがオススメですか?

質問者からの補足コメント

  • 型破りな映画運動とは、どんな感じか具体的に説明よろしくお願いします、

      補足日時:2016/10/23 19:42

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

端的にいうと第二次大戦後である1950年代に起こった、映画の撮影スタジオで働いたことのない、(助手や助監督など下積み経験の無い)新世代の監督たちによる映画製作活動です。



主だった特徴は大半がスタジオの中、つまりセットのなかばかりで撮影されていた映画というものを、ロケーションを中心とした撮影にしてしまったことが挙げられます。
当時のフィルムやカメラは、今のものと比べると、技術的な問題もあり、容量の多い照明があってこそ、撮影が成り立っていました。
なのでスタジオの中でじゃないと思ったような画を撮ることが出来ず、それによって装置も機材もスタッフも大がかりで、制作資金も莫大でした。

そんな中に現れたのがアンドレバザン率いる映画雑誌カイエデュシネマで活躍していた若手の映画評論家たち。おばあちゃんが亡くなって遺産が入ったので、それを元手に自分たちで映画を作ろう・・・ってなことが始まりです。

でもスタジオを借りるほどの遺産ではないし、既存の映画に見られるような、”作り込んだ”やり方を嫌った彼らは、カメラを外に持って行って、肩に担いで走っている人間を追いかけたりして撮りました。それに加え、録音もその時に同時に行うという同時録音を敢行。
これが既存の映画づくりとはまったく違ったものになり、より監督の個性=作家性を打ち出した映画作品と昇華されていきます。
そこで「カメラ=万年筆」作家によるペンを監督によるカメラと例える、という考え方も生まれ、世界中の映画人から注目される存在となっていきました。
余談ですがヌーベルバーグ作品を見て育った世代が70年代アメリカンニューシネマへと繋がっていきます。

と、こんなところでどうでしょうか。

トリュフォーは上の例に挙げた、カメラを肩に担いだカメラマン(ラウール・クタールという方でアンリドカエと並ぶヌーベルバーグきってのカメラマンです)がジャンヌモローを追っかけるシーンがある「突然炎のごとく」なんかがいいのではないでしょうか。

個人的にはトリュフォーが監督主演しが映画監督役を演じている「アメリカの夜」が好きなんですが。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

なるほど!
とてもわかりやすかったです!
ありがとうございました。
借りてみてみます!!

お礼日時:2016/10/25 01:05

それまでの概念タブーに向かう感じですが私はイタリア映画好きなので。

    • good
    • 0

忘れてましたフランソワ・トリュフォーは本ではヌーベルバーグと紹介されていますが影響を受けたが正確ですね。

    • good
    • 0

第一次世界大戦後のフランスモンパルナスで始まった型破りな芸術活動型です。

音楽も含みますフレンチジャズなど絵画ではレオナールフジタが有名ですね。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qヌーヴェル・ヴァーグって?

ヌーヴェル・ヴァーグについて詳しく知りたいと想っています。
ゴダールが撮った作品がそうだ、とかちょこっとなら知ってるんですが詳しいことは何も…。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

私はちょっと歴史的な解説を試みてみます。

ヌーベルバーグをより深く楽しむためには
30~50年代ハリウッドのスタジオ・システムのことを
押さえておいた方がイイと思います。

ハリウッドのスタジオ・システムというのは
要するに日本のかつての松竹なんかの原形ですが
撮影所が専属の俳優やスタッフを雇うことで
映画を大量生産し始めたんです。
これはプログラム・ピクチャーと呼ばれますが
簡単に言うと、各監督が個性を競う、といったものではなく
スタジオが主導権をもって作品の均質化を図ることで
映画の世界基準をつくろうとしていたんです。

プログラム・ピクチャーは
30~40年代に数々の名作とスターそして、職人的な監督を生み出した一方で
50年代に入るとマンネリになってきます。

60年代に入るとハリウッドに対するアンチテーゼとして
ヨーロッパからの回答が
フランスの映画批評雑誌が中心となったムーブメントで
これが「ヌーベルバーグ」と呼ばれ
アメリカ自身による回答が
インディーズが中心となったムーブメントで
これが「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれます。

特徴としては何よりも監督が主導権をもって
ハリウッドが打ち立ててきた基準を破壊しようとしたことです。

破壊の仕方は作家によって様々でしたが
象徴的なのが、やはりゴダールで
突然ストーリが中断して、映画の登場人物が
観客に向かって語り出す、といったような
今ではめずらしいことではないですが
当時としてはさまざまな実験的手法が導入されています。

ゴダールは「私の映画に細部はない。あるのは全体とか形式といったものだけだ」
などと言っていますが
こんな視点をもっていた方が
よりヌーベルバーグを楽しめると思います。
ちなみに、彼の言う「細部」とは「映画の内部」のことです。
「全体」とは「歴史的存在性」や「時代的存在性」といった視点です。

そろそろまとめます。
ヌーベルバーグやアメリカン・ニューシネマは
30~50年代ハリウッドに対する批評的存在として個々の作品が動機づけられています。
そのヌーベルバーグが90年に入って存在意義を失い始めます。
それは90年代前半の以下の現象として現われます。
すなわち
ヌーベルバーグの最終世代であるレオス・カラックスの沈黙。
リュック・ベッソンのハリウッドへの転向(転向というよりカミングアウトかな)。
その一方で
キャメロンが世界的メジャーになり
スピルバーグが難解な作家になっていきます。

何か、まとめになってませんね。
デジタルハリウッドから「ロスト・イン・アメリカ」という
本が出ています。
青山真治、阿部和重、塩田明彦といった
蓮実重彦の門下生たちによる対談集です。
これを読むとよく分かると思います。

私はちょっと歴史的な解説を試みてみます。

ヌーベルバーグをより深く楽しむためには
30~50年代ハリウッドのスタジオ・システムのことを
押さえておいた方がイイと思います。

ハリウッドのスタジオ・システムというのは
要するに日本のかつての松竹なんかの原形ですが
撮影所が専属の俳優やスタッフを雇うことで
映画を大量生産し始めたんです。
これはプログラム・ピクチャーと呼ばれますが
簡単に言うと、各監督が個性を競う、といったものではなく
スタジオが主導権をもって作品の均質化を...続きを読む


人気Q&Aランキング