痔になりやすい生活習慣とは?

表題のとおりです。

質問者からの補足コメント

  • 目が覚めるまで ダメでしょう。

    No.31の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/05/24 19:45
  • HAPPY

    これが 《カザリ》無し。

    No.33の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/05/25 05:31
  • ちょっと言い過ぎました。

    No.10の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/05/30 20:19
  • ちょっと言い過ぎました。

    No.27の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/05/30 20:23

A 回答 (41件中1~10件)

No.25です。


前回でもう終わりにするつもりでしたが・・・

> ☆ この回答は 残念ながら 回答には成っていないと申し上げなければ
> なりません。
>
> ただの可能性を――そしてそのひとつのみを――言い当てた。だけのもの
> だからです。

それはおかしいですね。
貴方のご質問は
「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか」
です。
ですので、「賛同してない例」を上げました。
1件でも賛同してないという例が挙がれば、「全ての『しかるべき反論や批判を行わなかった人』が賛同しているとは言えない」ということになります。(もちろん、その例が荒唐無稽なら別ですが。)
逆に、貴方の質問の回答として「賛同した」と言うには、「全ての『しかるべき反論や批判を行わなかった人』が賛同しているという根拠を示す必要がある」のです。もしくは、「賛同していない例は存在しない」ということを示すのでも良いでしょう。

また、あくまでも「可能性」であって、事実とは限らない、というご指摘かと思いますが、何しろ、私は「しかるべき反論や批判を行わなかった人」本人ではありませんので、可能性以外を指摘しようがありません。
「事実」以外不要、とのことでしたら、ご質問文に「私の過去質問に回答をした人、または、回答しないまでも見たことのある人限定で」と書くべきでしたね。

貴方の求める回答は何でしょうか?
互いに意見を戦わせ、議論をしたいのだと受け取りましたが、貴方の態度はそれと正反対に感じられます。
もしも、過去質問においてもそのようなやり取りしかないのであれば、回答者様たちは、それを不毛に感じて「しかるべき反論や批判」をする意欲を失ったのでは・・・と思いました。
まあ、過去質問を拝見してませんので、単なる感想です。

この回答にどのような返信をいただいても、私はもう回答はいたしません。
さすがに少々疲れました。
ご了承ください。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 前回でもう終わりにするつもりでしたが・・・
★ この回答にどのような返信をいただいても、私はもう回答はいたしませ
ん。
☆ 未練がありますか? 話し相手に持ってこいとでも感じましたか?

★ さすがに少々疲れました。
☆ でも 負け足りないですか?


★ 「賛同してない例」を上げました。
☆ だ・か・ら それが:
☆☆ 回答には成っていない
☆☆  ただの可能性を――そしてそのひとつのみを――言い当てた。だけの
もの
☆☆(№23お礼欄) 問題は中身だ。になる。

☆ とコメントしたご発言です。《賛同していない》についての理由説明が
欠かせないという意味です。


★ 1件でも賛同してないという例が挙がれば、「全ての『しかるべき反論
や批判を行わなかった人』が賛同しているとは言えない」ということになり
ます。(もちろん、その例が荒唐無稽なら別ですが。)
☆ 精神錯乱でしょうか?

★ 逆に、貴方の質問の回答として「賛同した」と言うには、「全ての『し
かるべき反論や批判を行わなかった人』が賛同しているという根拠を示す必
要がある」のです。もしくは、「賛同していない例は存在しない」というこ
とを示すのでも良いでしょう。
☆ そういう理屈が出ることは 百も承知でうんぬんと すでに申し上げま
した。

字数制限で引用できませんが このあとのふたつの文章は どうでもよいも
のでしょう。



★ 貴方の求める回答は何でしょうか?
☆ この質問では そんなことは決まっていません。

ほかの質問で一般的に言えることは すでに書きました。:
☆☆(№23お礼欄) ~~~~
このカテの内容が充実するためというひとつの目的からしても むしろ批判
をこそ歓迎するのが 情報交換の一方の側に立つ者の心なのではないでしょ
うか?

つまり 互いの説を互いに批判し合う。これが 基本の趣旨になるのでは?
~~~~~~


★ 互いに意見を戦わせ、議論をしたいのだと受け取りましたが
☆ 情報交換と 口論とは違いますよ。


★ もしも、過去質問においてもそのようなやり取りしかないのであれば、
・・・
☆ 何とか・どうしても わたしとのやり取りで勝ちたいですか? もう応
えないという手は 少なくとも負けないための一法でしょうね。

お礼日時:2017/05/23 18:54

>みなさん!――つまり 質問者に敵対するみなさん――



あれ?敵対していたんですか?
私は一人の回答者としてあなたに事実を教示していただけなんですがねw
あなたは、いつから誰と戦っていたのですか?


>あなた方は ヒトラーやトランプに投票した人びとと同じである
>可能性が高くなりましたよ。

同じ地球に住む人類ヒト科のホモ・サピエンスであるという点では全く同じですね。ほかにも共通点はあるかもしれませんが、それが何か問題なのですか?ここでの「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか」という質問とは何の関係もない話です。


さて、№40へのお礼でも「然るべき反論や批判」はありませんでしたね。

1.「質問者が無視されている」はネット(教えて!goo)上で『反論や批判が出ない』理由の中では最も可能性の高いものであり、現にここでの他の回答を見ても同じ主張の回答が最も多い。
2.犯罪者赤羽なんとか弁護士がどうのこうのと毎日アカウントを変えて繰り返し投稿される実例もあります。
3.以上1.と2.を主張した回答にもGoodがついており、私以外に同じ意見の人が複数名存在している事が裏付けられている。
以上1.~3.は客観的事実であり、否定できない。
4.客観的事実を否定しようとし続けるあなたは、その異常な言動から認知機能障害を伴う発達障害の可能性が高いと判断できる。
5.あなたはカウンセリングを受けに行くべきである。

という私の回答にあなたは賛同したということですね。
それとも「然るべき反論や批判」はしないけど賛同もしていないのですか?
だとしたら「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということ」ではないという実例を自ら示すことになりますね。

さて、反論するのであれば「理由は何か? どういう根拠でそう言いたいか? よく考えるようにしてくれたまえ。(№11のお礼)」という自らの発言をきちんと実践してもらいたいものです。根拠や例証を示すことができないのであれば「ちょうど お前の母ちゃん 出べそ!とののしっているだけの発言と同じことなのです。」なのだそうですから、そんな非建設的で意味のないことは「哲学者」ならやりませんよね。
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>☆ ぢゃあ 根拠を挙げないで 回答数や good の投票数によって判断


>した確率の高さという推定が 決定力を持つということかいな?

根拠は既に示しているじゃないですか。
それとも毎日投稿されている犯罪者赤羽なんとか弁護士がどうのこうのという質問にあなたは賛同してるんですか?
他の回答者はあれに反論も批判もしてませんが、賛同もしていませんよ。


>トランプもヒトラーも 政権をになえる多数の投票を得たというのは
>《客観的事実》である。
>回答数や goog の投票数は 多数派を形成するほどである。
>ゆえに  これも《客観的事実》であるゆえ 《根拠》に成る。

トランプもヒトラーも多数の得票を得たというのは確かに客観的事実ですが、だからといってトランプやヒトラーのすべてが正しいという意味にはなりません。選挙は正しいか正しくないかではなく、政権を任せてよいかどうかを判断するものです。それを存在そのものが正しいかどうかと判断しているかのように取り上げるのは、牽強付会が過ぎるというものです。


>――これほど典型的な 精神錯乱の実証はないですよ。

むしろ、あなたの方です。
理性的な判断が全くできていません。

あなたは「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということ」と考えているのでしょう?
しかも、「反論や批判は しかるべき中身があってなんぼのものです。つまり 《それにあたいしない》のなら その理由や根拠を示してやっと哲学です。(№2のお礼)」を言っているのですから、根拠を示して反論しないのであれば、あなたは賛同しているということになります。そして、あなたは№38の1.~5.の私の主張に対して、根拠ある反論を一つもしていません。
つまり、あなたは以下の5項目について認め、賛同したということになります。

1.「質問者が無視されている」はネット(教えて!goo)上で『反論や批判が出ない』理由の中では最も可能性の高いものであり、現にここでの他の回答を見ても同じ主張の回答が最も多い。
2.犯罪者赤羽なんとか弁護士がどうのこうのと毎日アカウントを変えて繰り返し投稿される実例もあります。
3.以上1.と2.を主張した回答にもGoodがついており、私以外に同じ意見の人が複数名存在している事が裏付けられている。
以上1.~3.は客観的事実であり、否定できない。
4.客観的事実を否定しようとし続けるあなたは、その異常な言動から認知機能障害を伴う発達障害の可能性が高いと判断できる。
5.あなたはカウンセリングを受けに行くべきである。


例証を挙げ、根拠を示して反論も批判もしないのに、賛同していないのであれば「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということ」が間違いであると認めることになる。

あなたにはどちらかのルートしか残されていないのですよ。そして、その両方の行き着く先は一つです。
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この回答へのお礼

みなさん!――つまり 質問者に敵対するみなさん――

あなた方は ヒトラーやトランプに投票した人びとと同じである

可能性が高くなりましたよ。

確率としてですがね。根拠があってお知らせする話にまでは至り
ませんが。

お礼日時:2017/05/27 20:32

no.38は腹を立てているかもしれんが冷静。

たしかに精神錯乱よりも、発達障害を疑う方が正しいように思う。発達障害のうちの、注意欠陥・多動性障害(ADHD)を疑う方が正しいように思う。
https://h-navi.jp/column/article/134
 注意欠陥・多動性障害(ADHD)
 【具体的には】
   ・不注意:忘れ物や大切なものでも失くしてしまうこ
    とが多く、うっかりしたミスを何度も繰り返してし
    まう。周りからの刺激があると気が散りやすいこと
    から注意力散漫ともいわれる。
   ・多動性:「静かにしましょう」という簡単な指示に
    もおしゃべりが止まらなかったり、席についていら
    れずに歩き回ったりしてしまう。座っていても、モ
    ジモジと手や体を動かしつづけてまう。
   ・衝動性:興味のあるものを見たり聞いたりすると興奮
    しやすく、思いついたことをすぐに声に出してしまっ
    たり突発的な行動をしてしまうなど、衝動を抑えるの
    が困難。順番を待つことや我慢することが苦手で、イ
    ライラしやすく、思い通りにいかないと些細なことで
    手がでてしまうこともある。
   ・叱られることや注意されることが多くなると、自信を
    失ったり、やる気を失ったりしてしまいやすい。
    
一つ下の質問https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9765095.htmlで揶揄されて腹が立ったけど、腹立ちをぶつける相手がだれかわからないので、不特定多数に向けて質問にして腹立ちをぶちまけてみました。ってかんじ。不特定多数の人が腹立ちをぶつけられていて、なぜぶつけられるのかわからないがとりあえず受け取っちゃった人の中で、しようがないので腹立ちを返す回答をする人もいる。腹立ちを返す回答した人は質問者を揶揄してる人だと判断して、報復お礼を返す。腹立ちの報復増殖連鎖ってかんじ。

もしかしたら一つ下の質問にはすでにブロックされてて直接腹立ちをぶちまけられないのかもしれないがだからと言って、不特定多数の人に腹立ちをぶちまけるのは迷惑です。腹立ちの返答を質問者が自罰のために利用している可能性も疑わしい。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ no.38は腹を立てているかもしれんが冷静。
☆ ぢゃあ 根拠を挙げないで 回答数や good の投票数によって判断
した確率の高さという推定が 決定力を持つということかいな?

トランプもヒトラーも 政権をになえる多数の投票を得たというのは
《客観的事実》である。
回答数や goog の投票数は 多数派を形成するほどである。
ゆえに  これも《客観的事実》であるゆえ 《根拠》に成る。

――これほど典型的な 精神錯乱の実証はないですよ。

お礼日時:2017/05/27 18:53

>☆ そちらの言い分について どこに根拠があるのですか?



おや、理解できませんでしたか?
ネット上でも主要メディア上でもよく見られる現象なので№37で書いたことは根拠というよりは「あなたの精神錯乱」についての例証そのものだったのですが、常識が無いとその程度の事にも気づけないのでしょうか?
違いますよね。あなたは自分の言葉を減らし、相手にしゃべらせることで揚げ足をとって一発逆転しようと必死なのでしょう。
根拠を示せと言い続ければ、そのうち相手は黙るとあなたは思っているのでしょうから。

ですが、それで良いのでしょうか?

私のこの質問での主張は繰り返しになりますが

1.「質問者が無視されている」はネット(教えて!goo)上で『反論や批判が出ない』理由の中では最も可能性の高いものであり、現にここでの他の回答を見ても同じ主張の回答が最も多い。
2.犯罪者赤羽なんとか弁護士がどうのこうのと毎日アカウントを変えて繰り返し投稿される実例もあります。
3.以上1.と2.を主張した回答にもGoodがついており、私以外に同じ意見の人が複数名存在している事が裏付けられている。
以上1.~3.は客観的事実であり、否定できない。

更に付け加えて

4.客観的事実を否定しようとし続けるあなたは、その異常な言動から認知機能障害を伴う発達障害の可能性が高いと判断できる。
5.あなたはカウンセリングを受けに行くべきである。

以上の5つについて、私は№26以降繰り返し説明しています。その中で根拠も提示しています。上記2.のように実例も提示しました。
あなたはそれに対して「例証を示せ」「根拠がない」と繰り返しているだけで、具体的にどこの部分に根拠が足らないのかについて指摘していない。
上記2.の実例が認められないのなら、何故認められないのかを例証を示し根拠を提示して説明する必要があるはずですがあなたはそれを一度もやっていない。また、繰り返される回答「質問者が無視されている」についての説明も懇切丁寧に繰り返していますが、それについて具体的な例証や根拠を示していない。
「あなたは認知障害を伴う発達障害の可能性が高い」という判断についてもあなたは認めようとしないが、否定するに足る例証も根拠も提示していない。「カウンセリングに行くべきだ」という私のアドバイスに対しても同じ。
ただ全体について「根拠がない」と言っているに過ぎない。これでは「反論や批判は しかるべき中身があってなんぼのものです。つまり 《それにあたいしない》のなら その理由や根拠を示してやっと哲学です。(№2のお礼)」「理由は何か? どういう根拠でそう言いたいか? よく考えるようにしてくれたまえ。(№11のお礼)」などと繰り返してきたわりに自分では全く実践できていない。つまり、あなたは「まともな反論」が一つも出来ていないのです。

あなたのお礼は一度も私の回答について「中身について何も触れていないし 触れることが出来ないというものでしょう。つまり 早い話が 論外となります。おまえのかあちゃん 出べそと言って 《回答》したとしても ただの落書きであり 暇つぶしでしかないということ。(№3のお礼)」なのですから、


「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということ」ならば、取るに足らない「お礼」しかしていないあなたは、上記1.~5.の私の主張に賛同したということですね。
素直に「その通りです認ます」と言ってくれた方が話は速いんで、今後はレスを稼ぐためにこんな回りくどいことはしないてください。
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この回答へのお礼

wwwwww

お礼日時:2017/05/27 18:43

>トランプもヒトラーも 《客観的にただしい》というわけですね。



ついに知性の無さを隠せなくなったのですか?
頭の足らない左翼政治家みたいです。

どんな人間も客観的に正しい言動をすることもあれば、間違った言動をすることもあります。常に正しい人間も常に間違っている人間も存在しません。ヒトラーもトランプも、「客観的に正しい事」を言った事は当然あります。そして、「客観的に間違っている事」を言ったことも当然あります。この部分は客観的に正しく、この部分は客観的に間違っている・・・そういう是々非々で物事を考え評価するのは知性ある人間のなせる業です。
ところがこれをしない、あるいは出来ない人物がいます。
できないから「ヒトラー=悪=間違っている」という知性のかけらもない短絡的な三段論法を恥ずかしげもなく振りかざす。
そしてそういう人たちは、相手を非難する際に、いとも簡単にヒトラーを引き合いに出して結び付けようとします。理性や知性を働かせることなく、批判されることの多い人物を引き合いに出せば相手は黙るという思い込んでの行動です。

そうした言動はあなたにとって決してプラスにはならず、むしろ読んだ人があなたを軽蔑するだけです。
そして、そのような結果を想像すらできず、回答の投稿からわずか17分でお礼を投稿する・・・もはや何も考えずに脊髄反射的に反発している事は誰の目にも明らかです。行間を読む努力すらろくにしてないでしょ。
あなたの言う「哲学」は、所詮その程度のものなんですよ。普通の人なら当たり前に持ち合わせている程度の知性にも及ばない。何も考えず、ただ考えたふりをして、考えた気分になって一人悦に浸っている。それがあなたの「哲学」です。本物の哲学とは全く次元が違います。むしろ、あなたとは対極の存在と言っていいでしょう。

あなたはそんな薄っぺらい上辺だけのファッション哲学で、誠意をもって回答してきた人たちに無礼極まるお礼を繰り返してきたわけです。これが回答者に対してどれだけ失礼なことか理解してますか?理解できないからこんなこと繰り返しているんでしょうね。

いい加減、自分の限界に気づいてるんでしょ?
そろそろ現実を受け入れなさい。
そしてカウンセリングを受けに行きなさい。

インターネットは仮想現実ではありません。インターネット上には仮想空間も確かに存在しますが、あくまでも現実の存在とつながるための道具なのです。ネットの向こう側にあるのは、あなたが必死で目を背けようとしている現実だけです。現実から逃げるためにネットで甘えたところで、現実から逃げることなどできはしないのです。

現実からは逃げられません。

あなたは逃げられません。
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この回答へのお礼

ご投稿をありがとうございます。

★★(回答№35) ~~~~~~~~~~~
   >根拠がありません。

 ★ では、他にもっと高い可能性のあるケースがあるというわけですね。
 
☆☆ (№35お礼欄) ~~~~~~~~~
これで 《精神錯乱》だとわたしが言ったことが証明されました。

★★(回答№36) ~~~~~~~~~~~
1. 「質問者が無視されている」はネット(教えて!goo)上で『反論
や批判が出ない』理由の中では最も可能性の高いものであり、現にここで
の他の回答を見ても同じ主張の回答が最も多い。

3.以上1.を主張した回答にも Goodがついており、私以外に同じ意見
の人が複数名存在している事が裏付けられている。

以上の 1~3 は客観的事実であり、否定のしようがありません。これを
執拗に否定しようとしているのはあなたの精神異常の証拠足りえます。

☆☆(№36お礼欄) ~~~~~~~~~~~~~
トランプもヒトラーも 《客観的にただしい》というわけですね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ そちらの言い分について どこに根拠があるのですか?

お礼日時:2017/05/27 11:33

>☆ これで 《精神錯乱》だとわたしが言ったことが証明されました。



いえ、むしろそのお礼によって精神錯乱と証明されたのは、私ではなくあなたです。
あなたの言っている事は全く論理的ではありませんね。あなたの例証はどうなったのですか?
例証もなく適当なことを言ってるだけなのはあなたの方です。

私は「『同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ない』理由は、質問者が無視されているからだ」と説明しました。その根拠は以下の通りです。

1.「質問者が無視されている」はネット(教えて!goo)上で『反論や批判が出ない』理由の中では最も可能性の高いものであり、現にここでの他の回答を見ても同じ主張の回答が最も多い。
2.犯罪者赤羽なんとか弁護士がどうのこうのと毎日アカウントを変えて繰り返し投稿される実例もあります。
3.以上1.と2.を主張した回答にもGoodがついており、私以外に同じ意見の人が複数名存在している事が裏付けられている。
以上1.~3.は客観的事実であり、否定できない。

以上の1~3は客観的事実であり、否定のしようがありません。これを執拗に否定しようとしているのはあなたの精神異常の証拠足りえます。
特に、否定するにあたって、根拠を全く示せていないことが、あなたが精神異常である点をこれ以上ないくらいに補強してくれています。

№11の方へのお礼であなたは言っていますね。

>理由は何か? どういう根拠でそう言いたいか? よく考えるように
>してくれたまえ。

あなたが例証だの根拠だのを示すように求めるから、私はそれに応えて根拠を説明し、例証を挙げて見せました。
それら挙げられた例証や根拠を否定するのであれば、否定するに足るだけの根拠を示す義務があなたにはあると思います。示せないのであれば、それこそあなたがお礼で言ったように「ちょうど お前の母ちゃん 出べそ!とののしっているだけの発言と同じことなのです。」と同じことです。
自分で誠意ある対応を要求しているんですから、自称哲学者のあなたは当然それを実践できるのでしょう?
理由を考え、根拠を示せるはずです。

それが出来ないのなら、今後哲学を騙るのは止めなさい。繰り返しますが、あなたの言う哲学は哲学なんかじゃありませんし、あなたは哲学者じゃありません。哲学者気取りのただの厨二病患者です。

普通の質問者が根拠や例証を求めるのは、より深く正確に理解し納得するためです。あなたは違います。例証や根拠を求めれば、相手の不愉快な回答を黙らせることができると考えているだけです。だから、実際に例証や根拠を提示されると、まともな反論が出来なくなるのです。
普通の質問者は分からないことを知り、自らの成長の糧にするために質問します。あなたは違います。自らの自己承認欲求を満たしたいだけです。だから、何年も何年も愚にもつかない質問を何度も何度も繰り返すのです。普通の人はこんなに質問を繰り返しません。そして、回答に対して無駄な反論なんかしません。あなたの場合はただの反発で「反論」にすらなっていません。根拠が示されていませんからね。
あなたは哲学をしてるような気分になっていますが実は何も考えていなません。言葉をもてあそんで考えている気分になっているだけです。だから、自分を否定するような要素を持った回答を受け付けられないし、回答に対して慇懃無礼なお礼を書いてしまうだけです。ただ、匿名性の高いインターネットを経由するという状況に甘えて、不特定の第三者に甘えて自分を慰めているだけです。現実の自分のみじめさから目を逸らそうとしているだけです。


>同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか

「『賛同した』ということだ」と回答があれば、質問を無視される自分を誤魔化し、自らを慰めることができますものね。
実に惨めな質問です。

現実を受け入れなさい。そしてカウンセリングを受けに行きなさい。
あと、回答者の皆さんにちゃんと詫びてきちんとしたお礼を言いなおしなさい。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

トランプもヒトラーも 《客観的にただしい》というわけですね。

お礼日時:2017/05/27 08:09

>根拠がありません。



では、他にもっと高い可能性のあるケースがあるというわけですね。「質問者が無視されている」以外の理由で回答がつかないケース・・・しかもレアケースではない例・・・それを挙げてもらいましょうか。
あなたは「例証してください。これも ただの推測発言です。《まともな回答》には そういう推測だけで問題の判断をおこなったというような浅はかな振る舞いはないわけです。」とお礼に書いています。
あなたは根拠がないと断言してるんですから、当然その「根拠がない」根拠となる例証は挙げられるのでしょう。


>《中傷》です。

残念ながら事実です。あなたが自覚していないだけです。


>あとも 中身が見当たらない。精神錯乱に落ち入るのは 自由ですが

いえ、中身が見当たらないのではなく、これまでと同じようにあなたが理解することを拒否しているだけです。目に見えているのに、あなたにとって都合の悪い内容が感情のフィルターを通過できないだけです。
そして精神錯乱に落ち居ているのはむしろあなたの方であり、だからこそ私はカウンセリングを勧めているのです。

ここで回答してくれている回答者のほぼ全員が異口同音に「質問者が無視されている」と回答しています。№34の最後の部分では、私はあなた以外の質問者が投稿した実例まで挙げて見せました。それらの回答の内容も、そういう回答があったという事も、否定のしようのない客観的事実です。そうした回答に対するGoodもだいたい2つ以上ついています。つまり、そうした回答者に賛同する人が回答者以外に存在するということです。
これに対して、あなたの意見に賛同している回答者は一人もいません。これが客観的事実です。

客観的事実を否定するのは、正常な精神のなせる業ではありません。つまり、あなたの精神が異常なのです。


>他人(ひと)に迷惑をかけるのは 自由ではありません。よ。

実際に迷惑をかけているのはあなたの方です。
不特定多数の回答者に時間を取らせて回答させておきながら、回答が気に入らないと慇懃無礼なお礼を返して不愉快な思いをさせる。
どの人もその人なりに誠実に回答しているのに、あなたは自らの非常識を顧みることなく、自分の意見を主張しようとする。立場を全くわきまえていない非常識な態度でしかありません。あなたは自覚してないようですが、不特定多数の人たちに(この質問だけで少なくとも20人以上の回答者に)迷惑をかけているのです。
私があなたに迷惑をかけていると思うのは勝手ですが、それはただの逆恨みでしかありません。自分の幼稚さを自覚なさい。

繰り返しますが、ここは質問して回答を得る場所であって、あなたの意見や主義主張を表明する場所ではありません。
あなたの承認欲求を満たすために自分の考えや主張に賛同を得たいなら、別の掲示板かブログかツイッターでやりなさい。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ ~~~~~~~~~~
 >根拠がありません。

では、他にもっと高い可能性のあるケースがあるというわけですね。
~~~~~~
☆ これで 《精神錯乱》だとわたしが言ったことが証明されました。

お礼日時:2017/05/26 19:41

>☆ その回答というのは 可能性のひとつを推測して打ち出しましたと


>いうものでしょう。それ以上のことは 明らかになっていません。

 それを言ったらどんな回答も「可能性の一つ」でしかありません。しかし、私を含む個々の回答者たちが想定している状況は最も高い可能性で、それ以外はレアケースと評価していいでしょう。それとも、一般論の範疇でしかもレアケースとならない状況があるのですか?
それを特定しないのであれば、あなたは結局駄々をこねて無いものねだりをしている子供と同じです。

>この質問に対するしかるべき回答は:
>1. どういう中身で質問を繰り返し挙げているのか? これを明らか
>にしないと答えられないぢゃないか。――これが ひとつ。

これはね、あなたは想像できていないようですが、こういう場所で繰り返される質問には共通点があるんですよ。
あなたの過去の質問にも同じような共通点があります。
回答者はそれを踏まえたうえで「質問者が無視されている」と回答しているのです。


>2. じつは あなた(=質問者)の挙げている質問とそのやり取りに
>ついては 読んで知っている。それに基づき回答をするなら これこれ
>だ。とか あれそれだ。とかとなる。――これが もうひとつでしょう。

それやるとめんどくさいんですよ。
一々説明しろというのであればやってもいいですが、あなたがこれまで繰り返してきた質問が何件あるか自分で数えてごらんなさい。それに一々この質問の場合はああでこうでと説明しなきゃいけない。しかもあなたは最初から納得する気が無い。付き合わされる方にとっては拷問に近いです。
まあ、自分で自分の質問につけられた回答を再度チェックしてみればいいんじゃないですかね。あなたが哲学者にふさわしい聡明な洞察力を持ち合わせているなら、その文面から自分の質問や質問者がどのように評価されているかうかがい知ることができるでしょう。昔風に言えば「行間を読め」、今風に言えば「空気読め」ってことです。

もっとも、それができないから今回のような質問をされてるんでしょうけどね。
それにしても、空気読むのは洞察力とは別のセンスが必要なので、空気読めないってだけなら特にどうとは思いませんが、行間読める程度の洞察力は無いと哲学書なんか読めないでしょ。それとも行間読めてるけど、感情のフィルターがかかるのかな?

具体的にあなたの過去の質問を例にあげて説明しろと言うのであれば、それはそれでやらんこともありませんよ。その場合はリンク張ってください。


そういえば、この回答を書いてる最中にあなたの過去の質問以外で、何度も繰り返されているけど質問者が無視されているせいで回答がつかない絶好の例を思い出しましたよ。それはあなたも見たことあるはずです。多分、あなたもそれを見たときに他の人と似たような評価をしてると思います。他の回答者があなたの質問を見たとき、そういう評価をあなたに対してしてるんだと思ってくれると、多分あなたにも理解できるんじゃないでしょうか?

その絶好の例は、ほら、犯罪者赤羽なんちゃら弁護士がどうのこうのと毎日毎日おなじ質問を繰り返している人がいるでしょ。あれですよ。
毎日毎日、アカウント変えてまで同じ質問を投稿し続けてるけど、誰も相手してないでしょ?誰も反論も批判もしないでしょ?
でも、それって誰も賛同してるわけじゃないでしょ?あなたもあれに賛同したわけじゃないでしょ?
教えて!gooの中で「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ない」のもっとも代表的な例じゃないですか。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 私を含む個々の回答者たちが想定している状況は最も高い可能性
で、それ以外はレアケースと評価していいでしょう。
☆ 根拠がありません。

★ あなたの過去の質問にも同じような共通点があります。 / 回答者
はそれを踏まえたうえで「質問者が無視されている」と回答している
のです。
☆ 《中傷》です。

あとも 中身が見当たらない。精神錯乱に落ち入るのは 自由ですが
他人(ひと)に迷惑をかけるのは 自由ではありません。よ。

お礼日時:2017/05/25 23:18

>あなたの自己表現は カッコウをつけているだけの文章でしょう。



それはむしろあなたの方です。
あなたの書く質問文やお礼に中身らしい中身があった事がありましたか?
とても中二病的で字面のわりに内容が薄いです。


>ひとつの主題・ひとつの論点でも 中身を取り上げて自分の見解
>を述べたことがありますか?
>幸か不幸か この国では そういった文体もどきが 優勢である
>ということです。

いいですか?
こういう場所では、特殊な事情があるならばその特定の条件を特記しない限り、一般論でしか回答は得られません。また、常識ある回答者は一般論でしか回答しません。
一般論や原則論からは外れるような例外的なレアケースを一々挙げてゴチャゴチャと徒に言葉を羅列するのは、回答者としてはむしろ不誠実な行為でしかありません。
なぜなら、実際の質問者は特定の一人であったとしても、ここの記事を読むのは不特定多数だからです。疑問に思って解決できない事をネットで検索してここにたどり着く人が読むからです。そして、ここはそういう使い方を前提にして作られています。だからすべての回答者は、質問者と同じような疑問を抱える質問者以外の不特定多数の読者の存在を踏まえて回答しなければならないのです。開かれた場所で質問し、開かれた場所で回答をするということは、そういうことなのです。

そして、あなたのここでの質問は「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか」だけです。そこに一般論や原則論から外れるような条件は何もありません。

であれば、その質問に対する一般論的回答は「質問者が無視されている」の一言に尽きます。すでの20人以上が異口同音に回答している。これこそ「然るべき」回答です。
それ以外の回答はまず返ってきません。それが常識であり、客観的事実だからです。「この質問に一般論が当てはまらない特殊な事情」なんてものは、回答者は踏まえてませんし踏まえません。あえていうなら、それを踏まえて回答しているのは私だけです。その特殊性とはすなわち、あなたの認知機能障害(の可能性)です。
唯一にしてもっとも有力な一般論的回答「質問者が無視されている」を、普通の人では考えられない程強硬に拒否している。
その理由は簡単な話です。あなたは現実逃避のためにここに来ていて、現実逃避のための回答しか求めていないからです。

やたらと哲学哲学と繰り返し、自分が哲学者であるかのように装いながら、ここで質問し、気に入らない回答に見当違いな反論をし、気に入らない回答をする回答者を不当に見下すことで自分を慰める。実に、中二病的です。
あなたみたいな哲学者なんかいません。本物の哲学者はこんなところで質問なんかまずしません。本物の哲学者ならまず自分で考えます。自分で考え自分で切り開くことこそが哲学者だからです。そして、ここで得られる回答は一般論にすぎないことをよく知っているからです。ここで質問するとしたら、他の哲学者の考え方について「あれ、〇〇の××論って▽▽だっけ?」みたいな質問だけでしょう。自分の悩みについて質問するなんて、まして他人に同意や賛同を求めるなんてあり得ません。そんな自らの主義主張の評価を他人に頼るような人は哲学者じゃありません。

あなたは自己承認欲求を満たすためだけにここに来て質問しているだけです。だから自己承認に繋がらない回答はあなたにとってノイズでしかなく「然るべき反論や批判」にはなりえません。でも、それはあなたの主観にすぎず、客観的評価とは異なります。客観的には「然るべき反論や批判」がほとんどなのです。だから、いつまでたっても回答者が示す客観的事実と対立し続けることになる。あなたは否定され続け、あなたは不満を隠さない。だからそのうち回答者が愛想をつかして見捨てていく。無視するようになる。無視されている事実が受け入れられないから「反論や批判が出ないのは 賛同したということ」なんて、小学校中学年~中学生ぐらいの子供が取りつかれるような勘違いを年甲斐も恥ずかしげもなく振りかざすことになる。


>それは みんな クリスマスツリーのカザリとしての議論です。

飾りは飾りだとしても例えるならクリスマスツリーじゃなくて「豚に真珠」です。「猫に小判」でもいいですね。
純粋に受け取る側の問題です。個々の回答はどれも的を得ています。しかし、その的はあなたにとって当ててほしくない的だったというだけのことです。


あなたにとって、私の回答がどれほど不愉快な物かは想像に難くありません。決して認められないでしょうし否定したくて仕方ないでしょう。ですが、私の回答はあなたの考えよりもよっぽど客観的事実に近いのです。なので、あなたがどれほど言葉を尽くそうとも、完全に否定することはできません。現実からは、決して逃げ切ることはできないからです。

これも、「例証が必要だ」といって拒否するのでしょうね。
でも、例証よりもよっぽど簡単かつ確実に確認する方法がありますよ。あなたが協力してくださるならね。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ であれば、その質問に対する一般論的回答は「質問者が無視されて
いる」の一言に尽きます。すでの20人以上が異口同音に回答している。
これこそ「然るべき」回答です。
☆ その回答というのは 可能性のひとつを推測して打ち出しましたと
いうものでしょう。それ以上のことは 明らかになっていません。


この質問に対するしかるべき回答は:
1. どういう中身で質問を繰り返し挙げているのか? これを明らか
にしないと答えられないぢゃないか。――これが ひとつ。

2. じつは あなた(=質問者)の挙げている質問とそのやり取りに
ついては 読んで知っている。それに基づき回答をするなら これこれ
だ。とか あれそれだ。とかとなる。――これが もうひとつでしょう。

お礼日時:2017/05/24 23:03
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Q同じような内容について、何回も執拗に質問される方は、どのような性格や心理なのでしょうか?

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ところで、同じような内容について、何回も執拗に質問される方がいらっしゃいます。
その方は、どのような性格や心理なのでしょうか?

Aベストアンサー

>その方は、どのような性格や心理なのでしょうか?

回答を読む気が無い、あるいは回答を理解する能力を欠いているのでしょう。

その人は、回答から学ぶ姿勢は無く、自分の投稿および、回答へのお礼欄を使って自己主張を繰り返すのが目的だと思います。
きっと、実社会で相手にされないので、サイバー空間で憂さを晴らしているのだと解釈できます。

Aベストアンサー

想像するに、頑固で自分が絶対に正しいと思っていて負けず嫌いな上に人から認められることを望んでいる
そんな人でしょうね
何回も執拗に投稿するのは負けず嫌いで人から認められたいという欲求を表していて
同じ内容は頑固さと自分が正しいという自負の表れだと思います

そういう回答者に回答されたら質問してる側の人は厄介でしょうね
他の質問とかでもそういう人を見かけたことがあります

今挙げた人間性の中でも特に厄介なのが自分が絶対に正しいと思っていることだと私は思います
まず自分の言っていることは正しいという大前提ありきで回答するので
質問者からその回答に対するお礼(疑問や批判)が投げかけられても正しく内容を読み取ってはくれない
分かりやすく言うと疑問も批判も自分の主張の正しさと適合するように読み取ってしまう
まぁすれ違いですね
いや、すれ違いですらないかもしれない
質問者側からすればすれ違いですから何度も同じお礼を寄せて、回答者は何度も同じ回答をする
そんな堂々巡りが哲学カテではよく起きているように見えます

bragelloneさんは質問することが多いからそういう回答者によく出会うでしょう?
そういう人と議論をしても結局は堂々巡りになってどこにも行き着かないただの時間の浪費になるだけですから
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想像するに、頑固で自分が絶対に正しいと思っていて負けず嫌いな上に人から認められることを望んでいる
そんな人でしょうね
何回も執拗に投稿するのは負けず嫌いで人から認められたいという欲求を表していて
同じ内容は頑固さと自分が正しいという自負の表れだと思います

そういう回答者に回答されたら質問してる側の人は厄介でしょうね
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Qきのう、友人から、借りて 読んだ本があります。 この文章の意味がさっぱり、わかりません。わかる方いら

きのう、友人から、借りて
読んだ本があります。

この文章の意味がさっぱり、わかりません。わかる方いらっしゃいますか?

『文章を書き慣れた人は、いまわたしがもっともらしく述べたようなこころの中での手続きを、文字化する以前に頭の中である程度はすませておくものだ。
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Aベストアンサー

その文章は、多くの方が簡単に理解できそうですよ。
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Q死後は無と考えている人に質問です ひとに死後 魂 心は存在しないと証明できますか?

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(No13,16の誤字訂正です)

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お礼ありがとうございます。

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Q日本人は なぜあほうとばかとが多いのか?

ばか丸出しのわたくしから見てもそうであり 目立つ場合に極論したらというこ
とです。(ほかの国の人びととは特には比べていません)。
――これを問います。


昔の日本人を思い描いてみるに こうだったのではないか:
1. きわめて話し下手である。
2. 知らない人とは容易に口を利くことをしないし できない。
3. そのくせ 人のことをよく見ている。見知らぬ人が困っているのを見たら 
むしろ何のためらいも無く声をかける。
 
4. 向こうから人が歩いてくれば道をゆづる。お年寄りには席をゆづる。
 
5. 報酬が決まりより多く支払われると 突き返す。決まりとは違うという意
味らしかったが 怪訝な顔をして 突き返す。
 
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ばかとを掛け合わせたように ただしにこにこ顔で だまっている。ただし困っ
ている様子をみたら 自分がパニクったごとくその人のために何とかしてやろう
と最後まで奔走する。


いまは:
8. ぺらぺらべらべら しゃべり過ぎる。ところが中身にとぼしい。
 
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13. ・・・(みなさんのご意見を)・・・

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15. 能書きは かしこまるような有り難い言葉でなければならないが 内容
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16. すなわち 人びとのあたまの中に 互いに地続きの《観念の運河》が築
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が現われる。その独自のゴンドラを漕いでいると 寄ってたかって恒例の足引っ
張りなるイヴェントを始める。・・・のではないか?

ばか丸出しのわたくしから見てもそうであり 目立つ場合に極論したらというこ
とです。(ほかの国の人びととは特には比べていません)。
――これを問います。


昔の日本人を思い描いてみるに こうだったのではないか:
1. きわめて話し下手である。
2. 知らない人とは容易に口を利くことをしないし できない。
3. そのくせ 人のことをよく見ている。見知らぬ人が困っているのを見たら 
むしろ何のためらいも無く声をかける。
 
4. 向こうから人が歩いてくれば道をゆづる。お年寄りに...続きを読む

Aベストアンサー

難しい質問を多くしておられますね。
物事を追求する姿勢は尊敬に値します。
あなたの質問は日本人の昔と今の比較でしょうか?
鎖国で築き上げた文化と明治以降の外国からの情報、モラル等の流入、
戦後の混乱、超高度発展を遂げた結果・・・
日本人の多くの豊かなこころが失われていったと思っています。
賢い人は難しい言葉を使いたがる。 悩む人は行動しない。
自己中の人は他人を傷つける。
人とのふれ合いは同じ目線でわかりやすくしないと反感を持たれます。
日本の良さは更に失われていくでしょう。

Q哲学に オッカムの剃刀は 要らないか

1. 必要だ。格調高いケチの原則でよい。

2. クリスマスツリーのカザリは要らぬが 樅の木は生きている。香りを放つ。
格調高いと言うが その言い方ではあいまいだ。生きた香りが必要である。それ
までを剃り落とすと言うなら 間違っている。

3. ~~~~~~~~~~~~~~~~
いやいや 何ごとも かたちから入るのだ。郷に入れば その思考形式が成り立
っている。それこそ生きている。相手を思いやり相手に合わせると言うではない
か。これをないがしろにして 何を伝えんとするのか。

そりゃあ かたちだけではダメだろう。中身がともなわなくっちゃ。

だけれど 近ごろでは――ひょんなことで告別式に出る機会があったのだが―― 
坊主が 漢文のお経を詠んでから 日本語でも説教するではないか。中身が分か
るように努力している。

そういうもんだ。飾りは 伊達にあるもんぢゃない。ぶっきらぼうで成功する確
率は みみずが論文を書くようなものだ。

せいぜい これくらいの長さで 話は するもんだ。剃刀というような物騒なも
のは要らない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


☆ 哲学に オッカムの剃刀は 要らないか。

1. 必要だ。格調高いケチの原則でよい。

2. クリスマスツリーのカザリは要らぬが 樅の木は生きている。香りを放つ。
格調高いと言うが その言い方ではあいまいだ。生きた香りが必要である。それ
までを剃り落とすと言うなら 間違っている。

3. ~~~~~~~~~~~~~~~~
いやいや 何ごとも かたちから入るのだ。郷に入れば その思考形式が成り立
っている。それこそ生きている。相手を思いやり相手に合わせると言うではない
か。これをないがしろにして 何を伝えんとするのか...続きを読む

Aベストアンサー

#2です。

>☆ 取りあえずは 趣旨説明における(3)の文章例で考えてみて

まず、繰り返しになりますが確認するなら、
「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」
のですから、
『ある事柄を説明するために、必要な(と思う)範囲では多くを仮定すべきである』
と言ってることになる。
☆日本語でも説教
したのも、坊さんが必要だと思ったからこそであり、「オッカムの剃刀」の範疇だという理屈になる。
というわけでオッカムさんは別にして、という条件で申し上げざるを得ませんが、
少なくとも、闇雲に剃刀を旗印にするのは単なる自己満足でしょう。
「これ以上の説明が必要なのはお前であって俺ではないのだから、わざわざ答えてやる気はない」と言ってるわけでもあり、その意味では、愛に欠ける、とも言えそうです。
ただ、リビドーとしての愛を他者へ放出するのはエネルギーを消耗するところから、個々の裁量の範囲、と言わざるを得ず、「愛に欠ける」と目くじらを立ててもしかたない。
論議するなら当然の条件だろうとおっしゃるでしょうが、この場合もやはり、論議すること自体がリビドーの放出になりますので、不当な要求をされたと逆恨みされるのが関の山。
シンプルイズベストではあるのですが、そのこと自体がシンプルに成立するわけではない、という気もする次第。

#2です。

>☆ 取りあえずは 趣旨説明における(3)の文章例で考えてみて

まず、繰り返しになりますが確認するなら、
「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」
のですから、
『ある事柄を説明するために、必要な(と思う)範囲では多くを仮定すべきである』
と言ってることになる。
☆日本語でも説教
したのも、坊さんが必要だと思ったからこそであり、「オッカムの剃刀」の範疇だという理屈になる。
というわけでオッカムさんは別にして、という条件で申し上げざるを得ません...続きを読む

Q哲学では、何が正解なのですか? どうやって、正解を求めるのですか? そもそも、正解はないのですか?

自然科学では、言い分が対立した場合、“実験をやろう”、“予測をしよう”、“論理の精密な積み上げをやろう”ということになり、正解が独りでに決まってしまいます。
哲学では、何が正解なのか分りません。各人が、勝手に言っていうだけ、と感じます。
百家繚乱とは言えず、百家争鳴のような気がします。

以下質問です。
哲学では、何が正解なのですか?
どうやって、正解を求めるのですか?
声が大きい(多い)方が正解なのですか?
そもそも、正解はないのですか?

Aベストアンサー

科学哲学が参考になります。https://oshiete.goo.ne.jp/qa/53553.html左記質問のno.2による科学と哲学の違いが良い説明。
 no.2
 「科学哲学」をどういう意味で仰ってるのか、ちと見当が付き
 ませんが、科学が哲学の一分野であるという認識を持っていら
 っしゃるのなら、さほど難しい話ではないと思います。

 テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べてみると、
 (0)観察をする。
 (1)仮説を立てる。
 (2)仮説から演繹される予想を立てる。
 (3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。
 (4)予想を実験で検証する。繰り返し実験を行って再現性を確か
   める。
 (5a) 実験が予想に反するなら仮説を棄却する。あるいは
 (5b) 実験が予想に良く合うなら、ひょっとしたら仮説は正しい
   のかもしれない。
 ということですが、(0)(1)(2)(3)までで終わればまだ「科学」の
 体をなしていない。
 (0)(1)(2)(3)(4)まででもまだ中途半端。
 (0)(1)(2)(4)(5b)というのは、しばしば勘違いの誤謬を含む。
 (0)(1)(2)(3)(4)(5a)となれば、これは立派な「科学」で、失敗報
 告という論文が書けます。既にある理論に対立する理論を構築
 し、検証したが否定された。これは重要な価値を持っている。
 (0)(1)(2)(3)(4)(5b)の場合、形而上学的に(1)を認めちゃうという
 短絡をやらかすと「科学」ではなくなるし、哲学としてもお遊
 びレベル。この場合(1)は「一応の仮説」として提言されるべき
 で、何度も(2)~(5b)のサイクルを回った上でようやく「一応最
 もらしい学説」に昇格する。でも反例が一つ出たら瓦解します
 。だから、哲学としては(0)を追加するなり、(1)を精密化するな
 り、(2)のバリエーションを作るなりして一層深い研究を進める
 べきです。
 かくて、(0)(1)(2)(3)ぐらいのレベルをいろいろ検討して(手間と
 コストを掛けて実験してみる価値のある)良い仮説を構築すると
 ころまでは間違いなく哲学で、ことに(5a)(5b)の次のサイクルを
 方向付ける、(0)(1)(2)(3)こそ哲学の仕事です。その指針として(
 検証不可能であるところの)形而上学があったって、それは構わ
 ない。どの仮説から手を付けようかサイコロ振って決めるというの
 よりも、人間の洞察力を信じたいですね。(しかし何度か旨く行
 った形而上学が、だからといって信仰に化けてしまうのは感心いた
 しません。)

まとめ。科学は哲学の一分野である。テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べる。
(0)観察をする。
(1)仮説を立てる。
(2)仮説から演繹される予想を立てる。
(3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。
(4)予想を実験で検証する。繰り返し実験を行って再現性を確か
  める。
(5a) 実験が予想に反するなら仮説を棄却する。あるいは
(5b) 実験が予想に良く合うなら、ひょっとしたら仮説は正しい
  のかもしれない。
科学は(0)(1)(2)(3)(4)(5a)と(0)(1)(2)(3)(4)(5b)をたくさん集める。(5a)のとき失敗報告という論文が書ける。既にある理論に対立する理論を構築し検証したが否定された。これは重要な価値を持っている。(5b)のとき、類似したたくさんの(5a)とあわせて科学。でも反例が一つ出たら瓦解する。
哲学は(0)(1)(2)(3)ぐらいのレベルをいろいろ検討して(手間とコストを掛けて実験してみる価値のある)良い仮説を構築するところまで。次のサイクルを方向付ける。指針として検証不可能である部分を持つ。

リンク先の質問とno.1~no.83を読んでみると、哲学で意見が対立する場合、範囲の設定、現象の特定、現象の呼び名、現象から推測される予測が異なってくるのだと思う。予測が否定されると、自身の信条が否定されたと強く感じてしまうと、自身の予測に矛盾があるのが自身で認められなかったり、自身の予測の反例となる現象が認められなかったりする。範囲の設定、現象の特定、現象の呼び名が同意できなくなる。論争になる。正解が見つからない感じになる。

声が大きい(多い)方が正解というのは誤り。リンク先のno.2の説明が良い説明だというのはno.20の直感。どうして良いのかは説明できない。✕百家繚乱〇百花繚乱。

科学哲学が参考になります。https://oshiete.goo.ne.jp/qa/53553.html左記質問のno.2による科学と哲学の違いが良い説明。
 no.2
 「科学哲学」をどういう意味で仰ってるのか、ちと見当が付き
 ませんが、科学が哲学の一分野であるという認識を持っていら
 っしゃるのなら、さほど難しい話ではないと思います。

 テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べてみると、
 (0)観察をする。
 (1)仮説を立てる。
 (2)仮説から演繹される予想を立てる。
 (3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。...続きを読む

Q過剰な自画自賛?

少し前から気になっていたのですが、日本文化を称賛する論調が多すぎると思います。
外国人タレントが文句を言ったりしています。
日本人である私も、食傷気味。

これって、どういう現象なのでしょうか?

Aベストアンサー

昭和6年(1931年)から昭和20年(1945年)にかけてと同じ現象。歴史は繰り返す。
http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-2065-3

日本人の気質は奥ゆかしい(はたして本当にそうかはともかく)のに、自画自賛を大声で主張する行為は相容れなくて、行き過ぎると気持ち悪く感じます。


No.2さんの「自信喪失の裏返し」は成る程なと思いました。世界第2位の経済大国との自負も、2010年あたりに国内総生産(GDP)が中国に抜かれて世界3位になってしまいましたからね。日本メーカーの製品の多くも今では海外の工場で作ってますし、中国メーカーの製品も物によってはですがかつての安かろう悪かろうを脱してますし、日本の有名家電メーカーなどが中国や台湾の会社に買収されたりしてますからね。

日本に良い所が色々あるのはテレビで何度も繰り返し言われなくても分かってるし、他国の良い所を賞賛したり、見習ったりする姿勢が低下していかないか心配です。

ドイツの脱・原発の選択に日本も続こうというような風潮も少し前は多少あったのになぁ……

昭和6年(1931年)から昭和20年(1945年)にかけてと同じ現象。歴史は繰り返す。
http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-2065-3

日本人の気質は奥ゆかしい(はたして本当にそうかはともかく)のに、自画自賛を大声で主張する行為は相容れなくて、行き過ぎると気持ち悪く感じます。


No.2さんの「自信喪失の裏返し」は成る程なと思いました。世界第2位の経済大国との自負も、2010年あたりに国内総生産(GDP)が中国に抜かれて世界3位になってしまいましたからね。日本メーカーの製品の多くも今では...続きを読む

Qこの世は人間が認識するまでは存在しない

《特報》「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認

したそうです。
http://oka-jp.seesaa.net/article/420222661.html
画像には複雑そうな機器が見えますが、人間、あるいは認識が、この実験にどのように関わっていたのかご存知の方おられましたら、お願いします。
どんな実験だったのか?
興味が尽きません。

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、観測者が見るまで不確定と言うのも、おかしいような気がしますよね?
ただし、記録内容は、観測者が見るまで、誰も見ていないわけです。
そういう意味では、それが、確定した記録と信ずる証拠も無い事になります。
もちろん、マクロの範囲ではそういう事はありませんし、一般的に記録媒体の記録が、見るまで不確定と考える人もいません。
量子力学が、「因果性」、「局在性」、「実在性」に対して、確率的な法則しか与えられない以上、理論が述べられるのは、そのような事でしか無いと言う事です。
今、仮に、観測者自身も、量子力学の範囲の観測系として、その不確定性の影響を受けるとすると、観測者自身も一定の確率で、その収束結果を見る存在として、存在すると考える事も可能になります。
そうならば、未来にAと言う結果と、Bと言う結果を見る観測者は、観測するまでに、同等の確率で存在しえた事になります。
そう考えれば、観測の直前までは、観測者自身も未来の可能性において、確率的存在だと言える事になります。
もちろん、その事によって、観測者自身が変わるわけではなく、その未来の可能性が不確定なだけです。
これが、いわゆる量子力学の「多世界解釈」という解釈の方法です。
多世界と言う言葉は、同時に複数の世界があると言う意味ではありません。
未来の分岐可能な世界が複数存在すると言う意味であり、SFなどのパラレルワールドと言う意味では無い事に注意してください。
観測者は、量子力学の実験において、波動関数が示す確率によって、違う観測結果を見る可能性を持つ存在として、観測前は存在していると言う事です。
そして、観測によって、ある観測結果を見る存在として、収束すると言う事です。
これは、ある可能性が捨て去られたと言う事ですから、ある意味、観測者自身も、その結果の影響を受けていると言えなくもないです。
ただ、これは、実験がある確率で測定結果を与える不確定性を持っていると言う事だけであり、未来は不確定と言うのは、ある意味、当たり前の事です。
表れない未来として、違う観測結果の未来は存在しえたが、観測によってそれが収束したと言う事は、観測するまで、未来が確定しない事は言えますが、人間が観測するまで、物理的存在が、存在しないと言う事まで言及しているとは言えないと思います。

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、...続きを読む

Q不可知を 未知と分けて――哲学なら――用いなければいけない

不可知も まだ知られていないこととしては 未知でしょう。

では わざわざ不可知と言うのは どうしてでしょうか?

定義してください。

Aベストアンサー

#76です。

1.
>☆☆ 非知
☆ のほうが だいたいほかの方法よりよさそうだと言おうとしています。

了解しました。

>でも 哲学する人は ぶらじゅ何とかというどこの馬の骨とも分からないや
つが 非知を言い始めたと知って ほかの方法を考えようとするでしょうね。

いえいえ、そうとは限りませんよ。
☆ 非知
に関しては、
☆ のほうが だいたいほかの方法よりよさそう
といった謙虚なるご見解は不要で、
むしろ、それしかないと言えるほど稀有の視点ですよ。
少なくともわたしはそう認めています。
ただし、人間存在の最終原因とか、神とか、摂理とかいったように、その思考の対象がすでに定まったものに対して適用するのは妥当とは思われない。
つまり、
『 過去、人間は、未知・既知といった経験事象としての概念の他、知り得ないと判断する思考現象としての不可知という概念を操ってきた。しかし世界には、知り得るか知り得ないかが知り得ない、と言わざるを得ないような [ 何か ] は常に存在しているのであり、それは 非知 とでも呼ぶべき対象なのである。』
といった脈絡で採用されるべき視点ではないか、と思う次第。

2.
そのあとの記述も精査しましたが、
>★ つまり、連続説の場合も、(ⅲ)の内容については大いに同意するものです
が、
 ☆’《とはいえ、経験事象が そうしたナゾの影響を受けていることもまた事実
 である》
★ といった続きがあるわけです。
☆ この《続き》は 一たん非連続(つまり 淵があって超えねばならなかった)
を認めたあとの《手続き》としてなのです。さもなければ 《無限》が 有限世
界と地続きだとなります。

☆超えねばならなかった
ものではなく、あくまで、当初から並立しているもの です。
こういった内容に象徴されるように、すべてが 非知を大前提にした論理展開 となっていますよね。
なぜ、非知でなければならないのか?
ここが示されない以上、弱いのではありませんか?

3.[ おまけ ]
>☆ というのは 《絶対の隔たりが 〈無限〉と人知とのあいだに ある》と認
めた上でそのあと それでも わたしは連続説に立つのだという宣言なのです。

違います。
あくまで「宇宙の摂理の象徴としての神」の場合にはですが、
☆絶対の隔たり
は当初から認めていません。
よって、
>★ ここで〔☆ こそ〕また連続・非連続の論議に舞い戻ってしまうわけで〔☆
それに関しては〕やはり見解の相違と判定するのが妥当じゃないですかね。

といった甘言に篭絡されるいわれもありません、ということになりそうです。

>★ むろん、この場合の「直接」は、一般の経験事象同士における直接とは意味
が異なることは、128回ほど申し上げているので、すでにご承知のはずでしょ
うけど。
☆ 鯉の滝登りではありませんが 一たん有限から無限の夢幻境へと論理で駆け
上ったからには その《精神の軌跡》を抜きにして この《直接》の意味内容を
考えるわけには行きません。でしょう?

★原因が分かったとしても、その原因に対する原因が永遠に付きまとうので、最終原因は永遠に不可知と言わざるを得ません。
という言及に関して、
・原因=有限での経験事象
・最終原因=無限の夢幻境での事象
のように分けてお考えなのだと思います。
しかし、
★原因が分かったとしても
という表現は、
「あ、これだ!」のように
★原因が分かったとしても
といった意味ではありません。
★原因に対する原因が永遠に付きまとう
というのは、論理的合理性に基づいて、つまり、これだけで成立している命題なわけです。
説明上、例として挙げることはありますが、経験事象としての原因を必須の要素として必要としているわけではない、という点にご留意いただければと思います。

#76です。

1.
>☆☆ 非知
☆ のほうが だいたいほかの方法よりよさそうだと言おうとしています。

了解しました。

>でも 哲学する人は ぶらじゅ何とかというどこの馬の骨とも分からないや
つが 非知を言い始めたと知って ほかの方法を考えようとするでしょうね。

いえいえ、そうとは限りませんよ。
☆ 非知
に関しては、
☆ のほうが だいたいほかの方法よりよさそう
といった謙虚なるご見解は不要で、
むしろ、それしかないと言えるほど稀有の視点ですよ。
少なくともわたしはそう認めていま...続きを読む


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