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長い話になりますが読んでくれる方がいれば嬉しいです。

私には弟がいました。
伯父の葬儀で弟も実家に帰省し、久々に家族揃ってご飯を食べて、当たり前のように過ごしていました。
翌日、弟は職場に行く為、実家を出ました。そして行方不明になり、数日後遺体で発見されました。26歳の若さでした。
遺書めいたメールが下書保存されていましたが、今も理由が分からないままです。

あれから2年が経ち、時々弟の事を忘れている自分が怖いです。
初めの1年はなぜ、どうして、なんで、と悩みながら、悲しみながら過ごしていました。
でも今は普通に、そんな事を考えずに過ごす日の方が多くなりました。
また、弟の死後、両親と弟の話は全くしていません。最初から私は一人っ子だったみたいに接してきます。
母からの呼び名も「お姉ちゃん」から「○○ちゃん」に変わりました。

これが家族の死を受け入れる、という事なんでしょうか。

A 回答 (8件)

突然起こったことに 心がついていかない…そう事ってあると思いますよ。


私も 知っている人の自死に遭遇してますが、納得のいく答えなんて ムリです。
もう かれこれ 26年も経つのに…。
思い出すと 何かと考えるのですが、普段はいつもの流れに流されて 考える事もありません。
ただ、私にとっては 大切な方でもあったので こういう時あの人ならどんな風に対応するのかなぁ???って 困ったことなどが起こった時は心の中で問いかけたりしてます。
不思議なのですが、そういった問いかけには 何らかの回答が得られてます。
死そのものは いまだに 不明なのですけれど…。

息子さんの事 ご両親は 思い出すのも辛いのだと思います。
あなたの事を思って 呼び方を変えた可能性もありますが、本当はご自身が一番つらいのでしょうね…。

死を受け入れる…とは もう少し 時間が必要かもしれませんね。
何年たったから…ではないように思います。
心の中の何かが 解決したとき…とでも 申しましょうか?
どうして???から 今も見守ってくれてありがとう…って思えるようになる時に 受け入れが出来た そう思えるのかなぁ???って私は思っております。

その考え方も また 人それぞれとは思いますよ。
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自殺にしても、事故死にしても、病死にしても、死因に関係なく、人間は皆死ぬのです。


そして、それは、産まれた順番に死ぬという訳ではありません。
それぞれが、それぞれにとっての、然るべき時期に死ぬ、と言うことでしょう。
産まれた場合、死は必然です。
当たり前のことが、当たり前のこととしてあるだけです。

人間の記憶は、時間の経過と共にあやふやなものとなります。
記憶がいつまでもその時のままに残ることは、好ましいとは言えないだろうと思います。
太宰さんは「年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである」と書いていますが、「確かにそういう面はあるよなあ」と私は思います。
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身内に自殺をされてしまった家族は、後味悪いですよね。


所詮自殺をする人は自分勝手なんです。
忘れることが薄情だと勘違いするから、いつまでも悲しいままなんでしょうね。

自殺をした本人は後悔する人がほとんどです。
ましてや家族が暗くなっているなら猶更です。
弟さんの代わりに精一杯人生を謳歌してください。

たとえ原因がわかっても、居ないのは変わりない。
本当に自殺は良くないですね。
弟さんも気の迷いとか魔が差したのかもしれないですけど。
せめて成仏していると良いのですが。
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>これが家族の死を受け入れる、という事なんでしょうか。



受け入れてないよね。
もともといなかったことにしている。
くさいものにふた。
あなたもミスをすれば、存在を消されるということです。
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すみません


あなたはお母さんにとって弟さん同様大切で失いたくない子供です。

変な文面になりましたことをお詫びいたします。
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おいていかれた方は大変ですよね。

私も消えたいと思った時期があるんですけど、

オーラの泉の江原さんが自死した人はみんな後悔してると言われていて

その言葉を大事にしてます。

弟さんも空から見てますよ。

家族がまた笑顔を取り戻せるように。
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ご家族にとってとても辛い経験をされたのですね。



お母さんは一日も弟さんのことを忘れることができない
と思います。亡くなった子の歳を数えるといいますから
言葉に出さないにしても生涯忘れる日はないでしょう。

あなたのことを「〇〇ちゃん」としたのはお姉ちゃんに
しているとあなたが前に進めないからだと思います。
時々弟さんのことを考えずに済むのもお母さんのおかげ
かもしれません。

日々の生活でたとえどんなに近くても身近な人の死は
忘れてしまうことはあると思います。それは心の回復が
されている証拠かと思います。

ただ天に召された日だけは、供養するようにしましょう。
弟さんにとっては誕生日と同じぐらいに大切な日なので。

また何も語らずにいるお母さんには寄り添ってあげましょう。
それが弟さんにとって一番してほしいことかもしれないので。

その人の死は距離感によって違うと思います。
生涯死を受け入れられずにいると思います。
でも自分は生きていかなければいけない、その葛藤にある
のかもしれません。

お母さんはあなたにとって弟さん同様大切で失いたくない子供です。
辛いことがあるかもしれないけれど、弟さん、そしてお父さん
お母さんのためにも元気でいるように心がけましょうね。
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哀悼の意を表します。



忘れているほうが成仏できるというお話はよく聞きますけどね。

弟さんのことは、思い出したり、話したいときに話せば良いのかな、と思います。

どうしても気にかかることがあるなら、そのときにお線香を炊くくらいのお気持ちで良いのではないでしょうか。

私なんて、おばあちゃん家に行っても亡くなったおじいちゃんの仏壇に一切手を合わせないことだってありますよ。

かといって、おじいちゃんを大切に思っていないわけではなく、

ふと、おじいちゃんのことを思ったときにおじいちゃんの写真に向かって手を合わせることもあります。

どんな死因、状況であれ、死は皆んなに平等に訪れるのだと

生命体として一つの入口を潜ったのだと…

私なら、そう思うようにしますね。
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