なかったのですか?

A 回答 (3件)

田んぼは、どこもなかったので、百姓が開梱して田んぼにしていったのです。

そして庄屋と呼ばれる地域の名主が、概ね持っていましたから、そこから借りて作っていたのですね。
小作人と呼ばれる人たちは、自分の田んぼを持っていなかったので、名主に利用料、そして藩には年貢という税金を払っていたのです。だから子供を売らないと生活ができないところがたくさんありました。
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この回答へのお礼

田んぼって藩の持ち物とばかり思っていました。庄屋が地主だったのですか。そりゃァものすごい貧富の差ですね。サンクスです。

お礼日時:2017/05/17 19:19

すみません。

承認は商人の変換違いです。携帯から打ち込んだためです。
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江戸時代の大名は西洋の封建領主の様に土地を所有していません。

施政権と徴税権だけです。土地の所有権は百姓であったり承認であったりします。したがって、土地の売り買いや質入が所有者である百姓や商人によって行われています。
施政徴税権だけなので、鉢植えにの様に大名の国替えが行われました。
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この回答へのお礼

そうだったのですか。なんか侍より百姓や商人のほうがいい生活してそうですね。

お礼日時:2017/05/17 22:02

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