痔になりやすい生活習慣とは?

「日本はキリスト教が普及するまでは同性愛に寛容だった」といった文章をよく目にしますが、戦国時代や江戸時代の日本では、女性同士や大人の男性同士の関係も受け入れられていたのでしょうか?

男色として有名な小姓は少年ですし、稚児や陰間も女装した(もしくはかわいらしい)少年です。
そりゃあ中には長く愛された人もいたのでしょうが、彼らにはどちらかというと"旬を過ぎてしまえばそこまで"という印象があります。
男同士に違いないとはいえ、「日本は少年愛に寛容だった」と言われた方がしっくりきてしまいます。

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A 回答 (1件)

日本の同性愛を衆道っていうんですが


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%86%E9%81%93
wiki読んでもらうとわかるんですが、時代により何度かムーブメントがあり、その度に意味や定義が都合よく変えられているんですよ。

で、現代から過去を遡ると、江戸時代の価値観を基本として、戦国時代に当てはめちゃって、平安貴族も一緒だった気がしちゃう。
実際は、平安鎌倉時代の貴族文化を参考に室町文化から戦国時代の小姓飼いになって、元禄文化の歌舞伎とか浄瑠璃や春画なんかで過去の話を脚色されたフィクションが、現代に伝わっている。
これらは現代における大河ドラマの時代劇だし、艦むすのエロ同人誌みたいなもん。
歴史はあくまで不可逆なのです。

鎌倉時代の武家社会以降、男女の関係は家督問題の結婚制度のものになっちゃって、男女間に恋愛というものが失われてしまったのです。
そして直江兼続の兜の「愛」みたいな、ナンパなものじゃなくて、ハードボイルドな精神を表すものに神格化された。
そこに衆道という道を極めると俺カッケー!みたいなものとして、恋愛は男女間じゃなく、主従関係の男と男のセックスこそ本物の純愛!みたいに葉隠にまで武士のスピリットとして書かれるハメになったのです。

吉原の花魁文化もそう。遊女と契り心中することが純愛ってラブストーリーが浄瑠璃で流行ったのちに一般文化になった。こっちはヤクザ映画や少女マンガみたいなもの。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
仰ることの意味がよく分からなかったのですが、自身の文章を読み返してみて、「キリスト教が普及」という部分が問題だったのかなと考えております。
キリスト教伝来以前のことではなく、明治維新以前、海外との交流が盛んになる前までについてお聞きしたかったのです。
言葉を誤ってしまい申し訳ありませんでした。

少なくとも衆道においては、主従間で年齢関係なく成り立っていたということでしょうか?

お礼日時:2016/11/03 14:30

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