質問投稿でgooポイントが当たるキャンペーン実施中!!>>

ピアノ曲 発表会
プーランクの「エディット・ピアフを讃えて」と、ショパンの「華麗なる大円舞曲」の二つの中でどっちを発表会に弾いた方が実力をもっと発揮できると思いますか?

質問者からの補足コメント

  • どっちも前弾いた事がある曲です。私の特技は表現だと思います(笑)

      補足日時:2017/05/16 07:00

A 回答 (2件)

今年3月の発表会でプーランクを弾きました。

 左手が飛びまくるので大変でした。 難易度からいくと、Chopin のほうが難しいと思いますが、プーランクのこの曲は表現力が求められます。 あまり、お若いと難しいかもしれません。
ただ、指導者(先生)がどこまで求めるかにもよりますが・・・・。
私は小学生や中学生ではちょっと・・・と、思います。(牛山君の演奏は表現力がある、と思いますが)

以上、おばさんのピアノ弾きからの感想です。
    • good
    • 0

私は華麗なる大円舞曲を弾いたのです


が、抑揚もつけやすくかなり自分らしく素直に弾けると思います。曲のテンポも強弱も全部自分のやりたいようにできるやりやすい曲だと思います!
    • good
    • 0
この回答へのお礼

緊張したらテンポと指がくるいそうで怖いです笑笑 参考にします、ありがとうございます!

お礼日時:2017/05/15 22:00

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q《ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配》なる記事がありました。実際はどうなんでしょう?

▲ (ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配) ~~~~~~
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-00050002-yom-sci

【ワシントン=三井誠】 数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディ
バリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバ
イオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。
 
このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の楽器を弾いた演奏家でも、
音の評価に大きな差がなかったとする研究を同紀要で発表している。チームは
今回の研究で「バイオリンの作製技術が上がったのか、あるいは一般に信じら
れているほどの音色の違いがなかったのかもしれない」とコメントしている。

実験は、パリ郊外と米ニューヨークのコンサートホールで、音楽の批評家や作
曲家などを含む聴衆計137人の前で行った。ストラディバリウス3丁と現代
のバイオリン3丁を、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにして
ソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価した。
~~~~~~~~~~~~~
☆ この種の実験は ほかにもあったようです。

ストラディバリウスは 音色がちがっていて やわらかい感じを持って聞いた
経験があるのですが 実際には どうなんでしょう?

▲ (ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配) ~~~~~~
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-00050002-yom-sci

【ワシントン=三井誠】 数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディ
バリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバ
イオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。
 
このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の...続きを読む

Aベストアンサー

所謂、ブラインド(カーテン)テストで、わりと昔から公開実験のようなかたちで楽器(ヴァイオリン)やオーディオ機器(スピーカー等)の聴き分けに用いられてきました。

工業製品であるオーディオ機器と違い、製作者やその中でも個体差による出来不出来も大きくかつ歴史的にも貴重なヴァイオリンはこのようなテストでは常に興味深く、万人の関心を集めてきた経緯があるようです。

さて、件のストラディヴァリウス(以下、ストラド)と現代の楽器との比較ですが・・・

ある有名な老舗弦楽器専門の楽器商(過去1万本以上の古今のヴァイオリンを扱ってきた)の言葉を借りれば「腕9割、楽器1割の世界」だそうです。
つまり、演奏者の腕=奏者固有の音色・個性を表現するにあたりそれを楽器から引き出すテクニックが重要なのであり、それを助けるのが残り1割ほどである楽器だというのです。
なるほど、名演奏家などは幼いころから日々切磋琢磨し厳しい練習に励み、プラス生まれ持った才能も手伝ってコンサートやCDで聴けるあの音を出せるのです。
これは天才は99%の努力と1%の閃きという有名な言葉どおり。そして、完璧で素晴らしい腕に相応しい表現力ができる楽器を必然的に求めるのですね。それが名器といわれる17~18世紀のストラドやガルネリ・デル・ジェス(デルジェス)を頂点にした著名楽器群と言われています。この両者はヴァイオリンという楽器の黄金時代を築き、その形・音いずれも歴史的に見て頂点を極めた名工の名器に違いありません。

では、それに対し現代(近代)の製作者が作る楽器はどうでしょう?
結論から言って、ストラドやデルジェスに十分対抗出来る楽器は存在すると思います。
具体的な製作者名はここでは省きますが、例えば、オイストラフ、メニューイン、アーヨ、アッカルドといった著名な名演奏家やわが国の某ヴァイオリニストなども近代、現代の楽器を愛用し、実際にコンサートや録音でも使用しています。
但し、彼らがストラドやデルジェスといったこれらの中でも屈指の名器を所有し、愛用していた(いる)のは勿論です。
やはり、素晴らしい楽器であることは事実であり、古今の大作曲家たちの素晴らしいヴァイオリン音楽を表現・演奏するのにこれ以上のものはないのでしょう。
これらの楽器の歴史的価値、それに伴う貴重さゆえに美術品・絵画並みにとてつもなく高額であり、しかし、国家や財団が芸術のために特に彼らに終生貸与した例も内外数あります。

古い楽器と新しい楽器、この両方を持ち合わせている演奏家は普通に沢山います。
前者と後者をそれぞれ、枯れて柔らかく優しい音、みずみずしく反応に優れ健康的な音、というふうに捉えて楽器を作曲家・曲目により使い分けているのも表現上ごく自然のことです。尚、ストラドとデルジェスの両方を持っていた(いる)幸せな演奏家もいますし。

何より、名器を所有するというのが一流演奏家の証、そして夢であり=「いつかはストラディヴァリウスを・・・」、ブランド力というか、所有することにより本人の絶大な精神的支えになり、下世話な話ですが集客の大切な要素にもなります。
プログラムやCDジャケットに「17○○製ストラディヴァリウス使用」と書けば演奏家と同時に楽器にも自然とに関心がいきますよね。
特に欧米では名器所有はわが国以上に昔から多大なステータス性を持っています。(わが国以上に完全に階級社会ですので)
ですから、プロフィールなどにもまず名器といわれる古い楽器を一番に挙げ、サブとして近代・現代の著名製作者の楽器も所有というのが一般的です。

本来の質問の趣旨に戻ります。
実はこのようなブラインドテストでは実は微妙な問題が含まれています。

具体的に、
・ストラディヴァリは生涯数百本のヴァイオリンを製作。現在、世界中に存在する彼の楽器の中でも名器といわれているのはその中でもごく僅か。それらは代々、名演奏家から名演奏家へ、名家から名家へ、コレクターからコレクターへと渡っていき、まずこのような一般的な場所に出ることはない。

・だからこのような所に出るのはストラドの中でもまあ普通~それほどでもない出来の楽器か・・・また彼には二人の息子がいてそれぞれいい楽器を残してはいるが父を超えることはなかった。彼ら、または弟子の手による楽器に父親のラベルを貼ったものや後世になって全く他人が作った古い楽器にラベルを貼った贋作など、疑えばきりはない。

・楽器そのものはよしとして、演奏者が名手・一流でなければテスターや聴衆の聴き慣れてる所謂「ストラドの音」に聴こえない可能性も。せっかくの名器も可哀想。また、演奏者と楽器の相性もかなり重要で新しい楽器は鳴らせても古い楽器からは持ち味は引き出すことが出来なかった。テスト当日、演奏者はこの現代の楽器が手に馴染みいい音が引き出せた。

・このテストでのそれぞれの楽器の出来と純粋な音の評価はそもそも現代のものの方に最初から軍配が上がっていた。
仮に優れた個体のストラドと演奏者の場合、当然そちらに勝ちがあったかと。

等々・・・

というわけで結論は出ませんが、こういった考え方もあります。
作られてから300年も経っている楽器です。いくら名工が名器を作ろうとも経年とその間に修復を繰り返す内に、この先やがては朽ちてくるのは目に見えています。
そうなればそれに続く第2第3のストラド、デルジェスと云われるその次の年代の楽器たちがそれに取って代わるでしょう。また、現代の名工が作った楽器もいいものは残りやがては価値が出てくるのでしょうし・・・

ただし、はっきりと言えることは、
名器というものは誰が弾いてもある程度、素晴らしくいい音が出るものなのですね。(注:誰=一応、一定の演奏レベルを持った人)
これは古い・新しいを問わずです。
しかしながら、「ストラディヴァリウス」というブランド=付加価値が付くと誰しもその神秘的な魔力にかかり、他を排斥しがちな風潮にこのようなテストは科学的・客観的な観点から極めて意義のあるものではあると思われます。

所謂、ブラインド(カーテン)テストで、わりと昔から公開実験のようなかたちで楽器(ヴァイオリン)やオーディオ機器(スピーカー等)の聴き分けに用いられてきました。

工業製品であるオーディオ機器と違い、製作者やその中でも個体差による出来不出来も大きくかつ歴史的にも貴重なヴァイオリンはこのようなテストでは常に興味深く、万人の関心を集めてきた経緯があるようです。

さて、件のストラディヴァリウス(以下、ストラド)と現代の楽器との比較ですが・・・

ある有名な老舗弦楽器専門の楽器商(過去...続きを読む

Q弾きたい曲が多すぎる(>_<) 難易度

偉大な作曲家が素敵な曲を残してくれたおかげで弾きたい曲が多すぎて困ってしまいますよね・・・
そこで次のきょくの難易度を教えてください。

・幻想即興曲・・・ショパン
・革命・・・ショパン
・木枯らし・・・ショパン
・熱情・第3楽章・・・ベートーヴェン
・エディットピアフ賛歌・・・プーランク
・少女ジュリエット・・・プロコフィエフ
・マーキュシオ・・・プロコフィエフ

私は手が小さいのでオクターブが苦手です。
それも踏まえて一番簡単に弾けそうなのはどの曲ですか?

Aベストアンサー

ショパンの曲しか弾いたことがない・・ですが自分の経験を踏まえて

幻想即興曲・・・ショパン

チェルニー30番終わった頃でも無理すれば引けました(ピアノを始めてから1年半目ぐらい)。

革命・・・ショパン
幻想即興曲が弾けるようになったらもう一歩・・その後、半年ぐらい練習して引けました(ピアノを始めてから2年目ぐらい)。ちなみにチェルニー40番前半でした。


木枯らし・・・ショパン
革命が弾けるようになった後、ショパンのエチュードを数曲手がけた後、挑戦しました(ピアノを始めてから3年目ぐらい)。ちなみにチェルニー40番中頃でした。

どれもオクターブは最低限出てきますが、気合で乗りきりましょう。

Qピアノの曲なんですが、 最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、 その後に結構激しい(?)

ピアノの曲なんですが、

最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、

その後に結構激しい(?)曲になります。

曲名、わかる方いますか……?

Aベストアンサー

クラシックカテゴリーだからクラシックなんですよね…?なんだろ

これかな?
https://youtu.be/rNrTNZcktSA

Q東京芸大音楽学部、桐朋学園大学のレベルは世界的に見るとどの程度でしょうか?

クラシック音楽演奏者の養成学校として有名なのはジュリアード音楽院、パリ国立高等音楽院、ウィーン国立音楽大学などが思い浮かびますが、それでは日本の東京芸大と桐朋のレベルについてはどれくらいになるでしょうか?この2校の卒業生は国際コンクールの入賞者を結構出しており、そこそこいくように思うのですが。

↓このランキングによると東京芸大は100位にも入っていないようですが、これは「舞台芸術」のランキングであり、今回の主旨(音楽)とは違います。
http://violinear.com/world-university-ranking-result/

Aベストアンサー

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝統音楽を専攻する邦楽科が、
美術学部には日本画科があります。
これらを専攻した人の活躍の場は主に日本に限られます。
この二つの例からだけでも比較するのが無理だということがわかります。

ネット上の情報を見るときは、注意しなければならないことがたくさんあります。
リンク先のホームページは、公的機関や研究団体のサイトではなく、個人が趣味で作成しているサイトです。
作成者のプロフィールには、楽器も弾けない、楽譜も読めない、とあります。
引用したランキングがどういうものかも調べていないようで、記事そのものの内容も誤解を招くものです。

このランキングを見ると、聞いたことのないインドネシアの大学が並んでいたりして、
不自然であることがすぐにわかります。
調べたところ、この企業のランキング調査の対象に音楽大学が含まれるようになったのは2016年。
リンク先のランキングはその年の結果で、まだデータが集まっていません。
今年のランキングを見ると、東京芸大ではなく東京大学が突然38位に入っており、
大阪大学が100位以内に入っています。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2017/performing-arts

このランキングについてはドイツでも「お粗末なデータに基づいている」として、
「das ranking ist kranking」という見出しで批判が書かれているサイトがあります。
「kranking」はダジャレで、「krank」は「病気」の意味ですが、
ミュンヘン音楽大学やザルツブルク・モーツァルテウムがこんなに評価が低いわけがないと論評しています。
http://blogs.nmz.de/wm2014/2016/04/01/musikhochschulen-im-vergleich-das-ranking-ist-kranking/

このランキングの選考基準は、卒業生が舞台芸術の世界で活躍しているかどうかとは全く関係がなく、
判断の基準になる評価指標は、以下の項目と評価配分です。

各国学者のビア・レビュー 40%
雇用者の評価 10%
学生一人あたりの教員比率 20%
教員一人当たりの論文引用数 20%
外国人教員比率 5%
留学生比率 5%
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#QS.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E5.AD.A6.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E3.82.B0

つまり、この調査は完全に「学究的見地」から行われているもので、
卒業生が音楽の世界で活躍しているか、コンクールで入賞しているかは反映されていません。
上位にイギリスの大学が多いのは、イギリスの企業の調査による偏りのようにも思えますが、
同時にアメリカの大学がたくさんランクインしていることを考えると、
論文の査読と引用が評価指標の60%を占めることから、
英語圏の大学の評価が必然的に高くなるということでしょう。
東京大学がランクインしているのも、文学部や哲学科の学生や教員が、
芸術関係の論文を英語で書いているから、という可能性が考えられます。
音楽大学の場合は、卒業演奏や卒業作品であり、論文というのは、音楽学専攻をのぞけばほとんど問題になりません。
このようなランキングを発表している機関はほかにもありますが、方法は似た様なもので、
「舞台芸術」で検索しても、上のランキングとは全く異なり、
オーストラリアのシドニー大学が1位表示されたり、なぜか「工科大学」がランクインしたりしてします。
ドイツに優れた音楽大学がたくさんあるにもかかわらず上位に入っていないのも、上のような理由からでしょう。

では実際はどうかというと、ここにもやはり国ごとの学制、価値観、伝統、社会的評価の違いがあり、
単純に比較することは不可能です。

一般によく言われますが、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単、
欧米の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい、ということがあります。
音楽大学も例外ではなく、東京芸大や桐朋学園の入試はレベルが非常に高いです。
ヨーロッパは、国と大学によって違うとは思いますが、日本ほどではなく、
入学後の学生全体の技術レベルという観点から言えば、
日本の音大生のレベルの方がむしろ高いかもしれません。
そして、芸大や桐朋で学んだだけでも、国際コンクールで入賞したり、
ヨーロッパの名門オーケストラに採用されるだけの力をつけられたりする可能性は十分にあります。
ヨーロッパの音楽関係者の間でもこれらの音大の名前はよく知られており、
「芸大ならば」、という信頼は持たれています。
しかしその一方、日本の音大生、音楽家は、技術はあるが音楽性がない、という批判は数十年前からあり、
この点はいまだに十分克服できているとは言えません。
たとえば、前々回のショパンコンクールでは、日本人参加者は一人も本選に進めませんでした。
コンクール後の審査員講評では、「日本の参加者は、楽譜通りに弾くだけでなく、もっと音楽を感じて弾かなければならない」
と指摘されました。前回のショパンコンクールでも受賞者は出ていません。

ヨーロッパの音大で、学内のクラス発表会などを聞くと、
技術的には荒削りでも、音楽的で、一人ひとりが個性的な演奏をのびのびとやっています。
このような日本の音大生、音楽家の欠点の原因の一つは、教え方にあります。
ヨーロッパの大学などでは、技術や音楽表現について、具体的かつ論理的に、
どうしたらよいか、なぜそうなるか、を明確に説明できる教師がたくさんいます。
日本の場合、やや曖昧な精神論で済ますきらいがあります。
教師と学生の関係も、日本では上下関係になる傾向が伝統的にあります。
ヨーロッパの学生は、たとえやっていることが間違っていても、
自分はこう考えたからこうした、という主張をし、教師と議論をします。
日本からの留学生に対する教師の印象も、先生に言われたことはきちんとやるが、
それ以上のことをやろうとしない、という評判を聞くことがあります。
こういった点は、大学のレベルの問題ではなく、民族性や気質の違いに起因するものでしょう。

コンクールでの業績も、必ずしも評価の指標にはなりません。
先ほど挙げたショパン・コンクールなどは、「ショパンの演奏はこうあるべき」という権威の認める演奏スタイルがあり、
それからはずれた個性的な演奏をすると、技術的、音楽的に優れていても落とされます。
そういうこともあって、現在ショパン・コンクールはヨーロッパの学生の間では人気がなく、参加者も減っています。
アジア人の入賞者が増えるのは、アジアの音大のレベルが上がったというより、
参加者の比率が変わったことに原因があります。
すべてのコンクールが不当な評価を下しているとは言えませんが、
審査員の中の特に力を持つ人が、自分の弟子を入れるためにほかの参加者を落とすとか、
審査員の息子が優勝したのが問題になり、次の回から、審査員の家族、親族は参加できないという規約に変更された例もあります。
コンクールの裏事情については、信用できる話からデマに到るまでいろいろあります。
ヨーロッパの若者には、当然、審査基準の不透明なコンクールよりも、
実力で地道にキャリアを積む方がよいと考える人が多くなります。
むしろそういうやり方が本来の行き方で、コンクールが盛んになるのは現代になってからですが、
そういう伝統が残っているヨーロッパと違い、日本などはやはり経歴や受賞歴が重視される傾向があるので、
どうしてもやらざるを得ないという事情はあります。

あとは、個々の音大の特徴や長所、短所があります。
ジュリアードなどのアメリカの音大も、どちらかというと技術は優秀ですが、
ヨーロッパの本格的で伝統的な演奏法とは少し異なる部分があると思います。
しかしその一方、ジュリアードなどは、かつて名教師と言われる人がいて、
そういう教師を求めてやって来る生徒がいました。
ヨーロッパの音大生にしても、一つの大学で学んだあと、特定の教師にさらに習いたいということで、
その教師が在籍する大学に移ってさらに研鑽をつむのはごく普通の道です。
芸大、桐朋の卒業生でも、海外で活躍しているような人は、
さらに欧米の音大で勉強をつづけた人が大部分と思います。

欧米の一流音大の学生でもダメな人はたくさんいますよ。
結局のところ、個々の学生が、何を学びたいのかという明確な目標意識を持ち、
それに一番適した大学や教師を選び、自分で道を選ぶものであって、
大学全体のレベルや名前による格の違いという話題は、通俗的なものになりがちです。

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝...続きを読む

Q歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰って

歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰っている記事を見つけました。
藤村実穂子さんはオーディションで、君の歌は良かったけれど、ドイツ人を選ぶ。と言われたとか…。
よく、なんでもかんでも差別だと思いすぎだ、と言いますが、これは明らか差別ですよね?

オペラ目指して勉強(留学)してる人はこんなに大変なんですか?
実力があっても人種のせいでオペラに出られなかったり主役出来ないなんて、音大生の夢が無くなるような事実ですね……
黒人で活躍されている人もいますが白人ほどではないし、役も限定されるし、黄色人なら尚更…
外国人が歌舞伎しているようなものなのかもしれませんが…驚きです。

Aベストアンサー

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバレエでは黒人にはつらい環境ですね
かなり役がらが限られる。少なくともクラシックの主役は難しい。
比較的出身地が多様なABTでも
数年前にに初の黒人主席バレリーナというニュースが出たぐらいですから。
(男性なら他にもいたりしますが)
どうしてもクラシックではなく、現代ものなどの役が多いです。
ロマンティックな中世のヨーロッパ的古城に黒人のお姫様とか
白鳥というわけにはいかないのでしょう。
あと、体型もですね。筋肉や骨格がバレエの目指しているソレではないので。
もちろんコンテンポラリーという現在のバレエや、それをメインにした団体には
数は増えますが。伝統的な演目にはまず見ないです。
見た目をそろえるために身長制限で落とされることもある世界ですから。

でも、日本だってそれはあるでしょう

では白人が銀座に寿司屋を構えたらいろ物じゃなくて、どこまで実力を認めるのかなと。
「所詮日本の繊細な味の機微や、情緒は理解しないだろう」と思っている人も多いと思います
あるレベルまでは、日本の文化や料理に惚れこんでくれた外国人大好きという感じでしょうけど
自分たちの領域に踏みこんだり、仕事を取って替わるとなったときに
抵抗がない人も結構いるでしょうね。

一番日本の嫌だなと思うのは、相撲力士は外国からバンバン連れて来るわけですが
やはり外国人ばかりが活躍するより、日本人に活躍させたいという雰囲気がある。
人に寄っては差別ではない、同朋や同郷を応援するのは当然というだろう。
それは確かに致し方ないかもしれない

でもそれなのに一方で、イチローや本田は向こうで人気者になってほしい
自国選手と同様に扱われたい、とどこかで思っているだろうという報道や取りあげ方。
活躍した、声援を受けた、そんな話をニュースでちょいちょいやってますが
実際はいろいろと厳しいと思いますし
自国で相撲ファンがやっていることを考えてみろと思います。
なぜそれで能天気に外国にいった日本人が優しく受け入れられていると思うのか。
愛ちゃんが人気になると大喜びするけど
日本に来る外国人にはちょっと厳しいナーと思います。


ほかの競技でもそうでしょう。外国人を連れてきた選手と、日本人選手
差がわずかなら、自国選手を選ぶのでは。

もちろん劇場で使う、というのはその音楽家に経験を積ませ育てることにもなりますから
活動拠点を自国に置く可能性が高い歌手の育成という意味でも
差が圧倒的でなければ、自国の歌手が有利かもしれませんね。
外国人は終わったらどっか行っちゃうかもしれないし

日本でオペラやるときに日本人歌手よりちょっとうまいぐらいの韓国人が受けにきたら
自国の歌手を選ぶのでは。
見た目では大差ないですけど…。

あと地元だと集客力やスポンサーなども考えると
興業という意味では「強い」わけですから。
たとえクラシックだろうが興業はある意味ばくちです。
少しでも収益が確実に見込めるほうが強いんですよ

夢がなくなるというか、そんなことわかったうえで進んでいるでしょう。

あと楽器でもなんでもそうですが
点数のつくようなコンクール的な「お上手」な演奏は得意でも
個性とか、表現とかで殻を突き抜けられない、というのも日本の特徴かなとは思います。

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバ...続きを読む

Qショパン 遺作 勝手に発表された?

ショパンのプロフィールを読んでいたら、
「未発表作は全部捨ててくれという遺言は無視され、
友人たちによって未発表作も世に発表された」
というような記述がありました。
この部分について詳しいことが知りたいです。

これを悪く解釈すれば、ショパンの意志を無視して、
死んだあとに勝手に金儲けなどに利用した、ともとれますが、
友人たち、と書いてありますから、何か、ちゃんとした理由が
あって遺言を無視したのでしょうか。

変な表現になりますが、天国のショパンはこのことを感謝している
のでしょうか、恨んでいるのでしょうか。

Aベストアンサー

嫌ですよねえ。もし自分だったらと思うと。
あと一番気の毒なのは「幻想即興曲」かなぁ。
捨ててくれといっていたのですよね。
出来栄えがなっとくいかなかったのか
月光3楽章に似てるから(ベト)とか言われてますが

でも悪意ではないでしょう
すばらしい作品たちだから、世に出さなくてはと思ったのでは。

偉大なることを成し遂げると、何が嫌かというと
日記とか手紙とか…そんなのまでのちに公開されますからね
自分ならヤですねぇ。

でも後世それを受け取る立場としたら、よくぞ出してくれたと思いますが。

ショパンも、本当に世に出したくないならさっさと捨てるとか
病床からでも指示して目の前で破棄させればよかったんですよ。

あと、ある話によればショパンの死後
偽ものの遺作が出回ったそうなので
公式版をきちんと出すことにしたとかいう話があります。

死後は怒ることもできないのが死ですからね
死んだ後のことは生きてる人にしかどうしようもない。

ただもし天国なんてところがあって、もう長年そこで過ごしていたら
怒りもなにもないのでは
もっと広い心で世のピアノ愛好家に感動を与えているのなら
それもよしと思っているのでは。

自分で生前にさっさと処分しないぐらいには
作品への愛着はあったのでしょうし…。

嫌ですよねえ。もし自分だったらと思うと。
あと一番気の毒なのは「幻想即興曲」かなぁ。
捨ててくれといっていたのですよね。
出来栄えがなっとくいかなかったのか
月光3楽章に似てるから(ベト)とか言われてますが

でも悪意ではないでしょう
すばらしい作品たちだから、世に出さなくてはと思ったのでは。

偉大なることを成し遂げると、何が嫌かというと
日記とか手紙とか…そんなのまでのちに公開されますからね
自分ならヤですねぇ。

でも後世それを受け取る立場としたら、よくぞ出してくれたと思いますが。...続きを読む

Qクラシックの音楽家は誰が好きですか?私はシューベルトの野バラや リストの愛の挨拶 ベートーベンの田園

クラシックの音楽家は誰が好きですか?私はシューベルトの野バラや 
リストの愛の挨拶
ベートーベンの田園
が好きです。

Aベストアンサー

私はピアノを弾くので、ベートーベンやハイドンが弾きやすいですね。

 ワーグナーやドボルザークの曲も弾いた事がありますよ。

Q吹奏楽で音楽的な事は学べないの?

私は吹部でフルートを吹いています。
それで疑問に思ったのですが、なんで吹奏楽はフラットばかりの調なの?と言うことです。

私は小さい時からピアノを習っていて、ピアノなら初級の頃からシャープが付く曲が出てくるのに、吹奏楽では一向に出る気配は有りません。
フルートが仮に♯1つならクラリネットやトランペットは♯3つになるので、指が回っても耳がついていけないでしょう。私の好きなモーツァルトのフルート協奏曲は♯3つのイ長調なので、吹奏楽では絶対に出て来ない調です。

それと吹奏楽は管楽器だらけなので、音程が合うはずもないのに、先生は音程が悪いと理不尽なことを言います。

最近気づいたのですが、全日本吹奏楽コンクールに出てくる大学は偏差値40台のFランですが、偏差値60台の大学はオーケストラの方が有名です。私も大学にいったらオーケストラに入るつもりです。

話が長くなりましたが、吹奏楽で音楽的な事は学べますか?フラットの曲ばかりで嫌になるし、音も吹奏楽は汚くて悲惨です。

Aベストアンサー

管楽器は、歴史的な理由から、FとかB♭とかE♭とかの楽器が多いですから、フラットの曲が多くなるのは仕方がないですね。

それに対して、弦楽器は、E、A、D 、G、C、とかに調弦するので、必然的にシャープ系の曲が多くなりますね。

吹奏楽という構成は、それはそれで魅力はあるとは思うのですが、いかんせん、オーケストラに比べて歴史が浅いのと、(そのせいもあって)天才作曲家があんまり吹奏楽の構成の曲を書いてないので、吹奏楽ならではという名曲があんまりない、ってのは否定できない部分がありますね。
あとは、日本独特の「吹奏楽コンクール」の功罪もあるんでしょうね。オーケストラには、コンクールなんてものはないわけで(全くないわけではないですが)。

QバッハのDas Wohltemperirte Clavier曲集を平均律と翻訳した人の名前は?

バッハのDas Wohltemperirte Clavier曲集が、日本では「平均律」と誤訳され、今日までそれが用いられているそうですが、では最初にこの曲を平均律と翻訳した人は誰なのか。
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

Aベストアンサー

バッハの「平均律クラヴィア曲集」という題の初訳者が誰かはわかりません。
専門的な解説書でも、それについて触れているものはまだ見たことがありません。
ただ、ネット上に拡散している「大誤訳」という説明は誤解を招くもので、
実際にはそんなに簡単な話ではないので、「犯人捜し」ということならばあまり意味がないと思います。

「平均律」という用語自体を考案したのは瀧村小太郎(1839~1912)という人です。
http://www.lib.geidai.ac.jp/MPHD/hakuon111.pdf

https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/30/saiho_TAKIMU~1.HTM

「平均律」の訳を当てた語が何だったかは調べられないのですが、
見ていたのはドイツ語の書物ではなく、英語の書物だったようです。
国立国会図書館のアーカイブに、瀧村小太郎の著書が一冊だけ出ていますが、
その中には「平均律」という語は見られません。
明治時代のものとしては、41年(1908年)に出た石垣六三郎の『新撰樂典問答』というものが確認でき、
その中には次のように書いてあります。まだこのような認識です。

(問)風琴または洋琴の如く一個の音にて嬰變共通せるものを何といふか。
(答)平均律といふ。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854887/38

バッハの原題にある「wohltemperiert」という語ですが、
「wohl」という形容詞は非常に多義で、ほかの語と複合されて、
「(感覚的に)快い」「良好」「十分」「適切」などあらゆるポジティブなニュアンスを持ちます。
この曲の場合は、24の調いずれを演奏しても快く、美しく響く、という意味ですが、
単に「よく調整された」というだけの主観的な表現であって、
具体的に指し示す特定の調律法があるわけではありません。
そして、24の調全部が演奏可能になるということは、
方向としては平均律に近づくことになるため、
本国ドイツでも、現代の完全な平均律(gleichstufige Stimmung)を、
この良好な調律(wohltemperierte Stimmung)の一種としてそれに含めるという考え方がもともとありました。
ドイツの百科事典ブロックハウスにも、かつては、バッハのこの題名は平均律と同じであると書いてありましたし、
有名な英語の音楽百科事典グローヴも、19世紀末の版では「平均律のことである」と誤った記事を載せ、
それが広まってしまったといういきさつがあります。
しかし、バッハの時代の調律法は、完全な平均律ではなく、調性によって性格の違いが出るため、
完全な平均律とは分けて考えられるようになっていきます。
それがはっきり認識されるのは20世紀半ばに入ってからです。
また、日本語のあるサイトには、ニューグローヴの説明として、
ドイツ語の「平均律」に当たる語は「gleichschwebende」だと記してありますが、
この語はヴェルクマイスターがその著書の中で使った語で、
現代の平均律を表す「gleichstufige」とはまた意味が違うということです。
この辺にもいまだに混乱が続いています。

では、バッハの平均律が日本に伝わったのはいつごろかというと、
今の東京芸術大学の前身である東京音楽学校には、
明治32年(1899年)に楽譜が所蔵されていた記録が残っています。
もしそれから間もないうちに訳されたとしたら、欧米でさえ平均律と同一視していた時代なので、
「平均律」と訳されたとしてもごく当然の成り行きで、誤訳と言うわけにはいきません。
まだ西洋から新しいものがどんどん入ってくる時代で、新しい訳語も考案しなければならなかったので、
特定の個人の訳ではなく、複数の人が係わった可能性も高いでしょう。
誤訳の指摘というのは、通俗的な好奇心を引きやすいのか、
ネット上にはこの話がかなりたくさん見つかりますが、大体はほかからの受け売りで、
自分で十分調べて書いてあるものはほとんどないと思います。
回答No.1の方が張っているリンク先のサイトを書いているのは、
イギリスの大学に籍を置く専門の研究者で、CDの解説も手掛けているので信頼できます。

バッハの『平均律』がキルンベルガー法を前提にしている可能性は、残念ながらありません。
『平均律』第1巻がまとめられたのは1722年で、キルンベルガーが生まれたのは1721年です。
また、キルンベルガーがバッハの弟子であったという記述もあちこちにありますが、
これをはっきり証明できる資料は残っておらず、真偽のほどはわかっていません。
1741年にドレスデンにいたことだけは文書が残っていますが、
その年に数カ月滞在しただけなのか、1739~1741年の間バッハに師事したのかは不明です。
『平均律』第2巻がまとめられたのは1744年ですが、実際にはそれ以前から書き溜められていたと思われますし、
キルンベルガーが自身の調律法を公表しだすのは1766年以降になります。
また、キルンベルガーとその同時代の理論家マルプルクの間で、
バッハの調律法をめぐって論争が起きています。
もしキルンベルガーがバッハの調律法を直接受けついているなら、これも少し不思議なことです。

ヴェルクマイスターについてはどうかというと、これはバッハ自身が書き残した記録があります。
バッハは、ブクステフーデの元でヴェルクマイスターの調律法を知り、自分でも試しています。
そして、「良い調律法だ」としながらも、「3度音程はもう少し純正な方がよい」として、
ヴェルクマイスターそのものは使わなかったように読めます。

バッハ自身がどういう調律法を使っていたかは結局明らかにされていませんが、
「バッハ調律法」として再現に取り組んでいる研究者はいます。
そういう人たちの方法にはある程度共通している点があり、
それは、全音階上の音(ピアノの白鍵)は平均律の5度に近く、
それ以外の半音(黒鍵)は純正な5度に近くなるということです。
また、バッハ自身が楽譜に書き込んでいる渦巻き状の図があり、
それが調律法を表しているのではないかとして解読を試みている人もいます。
渦巻きが1回のところは純正な5度で、2回のところはピタゴラスのコンマの1/12だけ狭くした5度で、
3回のところは1/6狭くした5度で、という解釈ですが、もちろんこれにも異論は出されています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/Bachswohltemperiertegirlande.png

『平均律クラヴィア曲集』という訳が原題に忠実なものでないのはわかるのですが、
24の調を演奏できるという意味で平均律に近づく方向であることには違いなく、
「wohltemperiert」の元の意味を曲の題名としてスマートに訳すこともかなり無理なので、
「意訳」ということで、このままでよいのではないかというのが私の見解です。
『快適調律クラヴィア』、『良好調律クラヴィア』、あるいは『平均律的クラヴィア』?
正しい訳が必ずしも良い題名になるとは限りませんので・・・

バッハの「平均律クラヴィア曲集」という題の初訳者が誰かはわかりません。
専門的な解説書でも、それについて触れているものはまだ見たことがありません。
ただ、ネット上に拡散している「大誤訳」という説明は誤解を招くもので、
実際にはそんなに簡単な話ではないので、「犯人捜し」ということならばあまり意味がないと思います。

「平均律」という用語自体を考案したのは瀧村小太郎(1839~1912)という人です。
http://www.lib.geidai.ac.jp/MPHD/hakuon111.pdf

https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/...続きを読む

Q中学3年の者です。最近チェロの音色に一目惚れしてしまって、チェロを弾きたいなと思うようになりました。

中学3年の者です。最近チェロの音色に一目惚れしてしまって、チェロを弾きたいなと思うようになりました。遅いですかね?


ちょうど行きたい高校に弦楽部があるので、せっかくならそこに入って頑張りたいと思っているんですが、、、

周りでヴァイオリンをやっている人いわく「弦楽器は3歳くらいからやってる人じゃないと厳しい」みたいなことを言われてしまって、もう遅すぎるのかな と思っています( ; ; )それにお金もかかるし…

でもやっぱりチェロを弾いてみたいし、みんなで合奏とかしてみたいんです。

そこで質問なんですが、
1 今からチェロをしても間に合いますか?
2 弾けるようになるまでどれくらいかかりますか?

私的には中学の間は音楽教室に習いにいって、高校から弦楽部に入ろうと考えているのですが(その高校が受かると信じて)無謀ですかね?

楽器経験者の意見が聞きたいです。

Aベストアンサー

私は、今高校1年で、弦楽部に入ったものですが、先輩も今入った一年生もみんな初心者です!しかも先輩は元バスケ部の方なのですが、余裕に弾いてます笑笑なので高校からやっても部活としては全然大丈夫だと思います!弦楽楽しいですよ!!!


人気Q&Aランキング