『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

先日、図書館から佐村河内守の交響曲第1番のCDを借りて来たところ解説に驚きました。
高名な音楽学者であっても作曲家の「背景ストーリー」に影響されてしまい、そのことによって音楽を語っているのですが、こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?
なるほど、音そのものには意味がないわけで、たとえば親しみのない外国語は音声としか感じられないし、意味もわかりません。
それにもかかわらず、多くの人達が音楽から意味を読み取ろうとするために、件の音楽学者のような失態を演じてしまうと思うのてすが。

曲の印象としては、3楽章の終わり頃になって突然マーラー的なアダージェットになって鼻白んだのですが、曲の出来としてはどうなのでしょう?

音楽は説明しないと理解できないか?そしてこの曲の評価の2点についてお聞きします。

A 回答 (1件)

こちらに、私なりの考えを書いてあります。


質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9 …


>こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?

「音楽CD」は、「芸術作品」ではなく「商業製品」ですから。売れれば売れるほど、解説の執筆者の収入も増えるのでしょう。執筆者は音楽業界と一心同体なのだと思います。
CDの解説は、学術論文ではなく、拡販PR文章の延長線上です。もっといろいろ聞いてみたくなる、同じ作曲家の他の曲のCD、同じ演奏家の他のCD、同じ曲の他の演奏家のCDも買いたくなるための。「セカンド・オピニオン」ではないですが、1つの解説を金科玉条にするのは危険です。

>曲の出来としてはどうなのでしょう?

この作品の評価はよく分かりません。例の「贋作」公表以降、誰も語らなくなってしまいました。それまで、さかんに涙を流していた人も。その意味でも、「音楽」として聞かれていたのではなく、「音楽の背景」を聞いていたのでしょうね。
私はNHKか何かで放映された実演を1回聞いただけなのであまり語る資格はありませんが、そのときには「マーラー」と「ショスタコーヴィチ」を折衷したような内容で、曲の内容はともかく、オーケストレーションは職人技だと思いました。(その意味で、佐村河内氏の経歴からは書けないレベルの筆致で、第三者の手が入っているなと思いました。新垣氏の筆であることに非常に納得しました)

そういう「〇〇もどき」の曲が現代に作られることにも意味や意義はあると思います。何が何でも「独創性」や「新奇性」がなければ意味がない、ということではないと思いますので。
1980年代以降のペンデレツキなんて、そんな感じですよね。
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この回答へのお礼

ありがとう

丁寧なご回答をありがとうございます。

音楽CDは商業製品だということで納得しました。
この曲を繰り返し聴いているうちに、細部がだんだんハッキリしてきて、ショスタコーヴィチが好きな方なら受け入れられると思いました。ショスタコーヴィチのような極端な音程の跳躍もなく、既存の交響曲の枠組みを逸脱していないと思います。

また、この前ジュンク堂書店に行って検索したら、岡田暁生さんの著作が数多くヒットしたので、今後の読書リストに入れさせていただきます。
『音楽の聴き方』中公新書 は買いました。また、『ピアニストになりたい』春秋社 も読みました。

ペンデレツキも例の曲もWikipediaによると、曲名が後付けのようなので、どうしてもある情景が浮かんでしまうのが残念です。

お礼日時:2017/06/03 09:35

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Qフジコ・ヘミング について

最初にお断りしておきますが、これは、フジコ・ヘミングさんを誹謗するものではありません。 音楽家(芸術家)としての あり方についての 私見です。

先月、彼女のコンサートに行ってきました。 友人に誘われたのです。日本、L.A. NYC あたりだと $100 ぐらいするそうですが、安かったし、私の住んでいる州にくるので(それなら行こうかな。)と思ったしだいです。
個人的には彼女のこと、(素晴らしいピアニスト)とは思っていませんでした。ただ、日本ではかなり人気があること。 You Tube で、(魂のピアニスト、だとか、鳥肌が立ちました。)などという感想があったため、(どんな演奏かな?)と、聴きにいきました。

はっきり申し上げて、ひどかったです。 ミスタッチだらけ。 ベートーヴェン の Moonlight Sonata 第三楽章にいたっては、ミスタッチだけでなく、テンポもめちゃくちゃ。 おそらく、あの速さの曲はひけないのだろう、と思いました。十八番の ラ・カンパネラは 上手に弾いていらっしゃいました。 Chopin のノクターンも Interpretation はほとんどなく・・・・。

音楽に全く詳しくない友人も「やる気のなさ、がわかった。」と言いました。でも、彼女はミスタッチはわからなかったそうです。(多分、ピアノを弾かない人はそうかもしれません。) 聴衆(98%日本人)は スタンディング オベーションをしていましたが、私は失礼ながら”座ったまま”でした。 お歳もいかれているので 仕方が無い部分もあるかもしれません。人間ですから”気分がのらない時”もあるでしょう。 でも、プロでお金をとっているなら、それなりの演奏をするべきだと思います。 過去の彼女のインタビューに ミスタッチを指摘された際「人間ですもの、間違えるわよ。」とおっしゃったそうですが、プロならミスタッチを聴衆に分からないようにするべきだはないでしょうか。

あくまでも、私の私見ですが、日本で大人気の disability のピアニストも もし、彼が健常者だったらあれだけの人気がでただろうか、と思います。

スポーツ選手も芸術家も ピークというものがあります。 それを、著しく過ぎた方は潔くRetire するべきだと思います。 
音楽に造詣の深い方、フジコさんの演奏をどう 思われますか?
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Aベストアンサー

ホロヴィッツが初来日した際、「ひびの入った骨董」と酷評した故・吉田秀和氏。

もはや齢80歳、伝説的なピアニストを一目見よう(聴こう)と高額なチケットを求め期待に胸を膨らませて会場に足を運んだ聴衆たち。

ステージで弾いているのはまさしく本人。今までレコードやCDでしか聴いたことのない遠い存在の人が眼前に。

しかし、肝心な演奏は・・・ミスタッチだらけ・・・そこには確かにかつての世界的巨匠がいるのだが。

もはや骨董と化した伝説の名ピアニスト。

けれど、憧れの骨董品をやっとの思いで所有する喜び。残念ながらひびが入っている。価値は下がるがそれでも欲しい・・・

とにかく、生涯にあのホロヴィッツを生で聴けた・・・それが何より重要なのですね。

会場を後にした人たちは恐らく殆どがそんな思いを持ったのでは・・・?

で、フジコ・ヘミング。

勿論、第一級のピアニストでもなく、経歴等マスメディアにより持ち上げられた感が多分にあるようです。

ま、純粋なクラシックピアノ・ファンならば彼女の力量・レベル・知名度?を十分理解しているはずですので。

加齢によりテクニックの衰えを感じ自ら引退するか、それでもいいから熱望する聴衆の前に姿を現すか、

そのあたりは時のなりゆきに左右される場合があるのでしょう。案外、幾つになっても(出たがり?笑)かも。

ミスタッチだらけとしても、見てて(聴いてて)ホロヴィッツなどとは聴衆の受け取り方には明らかに違いがあります。

現に質問者さんもそう思われたのでは?

彼女に関して言えるのはこの位ですね・・・

ホロヴィッツが初来日した際、「ひびの入った骨董」と酷評した故・吉田秀和氏。

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Q吹奏楽で音楽的な事は学べないの?

私は吹部でフルートを吹いています。
それで疑問に思ったのですが、なんで吹奏楽はフラットばかりの調なの?と言うことです。

私は小さい時からピアノを習っていて、ピアノなら初級の頃からシャープが付く曲が出てくるのに、吹奏楽では一向に出る気配は有りません。
フルートが仮に♯1つならクラリネットやトランペットは♯3つになるので、指が回っても耳がついていけないでしょう。私の好きなモーツァルトのフルート協奏曲は♯3つのイ長調なので、吹奏楽では絶対に出て来ない調です。

それと吹奏楽は管楽器だらけなので、音程が合うはずもないのに、先生は音程が悪いと理不尽なことを言います。

最近気づいたのですが、全日本吹奏楽コンクールに出てくる大学は偏差値40台のFランですが、偏差値60台の大学はオーケストラの方が有名です。私も大学にいったらオーケストラに入るつもりです。

話が長くなりましたが、吹奏楽で音楽的な事は学べますか?フラットの曲ばかりで嫌になるし、音も吹奏楽は汚くて悲惨です。

Aベストアンサー

管楽器は、歴史的な理由から、FとかB♭とかE♭とかの楽器が多いですから、フラットの曲が多くなるのは仕方がないですね。

それに対して、弦楽器は、E、A、D 、G、C、とかに調弦するので、必然的にシャープ系の曲が多くなりますね。

吹奏楽という構成は、それはそれで魅力はあるとは思うのですが、いかんせん、オーケストラに比べて歴史が浅いのと、(そのせいもあって)天才作曲家があんまり吹奏楽の構成の曲を書いてないので、吹奏楽ならではという名曲があんまりない、ってのは否定できない部分がありますね。
あとは、日本独特の「吹奏楽コンクール」の功罪もあるんでしょうね。オーケストラには、コンクールなんてものはないわけで(全くないわけではないですが)。

Qクラッシックの新曲は

出てないのでしょうか?
出てないとしたら何故なんでしょうか?
出てるとしたら何故あまり売れないのでしょうか?
何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

Aベストアンサー

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年没年はは1678年3月4日 - 1741年7 月28日です。
バッハもほぼその時期で1685年3月31日- 1750年7月28日
モーツアルト1756年1月27日 - 1791年12月5日
ベートーベン1770年12月16日 - 1827年3月26日
ビバルディが生まれてベートーベンが死ぬまでにおよそ150年です。
ベートーベンが死んでからおよそ200年経ちますが、ベートーベン死後もたくさん名作曲家はいますよね?
バレエ組曲「火の鳥」のストラビンスキーは20世紀の作曲家ですし、「ラプソディ・イン・ブルー 」でお馴染みのガーシュウィンも20世紀の人です。

 現時点でビバルディもベートーベンもガーシュウィンも250年間の音楽を「クラシック」という範疇で我々は同じような感覚で聞いていると思います。
ひょっとしたらビートルズのイエスタデイなどもクラシックに入れてもいいかもしれません。

 クラシックという音楽ジャンルをどのように捉えるかと思いますが、音楽でも絵画でも映画でもドラマでも、そのジャンルの先駆者たちはやはりすごく、その後に続く人たち。。。いわゆるフォロワーはどうしても先駆者たちを超えるのは難しいようです。

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年...続きを読む

Qクラシック作曲家の作品の引用について

クラシック作曲家は他の作曲家、たとえばブルックナーが3番の交響曲でワーグナーを引用したり、またジョン・アダムズが『Absolute Jest』という作品でベートーヴェンの交響曲第7番を引用しています。
ショスタコーヴィチは15番の交響曲で、ロッシーニやワーグナーを引用する一方、自作品を引用したりもしているわけですが、

他作曲家を引用する場合と、自作品を引用する場合の違いについて教えて下さい。

Aベストアンサー

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を自由に引用して使っていますね。
・ピアノ協奏曲第1番の冒頭は、ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」の引用。「リスペクト」ととるべきか「パロディ」と考えるか。
・有名な交響曲第5番の第1楽章第2主題は、提示部では短調なので気づきませんが、再現部で長調になるとビゼー「カルメン」のハバネラの合唱にカルメンが乗せて歌うオブリガートの引用であることが分かります。
・いろいろな曲への自分のイニシャル(D-Es(=S)-C-H」の引用。スターリン死亡直後の交響曲第10番や弦楽四重奏曲第8番など。
・交響曲第11番「1905年」に、たくさんの革命歌を引用。体制へのすり寄りか、革命の原点へのオマージュか。(ショスタコーヴィチ自身は父親も含めて革命に共感していた)
・弦楽四重奏曲第14番は、弦楽四重奏曲を初演してきたベートーヴェン弦楽四重奏団の創設以来のチェロ奏者「セルゲイ・シリンスキー」に献呈され、自作のオペラ「マクベス夫人」からのカテリーナが愛人セリョージャを歌うアリアがチェロに引用されます。「セルゲイ」の愛称が「セリョージャ」なので。
・最後の作品となったヴィオラソナタには、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が引用されます。

 バルトークは、亡命先のアメリカで死の病の中で作った「管弦楽のための協奏曲」で、第3楽章「悲歌」に自作のオペラ「青髭公の城」から「涙の湖」の主題を引用するとともに、第4楽章「中断された間奏曲」に、直前にアメリカ初演されたショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」第1楽章の主題(侵攻の主題、これもレハール「メリー・ウィドウ」の引用)を嘲笑するように引用しています。体制を鼓舞するショスタコーヴィチを揶揄していると言われていますが、むしろこの曲のアメリカ初演権を争ったトスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーやセンセーショナルに取り扱ったアメリカ音楽界を揶揄したのでしょう。

 思いつくだけで、いろいろな引用がありますな。

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を...続きを読む

Q東京芸大音楽学部、桐朋学園大学のレベルは世界的に見るとどの程度でしょうか?

クラシック音楽演奏者の養成学校として有名なのはジュリアード音楽院、パリ国立高等音楽院、ウィーン国立音楽大学などが思い浮かびますが、それでは日本の東京芸大と桐朋のレベルについてはどれくらいになるでしょうか?この2校の卒業生は国際コンクールの入賞者を結構出しており、そこそこいくように思うのですが。

↓このランキングによると東京芸大は100位にも入っていないようですが、これは「舞台芸術」のランキングであり、今回の主旨(音楽)とは違います。
http://violinear.com/world-university-ranking-result/

Aベストアンサー

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝統音楽を専攻する邦楽科が、
美術学部には日本画科があります。
これらを専攻した人の活躍の場は主に日本に限られます。
この二つの例からだけでも比較するのが無理だということがわかります。

ネット上の情報を見るときは、注意しなければならないことがたくさんあります。
リンク先のホームページは、公的機関や研究団体のサイトではなく、個人が趣味で作成しているサイトです。
作成者のプロフィールには、楽器も弾けない、楽譜も読めない、とあります。
引用したランキングがどういうものかも調べていないようで、記事そのものの内容も誤解を招くものです。

このランキングを見ると、聞いたことのないインドネシアの大学が並んでいたりして、
不自然であることがすぐにわかります。
調べたところ、この企業のランキング調査の対象に音楽大学が含まれるようになったのは2016年。
リンク先のランキングはその年の結果で、まだデータが集まっていません。
今年のランキングを見ると、東京芸大ではなく東京大学が突然38位に入っており、
大阪大学が100位以内に入っています。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2017/performing-arts

このランキングについてはドイツでも「お粗末なデータに基づいている」として、
「das ranking ist kranking」という見出しで批判が書かれているサイトがあります。
「kranking」はダジャレで、「krank」は「病気」の意味ですが、
ミュンヘン音楽大学やザルツブルク・モーツァルテウムがこんなに評価が低いわけがないと論評しています。
http://blogs.nmz.de/wm2014/2016/04/01/musikhochschulen-im-vergleich-das-ranking-ist-kranking/

このランキングの選考基準は、卒業生が舞台芸術の世界で活躍しているかどうかとは全く関係がなく、
判断の基準になる評価指標は、以下の項目と評価配分です。

各国学者のビア・レビュー 40%
雇用者の評価 10%
学生一人あたりの教員比率 20%
教員一人当たりの論文引用数 20%
外国人教員比率 5%
留学生比率 5%
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#QS.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E5.AD.A6.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E3.82.B0

つまり、この調査は完全に「学究的見地」から行われているもので、
卒業生が音楽の世界で活躍しているか、コンクールで入賞しているかは反映されていません。
上位にイギリスの大学が多いのは、イギリスの企業の調査による偏りのようにも思えますが、
同時にアメリカの大学がたくさんランクインしていることを考えると、
論文の査読と引用が評価指標の60%を占めることから、
英語圏の大学の評価が必然的に高くなるということでしょう。
東京大学がランクインしているのも、文学部や哲学科の学生や教員が、
芸術関係の論文を英語で書いているから、という可能性が考えられます。
音楽大学の場合は、卒業演奏や卒業作品であり、論文というのは、音楽学専攻をのぞけばほとんど問題になりません。
このようなランキングを発表している機関はほかにもありますが、方法は似た様なもので、
「舞台芸術」で検索しても、上のランキングとは全く異なり、
オーストラリアのシドニー大学が1位表示されたり、なぜか「工科大学」がランクインしたりしてします。
ドイツに優れた音楽大学がたくさんあるにもかかわらず上位に入っていないのも、上のような理由からでしょう。

では実際はどうかというと、ここにもやはり国ごとの学制、価値観、伝統、社会的評価の違いがあり、
単純に比較することは不可能です。

一般によく言われますが、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単、
欧米の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい、ということがあります。
音楽大学も例外ではなく、東京芸大や桐朋学園の入試はレベルが非常に高いです。
ヨーロッパは、国と大学によって違うとは思いますが、日本ほどではなく、
入学後の学生全体の技術レベルという観点から言えば、
日本の音大生のレベルの方がむしろ高いかもしれません。
そして、芸大や桐朋で学んだだけでも、国際コンクールで入賞したり、
ヨーロッパの名門オーケストラに採用されるだけの力をつけられたりする可能性は十分にあります。
ヨーロッパの音楽関係者の間でもこれらの音大の名前はよく知られており、
「芸大ならば」、という信頼は持たれています。
しかしその一方、日本の音大生、音楽家は、技術はあるが音楽性がない、という批判は数十年前からあり、
この点はいまだに十分克服できているとは言えません。
たとえば、前々回のショパンコンクールでは、日本人参加者は一人も本選に進めませんでした。
コンクール後の審査員講評では、「日本の参加者は、楽譜通りに弾くだけでなく、もっと音楽を感じて弾かなければならない」
と指摘されました。前回のショパンコンクールでも受賞者は出ていません。

ヨーロッパの音大で、学内のクラス発表会などを聞くと、
技術的には荒削りでも、音楽的で、一人ひとりが個性的な演奏をのびのびとやっています。
このような日本の音大生、音楽家の欠点の原因の一つは、教え方にあります。
ヨーロッパの大学などでは、技術や音楽表現について、具体的かつ論理的に、
どうしたらよいか、なぜそうなるか、を明確に説明できる教師がたくさんいます。
日本の場合、やや曖昧な精神論で済ますきらいがあります。
教師と学生の関係も、日本では上下関係になる傾向が伝統的にあります。
ヨーロッパの学生は、たとえやっていることが間違っていても、
自分はこう考えたからこうした、という主張をし、教師と議論をします。
日本からの留学生に対する教師の印象も、先生に言われたことはきちんとやるが、
それ以上のことをやろうとしない、という評判を聞くことがあります。
こういった点は、大学のレベルの問題ではなく、民族性や気質の違いに起因するものでしょう。

コンクールでの業績も、必ずしも評価の指標にはなりません。
先ほど挙げたショパン・コンクールなどは、「ショパンの演奏はこうあるべき」という権威の認める演奏スタイルがあり、
それからはずれた個性的な演奏をすると、技術的、音楽的に優れていても落とされます。
そういうこともあって、現在ショパン・コンクールはヨーロッパの学生の間では人気がなく、参加者も減っています。
アジア人の入賞者が増えるのは、アジアの音大のレベルが上がったというより、
参加者の比率が変わったことに原因があります。
すべてのコンクールが不当な評価を下しているとは言えませんが、
審査員の中の特に力を持つ人が、自分の弟子を入れるためにほかの参加者を落とすとか、
審査員の息子が優勝したのが問題になり、次の回から、審査員の家族、親族は参加できないという規約に変更された例もあります。
コンクールの裏事情については、信用できる話からデマに到るまでいろいろあります。
ヨーロッパの若者には、当然、審査基準の不透明なコンクールよりも、
実力で地道にキャリアを積む方がよいと考える人が多くなります。
むしろそういうやり方が本来の行き方で、コンクールが盛んになるのは現代になってからですが、
そういう伝統が残っているヨーロッパと違い、日本などはやはり経歴や受賞歴が重視される傾向があるので、
どうしてもやらざるを得ないという事情はあります。

あとは、個々の音大の特徴や長所、短所があります。
ジュリアードなどのアメリカの音大も、どちらかというと技術は優秀ですが、
ヨーロッパの本格的で伝統的な演奏法とは少し異なる部分があると思います。
しかしその一方、ジュリアードなどは、かつて名教師と言われる人がいて、
そういう教師を求めてやって来る生徒がいました。
ヨーロッパの音大生にしても、一つの大学で学んだあと、特定の教師にさらに習いたいということで、
その教師が在籍する大学に移ってさらに研鑽をつむのはごく普通の道です。
芸大、桐朋の卒業生でも、海外で活躍しているような人は、
さらに欧米の音大で勉強をつづけた人が大部分と思います。

欧米の一流音大の学生でもダメな人はたくさんいますよ。
結局のところ、個々の学生が、何を学びたいのかという明確な目標意識を持ち、
それに一番適した大学や教師を選び、自分で道を選ぶものであって、
大学全体のレベルや名前による格の違いという話題は、通俗的なものになりがちです。

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝...続きを読む

Qピアノの曲なんですが、 最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、 その後に結構激しい(?)

ピアノの曲なんですが、

最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、

その後に結構激しい(?)曲になります。

曲名、わかる方いますか……?

Aベストアンサー

クラシックカテゴリーだからクラシックなんですよね…?なんだろ

これかな?
https://youtu.be/rNrTNZcktSA

Q音楽で思いつくのは、ワルシャワ、ウイーン、ブダペストですが、 音楽の都パリとは何でしょうか?

音楽で思いつくのは、ワルシャワ、ウイーン、ブダペストですが、
音楽の都パリとは何でしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは!

たぶん、19世紀から20世紀にかけてのパリは、音楽でも魅了していたはずですね…。
当時は、サン=サーンスやフォーレなどがパリ音楽院で教鞭をとっていましたし。ドビュッシーやラヴェルが活躍していた19世紀から20世紀にかけてのパリは、新しい芸術が花開き、文学・演劇・絵画といったジャンルとの交流から産まれた音楽作品も多数ありました。そんなわけで、音楽の国際都市となったパリでは、異文化などが刺激しあって新しい音楽が生まれています。

それで、音楽の都パリと言われるようになったと、記憶しています。(^-^)

Qちゃーん ちゃーん ちゃーん ちゃんちゃん ちゃん ちゃん ちゃん ちゃん ちゃーん ちゃーんちゃー

ちゃーん ちゃーん ちゃーん ちゃんちゃん
ちゃん ちゃん ちゃん ちゃん ちゃーん

ちゃーんちゃーん ちゃららーん

ちゃーん ちゃ ちゃ ちゃ ちゃ ちゃーん ちゃーん


っていうクラシックが聞きたいんですけど曲名思い出せなくて汗

ほんとわかりにくくてすいません。

なんか柔らかい感じなんですけどサビの後少しテンポというか雰囲気が変わります

Aベストアンサー

パッヘベルのカノン

Qこの曲のタイトルを教えてください

曲の名前を教えてください
もしかしたら音階間違えてるかもしれません
うろ覚えです
ミ ミ ミ ファファ ファ レ ソ ファ ファミミ
ラ ラ シドレソ ソ
ド ミファ レドド

お願いします

Aベストアンサー

ヘンデルの歌劇「リナルド」よりアリア「私を泣かせてください」
https://www.youtube.com/watch?v=iPx_LydhlkY

Q世界最高のクラリネット奏者

趣味で、クラリネットを吹いています。

こんなことをいうと、笑われますが、
私は、ずっと以前に教わったクラリネットの先生が、世界最高のクラリネット奏者だと
思ってます。

あえて名前はあげませんが、茨城在住の室内楽にしかほとんど興味のない
クラリネット奏者です。

CDを聞いたら、世界でもこんなブラームスのソナタは、聞いたことはありません。
(No2しか、録音がありませんが)
それくらい素晴らしいクラリネット奏者です。

あと、Youtubeでシフリンのブラームスも、素晴らしいと思いました。
でもCDは若いときの録音のせいか、
あまり感動できなかった。

みなさんが、素晴らしい、世界でも最高のクラリネット奏者を教えてください。

もう中年で、感動することが少なくなってしまいましたf^_^;

どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

初めて、モーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴いたのが、ハインリヒ・ゴイザー、ドロルツ四重奏団のLPでした。
なんて良い音色だろう、と思いました。
その後、ザビーネ・マイヤーの演奏するモーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴く事が出来、2楽章は、息を飲む美しさでした。
アルフレート・プリンツ、ミュンヒンガー指揮、ウィ-ンフィルのモーツァルトの協奏曲のCDは、宝物です。

ご自分が習われた先生が、世界最高、と思われる、ということは、大変素晴らしい事だと思います。
そういう、音楽を通して、人と巡り合えるという事は、非常に大切な事だと思います。


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