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明治、大正、あたりの時代の文学を読みたいと思っているのですが、どんなのが読みやすいでしょうか。
ご回答宜しくお願いします。

A 回答 (7件)

夏目漱石作品が読みやすいと思います。


明治・大正あたりの小説は文語調で書かれたものが多く、読みにくいと思います。
しかし、夏目漱石は現代の文章に近い書き方なので読みやすいと思います。
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この回答へのお礼

夏目漱石ですね。
読んでみます。

丁寧なご回答有難うございます。
m(__)m

お礼日時:2017/04/01 17:22

歌集 斎藤茂吉、石川啄木、島崎藤村


詩集 高村光太郎、佐藤春夫、室生犀星、中原中也、萩原朔太郎、北原白秋、金子みすゞ、西条八十
童話 宮沢賢治、小川未明、鈴木三重吉、巌谷小波
コラム集 薄田泣菫『茶話』
随筆 夏目漱石、幸田露伴、寺田寅彦、三田村鳶魚、岸田劉生、小泉八雲、柳田国男、内村鑑三、岡倉天心、田山花袋、内田百〓(〓は門構えに月)、岸田劉生、高村光雲、岡本綺堂、篠田鉱造、正岡子規、南方熊楠、穂積陳重
自伝 福沢諭吉、福田英子、大杉栄、河上肇、高橋是清
勝海舟『氷川清話』『海舟座談』、勝小吉『夢酔独言』
小説 樋口一葉、夏目漱石『坊っちゃん』、徳冨蘆花、島崎藤村、泉鏡花、芥川龍之介、森鴎外の史伝・歴史小説、中勘助、林芙美子、矢田挿雲、菊池寛、谷崎潤一郎、大佛次郎、岡本綺堂、武者小路実篤、林芙美子、志賀直哉、佐々木邦、長谷川伸、谷譲次・林不忘、小泉八雲、中里介山、白井喬二
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この回答へのお礼

丁寧なご回答有難うございます。
ぜひ読ませていただきます。

お礼日時:2017/04/02 13:54

夏目漱石の こころ これは心に響くよ 漱石のほかの小説はダメ

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この回答へのお礼

夏目漱石ですね、了解です

お礼日時:2017/04/02 13:54

文学小説の類と殆ど関わってこなかった当方が、唯一最後まで読む事が出来た小説・・!



「野菊の墓」作:伊藤左千夫 (初出;明治39年 ホトトギス)

読み易いかどうかについては言及し兼ねるが・・、
青空文庫で読む事が出来るので興味があれば読んでみては如何・・!?
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この回答へのお礼

分かりました。早速読ませていただきます。

お礼日時:2017/04/02 13:55

作者です。

作品は闇夜航路かと暗夜?あれ昔ですので
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この回答へのお礼

作家でしたね笑
了解です、読んでみます!

お礼日時:2017/04/01 19:14

志賀直哉もね。

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この回答へのお礼

有難う御座います!
不思議な題名ですね笑
読んでみます!

お礼日時:2017/04/01 17:56

小林多喜二が是非ともお薦めです



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97 …

そして運命の1933年2月20日。
非合法組織の同志と会うために都内の路上にいた所を、スパイの通報によって逮捕される。この時、逃げようと走り出した多喜二に向かって、特高は「泥棒!」と叫び、周囲の人間が正義感から彼を取り押さえたという。同日夕方、転向(思想を変えること)をあくまでも拒否した彼は、特高警察の拷問によって虐殺された。
…まだ29歳の若さだった。
※3時間の拷問で殺されたことから、持久戦で転向させる気など特高になく、明確な殺意があったと思われる。

彼の亡骸を見た者が克明に記録を残している。
「ものすごいほどに青ざめた顔は激しい苦痛の跡を印し、知っている小林の表情ではない。左のコメカミには打撲傷を中心に5、6ヶ所も傷痕があり、首には一まき、ぐるりと細引の痕がある。余程の力で絞められたらしく、くっきり深い溝になっている。だが、こんなものは、体の他の部分に較べると大したことではなかった。
下腹部から左右のヒザへかけて、前も後ろも何処もかしこも、何ともいえないほどの陰惨な色で一面に覆われている。余程多量な内出血があると見えて、股の皮膚がばっちり割れそうにふくらみ上がっている。赤黒く膨れ上がった股の上には左右とも、釘を打ち込んだらしい穴の跡が15、6もあって、そこだけは皮膚が破れて、下から肉がじかに顔を出している。
歯もぐらぐらになって僅かについていた。体を俯向けにすると、背中も全面的な皮下出血だ。殴る蹴るの傷の跡と皮下出血とで眼もあてられない。
しかし…最も陰惨な感じで私の眼をしめつけたのは、右の人さし指の骨折だった。人さし指を反対の方向へ曲げると、らくに手の甲の上へつくのであった。作家の彼が、指が逆になるまで折られたのだ!この拷問が、いかに残虐の限りをつくしたものであるかが想像された。
『ここまでやられては、むろん、腸も破れているでしょうし、腹の中は出血でいっぱいでしょう』と医者がいった。」

警察が発表した死因は心臓麻痺。母親は多喜二の身体に抱きすがった。「嗚呼、痛ましい…よくも人の大事な息子を、こんなになぶり殺しにできたもんだ」。そして傷痕を撫でさすりながら「どこがせつなかった?どこがせつなかった?」と泣いた。やがて涙は慟哭となった。「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか!」。

特高の多喜二への憎しみは凄まじく、彼の葬式に参列した者を式場で逮捕する徹底ぶりだった。
彼の死に対して文壇では志賀直哉だけが
“自分は一度小林に会って好印象を持っていた、暗澹(たん)たる気持なり”
と書き記した。
この国の文学界は沈黙を守ったのだ。どの作家も、自分に火の粉が降りかかることを恐れたためだ。

http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/takiji.html
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この回答へのお礼

了解です!
是非読ませていただきますm(__)m
ご丁寧な回答、感謝致します。

お礼日時:2017/04/01 17:57

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