「開かれた学校づくり」の重要性が高まってきた背景と、今後の課題や方向性を教えてください。
 現状を分かる方は、そちらもお願いします。

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A 回答 (4件)

 「開かれた学校づくり」が重要になってきた背景には次のようなものがあると考えられます。


 1.子供の人権を今まで以上に考慮する社会情勢によって相対的に教師の立場が弱くなり、子供達に対する指導力が低下してきた。
 2.核家族化の第二世代が親になることによって子育ての知恵を知らない親達が増えてきた。
 3.人口の都市圏集中によって住民の地元意識がなくなり、大人同士のコミュニケイションが希薄になって地域での子育てができなくなった。
 これらは別の見方をすれば良い面もたくさんあると思いますが、このことによって学校単独や、家庭単独といった今までの手法では対応できなくなってきました。
 そこで文部省が考え出したのが、学校評議員制や学校週5日制で、来年から実施されます。 学校評議員制は、今まで学校長や職員会議にすべてゆだねられていた学校運営を保護者や地域住民、生徒等を含めたなかで話し合う制度です。しかしこの評議員は学校長に決定権があるのでどこまで踏み込んだ議論ができるかは分かりません。
 現在、大人が子供の虐待や殺傷事件を起こせば「子供の人権を守れ!」と子供の人権条例を制定に動き出す。 逆に少年犯罪が多発すれば「少年法改正!」という声が高まります。 もちろんすべての親や、子供が悪いわけではないのですが、子供の作り方だけ知っていて育て方を知らない親が増えていることも事実ですし、愛情を受けずに育ったり、受けすぎて育ったりしている子供も増えていることも事実だと思います。 大人たちには子供を育てる責任があります。これは人間が子孫を残し繁栄させていく上で当然のことであり、最低限必要なことだと思います。 社会全体で子供の健全育成を求めるならば、それには国、学校、家庭、地域、マスコミ、企業等々といった今の社会を構成しているすべてのものが協力して取り組まなければ大変なことになると思います。 
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この回答へのお礼

ありがとうございました。「開かれた学校」というのが最近言われていて、学校だけではなく、子どもを学校、家庭、地域で連携して育ていこう。とよく言われているけど、具体的にはどのような事をしたり、どんなことが問題になっているのかなと思って、質問しました。大変参考になりました。

お礼日時:2001/06/26 10:48

開かれた学校というのは、生涯学習が叫ばれている今、全ての人が生涯学べるようにと言う願いを込めて言われていることだと思います。


今後は、高齢者や、地域の人々にどの様に学習、研究を進めて貰うか、そう言った参加型の教育施設として小学校、中学校、高校、大学をどの様に開放していくか。
開放の仕方がまだ確立されていない今、その開放の方法を探っているのが現状ではないでしょうか。
ですから、十分な検討を加え充実した施設として市民に現在の教育施設を開放していただけたらと思います。
今はまだ議論百出と言ったところでしょう。
色んなフォーラムでこうした議論を重ねていくことも必要なことではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。なかなか今までになかった試みなだけに、今は試行錯誤の状態なのかもしれませんね。「教育施設の開放」というのは、学校で文化サークルみたいのを行うってことなのですかね??それとも全然違う意味なのですかね?

お礼日時:2001/06/26 10:56

『開かれた』の意味を取り違えられている方が非常に多いと思います。


物理的に誰でもが入ってくることができる状況は『開かれた』ではなくて『無防備な』『危機管理能力がない』学校であるにすぎないということです。
学校行事や学校の学習に地域が一体となって協力し、学校もまた、地域の行事などに協力する。
そして上級の学校では地域問題などを一緒に解決するようにしたり、研究成果を公開して社会に貢献する。
そして、なによりも学校内という社会で起きたことを密室内で処理してしまわない。秘密主義を捨てるということ。
これが開かれた学校なのではないでしょうか。
バリアフリーで身障者が当り前に当り前のことができる施設を作ること。
これも開かれた学校でしょう。
どうも物理的な開放だけを考えているような意見が多く見受けられ、疑問を感じてしまうことが多い今日この頃です。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

ありがとうございました。大阪の池田小学校で大変な事件が起きてしまいましたが、学校ではこれからは、二度とあのようなことがあってはならないと思います。開かれた学校、とは、中身が大切なのですよね。

お礼日時:2001/06/26 11:02

こんにちわ。

この前の大阪の事件が有った時にある大学の教授の方がおっしゃっていました。「中途半端な開かれた学校づくり」ではなくて「開くなら、徹底した形での学校づくり」ということを言っていました。今の開かれている状態というのは中途半端だと・・すみません。どのようなことから中途半端であるのかはちょっと聞き逃してしまったのですが、たくさんの人の大人の人にも学校というところに数多く足を運んでもらう。その中で見たことない不審な人をみかけたら大人が気が付いて子供をまもる。そのようなことを言っていました。確かに小学校に行くときとかは今は何かの行事の時だけですよね。授業参観とか運動会の時でけ・・顔を覚えるということは難しいですよね。でも、普段でも学校に行くようになれば親同士、見知らぬ人がいたら気になったりするかもしれませんよね。
親への負担、仕事をもっている人とかは大変なことかもしれないけど、
でも、子供を守るためなら・・と思えば。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。私もそう思いました。大人全員で子どもを守っていかなくてはいけないんですよね!

お礼日時:2001/06/26 11:04

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一般的なことは,皆様が書かれている通りです
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私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
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交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
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教師は専門職って言われてますが、
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どうぞ教えてください。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

理論的・理念的な問題はともかくとして、おそらく多くの教員が実感しているのは、

1.「分かる生徒の分かり方は一様だが、分からない生徒の困難は個別で多様だ」ということ。

例えば、小学校4年生の算数「わり算の筆算」で「習熟度別編成」をして、実際に教えてみれば分かりますが、分からない子が「どうして分からないか」という理由は実際、本当に個別バラバラなんです。その単元の内容が分からない、前の学年の内容(あまりのあるわり算の暗算)が定着していない、抽象概念の理解力が劣る(商を立てることができない)、そもそも九九が怪しい、イヤもっと前の繰り下がりの引き算が・・・原因は様々で結局のところ個別に指導をするしか方策は無い、というのが実感です。

もちろん「習熟度」ということを細分化して対応すれば可能でしょうが、そうなると「習熟度別」ではなくて「個別」です。で、#1さんが書いておられるように、そこまで対応できるキャパは学校にはありません。結果的に、「分からない子」は分からないままで、「できる子」だけが高度な内容をどんどん進める、ということになります。

これは、理論や理念の問題ではなく、現実の学校現場の物的・人的な限界から来るものです。

2.学習に対する刺激・励まし合いが減り、「中程度の子ども」でモチベーションが下がるということ
教室の学習というのは、先生から教えてもらうだけではありません。友達の答えを先生がほめたり、友達が間違いを指摘されたり、「優れた子」の発言を聞いて納得したりということで理解を深めていくことは、例えば算数の場合でも普通にあります。

また、「あいつが計算テストで100点取ったから、俺も負けないで頑張ろう」とか「あの子が、ドリルで○ページまでやったんなら、私も家に帰ってそこまでやろう」というような意欲を受ける場面も教室では見られます。特に「中程度の子」は上位の子から、そのような刺激を受けてモチベーションが高まります。

反対に、「分からない子」の間違いから、自分の間違いや勘違いに気付いたり、その子達にちょっと教えることで理解を深めたりすることもあります。

ところが、習熟度別では、特に中程度の子どもは「ドングリの身体検査」ですから、刺激を受けたり理解や思考を深めたりする機会が少なくなってしまうのです。結果的に、その子達は習熟度別でも通常の学級編成でも効果に差が見られない、なんてのは現場の実感でしょう。

指導に問題があるのだ、と言われればそれまでですが、教室でのダイナミックな学び合い、というのは多様な子どもがいるからこそできる、というのはたぶん多くの先生の実感だろうと思いますよ。

理論的・理念的な問題はともかくとして、おそらく多くの教員が実感しているのは、

1.「分かる生徒の分かり方は一様だが、分からない生徒の困難は個別で多様だ」ということ。

例えば、小学校4年生の算数「わり算の筆算」で「習熟度別編成」をして、実際に教えてみれば分かりますが、分からない子が「どうして分からないか」という理由は実際、本当に個別バラバラなんです。その単元の内容が分からない、前の学年の内容(あまりのあるわり算の暗算)が定着していない、抽象概念の理解力が劣る(商を立てるこ...続きを読む

Q今の日本の教育の問題点・課題?

  
 現在、教育について調べています。
 ズバリ、今の日本の教育で 問題にされていることは何でしょうか?
 
 大きな質問を、このようにどっかり投げかけてしまうのも、微妙な質問の仕方かもしれませんが、調べるとっかかりとして、ここに載せさせていただきました。
 
 ○ゆとり教育の是非
 ○奉仕活動 よしあし?
 ○学力をどう取り戻すか
 ○あれた学校が多いなど・・

 そういったところでしょうか・・・。

 ご存知の方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします!

Aベストアンサー

政策者側の問題

責任の所在がはっきりしていません。だれが、どこが、責任を取るのか明確ではありません。たとえば、現在、新学習指導要領が一部先取りされ、今回大幅に後退した「ゆとり」教育ですが、昔、旗を振った人は誰なのかはっきりしません。旧文部大臣でしょうか。
「ゆとり」が後退したのは、それが間違っていたということでしょう。「ゆとり時間」を削減し、教科学習の時間を増やしたことは新指導要領ではっきりしています。
つまり責任を取る必要がないので、ころころと変わります。

現場の問題

これは学校の先生が中心となります。学習指導要領で縛りをかけられていて、そのなかでの行動となります。逆に言えば、多くの先生は指導要領から逸脱しないようにしています。一部の先生は、世間を騒がし、このサイトで保護者の方々から疑問を投げかけられて、普通の「おじさん」「おばさん」たちであることに、改めて気づかされます。

もう一つは、競争原理が全くといってよいほどはたらかない世界です。つまり、大半を占める公教育において、優秀な先生をトレードできない仕組みになっています。トレードやフリーエージェント制を導入したら、先生方も張り切るのかも知れません。予算の関係もありますが。いわゆる「ダメ教員」は退場していただく仕組みがありません。一部の先生に対して、国民の税金が無駄遣いされているのが問題でしょう。

保護者側の問題

現代では、多くの保護者は学校の先生を「尊敬」する対象とはしていないでしょう。先生も保護者も大卒など同じレベルになり、当たり前の世の中となりましたから。「聖職」「全人教育」は死語の世界となりました。
受験の相談も、学校よりは塾(予備校)を信頼する保護者や生徒がほとんどでしょう。
それなので、保護者の方々に言葉で「学校の先生を信頼して」と言っても無理でしょう。

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責任の所在がはっきりしていません。だれが、どこが、責任を取るのか明確ではありません。たとえば、現在、新学習指導要領が一部先取りされ、今回大幅に後退した「ゆとり」教育ですが、昔、旗を振った人は誰なのかはっきりしません。旧文部大臣でしょうか。
「ゆとり」が後退したのは、それが間違っていたということでしょう。「ゆとり時間」を削減し、教科学習の時間を増やしたことは新指導要領ではっきりしています。
つまり責任を取る必要がないので、ころころと変わります。

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