戦争や平和を点描画で表現した画家や作品を教えてください。
また、点描画以外の技法で描かれた作品でもいいです!

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点描」に関するQ&A: 点描画の書き方について

A 回答 (2件)

点描の「戦争画」は思い浮かびません。


「平和」なら、スーラの代表作「グランジェット島の日曜日の午後」なんて、平和そのものですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9 …

その他の「戦争画」なら、レオナール・フジタ(藤田嗣治)の「アッツ島の玉砕」
https://hobbytimes.jp/article/20160914d.html

さらにはこんなサイトで見てください。
http://www.takatukamonpi.org/backnumber/no-71/%E …
http://cardiac.exblog.jp/18590525/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考になります。

お礼日時:2017/04/17 18:36

ゲルニカ


はだしのゲン
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Q戦争と平和について子供に伝える

小学生の子供たちと戦争と平和について考える
イベントを行うことになりました。
戦争の悲惨さを伝えて、平和とは、世界平和の
ために何ができるかというようなことを考えられる
ような会合にしたいと思っています。

ですが企画がなかなかまとまらず困っています。
そこで、みなさんのお力を借りれたらと思います。

できれば、大人が一方的にしゃべったり、解説する
ようなものではなく、子供たちが戦争の悲惨さを
体験できるような参加型のイベントができればと
考えています。
どのような意図で企画を考えているのか
ちゃんと説明できているか自信はありませんが、
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「戦争の始め方」
という絵本があります。

なかなか良書だと思います。紹介してください。

戦争が悲惨だ、というだけでなく、
またそれを繰り返さない為になにが必要か、
どんな驚異があるか、どうして難しいか、

よくわかると思います。

Q戦争・軍国教育はいけない。では、平和・人権教育は…?

 学校の道徳などで、「悪いことをする人間になりましょう」と教えることが許されないことはわかります。では逆に、「良いことをする人間になりましょう」と教えることは、なぜ許されるのでしょうか。

 「教え子を戦場に送らない」のスローガンの下、平和・人権教育が行われていますね。私の出身校では部●解●同●の幹部が授業を行い、それを丸暗記してテストをやって成績をつけるというものでした。その先生の主張は正しいかもしれませんが、他の意見、多様性を認めないものでした。それなので、私はアンチ平和・人権教育派となりました。

 なんで、学校で「良いことを良いこと」と教えることが許されるのでしょうか。質問は標題のとおりです。教えてください。

Aベストアンサー

#1の回答者です。

> 1.良いことって何? 誰が決めるの? 判断基準は?

概ね社会的な常識によって決められます。ただし、時の社会権力によって社会的な常識にない行為が「良いこと」に強制的に加えられることはあります。

例えば人を殺すことは良くないことです。これは社会的な常識といってよいでしょう。健康な若者が電車の中でお婆さんに席を譲る行為、これは良いことと見なされますが、これも常識的な基準と言えます。
例えば、今の権力者は、「卒業式で国旗を掲げ国歌を歌うことは良いことだ」と定義しましたが、これが社会的な常識であるかは難しいところです。また、教室内の権力者といっていい学校の先生も、同じように「これが良いこと、これは悪いこと」という基準を持っているでしょう。常識的に定められる「良いこと」「悪いこと」という基準に、これらの外的要因による調整が加えられて「良いこと」「悪いこと」が定められます。
このように、「良いこと」「悪いこと」というのは、概ねは多くの国民に共有できる基準より導かれますが、細かい部分では必ずしも絶対的な基準はなく、相対的、流動的な部分があることは否めないと思います。

> 2.それは何で強制されるのか? (極一部の義務教育免除試験受験生を除いて全国民が小中学校に行くわけですから、小中学校の教員の発言は「強制」と受け取れますよね)

何を教え、教えられるかという行為については強制はなされますが、それは教育というものの本質です。かけ算九九が嫌いな子供にもかけ算九九の暗記は強制されます。それと同じことです。道徳教育について上記に書いたような基準のブレが存在するのは確かでしょうが、それは本質的なことではありません(かけ算九九のような自然科学は判断基準が明確ですが、それ以外の分野においてはもともと判断基準が明確ではないものが多く、それですらある判断基準によって教育は為されねばならない)。

行為については教育の本質として強制されますが、思考については強制はされません。平和・人権教育によってアンチ平和・人権教育派の質問者さんができたことが、思考を強制された訳でないことの反証です。何かを強制されたときにそれをどう感じるかという人間の思考は自由なのです。これもまた教育の本質です。

#1の回答者です。

> 1.良いことって何? 誰が決めるの? 判断基準は?

概ね社会的な常識によって決められます。ただし、時の社会権力によって社会的な常識にない行為が「良いこと」に強制的に加えられることはあります。

例えば人を殺すことは良くないことです。これは社会的な常識といってよいでしょう。健康な若者が電車の中でお婆さんに席を譲る行為、これは良いことと見なされますが、これも常識的な基準と言えます。
例えば、今の権力者は、「卒業式で国旗を掲げ国歌を歌うことは良いことだ」と...続きを読む

Q結局 ざっくりいって、、 朝鮮半島の奪い合い←日清戦争 満州の奪い合い←日露戦争 日露戦争勝利→朝鮮

結局
ざっくりいって、、
朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
満州の奪い合い←日露戦争
日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、

という図式でよいのでしょうか?

Aベストアンサー

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られたら、日清戦争と
同じになります。



日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、
   ↑
いただいていません。
満州から追い払い、朝鮮半島を守りました。
それもこれも、安全保障の為です。

元寇は、朝鮮半島経由で日本を侵略しています。
繰り返しますが、半島は日本防衛の要なのです。


結局ざっくりいって、、
  ↑
ロシア脅威から日本を防衛するためです。
事は、明治維新から続いているのです。
上海で、中国人が列強の奴隷になっているのを
目にした、高杉晋作らは、なんとしても列強の
植民地にはさせない、ということで明治維新を
おこし、日清日露となったわけです。

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られ...続きを読む

Q大学で先生が自民は戦争をしようとし、民主は平和にしようとしている、と言ってました

僕の通う経済学の先生です。
それで「戦争がいやなら民主党にいれたほうがいいです」って言いました。

実際にはどうなのでしょうか?

自民は戦争をしようとしているんですか?

Aベストアンサー

民主国家においては本当に戦争を行わせるのは・、政党ではなく・・国民です。

国民と言ってもぼんやりとしたイメージですが、1人1人の選挙民であったり、マスコミなど色々な集合体全体を言いますが、ヒットラーのような独裁政治家であっても、当時のヒットラーは国民から圧倒的な支持を得ていました。 ただ、ある程度のブームができてしまうと世論と呼ばれる得体のしれない力に抑圧されることになるので、それに反対するが困難になります。

第二次世界対戦に突入した頃の日本の状況かなか?


>それで「戦争がいやなら民主党にいれたほうがいいです」って言いました。
>自民は戦争をしようとしているんですか?
どちらの政党も程度の差がありますが、戦争する可能性はあります。

Qピカソやモネなど有名画家の絵を見てもどこがいいのかとわかりません。絵も

ピカソやモネなど有名画家の絵を見てもどこがいいのかとわかりません。絵もクラシック音楽などと一緒である程度の観賞力がないと理解できないものなのですか?

Aベストアンサー

知識という面もありますが、色や形を考える・感じる頭の使い方、脳の使う部分というのはあると思うのですよね。
私は色や形を突き詰めて考える訓練をした後、理屈ではなくて色や形で絵を見られるようになりました。

不思議なことに、そういう勉強をしている時にふと掛けてみた姉のレコードの音や、音楽家のやっていることが素晴らしいものと気づきそれ以来音楽も聴くようになりました。それまではその中にある音そのものの調和や破綻のおもしろさがわからなかったのです。

この同調は偶然とは思われません。

現代美術については授業で実際に鑑賞して、意見を述べたり見方のヒントをもらったりしてから享受できるようになりました。
つまり美術については色や形の織りなす面白さだけでは説明できない要素もあるということだと思います。ですがやはりそれも体験的なこと(芸術的な体験)ではあったのだと思います。
もしその作品が展示してある空間で対峙して、それがいいのか悪いのか、なんなのか、というような自分への突き詰め、脳や心を働かすことが無かったら理解できなかったかもしれません。

以上私的な発達史のようなものが参考になるかと思い書かせていただきました。
やはりチャンスがありましたら造形的・美術的なレクチャーを受けて、できれば手も動かしてみると何か違ってくるのではないかと思います。

知識という面もありますが、色や形を考える・感じる頭の使い方、脳の使う部分というのはあると思うのですよね。
私は色や形を突き詰めて考える訓練をした後、理屈ではなくて色や形で絵を見られるようになりました。

不思議なことに、そういう勉強をしている時にふと掛けてみた姉のレコードの音や、音楽家のやっていることが素晴らしいものと気づきそれ以来音楽も聴くようになりました。それまではその中にある音そのものの調和や破綻のおもしろさがわからなかったのです。

この同調は偶然とは思われません。

現...続きを読む


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