月岡芳年の署名、落款等の読み方を調査しています。ほとんどの署名、落款は読めるのですが、先日
ニューヨークの某ギャラリーで見つけた、『弌魁随筆』シリーズの、『洞が峠に島左近斎藤大八を討』の署名が読めません。このシリーズでの芳年の署名は殆どが『一魁齋芳年筆』となっているのですが、この絵の署名のみ、芳年筆の前の2文字が読めません。気になって崩し文字用語辞典を何度もめくってみたり、Googleしてみたのですが、どこにもこのような署名は見当たらず、この度質問する事にしました。何方か、ご回答頂ければ幸いです。私の勝手な想像ででは、『一塊芳年』ではないかと思ったりもしていますが、『魁』の字が『塊』としか見えません。然しながら、崩し文字用語辞典には全く同じ崩し方は出ていません。何方か月岡芳年の浮世絵、署名に詳しい方がいらっしゃいましたら、宜しくご回答の程お願い申し上げます。

「月岡芳年の署名についての質問」の質問画像

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A 回答 (2件)

No.1です。


『朝陽字鑑精萃』というのは私のまったくの勘違いで、これは篆書のみの字典でした。
昔、短期間書道に打ちこんだ時期があったのですが、その時篆刻にも手を出しかけて、
そのときに購入したあと、あまり使わずにそのままになっていたものでした。

ほかに、字典が4冊ほどあり、そのうちの一つは書道用の詳しいものでしたが、
「一」と「魁」に完全に一致する字体はありませんでした。そもそもこういう字典は、
書の古典作品からの収集ですので、近世の崩し字の判読には不足です。
国立国会図書館のデジタルコレクションに出ている草書字典も2冊ほど当たってみましたが、
結果は同じで、昨年の暮れからネット上で始まった、
奈良文化財研究所の『電子くずし字字典データベース』MOJIZOという解析システムでも同様でした。

しかし、2番目の文字は、「塊」ではないと思います。
左側にあるのは、「芳」の草冠の右半分で、土偏ではありません。
号としても、「一塊」というのは変な気がします。
芳年が複数の号を使ったことはわかっていますが、字はまったく別のものばかりです。
しかし、ほかの作品で「魁」とはっきり読めるものでも、
「ム」が無くて「斗」だけのように見えるので、二つの点だけで両方を表している可能性もあります。
先ほど、手持ちの字典に完全に一致するものは無いと書きましたが、
「魁」の字に関しては、「ム」と「斗」を2本の棒だけで書いているものはあります。
その場合、「斗」を表す方は縦に長く伸びているので、この署名とは違うことは違うのですが、
どちらも短くしてしまえば、これと同じにはなります。
ただ、これだけを見るとむしろ「鬼」に近いですね。
『電子くずし字字典データベース』には、江戸時代の草書字典、
『草露貫珠』からの引用がありますが、やはり「鬼」の草書が似ています。
「塊」はやはり土偏がはっきりしています。「魁」の字は収録されていません。
ただ、『草露貫珠』も、中国の文献から集めた文字なので、これだけでは何とも言えません。

もう一つ気になるのは一文字目で、「一」には見えないですね。
ほかの作品の署名では、「一」の文字が短い「ヘ」のようになっているので、
普通の「一」とは違うのかもしれませんが、少なくとも「一」ならば、
右肩から左下方向に筆を運ぶと思うので、そのあとのうねり方が気になります。
「壱」の字の草書も念のために見てみましたが、
「士」の下の部分が多少似ていないとも言えないのですが、
これはちょっと無理な気がします。
ほとんど同じ形なのは、「之」という字の草書です。
先ほど書いたMOJIZOという解析システムでは、画像を送って解析できるので、
一文字ずつ切り取って解析してみたのですが、やはり最初の部分は「之」の字が出てきます。
2文字目は、左側に張り出している「芳」の字の一部のせいで、解析はできませんでした。

私はこの分野の専門家ではありませんので、都立図書館のデータが正しいのだとは思うのですが、
この作品だけなぜ違う署名なのかという疑問は確かに残ります。
ここから先は、私の個人的な空想なのであまり本気にしないでいただきたいのですが、
「鬼」という言葉は武将を表すのによく使いますね。
描かれている島左近のことを調べてみると、「鬼神をも欺く勇将」、「鬼左近」と呼ばれたということです。
https://books.google.co.jp/books?id=fLDQBQAAQBAJ …

http://senjp.com/shima-sa/

ひょっとすると、「一魁」の文字に「之鬼」を掛けているのか? などと考えました。
東京都立図書館に問い合わせても教えてもらえないでしょうか?

字典については、いろいろ調べていくと、『近世古文書解読字典』とか『くずし字解読字典』などもあります。
参考になることもあるかもしれませんが、用例は必ずしもたくさん収録されているわけではないようです。
『くずし字解読字典』は、Amazonで一部のぞけるのですが、
「之」の文字はやはりこの署名とほとんど同じです(12ページ)。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8F%E3%81%9A%E3%8 …

もう一つ、『くずし字用例字典』というのも見つけたのですが、
「一」の文字の項に、ほかの文字への連綿の用例が出ていて、
その中にこの1文字目とよく似たものがあります。
「一々」だそうで、「いちいち」のほかに「つらつら」、「つまびらか」という読み方もあるようです。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8F%E3%81%9A%E3%8 …

しかし、「一」の部分が長くはっきりしているので、やはり「之」が一番似ていますね。
私にできるのはここまでで、あまりお役にたてませんが。
「月岡芳年の署名についての質問」の回答画像2
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この回答へのお礼

Tastenkasten様、

様々な方法で、調べて下さったのですね。本当に有難うございます。

おっしゃる通り、私が利用していた崩し文字の字典は近世の崩字の判断には不足のようですね。似たようなタイトルの字典を3冊持っていますが、どれも似たり寄ったりの内容です。『朝陽字鑑精萃』は、篆書の字典だったのですね。実は、別件で篆書字典も必要になりそうですので、近世古文書解読字典と同様、日本に帰国した時に、探して購入してみたいと思います。Amazonでも見つかるかもしれませんね。

お返事を読んだ後に写真の署名をよく見てみたのですが、ご指摘の通り、「塊」の文字ではなかったという事に気付きました。土偏だと思っていた部分は、芳年の「芳」の草冠の右部分のようですね。とすると、やはりこの場合、「鬼」という文字が一番近いようです。「弌」の部分も段々と「一」ではなく、「之」の様な気がしてきました。とすると、『之鬼』となりますね。Tastenkasten様は個人的な空想とおっしゃいましたが、「鬼」という言葉は武将を表し、島左近の事を「鬼左近」と言われる由来から絵の内容と署名の文字を関連付けられた点には、成る程と思わされました。私は一瞬、最初の文字は月岡の「月」を崩したものかとも考えましたが、それはやはり無理が多い様に思います。あり得ないですが『之鬼』を「鬼」と「之」の文字を逆に読むと「鬼の芳年筆」になりますね。去年の7月末から、650点程の芳年の作品のデータベースの整理をしてきましたが、他の作品の署名をもう一度見直してみます。何かヒントが見つかるかもしれません。芳年はストレスのせいで、この作品だけ気まぐれにこの様な署名をしたのではないかとも考えてみたりしていますが、それは想像だけにしておきます。

ご指摘の通り、東京都立図書館のデータは専門家の方が判断されたので正しいとは思うのですが、早速、問い合わせのリクエストを入れました。昨日の夕方に登録の許可と質問を受け取ったとのメールが届きましたが、返答までには1週間程掛るとの事です。返答が来たら、ご報告させて頂きます。

とても、詳しく興味深い内容のご報告を頂き、心より御礼申し上げます。

お礼日時:2017/03/28 10:22

いつか歌舞伎の質問をされた方ですね。

お久しぶりです。
読み方は、『一魁芳年筆』でよいようですよ。
画像検索に”一魁芳年筆”と入力して探したところ、同じ署名があったので、
画像が掲載されているホームページを開いてみたところ、
まさに『洞が峠に島左近斎藤大八を討』そのもので、
東京都立図書館のアーカイブでした。
「絵師・落款」の項目に、「一魁芳年筆(「年」印)」と明記されています。

http://archive.library.metro.tokyo.jp/da/detail? …

詳しい説明がないので、ちょっと半信半疑ではあるのですが、
書道で使う『朝陽字鑑精萃』という字典がどこかにあるので、
明日探してみます。
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この回答へのお礼

Tastenkasten様、
お久し振りです。歌舞伎の質問の件では、本当に詳しくご回答頂き、有難うございました。
今回もご回答頂けて大変恐縮です。東京都立図書館のアーカイブで見つけられたのですね。何度も検索してみたのですが、見つからず諦めかけておりました。見つけて頂いて、とても嬉しいです。『朝陽字鑑精萃』という字典があるのですね。態々、探して下さるとの事、重ね重ね御礼申し上げます。

然しながら、どうして芳年はこの作品だけに、他の作品と違う署名をしたのでしょうか?まだまだ、疑問は残ります。
ある説では、芳年はこの『弌魁随筆』シリーズがあまり好評ではなかった為ノイローゼ気味になり、一時作品の数も少なくなったとありますが、ニューヨークのギャラリーの方は、当時、芳年は肉筆の作品に専念した為に作品数が減ったのではというお話でした。署名とノイローゼとはあまり直接的な関係があるとは思えないのですが、つい考えてしまいます。

今後共、宜しくお願い申し上げます。

お礼日時:2017/03/26 03:49

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この雑誌は、昭和十年二月の第五号までの全五冊が出版されましたが、
その内の第三号(昭和八年十一月刊)に『詩の翻訳について』が初めて発表されています。

国立国会図書館 書誌情報 『生理』第三号
(左側の書誌情報の一番下にある「詳細レコード表示にする」をクリックしてください)
目次
鄕愁の詩人與謝蕪村 / 萩原朔太郞 / p1
詩の翻譯について / 萩原朔太郞 / p12
宇宙は蒸發する Decassers / 辻潤 / p23
(以下略)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1823052

書籍としての出版は、たぶんその二年後の昭和十年四月に第一書房から出版された
『純正詩論』に収められた時が最初だと思います。

国立国会図書館 書誌情報 『純正詩論』
詩の翻譯について 131ページ
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1233917

最初は個人雑誌『生理』に発表されたのち、『純正詩論』に収められました。

萩原朔太郎は、昭和八年六月十八日に、個人雑誌『生理』を椎の木社から創刊します。

昭和八年 四十八歳 1 月(推定)、代田の家の新築落成。母ケイ、 二児、妹アイと共に入居(・・・)
この頃、個人雑誌「生理」刊行の準備をはじめる。「日本詩人会」会員となる。
(・・・) 6 月 18 、「生理」、椎の木社より創刊。
(思潮社刊『萩原朔太郎』276ページ)
https://www.google.co.jp/search?tbm=bks&hl=ja&q=%E8%90%A9%E5%8E%9F%E6%9C%...続きを読む

Q日本語はなぜ同音異義語がたくさんあるのか?

日本語には同音異義語がたくさんあります。

例えば、「はいけい」では、
「背景」「拝啓」「肺経」「廃鶏」「排経」といった意味が該当します。
英語でも、
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日本語はなぜこんなに同音異義語がたくさんあるのでしょうか?
日本語は、前後の文脈から意味を把握しなければなりません。

漢字、ひらがな、カタカナなど、
日本語は多種多様の文字がありますし、文法も複雑奇怪です。
習得難易度もトップレベルですし、ある意味、欠陥言語なんでは無いかとも思いますが、
実際のところどうなのでしょう...

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表記言語として進化したのか、表音言語として進化したのかの違いかと。

まず日本語が同音異議語が多いと言う認識は間違いで、同音異議語はアルファベット圏でも多いし、更に類音異議語まで加えると、日本語より多いかも知れません。
英語などアルファベット的な文字で表記される言語は、文字数が20~30くらいしかありませんので、当然、似たスペルが発生しますので。

例)right,write,wright,light / haul,hall,whole,hole

その結果、母音数や音節で、発音を区別しているワケです。

あるいは、異音類義語なども登場し、漢字では「〇牛」「牛〇」の熟語で表現するものが、「Cow(牝牛)」「Ox(去勢された牡牛)」「Bull(未去勢の牡牛)」「calf(子牛)」「Beef(牛肉)」などになってますよね?
これは英語などが、漢字圏の様な熟語化に適していない言語だからと考えられますが、その結果、和文や漢文を英語訳すると、概ね文章は長くなってしまいます。

一方の日本語も、平安時代くらいまでは、母音や音節を多く持っていたそうです。
たとえば徒然草の一節で「硯にむかひて」と言う表記がありますが、当時は「むかい」ではなく、実際に「むかひ」に近い発音をされていたものと考えられます。
現在も文字としては残存している「ゐ」「ゑ」「ヲ」も、かつては「Wi」「We」「Wo」と発音されたほか、更にヤ行の「Yi」「Yu」「Ye」なども、使い分けられていたそうです。
余談ながら、「ヱビスビール」は、日本語表記は「ヱ」ですが、アルファベト表記は「YEBISU」で、かなり拘ってますね。

それが鎌倉時代あたりから、貴族言葉の「和語」から、武家言葉の「漢語」化など、簡略化されたり合理化され始めます。
「大根」は和語で「おほね(おおね)」と言われていたのが、現在の「だいこん」となったのは、鎌倉時代だそうです。
あるいは「火事」も和語では「ひのこと」と言われていたものが、漢語の「かじ」になったりしていますが、「家事」と同音異議語になったのは、この漢語化のせいと言えるかも知れません。

いずれにても、日本語は母音や文節を犠牲にしてでも、熟語の利便性や、表記言語としての長所を重視して発達した言語と言えるかと思います。

言語の優劣に関しては、一概には言えませんが、一つの基準としては、「語彙数」が挙げられます。
語彙数が少ない言語は、あるものを表現する際に、外来語の借用などをせねばならず、母語より外来語が多くなったりすれば、外来語が母語化し、母語を駆逐してしまう様なケースがありますので。

そう言う観点からすれば、日本語は母音や音節が貧弱な言語とは言えますが、語彙数は多国の言語に勝るとも劣らず、独自に進化を遂げた孤立語ながら、外国語を日本語に翻訳できない様なケースはほとんどありません。
逆に、有名なところでは「もったいない」など、外国語には無いニュアンスの表現(語彙)もあって、なかなか優れた言語かと思います。

表記言語として進化したのか、表音言語として進化したのかの違いかと。

まず日本語が同音異議語が多いと言う認識は間違いで、同音異議語はアルファベット圏でも多いし、更に類音異議語まで加えると、日本語より多いかも知れません。
英語などアルファベット的な文字で表記される言語は、文字数が20~30くらいしかありませんので、当然、似たスペルが発生しますので。

例)right,write,wright,light / haul,hall,whole,hole

その結果、母音数や音節で、発音を区別しているワケです。

あるいは、異音...続きを読む

Qゲーテ著『詩と真実』全4部の巻頭のエピグラフは?

ゲーテがワイマール共和国に入るまでの半生を記した自伝
『詩と真実』全4部には巻頭にエピグラフが付いています

第1部 苦しみを嘗naめさせられない教育はない。
第2部 若き日の願いは、年老いて後、豊かに満たされる。

第2部などは「美味いこと言って読者に迎合して...」など
と思わせられます
では第3、4部のエピグラフには何と書いてありますか?
教えて!goo
図書館に通う・文庫本を買い足す手間暇・¥を惜しみ横着
をしてすみません。

Aベストアンサー

第二部の題詞について言及されているのは、
第九章、後半の中ほど(第九章初めから四分の三ほど)の個所です。
その段落の書き出しは、

 右にあげた小論が印刷されて、やがてヘルダーが『ドイツ的様式と芸術について』
なる論集中に収録してくれた時期に(…)

となっています。そして、

(…)本巻の冒頭にかかげておいた題詞について、
それに多少の疑問をいだかれるかもしれぬ人々のために、
この機会を利用して弁明しておきたい。
「若き日の願いは、年老いて心ゆくまで充される」という、
りっぱな、希望にあふれた、古いドイツの格言にたいし、
それとまるきり反対の経験がいろいろとあげられ、
それについて種々こじつけの弁が弄されるであろうことは、
わたくしもよく承知しているが、
しかしこの言葉の正しさを立証する有利な事実もまた、なかなか多いのである。
(…)
 われわれの願望はわれわれのうちに存する能力の予感であり、
われわれが成就するであろうところのものの前ぶれにほかならない。
(…)われわれは、自らがすでに人知れず持っているところのものに憧憬を感ずる。
それで熱情を傾けてあらかじめ捉えれば、
真に可能なものが夢想された一個の現実と化するのである。
(人文書院『ゲーテ全集』第9巻 336ページ)

ゲーテはここで、「願い」を単なる「憧れからくる期待」に限定するのではなく、
それを実現できる能力が本人に潜在的にあるからこそ無意識的に抱くものであると考え、
さらに、それに到達するための、目的意識を持った能動的努力をも含めて考えたわけです。
こんにちドイツでこの格言が引用される場合は、ゲーテの言った意味であるのが普通ですが、
場合によってはある種の諦観、つまり、若いころに願ったことは、
もうそれが活かせないような年齢になった頃にやっと達せられる、
という意味でも引用されることがあります。

参考
http://universal_lexikon.deacademic.com/317676/Was_man_in_der_Jugend_w%C3%BCnscht%2C_hat_man_im_Alter_die_F%C3%BClle

第二部の題詞について言及されているのは、
第九章、後半の中ほど(第九章初めから四分の三ほど)の個所です。
その段落の書き出しは、

 右にあげた小論が印刷されて、やがてヘルダーが『ドイツ的様式と芸術について』
なる論集中に収録してくれた時期に(…)

となっています。そして、

(…)本巻の冒頭にかかげておいた題詞について、
それに多少の疑問をいだかれるかもしれぬ人々のために、
この機会を利用して弁明しておきたい。
「若き日の願いは、年老いて心ゆくまで充される」という、
りっぱな、希望に...続きを読む


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