歴史の本では、ほとんど「法隆寺金堂は世界最古の木造建築物」
とかいてあるのですが、1949(?)年に火事があって、
壁画が焼けてしまった、ともかいてあります。
そのときは壁だけやけたのでしょうか?壁より木の方がもえやすそうなのですが。
なんだかよくわかりません。どういう火災だったのでしょう?
その事件に関するサイトもおしえていただけたらうれしいです。

あとかんけいないですが、ここ(教えて!goo)では、
おなじところ(同じ質問欄)に二つ質問をかいていいのでしょうか?

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A 回答 (3件)

http://www.asahi-net.or.jp/~SF4F-ANBK/aaa/html50 …

上記で火災に関する詳しいことはわかると思います。下のURLは法隆寺の案内みたいなものです。

また同じカテゴリーに複数質問されるのは構わないと思いますが、質問欄に複数の質問というのでは、答える方も面倒だし、あまり適切な回答がもらえないんじゃないかな、という気がいたします。

参考URL:http://www.kcn.ne.jp/~kingyo/
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この回答へのお礼

早速みてみました。
金堂は二つあったんですね。
まったくしりませんでした。
すごく納得しました。
あと質問の件もありがとうございました。

お礼日時:2001/06/28 17:42

金堂の火事では、建造物を焼失したわけではなく、内部の失火により壁画が損傷しました。


ちなみに、内部の壁画(天井部?)の一部は損傷を免れた筈です。

法隆寺金堂壁画については、検索で「 法隆寺金堂壁画 東京大学総合研究博物館 」のキーワードでサーチしてみてください。
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この回答へのお礼

早速検索してみます。
いちぶがやけたんですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/28 17:40

昭和24年1月26日に法隆寺金堂から出火し、内陣47坪を全焼し、壁画12面が焼失しました。

壁画修理の職人の使っていた暖房が出火原因だったと歴史の授業で聞いたような気がします。その反省から昭和30年に1月26日は「文化財防火デー」に制定されました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
だいぶやけたんだすね。
そんな日があったんですね。

お礼日時:2001/06/28 17:31

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仏舎利塔の前で供養した七宝を仏舎利の代用にするなど
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下記の参考サイトでは、松尾寺や矢田寺もコースに含まれていますが、松尾寺や矢田寺への道は、どちらかと言えばハイキングコースなので、山登りやハイキングが好きなかた以外は、外したほうがいいです。
http://homepage2.nifty.com/bu-ra-ri/ikaruga.htm

中宮寺や法起寺については、先の回答者さんがお書きになっているので省きますが、せっかく法起寺まで行ったのなら慈光院へもどうぞ。
http://www1.kcn.ne.jp/~jikoin/
この慈光院の庭園は、美を求めて世界を旅したあの岡本太郎氏が「世界一だ」と絶賛したと言われる庭園で、「庭を見ながら、ゆっくりとした時間を過ごしていただきたい」という住職さんの意向により、ここの拝観には、必ずお茶と落雁がついてきます。。。。まったりした時間を過ごせますよ!

その後、慈光院からJR大和小泉駅は徒歩15分です。

周辺を散策するくらいのお気持ちがあるのであれば、JR法隆寺駅から法隆寺・南大門までは、苦にならない距離だと思いますよ。

駅から門までの距離が負担になるようであれば、周辺は見物せずに、法隆寺だけを見てお帰りになるほうが良いと思います。

「歩くのは苦にならない、いや、むしろ斑鳩の里の散策を楽しみたい」と、おっしゃるのであれば、オススメコースとしては・・・
JR法隆寺→法隆寺西院→法隆寺大宝蔵院→法隆寺東院(夢殿)→中宮寺→法輪寺→法起寺→慈光院→JR大和小泉

下記の参考サイトでは、松...続きを読む

Q新興宗教の建築物は歴史的建築物として将来評価される

ヨーロッパでは世界遺産になるような、数百年前に建てられた壮麗な教会建築物がいっぱいあります。日本でも厳島神社とか姫路城とか法隆寺とかあります。

現在の日本では新たに新興宗教団体がそれぞれ大きな建物を本部として持ったり建築中だったりします。現在の我々余り信仰心のない者にとっては、それらの建物に、今、何の感動も覚えないのですが、将来、数百年後、あるいは千年後とか、21世紀に建てられた歴史的建築物として、宗教を抜きにして、評価され称えられることになるのでしょうか? どう思われますか?

最近東大寺の大仏建造の秘話を読み、国民の半数を強制使役し、このため相当数の国民が死んだということを知りました。今、我々はそんな史実に関係なく、東大寺に詣で大仏様に手を合わせ、その壮麗さに感嘆しております。ヨーロッパでも事情は似たようなものだと思います。
で、上記の質問となってわけであります。宜しくお願いします。

Aベストアンサー

歴史的な仏教もキリスト教も始まった当時は新興宗教、実は神社本庁は戦後に設立された新興の団体、ただそれを作った連中が明治時代からの流れを汲むというだけ、それでも明治です。神社神道は古い歴史ある神社を統括しているに過ぎない、若造に支配されている古老と言う事です。で、多くの人が新興宗教だと思っている天理教とか金光教は江戸時代。つまり今の神社本庁はもちろん神社神道(明治に制定)寄りもはるかに古いんです。

だから将来に残り、それなりの文化の発信地であれば、文化遺産になる可能性はいくらでもあります。新興宗教がすべてコンクリートにするとは限らないし、この後に科学が進めば再建不要の素材が出てくるかもしれない。それをいち早く採用して、そしてそれによって世界中の建物にその素材が使われるようになれば、100年500年経てば世界で最初に使った建物として文化遺産にも登録される可能性は充分にあるでしょう。

どの宗教だってたった頃から文化的価値があったわけではないし、寺や仏像の多くは緊迫や極彩色で飾られていましたから、今とはぜんぜん違う。つまり今作って、そのままの形で文化的評価が高まるわけじゃないんですよ。
いまの新興宗教でも、これからの新興宗教でも、何百年も残る可能性もゼロではない。そして今の評価が何百年も続くわけじゃないと考えれば、文化的価値が上がる可能性もゼロではないです。

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