同性愛者はなぜいるのでしょうか。
同性愛者は種の保存ができないのだから自然淘汰の原理では自然に消滅していくのではないのでしょうか。それともA型とA型からO型が生まれる事があるように、同性愛者でないもの同士から同性愛者が生まれることは自然の法側に反していない事なのでしょうか。

教えて下さい、お願いします。

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A 回答 (4件)

 人間と言う生物が「本能」が退化した生物だからではないでしょうか?


 たしかに生殖行為を伴うことがない点では自然の法則に反しているとはおもいま
す。ですが、結局はその個の価値観によるもの、「生殖行為<愛情」かつ「対象者
が同性」であっただけと考えた方がいいのでは…

#ぎゃくに、人間以外の生物での同性愛ってのの例がわからないんで…
#どうなんでしょうかねぇ?
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この回答へのお礼

お答えいただきありがとうございます。

人間は「本能」が退化した動物・・・という所は私にとってハッとさせられた言葉です。人は生物として不自然な事をする物なのでしょうね。

お礼日時:2001/06/30 20:18

大学のゼミで聞いたことなのですが、ある文化が最高潮に達した時、同性愛者が増えるのだそうです。

唐とか、ハプスブルク帝国が例にとられていました。
ということは、ステータスとして、同性愛者の増加はその文化の衰亡を示すバロメーターなのかもしれません。

で、ここからが僕の推測。

「同性愛者が増える」と「文化の隆盛」の間にある関係とはなんでしょう。モラルの崩壊(同性愛がモラルに反するかどうかは、その文化で決めていることです)というのも原因でしょうが、人口爆発を自然に抑制する機能があるというのも見過ごしてはいけないと思います。
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この回答へのお礼

お答えいただきありがとうございます。

社会状態と同性愛がこんな関係があるなんて思いもよりませんでした。

お礼日時:2001/06/30 20:14

「同性愛者は種の保存ができないのだから自然淘汰の原理では自然に消滅していく」という論理は同性愛者の性質は遺伝すると暗に仮定している点が問題だと思います。



同性愛者の性質は遺伝するものではないように思われますので、この論理は仮定がおかしいために成立しないと考えますが、いかがでしょうか。
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この回答へのお礼

お答えいただきありがとうございます。

私は同性愛の性質は遺伝しているものとしか考えていませんでした。

お礼日時:2001/06/30 20:11

生殖よりはコミュニケーションの手段なのではないですか?


戦国時代は殿様の側には小姓がついていたりした歴史を持つ訳ですから。
織田信長が宴席の際に、前田利家を抱き寄せて、若い頃かわいがったと言ったときに、そこにいた武将達が羨ましがったと言う話が残っているくらいですから。
性の放出を異性に求めるか同姓に求めるかの差でしか無いのでは?
以前読んだ本の中に、犬でもオス同士しかいない状況に置くと、ホモになると読んだことがあります。
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この回答へのお礼

お答えいただきありがとうございます。

人間以外にも同性愛があるとは驚きです。
同性愛が有利に働く場合もあるのですね。

お礼日時:2001/06/30 20:08

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Q同性愛者が生きる意味を教えてください

同性愛者が生きる意味を教えてください

最近お寺の住職や親や恩師やその他いろんな人に人間の生きる意味を聞いてまわりました

みんな家族をつくり子供を産んで育てていくことが人間の生きる意味だと言われました
※子供ができないヘテロの夫婦は養子という選択肢があります

ではいわゆる普通の家族を作れない同性愛者はどうやって生きる意味を見つけたらいいですか?

自分は30歳ゲイで彼氏もいますが2人ともカミングアウトしていません
自分は小さいころから自分はゲイだと気づいていました

普通に結婚ができて子供がつくれるヘテロの夫婦がうらやましくてつらいです 子供の成長とともにいろんな経験ができ 自分も成長でき 世界が広がる

ゲイカップルにはそれができません 子供がいないからお金がかからず裕福に旅行にいけたりできていいじゃんと言われたりしますが 生きる意味って考えると なんかさみしいんです

だからとは言いませんが 最近自分のまわりで中高年のゲイの自殺が相次いでいます
自分の友達も自殺前に生きる意味が見いだせなくて と言っていました…

お願いします
自分ではどんなに考えてもわかりません

同性愛者が生きる意味を教えてください

最近お寺の住職や親や恩師やその他いろんな人に人間の生きる意味を聞いてまわりました

みんな家族をつくり子供を産んで育てていくことが人間の生きる意味だと言われました
※子供ができないヘテロの夫婦は養子という選択肢があります

ではいわゆる普通の家族を作れない同性愛者はどうやって生きる意味を見つけたらいいですか?

自分は30歳ゲイで彼氏もいますが2人ともカミングアウトしていません
自分は小さいころから自分はゲイだと気づいていました

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Aベストアンサー

こんにちは。30代既婚女性です。

ゲイでも養子がもらえたらいいのにね。
日本では難しいのですよね…。
愛し合っていたら、同性だろうがなんだろうが、ぜんぜんかまわないと思う…。
未熟で不仲な異性カップルより、仲のいい、愛し合ってるゲイカップルですよ!

さて…。
むりに生きる意味とは「子供をつくること」って考えなくていいと思います。
普通のカップルだって、いろんな理由で子供ができない人はたくさんいますよ。
生きる意味を「子供」におくと、とても多くの人が不幸になると思います。

まあ、分かりやすいし、ある意味救われるから(老いる自分を受け入れたり、死ぬのが子供によって怖くなくなるという側面はあるかもとは思う…。)、そう言う人は多いと思うけど。
おいめいを見ていると、確かになんというか、オトナの退屈な人生に慣れた魂を揺さぶる新鮮さ、のようなものは感じますけどね。


私は、生きる意味って、「その人が幸せになること」だと思いますよ。
子供は確かに、分かりやすくその幸せを提供してくれる存在ではあります。

私は偶然先日授かったのですが、20代からずっと自分はおそらく妊娠しにくいという自覚があり、また実際1年半できなかったので、いつも真剣に「子供がいない未来」を考えていました。

治療はせず、産めない女、産めない夫婦として、夫とときどき泣いたりしながら楽しく暮らそう、と思ってました。
引っ越して犬を飼おう、趣味に打ち込もう、どこかの国の子供を支援する寄付をしよう、トルコに行きたい、エジプトにも…また学校に行くのもいいかもな…どこかに学校を作る団体なんかに寄付もいいな…おいめいを可愛がろう…
などなど…

ヘテロだし、女だし、あなたの苦しさの本当のところはわからないのかもしれません。
でも、私には、『彼氏がいる、伴侶がいる』ことも、十分に幸せではないかな、とも思えるのです。
むかしうつ病になったので、毎日生きることだけでも大変だ、って思ったことがあるから、幸せを感じるレベルが低いのかもしれませんが…。

健康で、ご飯が美味しくて、景色もきれいで、合う伴侶がいたら、それだけでもけっこう幸せかなと思うのですが、だめでしょうか…。

こんにちは。30代既婚女性です。

ゲイでも養子がもらえたらいいのにね。
日本では難しいのですよね…。
愛し合っていたら、同性だろうがなんだろうが、ぜんぜんかまわないと思う…。
未熟で不仲な異性カップルより、仲のいい、愛し合ってるゲイカップルですよ!

さて…。
むりに生きる意味とは「子供をつくること」って考えなくていいと思います。
普通のカップルだって、いろんな理由で子供ができない人はたくさんいますよ。
生きる意味を「子供」におくと、とても多くの人が不幸になると思います。

まあ、分か...続きを読む

Q同性愛者は生物学的には?

同性愛者は生物学的には?
先日、職場の先輩と話していて他の方の意見が聞きたくなりましたのでこちらで質問させていただきます。

※差別的な質問になるかもしれませんので、不適切でしたら削除をお願いします。

私にはゲイの外国人の友人(男性)がいます。
元々はそうとは知らずに知り合い、ずいぶん経ってから知らされたので
その時はやはり驚きました。
しかし、友人として付き合っていく分には何の問題もありませんし、
本人に非がない上、恋愛は自由ですので現在は全く気にしていません。

先日職場の先輩(男性)に、話の流れからそういう友人がるのだということを言いました。
先輩は身近に同性愛者の人がいないので、すごく抵抗があるとのことでした。

私は以前オーストラリアに数カ月滞在していたことがあるのですが
その時に、現地には日本人同士又は日本人と外国人のゲイカップルがたくさん住んでいるということを知りました。
日本に何十年も住んでいてもほとんど知りあうことがないのに、
たった数カ月の滞在中に何組も見かけたことを思うと
やはり日本はまだまだ同性愛者の人たちにとっては住みにくい国なのだと認識し、
情けないような気持ちになったものでした。

そのことも合わせて「もっと日本も理解が深まればいいのに」と先輩に話したのですが、
先輩の意見はこうでした。

「本人に非がないのはわかる、恋愛が自由なのも理解できる、
でも、同性愛は生物学的には間違っていると思う。」

先輩が言うには、同性愛の人がもしももっと増えたら(カミングアウトするという意味でなく絶対数として増えたらという意味で)、
子供ができなくなり、
生物としての本能である子孫を残すという行為からは遠ざかっていく。


私は、本人に非はないこと、
そしてどんなに理解ある国に生まれたとしても少なからず悩んできたであろう人たちの気持ちを考えると、先輩の「生物学的には~」の意見には正直不快感を覚えました。

しかし一方で、子孫を残す云々を言われると、確かに・・・と納得してしまう部分もあり、
反論することもできませんでした。

そこで皆さんのご意見を伺いたいのですが、
皆さんはいかがお考えでしょうか?
私の文面とは違う観点からのご意見もお待ちしております。

最後に、当事者やそのご家族の方に不快な思いをさせてしまったとしたら、それは本意ではないことをどうかご理解ください。

同性愛者は生物学的には?
先日、職場の先輩と話していて他の方の意見が聞きたくなりましたのでこちらで質問させていただきます。

※差別的な質問になるかもしれませんので、不適切でしたら削除をお願いします。

私にはゲイの外国人の友人(男性)がいます。
元々はそうとは知らずに知り合い、ずいぶん経ってから知らされたので
その時はやはり驚きました。
しかし、友人として付き合っていく分には何の問題もありませんし、
本人に非がない上、恋愛は自由ですので現在は全く気にしていません。

先日...続きを読む

Aベストアンサー

身近に生物学のなかでも生態学を学んだ人間がおりまして、
そうでない者も交えた気楽な席ですが、いろんな話題で盛り上がる際に
「生物学的なうんちく」を聞くことがあります。
で、今回その聞きかじった中に今回の質問どんぴしゃりの話題がありましたので、
回答してみようと思いました。
伝聞であって、直接の回答でないことをお詫びします。


数年前のそのような機会に、「同性愛者の結婚を婚姻制度に組み込むべきか(同性愛者の結婚を社会的に認めるべきか)」というトピックで話ししていました。

ちょっと話をそらすんですけれど。
同性愛者の結婚擁護派の主張が論理的にはどうか、という話でした。
法律家もいましたので。
同性愛者の公的にカップルとして認められたい、という気持ちはすごく共感できるのですが、
論理的には「結婚=愛し合うもの同士」だけで同性愛を認めると、
社会的には困った組み合わせも自動的に認めてしまうため、
もう少し煮詰める必要があるんですという話です。


で、そのとき一人がご質問の先輩と同じように反対意見を述べ、
論拠として「生物学的におかしいので結婚するべきではない」という主旨をあげました。
同性愛婚を認めない事と、同性愛者そのものを認めない事はだいぶ違いますが、
でも発言者は同じく男性で、個人的にはゲイに対する反発というか、
よく知らない人々と距離をおきたいというありがちな感情から
そのような発言をしたように見えました。
で、いっせいに反論をくらっていました。
「生物学的に間違っているという表現自体が間違っている」と。
ここから先を実は一言一句覚えていませんので、要旨だけ、
私の言葉に直してになりますが。

生物学は、それ自体正しいとか間違っているという尺度ではない。
勝手な差別発言の権威付けに使わないでくれ。
そもそも、子孫を増やすことは正しい行為だから行われるわけではない。
もちろん子孫を増やすことが正しいわけでもない、生物学的にも社会学的にも。
それでも正しい正しくないをジャッジしたいのなら、
存在する以上同性愛者は生物学的に正しい。
だって彼らだって生物学的ななにかによって生まれたんだもん。


で、このとき、「この生物は~~だから何々すべきというのは論理的に間違っている。」という発言を強烈に覚えています。
これを「○○○の誤謬」と呼んでいました。
頭に残りやすかったのは、論理用語に誤謬という用語がありまして、
知っていたこの言葉、これに該当したこともひとつにあります。
wikipediaなどでも「誤謬」で検索なさると詳しく載っています。

話を元に戻しまして。
この、動物の起源や、生き物としての現象というのは、
現象を理解させてくれる説明はあるけれど、
決して「どうあるべきだとか、それを正しいとか正しくないとジャッジできるものではない」
という言葉は、そのときの私にとって天啓に思われました。
なぜかというと私は女だったからです。
たまに、「石器時代に男は狩りに女は洞窟で育児をしていた。
だから現代の女も家庭を守るべきである。」
と主張するおっさんが現れますよね。
この性差をもって役割分担を正当化しようとする誤謬にうんざりしていたからです。
また話がそれてすみません。
この「○○だから~であるべき」は間違っている、という論を先輩の発言に当てはめると、
子孫を残してきたから子孫を残すべきであるというのは間違いです。
子孫を残してきたから子孫を残すことが正しいことでもありません。
だから異性愛者でないというだけでは否定されません。
そもそも同性愛者は子孫を残せないわけではないし。
特に現代の医療技術をもってしては。
「同性愛者が増えたら子供ができにくくなる」というのも、不思議な発言ですよね。
まるで同性愛者が増えると異性愛者の間に不妊症が流行るかのような表現です。

今、ふと思ったのですが。
先輩は考えたことはないのでしょうか。
子孫ができないはずの同性愛者が現代でも一定数生まれるわけは、
生物学的にわたしたちに組み込まれているからこそであるかもしれない、
ということを。
また、先輩の「同性愛の人がもしももっと増えたら」という
差別的な恐れを含んだ仮定、これが現実のものとなるならば、
「生物学的に正しい」からこそ、同性愛者が増えるのでは?
だって、先輩は「子孫が増える=数が増える=正しい」という前提で話しているでしょう。
ということは、同性愛者の数が増えるのはその種にとって正しいことだからということになりますよね。
動物にも同性愛は見られるそうです。
説明が類推できる場合もあるけれど、大半は説明がなかなか難しいとのこと。
でも、ある条件を満たした社会では同性愛が増えるといった観察例もあるようです。
ですから、生物学的に正しい正しくないは言えないんだ、とお説教されそうですが、
私個人としてはやはり、同性愛者は生物学的に何らかの正しい役割を担った存在だと思います。
さらに今、人口が爆発的に増え、増えすぎて諸々の問題が噴出しているというのに、
「子孫が増える=よいこと」という単純な発想はいかがなものでしょうか。
だいたい間違っている間違っていないを表明したところで、
先輩は同性愛者をどうするつもりだったのでしょうね。

ここからはもっと個人的な感想です。
思うに、先輩はゲイに対する偏見、拒否感情に後付けで理屈を貼り付けたのだと思います。
男性、に限りませんが特に男性がよくそういう反論の仕方をしますね。
繰り返しになりますが「間違っている」と定義されたとしたら、
どうするつもりだったのか気になります。
先輩は「あなたは生物学的に間違った存在です。」と他人から断定されたらどういう気持ちになるのでしょう。
いわれてもどうすることもできない他人をそう決めつけることに何も思わなかったのでしょうか。
差別感情は悲しいかなたいていの大人が持っている感情ですが、
先輩の一言は、論理云々を別にしても人としてどうかという印象を受けました。

長い回答失礼いたしました。

身近に生物学のなかでも生態学を学んだ人間がおりまして、
そうでない者も交えた気楽な席ですが、いろんな話題で盛り上がる際に
「生物学的なうんちく」を聞くことがあります。
で、今回その聞きかじった中に今回の質問どんぴしゃりの話題がありましたので、
回答してみようと思いました。
伝聞であって、直接の回答でないことをお詫びします。


数年前のそのような機会に、「同性愛者の結婚を婚姻制度に組み込むべきか(同性愛者の結婚を社会的に認めるべきか)」というトピックで話ししていました。

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Q同性愛=脳の構造の違い という考えが有力なのはなぜ

当方男性です。
この前、自身が同性愛と感じているので、カウンセリングに行ったのですが、脳の構造の問題とは関係なく、当方の生活スタイルに原因があると指摘されました。
カウンセラーは元某国立大学の心理学の教授で、家族ぐるみで小学生の頃からのお付き合いなので、当方の家族状態や当方自身の事は割と知っている先生です。

当方、現在女性に興味が無く、恋愛欲求が全くありません。
セックスしたいとも思いません。
その一方で、男性の画像などを自慰に使ってしまうことが多いです。

そういう状態である事を説明した所、ずばりこう言われました。
「社会に出て、もっと色んな人と関わらなければ、異性が好きになる筈はないです」と。
確かに、当方はかなり内向的ですし、中学も高校も男子校でしたし、大学も工業系に進みましたし、現在定職に就いてないので、ちゃんとした(異性が含まれる)人間関係は送れていないのは確かです。

そこで「同性愛、異性愛は脳の構造の問題というのは無いのですか?」と聞いたんですよね。
そしたらあっさりと否定されました。
「だから、人付き合いをきちんとして、『この異性となら仲良くなりたい、考えを共にしていきたい』という人があなたの生活範囲内に居ない事には、具体的であろうと抽象的であろうと、異性に興味が持てないなんて当たり前じゃないですか?」と言われました。
確かに言われてみれば筋が通っていますし、その通りです。

「異性愛は本能じゃないのですか?」と聞いた所、「違います」と言われました。
「確かに性欲は本能な所もありますが、あなたの場合は自慰をしますよね。自慰をしてペニスが勃起して、射精をすることができますよね?それが出来ているならば本能的な意味での性欲は極めて健全な状態ですよ。異性愛がどうの同性愛がどうのなんて物は性欲本能の一部として含まれる物ではありません」と言われました。

当方、男性なのに男性の画像などで自慰をしますが、脳の構造だの、本能だのに障害をきたしている事はないそうです。

そこで、「確かに異性では自慰は殆どしません、しかし同性の画像などで自慰をします。しかもこちらは頻繁にやってますよ」って話を聞かせました。
それに対してもこんな回答を受けました。
「だからそれは、先ほど言った通りあなたが(異性が含まれる)社会生活を送ってないからですよ。でも同性ならあなた自身がそうですから、多少なりに心とか身体とかが分かるじゃないですか。本能的な性欲はあることですし、性欲がそこに行くのは当たり前です」と言われました。

確かに筋が通っていますし、実際にそんな感じがします。
当方は同性の画像を用いて、それに自身を投影したり憧憬したりする対象にする事によって、性欲をかき立てる対象にして自慰を行っていると思います。
先生の考察は完全に図星でしたし、極めて納得が行きました。

最後に、「そんな訳で、変な時間に寝起きしたりせず、最低限決められた生活リズムを送る様にしてみて下さい」と、結論づけられました。

どうやら同性愛は脳の構造の問題ではないようです。
異性に恋愛感情や性的感情を感じられず、同性に性的興奮をして自慰を行うのは、脳の構造とは無関係で、生活スタイルの問題な様です。

しかしながら、「同性愛は異性愛者と脳の構造が異なっている」「異性が好きになるのは本能である」という考えがまかり通っているのでしょうか?
どうやら脳の構造には問題がないらしいし、本能にも全く逆らっていないらしいけど、当方は同性愛に目覚めています。

当方男性です。
この前、自身が同性愛と感じているので、カウンセリングに行ったのですが、脳の構造の問題とは関係なく、当方の生活スタイルに原因があると指摘されました。
カウンセラーは元某国立大学の心理学の教授で、家族ぐるみで小学生の頃からのお付き合いなので、当方の家族状態や当方自身の事は割と知っている先生です。

当方、現在女性に興味が無く、恋愛欲求が全くありません。
セックスしたいとも思いません。
その一方で、男性の画像などを自慰に使ってしまうことが多いです。

そういう状態である...続きを読む

Aベストアンサー

同性愛者と同性愛的傾向があることは大きな違いがありますが、実はどちらも結局は同性愛です。

同性への自己投影という感覚(タレントの◯◯のようにかっこよくなりたい、モデルの◯◯みたいにきれいになりたい、など)は、男女どちらにも存在しますが、実はこの心理は、ある意味で同性愛的傾向のひとつです。
また、同性の友人と非常に仲が良い状態で、互いに連帯や信頼感を持ち、他の同性が入り込めないほどの友情を持っている関係などは、社会心理学などでは(肉体的な関係はないが)同性愛的要素を多分に含む、としています。
ですから、同性愛は脳の構造上の問題ではなく、他者との関係性の上で、周囲の環境にも相まって生まれるものです。
質問者さんの受けられたカウンセリングの先生のおっしゃる通り、勃起→射精という身体的機能が正常であることで、男性の本能的には十分なのです。
質問者さんのように、男性としか関係を持たないような環境が長い場合ゆえに同性に興味を持つこともあれば、逆に異質な女性に驚き(≒興奮)を持つことで女性との関係を結びたいと思うこともあります。
おそらく、件のカウンセリングの先生が言いたかったのはこのようなことでしょう。
ですが、逆に、末っ子長男のように、異性の兄弟がいたり、幼少期に父親とのスキンシップが少なかったりなどで、男性と関係する機会よりも女性との方に親和性を示した場合、女性の扱いに長けた「女好き」になる場合もあれば、女性に慣れすぎて女性には興味を持てず、逆に同性との関係が少なかったゆえに同性に対して興味を持つ場合もあります。

同性愛者は、ある意味で、この性的欲求と恋愛的な関係の双方が成立したときにのみ確定する、と考えた方が良いかもしれません。
つまり、そのくらい、ごく普通の人でもセクシャリティは固定化されていないのです。
ですが、周囲の環境によって「男女の恋愛が普通である」と刷り込まれていくと、異性愛の方にセクシャリティを固定化させようと無意識に自分の意識を働かせるようになります。逆に同性愛者の場合、同性愛を自覚した瞬間から「同性愛者なのだ」と、むしろ意識的に固定化してしまう傾向があり、これはある意味で不自然とも思えるのです。

異性愛者が普通なことだ、同性愛は異常だ、と強く思うことも不自然ですが、同性愛者であるから異性愛者であるはずがない、と意識的にセクシャリティを固定させようとするのも、また不自然であったりします。
セクシャリティの正常/異常の「認識」は、社会環境によって左右されますが、セクシャリティそのもの本来は正常/異常という概念がない、ということです。男性の性的かつ肉体的機能がちゃんと備わっているのならば、セクシャリティはさまざまあれど、男性としては問題ありません。

ちなみにですが、今日の日本の社会は同性愛に対して差別的な偏見がありますが、明治時代になるまでは、同性愛はごく普通なことでした。
今で言う女性が勤める風俗店のようなものの男性版が巷に溢れていて、どちらも、男女を問わず利用していたそうです。
特に男性同士の同性愛(男色)は、ある意味で知的階級や富裕層のたしなみ、という感じで、高級な花魁(女性)を買うのと同じくらい、美少年・美声年を囲うことがあったそうです。
江戸時代の作家:井原西鶴は、男色を「衆道」と名付けるなどした、江戸期の同性愛ブームの火付け役です。
中には、今日で言う同性愛者に相当するほどの男色を専門とする人もいたと思いますが、それでも平然と、女性との間に子供がいたでしょうね。

日本で昔、男色がこれほど盛んであった理由は、強固な男尊女卑の考えがあったから、だとも言われています。
女性は穢れているので肉体的にも精神的にも、男性と交わる方が健全かつ男性的で良いもの、としていた、という感じです。
(女性の穢れを嫌悪するのは、古事記のイザナギ・イザナミによる黄泉の国(死後の世界)の件の影響が大きいのかもしれません)

さらにちなむと、歴史上の人物、特に武将などには、同性愛(男色)を愛好する人も多かったのだとか。
上杉謙信は、今で言うゲイのショタコン、にあたります。
また織田信長は、若い頃のお相手には前田利家などが名を連ね、その後は森蘭丸を寵愛しました。森蘭丸…名前だけ聞くと美少年かのように聞こえますが、何かの文献だと、腕力自慢の豪快な風貌だったそうです。つまり信長は、今で言うところのガチムチや体育会好きのゲイってことですね。

ただ、戦国武将の場合、もっとも身近に置く人物は、いざという時に自分を守るために必要な存在でもありました。
ですから、女性ではなく男性、それも武力に秀でた人物を側近として寵愛していたのでしょう。

他にも明智光秀、平安時代は安倍晴明、在原業平。時代は大正~昭和ですが、江戸川乱歩も、男色家ですよ。

日本の歴史に名を残した人は同性愛的傾向を持った人が相当数いて禁忌ともされていませんでしたが、それに否定的になったのは、この100年くらいのことです。
キリスト教などを始め海外の文化・風習が徐々に流入し、富国強兵・脱亜入欧へと社会体制が切り替わった時代に起因するのでしょうね。
ちなみに織田信長の友であった宣教師フランシスコ・ザビエルは、信長の男色については記述していませんが、その他の武将や信長の家臣の男色を「キリスト教ではありえませーん。男色なんてタブーですから」といったように書いています。

要するに、同性愛は脳の問題ではなく環境因子が大きいでしょう。そして同性愛を正常/異常と区別するのは時代性です。

同性愛者と同性愛的傾向があることは大きな違いがありますが、実はどちらも結局は同性愛です。

同性への自己投影という感覚(タレントの◯◯のようにかっこよくなりたい、モデルの◯◯みたいにきれいになりたい、など)は、男女どちらにも存在しますが、実はこの心理は、ある意味で同性愛的傾向のひとつです。
また、同性の友人と非常に仲が良い状態で、互いに連帯や信頼感を持ち、他の同性が入り込めないほどの友情を持っている関係などは、社会心理学などでは(肉体的な関係はないが)同性愛的要素を多分に含む、と...続きを読む


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