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みなさん大学の勉強ってどのようにしてますか?
先生は雑談が多くどこが大切なのかよくわかりません。授業を受ける上でコツがあれば教えてください

A 回答 (6件)

大学ってところは、高校までと違って、教えられたものを覚えるっていうだけじゃないと思います。


「この分野をもっと深く学びたい!研究したい!新たな一歩を進めたい」っていう方が、それを実現するために行くところだと思います。
雑談が多い授業だとしても、授業内容に自分の目的に一致する部分が少しでもあれば、質問したくなるのでは?
それに対する答を聞いて、さらに突っ込んで質問するとか、先生の考え方を知るって感じではないでしょうか?

そういう興味わくものがゼロなら、その授業を選択したこと、あるいは、大学進学したことが間違いではないでしょうか?
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成績を取るための勉強なのか、その分野を体系的に理解するための勉強なのかによってもちがうけど。

前者なら、まあ過去問を入手してよく出る内容をポイントに勉強すれば大抵は十分だし、後者なら、その分野の体系的な教科書を読んでまず理解しなくては消化できない。
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確かに雑談が多い教師は嫌だ、通常先輩(院生や最上級生でも良いから経験者)を捕まえてどうしたか訊きます。

出欠をとり単位はレポート、も多い。最近講義録の話が出ないからもう生協書店で売っていたりしないのかな?
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大学院までいって驚いたことがあります。



専門課程の授業が一週間で終わってしまったんです。


学生はみな驚いていましたが、

学会発表などを行い、

自分の考えたことを先生の誰もが知らず、世界中探しても知っている人がいないとなると、

「ああ、これって始めて人間が知ったことなんだ。」

と実感します。

つまり、確かに本当であったとわかりました。


大学の先生は、皆さんそういう経験をしたうえで、それを当たり前とした方々です。

自分のライバルが発明したモノを読み、どこかに欠点は無いかと探し、

それを上回るものを考案することを楽しみに生きています。

そうそう容易くできるわけがないので、時間がたっぷりあります。

私の同期も3年間、じっと他人の論文を読み、読むだけで終わりました。

どんなに難しいものでも、

それしかやることが無く、何度も読んでいると、最後は理解できます。

学生時代は、単に時間が無く、急かされていただけだと気がつきます。

私は自分の学力についてそんなに自信がありませんでしたが、

さすがにやることがない、時間があり暇であり、これが苦痛であったので、

関連する専門分野の殆どすべてが頭にはいってしまいまいた。

これは、同期も同じでしょうし、そのジャンルの研究者はみな同じでしょう。

知識においては、学生ですら、既に世界最先端の状態です。



この経験をしますと、

「誰かが考え出したものは、誰でも理解でき、

 必ず出来るものであり、自慢できるものじゃない。」

と、本当にノイローゼに近い状態で、激しい劣等感の中で確信します。

短い時間で何かを理解するというのは、

競技か曲芸みたいなカテゴリに属していて、

エンターテイメントには向いていても、人類を進歩させる事には何も貢献しません。


勉強で学ぶ内容と言うのは、やはり生きている人間が考えたものです。

そうそうポンポンと出てきません。

それを30分で読んで理解していたら、その程度のペースでもネタがつきていきます。

最後は勉強そのものを卒業することになるでしょう。

それが大学なんです。

また、覚えても忘れますから、記録をとっておいて、索引するほうが現実的です。

学会の論文などはそのようなものであり、学会そのものが保管庫です。


うちの教授が院生に向けて、自分の発明を講義をしたときです。

驚いたのは、自分が発明したことを忘れているんです。

教える側が分らなくなっており、

自分の本を取り出して、それを読んで勉強していました。

「ああ、なるほどそのために本を書くのか。驚いた。」

と、新たな知見を頂きました。確かに指導教官もそういってました。

「忘れないうちに、論文を書き始めなさい。」


私にも未発表のネタがあったんですが、未だに思い出せません。

論文はとりあえず学校に残していったんですが、

その論文がないと思い出せないでしょう。

かなり活気的なものであったはず・・・。

この発案は人類のすべてが知らず、更に言うならば、私も思い出せないわけです。

こういう事態こそが本当に防がなければいけないことであり、

既に本が刷られて沢山あるような内容は、

優先順位を落としても良いんじゃないかと思っています。


また大学の講義をする先生は、

こういう世界で何回か世界チャンピオンになっている人です。

これまで接してきた先生たちとは次元が違います。

名を知られていなくても、その専門世界ではそうなんですね。

そういった人なんですから、緊張が緩み雑談が入るのは、仕方がないでしょう。

「ああ、そんなに基本的な事で良かったら、ぼくの本を買わないか?

 勿論、作者として、わからないところは教えるよ。

 何せ、私が書いたんだから一番のはずだ。

 ただ、聞く前に教えてくれ。

 さすがに勉強しないと思い出せないから。」

と言われるでしょう。

更に、

「とりあえず、その時代は正しいと言われていたんだけど、

 今では全部間違っているとして誰も読まないんだが。

 それで良ければどうぞ・・・」

とも言われるでしょう。

もし、

「どうして間違っていることを教えるんですか?」

と問えば、

「既出であると知らないと、君らは自分が考え出したと思い込んで、

 同じ事を繰り返すだろう? それ対策。

 なるべくは頭に入れておいたほうがいいので、詰め込んでるわけ。

 後はそう・・・歴史的価値?

 君らが学生時代に学ばされているのは、

 僕らが大ファンである過去の偉人たちへのオマージュとしてなんだ。

 君らが必死になるのを見ると、ぐっとくるね。

 勿論、内容はもう古いから、使えるものはそんなに無いけど。

 ご先祖様を敬うという儀式を子供時代にさせてるんだよ。

 ようやくこれから本当の学問が始まるって事だね。

 その儀式というのが勉強という行為。

 ファン同士の熱い集いを受験戦争って言うんだ。」

と答えるでしょう。



どうでしょうか?

勉強と言うのが何に当たるか分かりましたか?


これは私の経験です。

大学院の受験勉強をしていて、わからない部分あったんですね。

そこで、仕方なく授業をしてくれた先生のところに聞きにいきました。

すると、

「・・・だろ、で・・・」

「ちょっと待ってください。xxxの問題ですから、それは解法が違うのでは?」

「え? なんで? こっちは習わなかった? こっちのほうが楽だろう?」

「でも、授業では・・・」

と言うやり取りをしたとき、叱られました。

「こちらの方が楽で正しいと言うのに、どうして昔のやり方をする?」

周囲で聞いていた先生たちに沢山笑われてしまいました。

「過去はそれしか方法が無く、100年も前のことだよ。

 今はこうする、って方法も習ったはずだ。」

「それでいいんですか? でもテストですし・・・」

このときは、本当に真剣に叱られました。

これから同じ世界に入る新人への指導として、とても重要なことだったからです。

私にとっては青天の霹靂でして、人生においてもっとも大きな勉強でした。


一つ私たちが忘れがちなこと、

それは、人類を進歩させるという職業があると言うことです。

ここでは本を読んだり、先生に教えてもらう事が不可能になります。

本があったり、先生がいたら、人類にとっては既出であるからです。

勉強と言う方法論が全く通用しないわけです。

そうした世界でも、考案を続け、

過去の偉人たちと同じ力を発揮することが可能なんです。

多くの大学生が、ほとんど横一線で、これに近い状態にいます。


勉強そのものから卒業する時期であると言うことです。

知識と言うのは、他の人が作成したものですから、いずれ尽きます。

もうそういう時期になっているんです。



ご質問のお答えに成るかわかりませんが、

発想を変えて、自分が考案すると覚悟を決めることです。


そのために、ライバルの既出ネタは調べておいて、研究しておかないといけません。

勉強と言うのは、敵を知るための行為であり、崇めるものじゃありません。

こういった発想になれば、

どこに隙があるのか? と言う考え方に変わるでしょう。

授業を受けながら、授業内容そのものの発明者と戦う気持ちが大事ですよ。


こういう姿勢を示すと、先生も雑談を辞めるでしょう。

その先生ですら、自分が教える内容がライバルの考案であれば、

それと戦っているからです。



自分より上のものが無数にいると言う考え方は謙虚ではありますが、

それが事実でなくなる場合もあり、いつまでも囚われれば愚かでしかありません。

本当に謙虚であるならば、尊敬を持って打倒し、役割を交代することです。


学問においてその気持ちが無い人は、勉強を卒業できません。

論文を読んで数年を過ごし、大学院を卒業してしまった人は、

その覚悟が決まらなかったという事になります。


貴方の努力により、貴方の所属する場所(つまり大学に入れた)が変わり、

周囲の環境が変わった(過去の世界チャンピオンが授業をしてくれる)んですよ。

これを存分に活かす(つまり自分が新たな世界チャンピオンに成る)ことです。


教えてもらったり、テストをされて批評される立場を続けるのではなく、

そろそろ先生のお手伝いをする力がついていること、

いずれは自分が役割を交代する未来があることに気がつくべきです。

そういう姿勢でいると、見え方が変わり、しっくり来ると思います。


以上、ご参考になれば。
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基本的には、授業と関係する雑談をしているわけですから、本当は雑談の方が重要なはずです。


教科書に書いてあることは、教科書を読めばわかるでしょう?(本当は、授業前に教科書や、補助教材を予習して、疑問点を明らかにしておく必要があります)
どのような、科目の授業なのかはわかりませんが、普通は、科目の内容から判断できるはずですよ。
具体的な科目を書いた方がわかりやすいかもしれませんね。
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僕なんか雑談しか覚えてない・・・アハハ


ま,どこが大切かは自分で判断することですね。雑談の中に大事な情報があるかもしれないし,授業のメインテーマの何を先生がしゃべっているかは,予習・復習でしか理解できないのが大学の講義ではなかったかなぁ。黒板(ホワイトボード?)に先生が書いたことだけじゃなく,しゃべったこともノートに書き込んで復習。教科書があればラッキー。無ければすべて自分で情報の整理をしないとだめかもしれません。最初は辛いですががんばってみましょう。
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