昔から疑問だったのですが、自民党の河野グループは
なぜグループなんでしょう?

もちろん、「~派」というのがマスコミ用語であることは知っています。
ただ、旧河本派は「~派」なのに、同じくらいの人数の河野グループは
「グループ」なんですよね。昔、亀井さん達が江藤・亀井グループって
呼ばれていたのに、いつのまにか江藤・亀井派になっていることを
考えたら河野派でもいいような気がします。

そもそも「グループ」と「派」の明確な区別ってなんでしょう?

A 回答 (3件)

自民党の派閥には、「清和会」「経世会」「宏池会」「志帥会」など、“正式名称”があり、(どれがどの派閥か忘れましたが)定期的な会合があって、政策の勉強(?)などを行う組織の形をとっています。


ひょっとしたら、「グループ」という名の派閥は、そうした“組織”の形をとらず、議員同士の連絡会のようなものにとどまっているのではないでしょうか?
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本人たちがどう呼ばれたいか、の問題ではないでしょうか?



河野洋平氏は、その昔政治の刷新を唱えて新自由クラブを結成した経緯がありますから、自分の名を冠した「派閥」というものに心理的な抵抗がある、のかも。

「旧河本派」にしても、なぜいつまでも亡くなった人の名を冠しているのか不思議ですが、おそらく「高村派」と呼ばれるのに心理的抵抗がある人がいるのでしょう。
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「人数」ももちろんですが、「成り立ち」が大いに関係すると思います。


派閥の中にも、色々「グループ」があります。河野グループは元々旧宮沢派の中の一つの集まりだった訳ですが、加藤派に移行するにあたって袂を分かちました。
その時点での人数は「派」と呼べるほどの勢力ではなかったので、新聞でも引き続き「グループ」という取扱いをしたのだと思います。
また、いつかはどこかの派閥と合流されると見られていたので、「派」とはつかなかったとも考えられます。
同じぐらいの人数でも、旧河本派はもともと派閥を形成できるだけの勢力を張っていた訳で、人数が少なくなったからグループに格下げ・・ということにはなりません。
それはやはり”何人以下は「グループ」で、何人以上は「派」だ”という明確な基準がないので、わざわざ人数によって親しまれた(?)呼称を変更することもない、という点からでしょう。
最近は「河野派」と呼んでいるところも結構あるようですよ。
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