自分が障がいの等級のどれに当てはまるのか調べる方法ありますでしょうか?
主治医に相談する方法以外で!!
障がい:精神障がい(発達障がい)です

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A 回答 (1件)

障害等級の認定は「障害認定診査医員」でないとできませんが,目安としてはこちらのガイドラインがあります。


http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-1251 …
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乗り換え案内以外で18切符の調べられるサイトはありますか?

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Aベストアンサー

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Q障がい者 女性専用車に乗ってよいか?

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Aベストアンサー

乗って大丈夫です。はっきり認めています。
http://www.jreast.co.jp/woman/
http://www.jr-odekake.net/railroad/service/train_woman/
JRで設置しているのは東日本と西日本の2社だけだったと思います。

しかし、案内が不十分ですね。よく理解されていない一部の女性客から「コイツ男のくせに乗ってる」と白い目で見られるから、そのへんは鉄道各社もしっかりしてほしいものです。
特に、「お身体の不自由な方とその介助者の男性にも・・」の「男性」の部分を言わない案内放送が多いです。

Q泉北高速鉄道 泉ヶ丘駅からバスで 1 なんば 2 梅田 まで行きたいです パニック障がいで、電車一切

泉北高速鉄道 泉ヶ丘駅からバスで
1 なんば
2 梅田

まで行きたいです

パニック障がいで、電車一切乗れません

できれば
最安
最速
楽ちん

など
カテゴリー分けしていただきたいです

南海バスや市バスしかないのですかね?


よろしくお願いします

Aベストアンサー

こちらは首都圏在住という事もあり、大阪市や堺市域の路線バスは数度利用した事がある程度ですが、電車(鉄道)利用が全くダメ・嫌で自家用車やタクシーを使うのも厳しく、路線バス乗継で移動したいというのでしたら、真っ先に思い浮かぶ乗継ルートは 泉ヶ丘~堺東~堺ー住之江公園ーなんば(ー梅田)です。
(~が南海バス・ーが大阪市バス)

堺-住之江公園の市バスは毎時1~2本程度と便数が少なめですが、住之江公園はバスターミナルもあり環状線沿線へ行くバスはなんば以外にもあべの橋(天王寺)や大正・大阪ドーム前など複数ありますので、梅田へ行く際にはこれらの路線に乗車し、その後市バスを乗り継ぐのも一つの方法かと思います。

市バスはICカード利用時に乗継1回無料(2つの系統のバスに乗車し運賃は1回分)や1日乗車券の設定もあり、運賃負担も上手く乗り継げれば電車利用と遜色ないレベル、南海バスも泉ヶ丘~堺東~堺を当日中に乗継で往復利用するなら、1日フリーカード(1000円)を利用すると割安になります。

こちらは乗車した事はありませんが、南海バスは堺~大阪南港一帯(南港フェリーターミナル・コスモタワー・天保山など)を直結するバスも毎時2本程度運行しており、天保山は梅田となんばの双方へそこそこの便数の市バス発着(昼間毎時3本程度かそれ以上)もありますので、あまり運行時間を気にせずバス乗継で移動したいのであれば、堺~南港シャトルバスを利用した方が便利そうな気もします。

電車も特定の電車がダメ(地下を走る地下鉄がダメ・乗務員のいない車両に乗車するのが不安など)で、路線バスと同様の1両ワンマンで地上を低速運行する阪堺電車(路面電車)なら大丈夫というのでしたら、泉ヶ丘から市内中心部まで南海バス利用、その後阪堺電車に乗車して天王寺(もしくは我孫子道乗換で恵美須町)へ行く事も出来、これが使えるだけでも移動時間や乗換の手間は随分軽減される気がします。
(堺東~堺間を頻発する堺シャトルバスは途中で宿院電停の前を経由、それ以外の堺東を発着する南海バスでも阪堺電車の電停近くを経由する路線は幾つもあります)

また深夜帯であれば、梅田~なんば~泉ヶ丘~和泉府中の深夜急行バス(南海バス・梅田2445発)もありますので、帰りが深夜ならこのバスを利用するのも一つの方法かと思います。

ただ深夜急行バスは市内バスより高級な車両が用いられ、乗換なしで楽に移動できる反面、終電終了後の救済策的要素が強く、運賃は片道2000円前後を要するのは難点ですが…

こちらは首都圏在住という事もあり、大阪市や堺市域の路線バスは数度利用した事がある程度ですが、電車(鉄道)利用が全くダメ・嫌で自家用車やタクシーを使うのも厳しく、路線バス乗継で移動したいというのでしたら、真っ先に思い浮かぶ乗継ルートは 泉ヶ丘~堺東~堺ー住之江公園ーなんば(ー梅田)です。
(~が南海バス・ーが大阪市バス)

堺-住之江公園の市バスは毎時1~2本程度と便数が少なめですが、住之江公園はバスターミナルもあり環状線沿線へ行くバスはなんば以外にもあべの橋(天王寺)や大正・大阪ドーム...続きを読む

Q等級制からモノクラス制になった理由!

宜しくお願いします。

戦前から戦後の昭和40年代に掛けて列車及び船舶のグレードを決める位置づけとして一等~三等まで等級が分けられてましたがその後一等が廃止になったのを期にモノクラス制(普通車及びグリーン車)に変わりました。
それからというもの今日までこの体制が続いていますが近々完成する東北新幹線新青森開業で投入となるE5系ではグリーン車の更にグレードアップしたスーパーグリーン車が導入する事になりました。
これを期にまた以前のような三等級体制が復活するのでしょうか?
皆様の推測などご意見が御座いましたら宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

等級制度についてもう一度おさらいしましょう。
等級制度のあった頃は、乗車券(運賃)だけでなく、料金券(急行券、座席指定券、寝台券など)にも等級がありました。そして、2等以上の上等級は、運賃に通行税が含まれていました。この通行税は等級廃止後も旧上等の流れを汲むグリーン券やA寝台券、船舶の上等級などに課税が継続され、消費税導入時にようやく物品税等の他の多くの間接税と共に廃止されました。
等級間の料金格差は非常に大きく、例えば1等運賃は2等運賃の約2倍(厳密には、1.666倍に通行税2割を加算)といった感じです。
上述のように料金も同様に2倍近い値になるわけですから、1等で旅行すると2等の倍近い旅費がかかることになります。
実際には1等寝台や1等座席指定車は、今と同様にバラエティがあってさらに追加料金が必要(というか専用の料金を設定)とされたケースが多いので、2倍以上の出費になったようです。
以下の文章は要領よくまとめられて参考になると思います。
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/1617120/%93%99%8B%89+(%93S%93%B9%8E%D4%97%BC)/2/

このような状況ですから、鉄道創業時から、上等級の利用率は低く、かなり初期から、上等級の連結はなく、2等車のみを運行する路線は多数ありました。国鉄ではそのような路線を挙げにくいですが、等級制は私鉄にも導入されており、当時の私鉄の乗車券は必ず「2等」と表示されていました。しかし、実際に1等車があった路線は非常に限られていました。
ですので、等級制度があるからと言って、全路線に上等級の列車を運行しなければならないことはありません。また、今のグリーン車や個室寝台のようなバラエティも等級制度の有無に関わらず設定可能です。
但し、上等級不連結が多いと、複数の等級にまたがる乗車券の発行が増え、その運賃計算は非常に煩わしくなります。(考えとしては途中区間のみのぞみを利用する場合の新幹線特急券の料金計算に近い部分があります。全区間を低い方の等級で計算し、上等級を用いる部分だけ「差額」を追加するような形で計算したようです。)

国鉄運賃法が等級廃止のきっかけとなったという説もありますが、これも直接の関係はないと思います。国鉄運賃法の改正により、運賃変更が国会の議決なしにできるようになったのは、昭和50年代後半であり、等級制度廃止のかなりあとです。等級制度廃止を検討していた時期から、国鉄運賃法改正の話はあったのかもしれませんが、直接のきっかけと言われているのは、昭和49年の石油ショック以降大幅な物価上昇であったとされています。
つまり当時の物価上昇に対し、国会が(国民の影響を抑えるという名目で)運賃値上げを認めなかった為に、もともと赤字体質化していた国鉄の赤字がこの期間で急激に赤字額が増加しました。(すべての費用が倍々ゲームで増えているのに、運賃の値上げは認められず、収入は今まで通りなのですから、絵に描いたように赤字が膨らみました。悪いことに当時は各地で新幹線を含む新線建設工事や複線化や電化等の路線改良工事も盛んで、工事額の増加は相当な物だったようです。)
ようやく値上げが認められた時、一挙に収入を取り戻そうとして、なんとほぼ倍額の値上げを実施しました。(私もよく憶えていますが、当時30円の初乗り運賃が60円になりました)当然、そろそろ見え始めていた「国鉄離れ」が一挙に目に見え始め、議員の先生方もコストアップにはすぐ追随できるようにしなければならないことを遅まきながら気付いたようです。
法律改正後、早速国鉄は毎年のように運賃値上げを行ないましたが、時既に遅しで、値上げが客の逸走を促すようになってしまい、収入増には繋がらないようになってしまいました。

話がそれてきました。元に戻しましょう。
冒頭で述べたように、上等級の運賃・料金差は今の想像以上のものでした。しかも、運賃はともかく特急料金等は今の感覚よりはるかに「高い」ものでした。余談ですが、特別急行列車は文字通り「特別な列車」で上等級しか連結していない列車もありました。
それを惜しみもなく払うことができた層が少なくとも戦前の日本には多数いました。また技術指導等で来日した高給の外国人も多かったと言われています。このあたりを上手く解説できませんので、興味があれば華族制度・小作制度など身分制度に関する言葉をキーに調べてみてください。
戦後、あらゆる制度が民主化されたのはご存知だと思いますが、その中で貧富の差の一因だった華族制度・小作制度なども廃止されました。新憲法を見てもわかるように、国民の身分は平等とされ、建前上はがんばればお金持ちになることも夢ではなくなりました。(戦前の身分制度では、一部ではがんばっても金持ちになれない事情がありました。)

戦後の復旧により、国民全体の所得が増え始め、国民全員がいわゆる中流意識を持つようになりました。新幹線等日本の復興・あるいは復興どころか科学技術の発展を象徴するような物まで現れました。

しかし、運賃制度は戦前のままです。確かに、旧華族の中にもお金持ちのままいることができた人もいたでしょうし、がんばった人が大金持ちになった例もありました。しかし、戦前と社会制度が根本的に違うので、上等級の運賃・料金を平気で払える層は相対的に減ったと思われます。また、現実問題として、上等級を利用する層はだんだん鉄道を利用しなくなりました。(少し考えればわかることですね。マイカーはまず富裕者層から普及しました)当然、上等級を連結した列車も減少して行きます。しかし、東海道線のような象徴的な路線ではたとえ利用率が悪くても、上等級不連結とするわけにはいきません。一方2等車の需要はうなぎ上りで、輸送力の逼迫している路線も多数ありました。(そもそも新幹線建設の理由は本来は「将来の輸送力不足を見越して線路を増設する」というものでした。どうせ線路を増やすのなら高速で走る路線にした方がいいというのは検討当初では少数派の意見でした)
そのうち、利用率の少ない上等級の列車に非難が起こり始めます。「そもそも等級制度と言うのは戦前の身分制度と同じで差別制度だ」なんて言われたりもします。
国鉄自身も、等級制度が残っていると、運賃制度が複雑なままで、今後のコンピュータ化などにも取り残されると感じていました。

ということで、等級制度を廃止して、座席のグレードの違い等はすべて「料金」で対応することにしたと言うわけです。

戦前の身分制度等、あまり詳しくないのに触れてしまいました。おそらく、誤解や不適切な表現もあるかもしれません。
とにかく等級制度の廃止は鉄道会社の都合だけと言うような単純な理由で廃止されたわけではないことをわかって欲しかったのです。(ありていに言えば、社会の変化や社会の要請もあったというわけです)

以上の経緯を見れば等級制度が復活することなんて絶対にありえないと思いませんか。たとえ複雑でも、非常に細かく分けた「料金」体系で充分対応可能と思います。

等級制度についてもう一度おさらいしましょう。
等級制度のあった頃は、乗車券(運賃)だけでなく、料金券(急行券、座席指定券、寝台券など)にも等級がありました。そして、2等以上の上等級は、運賃に通行税が含まれていました。この通行税は等級廃止後も旧上等の流れを汲むグリーン券やA寝台券、船舶の上等級などに課税が継続され、消費税導入時にようやく物品税等の他の多くの間接税と共に廃止されました。
等級間の料金格差は非常に大きく、例えば1等運賃は2等運賃の約2倍(厳密には、1.666倍に通行税2割を...続きを読む


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