例えば、質問者自身が発する
「~関してお尋ねします」の文を見ても違和感を覚えないのですが、
「~関するお尋ねです」を見ると気持ち悪くなります。
また、
「~関してご質問します」「~関するご質問です」は両方とも気持ち悪い。

気持ち悪くなる私って異常なのでしょうか?

A 回答 (3件)

基本的には、自然な感覚でしょう。


ただ、シチュエーション次第では、気持ち悪くならない場合もあるように思います。

ご質問の例における「尋ねる」「尋ね」「質問する」「質問」は、すべて自分自身に属する動作や事柄なので、これらの言葉に使う「お(ご)」は謙譲語1として使われる必要があります。
謙譲語1とは、
自分側から相手側又は第三者に向かう行為・ものごとなどについて,その向かう先の人物を立てて述べるもの。
と定義されているもの。(敬語の指針15ページ)
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/so …
ですので、「お(ご)」を使う場合、それらの動作、あるいは事柄(ものごと)が【自分側から相手側又は第三者に向かう】というシチュエーションである、という判断が可能か否か、という点が重要になります。
以上を踏まえた上で申し上げるなら、気持ち悪くなる理由として2つあるように思います。

1.
まず、それぞれの語が持つ意味的な(あるいは、ニュアンスの)違いです。
「尋ねる」は、基本的に「相手に向かって(尋ねる)」という方向性を喚起しやすいため、不自然さが薄れる傾向があるのではないか、という気がします。
ex1.「先般の会見に関してお尋ねします」
一方、「質問する」には、そういった方向性というものが希薄。
ex2.「先般の会見に関してご質問します」
などがいかにも不自然になるのは、そのためではないでしょうか。

2.
次に動詞と名詞でも違いがあるように思われます。
ex3.「先般の会見に関するお尋ねです」
といった名詞の場合は動作性が薄くなるため、「相手に向かう」といった要素が喚起されづらい傾向があるのではないか、ということ。
そのため、動詞の「尋ねる」を使う場合より、謙譲語1とは認識されづらくなってしまうのでしょう。謙譲語1としてでなければ尊敬語ということになってしまうので違和感を覚える、ということなのだと思います。
まして、「質問」という名詞の場合は、動詞でも方向性が希薄だった上に、さらに動作性まで薄くなるわけで、
ex4.「先般の会見に関するご質問です」
などは、自分の質問に対して尊敬語を誤って使っていると思われてもしかたないと言えそうです。
しかし、こういったことは、あくまで「基本的に」であって、シチュエーション次第では自然になる場合も多いわけですが。
不公平になるので自然になるシチュエーションというのも挙げておきます。
たとえば、
ex5.「この封筒に入っているのは、陛下へのご質問です」
など。質問の向かう先が「陛下」という(謙譲語1を使うべきと容易に推測可能な)相手であると同時に、「への」が方向性を喚起する手助けをしているでしょう。
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この回答へのお礼

懇切丁寧なご解説、いちいち「フム、フム」と納得しながら読ませていただきました。
誠にありがとうございました。

お礼日時:2017/04/15 20:06

電話口で「お名前頂戴します」を聞くと気持ち悪いです(苦笑)

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この回答へのお礼

あ、そうですかぁ~?
気持ち悪くならない私は異常なのでしょうか?

お礼日時:2017/04/15 18:29

質問者様は私と違って学があるから違和感を感じるのでしょう。


異常ではないです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2017/04/18 20:48

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宜しくお願いします m(__)m

Aベストアンサー

 「質問1」→重複にはあたりません。慣用的表現です。AとBは“共に”第三者から見ての二人ですから、その二人を総称して「両方ともに」と表現しても間違いではありません。

 「質問2」→文例1「AとBを両方とも持っている」では「両方」が物である場合とそうでない場合があり得ます。
(1)「両方が物である場合」…主語は一人であるとも二人であるとも読むことが可能。つまり文意としては「(主語になる人物が)AとB二つの物の両方を持っている」。そして「物の数は2つか4つかの何れかの可能性」がある。
(2)「両方が人である場合」…この場合の主語は「両方(の人)」と見なすことができます。その上で文章としては「AとBそれぞれの物を二人の人間が持っている」とのニュアンスになります。つまり「物の数は最低4つある」ことになります

 これと文例2「AとBを両方ともに持っている」のケースですが、結論的にはさほどの違いは見られません。また
「両方とも」は「名詞+助詞+助詞」ではなく「名詞+副詞」の形です。文章を文節に分解する時には、文中に「ネ」もしくは「サ」を入れて読んでみて「日本語としてオカシクなければ」そこで文節を区切ることができます。
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 「質問3」→格段に不自然であるとは言えません。また別々の言い方であるとも言えません。文章を理解するために大切な要件として「文全体の中で」どの様な意味を示しているかを辿る事が必要です。一つのセンテンスだけで判断することは文章全体の理解からかけ離れてしまう結果にもなりかねません。前後の文章との関連で意味をとらえなければ、作者の意図とは異なった解釈をしてしまう場合すらあります。こうした作業を「文脈を追う」などと呼びます。

 「質問1」→重複にはあたりません。慣用的表現です。AとBは“共に”第三者から見ての二人ですから、その二人を総称して「両方ともに」と表現しても間違いではありません。

 「質問2」→文例1「AとBを両方とも持っている」では「両方」が物である場合とそうでない場合があり得ます。
(1)「両方が物である場合」…主語は一人であるとも二人であるとも読むことが可能。つまり文意としては「(主語になる人物が)AとB二つの物の両方を持っている」。そして「物の数は2つか4つかの何れかの可能性」がある。
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Aベストアンサー

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Aベストアンサー

敬語には尊敬語、謙譲語、美化語の3種類があり、ご質問の語は美化語にあたります。
美化語にはさらに付け足し型と言い換え型に分けられます。この場合は前者です。

美化語の役目は、尊敬や謙譲表現とのバランスをとってより自然な言い回しにすることですね。

美化語(付け足し型)の「御(ご)」には次のような規則があります。
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「人触斬人馬触斬馬」〔人触(ふ)るれば人を斬り、馬触るれば馬を斬る〕
ですから、「触るれば」と読みます。
http://www.yk.rim.or.jp/~smatu/henkan/alljapan/raisanyo/heko.htm
文語の「ふるれば」は口語の「ふれれば」に当たります。

既定条件「降れば」に対して仮定条件の「降らば」があるように、
「触るれば」に対する「触れば」があるとはいえ、
ここにそれを持ち込むのは妥当ではありません。

参考URL:http://www.yk.rim.or.jp/~smatu/henkan/alljapan/raisanyo/heko.htm

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Aベストアンサー

ようやく記事が見つかりました(汗)。

一般紙の記事を修正するのも気が引けますが(笑)、
「ギネス記録への挑戦は、祭りが今夏で30周年の節目を迎えることから、【実行委員会が】記念イベントとして企画した。」
--と修正すると、意味が通じますよね。

本来であれば当然、この6文字が入らなければならないのですが、
新聞記事の場合、今回のように「主語」を省略した形で文章が書かれることがしばしばあります。

理由はさまざまで、
単純に行数(文字数)の制約を受けている場合もありますし、
文章を読んだときの「リズム感」が理由であることもあります。
「リズム感」については、記者個人個人の感性によるところもあるので、
必ずしも掲載された記事が正解というワケではないのですが。


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