いま目の前に厳然として存在する宇宙について考察するとき、次の5つ公理に行き着いた。

  1.宇宙は存在する
  2.宇宙は無限である
  3.宇宙は連続体である
  4.宇宙は不変である
  5.宇宙は不滅である

宇宙は存在する。
宇宙は存在するし、もともと存在した。
宇宙は創られたのではなく、もともと存在していた。
宇宙に始まりはなく、ビッグバンなどもともと無かった。

宇宙は無限である。
宇宙の空間軸は無限である。
無限なる宇宙に果てはなく、果てのない宇宙に形はない。
この無限なる宇宙にとって、137億光年の空間などビー玉にも満たない。
また宇宙の時間軸は無限である。
この無限なる宇宙に始まりはなく、終わりはない。
時間軸の如何なる時点においても宇宙は常に存在していた。
宇宙の歴史は無限であり、137億年どころか137億の137億乗年よりはるか以前から宇宙は今と変わらず普通に存在しておった。

宇宙は連続体である。
宇宙はその中のどの一部をとってもそれ自身やはり無限である。
つまり宇宙とはマクロにもミクロにもこの上なく無限なる実体である。

宇宙は不変である。
宇宙の至る所で惑星や恒星、銀河が誕生したり消滅したりして宇宙の地図は移り変わるが宇宙の基本構造は不変である。

宇宙は不滅である。
人類が滅びようと、地球や太陽が消滅しようと宇宙にとっては砂粒が一つ消える様なもの、宇宙が無くなることはない。
宇宙は未来永劫、完全に不滅である。

これらは公理であり、証明を求めるべきものではないがあまりに自明である。
そしていま目の前に厳然として存在する宇宙と深遠なる宇宙の公理について考えるとき、神や仏、天国や地獄の事などもうどうでもよいことに気付くのである。

A 回答 (11件中1~10件)

その宇宙の公理はエントロピーに似ている。

しかしそれを説明出来ても人は如何に生きるべきかは説明出来ない。人の人生とは「どうでも良いこと」ではないからだ。釈迦はインド哲学から宇宙の中に仏教感を創造した。どうでも良いはずの宇宙はやがて曼荼羅にという重要な教の基盤となったのである。宇宙は神が作ったものではなく、宇宙そのものが神であることに気づく段階を悟りとすれば、あなたはその入り口で扉を開けようとしているのです。
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この回答へのお礼

>宇宙は神が作ったものではなく、宇宙そのものが神である

「神は宇宙の法則である」
これのことですよね。

お礼日時:2017/04/23 23:47

1.正解 2.不正解 物質は必ず有限ですよ。

 3.意味がよく分からない 4.不正解 宇宙は常に変化していますね 5.不明 いつか終わりが来るのかもしれません 現在の宇宙を観察する中で、ビッグバンなるものがあったらしいというのは、なかなか揺るがないのではないかな。
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宇宙を空間だけと定義するなら、物質、エナジー、ダークマター、ダークエナジー、真空のエナジーも消えて永遠に広がるでしょう?

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ポアンカレ予想では宇宙に穴が無い3次元空間と定義してますが、ユーグリット四次元とも、観測可能領域宇宙背景放射の今は、誕生から138億年ですが、統一理論が無いいじょう計算から導き出される。

宇宙の大きさは球体として、直径約980億年ですが、私自身は、無限と思います。何故なら空間の広がる速度は、光速より遙かに速いからです。
宇宙の定義は、時空「時間と空間」ですが、光速を超えた空間では、時間は意味をなさないからです。
宇宙の定義を空間のみと、すれば宇宙は存在のみで後は、わからないと思います。
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宇宙 は想定 仮定の域から出ることはありません


証明不能だからですね

ミクロ マクロの世界も 論理的に成り立たない
説明不能の領域がありますね 増えてますね


神や仏、天国や地獄の事などもうどうでもよい・・・

これ違うと思う
現在の天文学も仏教で説く宇宙観も 同じ 
いや それ以上の規模で説かれています


多くに科学者 は宗教を否定しません
アインシュタインしかりです
「科学に宗教が必要・・・・・」と

科学で人類は発展し続ける と言う科学者 少ないのです
逆に滅亡する と言う科学者が多いのです
それを使いこなす宗教にかかっていると言うのです
これ 科学者の多くの意見です

歴史学者トインビーも同じ事を言い
人類の滅亡を防ぐのは(高等宗教)と結論しています

具体的な 科学者の指名や発言 
時間がなくて 書けませんでした

理論物理学 量子力学等で 神の数式 神の法則等
神を多用しております

神が宇宙を 又人間を作った 全然おかしくありません
何らかの手が加わった   と言う科学者もいますね
説明不能で ありのままを受け入れる とか 科学者らしからぬ事も

神 仏 ご存じないようなので
人類の文明に 与えた影響は 計り知れません
道徳 哲学 文学 芸術 その他

文明 文化の発展の底辺に 必ず宗教がありました




仏教 キリスト
http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage31.htm



・・の法則 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage17.htm
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公理とは、相互に証明し合い、1つの公理系を成すもの


であるが、これらは、それぞれ独立した(根拠のない)
言明に過ぎない。
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わっかになってるかもしれないわ。

ここで一句。
  有限だが
   果無き宇宙 
    ポアンカレ予想
字あまり。お粗末。
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第一原理(だいいちげんり、英語:first principles)とは、他のものから推論することができない命題である。



形而上学における第一原理[編集]
互いに無矛盾な命題からなる形式論理系では、別の文を次々と推論(演繹)してゆくことができる。たとえば三段論法の有名な例として、「すべての人間は死ぬものである。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスも死ぬものである。」というのがあるが、三つ目の文は前の二つから演繹されたものである。
ユークリッド幾何学では、いくつかの定義、そして公理(自明と思われる命題)がはじめに与えられる。これらが第一原理で、これから何百もの命題が演繹される。アリストテレスはこのような原理が数学のみならず、世界そのものを記述しているということを証明しようとした。それはやがて形而上学と呼ばれるようになった。
形而上学は手を尽くして第一原理を見つけ出そうと試みた。考える人は自分の知識がちゃんと理にかなっているということを知りたがり、そのためには一般に認知される第一原理が必要だったのである。
バートランド・ラッセルはすべての数学的事実を論理の中に含めようと試みた。しかしクルト・ゲーデルが、無矛盾の論理系は不完全で、完全な系は自己無矛盾ではありえないことを証明した(ゲーデルの不完全性定理)。つまり第一原理は第一原理であることを論理の内部では証明できず、外から与えるしかないのである。


https://ja.wikipedia.org/wiki/第一原理


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不動の動者(ふどうのどうしゃ、希: τὸ κινοῦν ἀκίνητον、英: unmoved mover)とは、アリストテレスが『自然学』や『形而上学』の中で言及した、世界(宇宙)の運動(円運動)の根本原因。第一の不動の動者(だいいちのふどうのどうしゃ、希: τὸ πρῶτον κινοῦν ἀκίνητον、英: first unmoved mover)、第一動者(だいいちどうしゃ、希: τὸ πρώτη ἀκίνητον、羅: primum movens、英: first mover)、第一原因(だいいちげんいん、希: πρώτη αιτία、羅: causa prima、英: first cause)とも。
アリストテレスの天動説的な世界観・宇宙観においては、地球が宇宙の中心にあり、それを取り巻く、アイテールで満たされた宇宙は第一の運動である円運動によって規則正しく動いている。そしてその最外層には、その諸々の運動の原因となっている、何者にも動かされずに自足しつつ他のものを動かす「第一の不動の動者」が控えている。
アリストテレスは『形而上学』の中で、これを「神」(希: θεός)であるとも述べている[1]。この「神」概念が、中世のスコラ学、特にトマス・アクィナスに受け継がれてキリスト教神学に大きな影響を与えた[2]。
この「神」は、何者にも動かされない、自足した現実態であり、観照(テオーリア)の状態で最高善を体現している。
アリストテレスは、『ニコマコス倫理学』においても、この「神」概念を引き継ぎつつ、こうした自足的な観照(テオーリア)の状態こそが、究極の最高善であり、最高の幸福(エウダイモニア)に他ならないが、それは人間の水準を超えた「神的な生活」であり、我々人間はそれに次ぐ第二義的な「人間にとっての(合成的・複合的な)最高善」と、それを集団的・社会的に体現する国家(ポリス)の「政治」(ヘー・ポリティケー)的活動で満足する他ないと述べる[3]。


https://ja.wikipedia.org/wiki/不動の動者


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二律背反(にりつはいはん、アンチノミー、独: Antinomie)とは、正命題、反命題のどちらにも証明できる矛盾・パラドックスのことである(しばしば勘違いされるが単なる矛盾・パラドックスではない)。字義通りには、二つの法則が現実的にであれ見かけ上であれ相互に両立しないことを意味し、これは論理学や認識論で使用される術語である。


哲学におけるアンチノミー[編集]
この術語は、イマヌエル・カントの哲学において特別な意味を要求する。カントは、感覚的知覚あるいは経験(現象)の領域のみ用いられるカテゴリーあるいは理性の規準を純粋思惟の領域に適用した際に生じる、同等に合理的ではあるが矛盾する帰結を記述するのに用いた。理性はここでは合理的な真理を確立する役割を演じることができない。なぜなら、それは可能な経験を超えているし、理性を超越しているものの領域に適用されているからである。
カントにとって、以下のものに関連する四つのアンチノミーが存在する。
時間と空間に関する宇宙の限界
全ては分割不可能な原子から構成されている(それに対して、実際にはそのようなものは存在しない)という理論
普遍的な因果性に関する自由の問題
必然的な存在者の実在


https://ja.wikipedia.org/wiki/二律背反


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アリストテレスから始めるのだろうか。
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あなた、研究者か暇人ですか。

o(^_-)O
でも、こういうの好きですよ^_^

宇宙論理
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この回答へのお礼

>あなた、研究者か暇人ですか。o(^_-)O

これについて日夜思索しておりまする。

お礼日時:2017/04/24 00:03

公理は数学で使います。


物理では原理と言います。

宇宙原理(cosmological principle)は、「宇宙は一様かつ等方である」というのが有名です。

別の原理を主張するのは個人の自由です。
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この回答へのお礼

>公理は数学で使います。
物理では原理と言います。

証明を要求しない、証明なしに受け入れるべき最も基本的方針は公理と呼んでよいと考えます。


>宇宙原理(cosmological principle)は、「宇宙は一様かつ等方である」というのが有名です。

宇宙は一様かつ等方であるなら同時に無限でなければなりませぬ。
何故なら有限ならば宇宙に壁が存在することになり、その壁の近傍では宇宙は一様かつ等方でなくなるからです。

お礼日時:2017/04/24 00:01

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