今21歳なのですが、経験豊富な社会人の皆さんの質問です。
昔、ボクサーの畑山さんが言っていました。「人は勝たなければ意味がない。どんなに努力しても負けたら何も残らない。結果が全てだ。」みたいな事を。厳しい世界を生きてきた世界チャンプらしい言葉ですが、その通りだけどなんか認めたくないような。こういう風に思う僕が甘いのでしょうか。意見聞かせてください。

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A 回答 (14件中1~10件)

「人は勝たなければ意味がない。

どんなに努力しても負けたら何も残らない。結果が全てだ。」

確かにその通りだと思います。
ボクサーの世界では特に栄光の星は勝利者の上にしか輝きません。
勝利者だけが巨万の富を手にするのです。
しかし我々一般の世界で勝つとは一体何に対して勝つというのでしょうか。
その殆どが、自分に対して勝つことの連続ではないかと思います。
人は時としてとても弱い存在になります。
そんな時、あらゆる手段を使って甦ってくる。
それこそが自分に勝つと言うことではないでしょうか。

「人は自分に勝たなければ意味がない。どんなに努力しても自分に負けたら何も残らない。何時いかなる時も自分に勝ってきたという結果が生きていく自信に繋がることの全てだ。」

とでも言い換えてみたら如何でしょうか。
これも、当てはまる場合とそうでない場合があるとは思いますが。
どんな言葉でも、自分に都合良く当てはめる、これが健康に生きていくテクニックではないでしょうか。
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場所によると思いますが、畑山は少なくとも「結果が全て」の場所ですよね。

受験勉強どれだけやろうとセンターに落ちれば、プロセスがどうであれ皆「不合格」でしかありません。

会社においても、会社という利潤追求の組織だけで見れば結果が全てです。それは、使えないで努力のみの人間は、「お稽古事か?」とでも言いたくなるからです。でも、人間関係は、それだけでは成り立ちません。そこから言えば、「結果も大事だけど、プロセスも大事」になります。要は、バランスです。

例えば、ある結果が90%だったとしましょう。これで、元々の確率も80%であった場合は、ねぎらいの言葉の一つもあるかもしれません。でも、95%の確率があったものであれば、90%の結果では満足だとは言えません。極端なものであれば、「結果」「プロセス」のどちらかになるかもしれませんが、社会生活においては、二つのバランスが一番大事だと思います。
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こんにちは。


これは、何を基準にするか、言葉を替えると目的は何かで違うと思います。
もちろんメダルやトロフィーが目的なら結果が全てです。
自身の技術の向上が目的なら、結果は別に気にならないでしょう。メダルがあればなおいいということだと思います。
特定のライバルを倒したいのなら、メダルや順位という問題はどうでもいいわけです。

畠山氏は、目的がメダルであり、No.1であるという事だと思います。

それは畠山氏だけに適用できるのであって、ほかの人はほかの人なりの目的があるわけです。

分野によってそういう人が多いということはあるかもしれませんね。
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スポーツとかの世界では勝者と敗者いないとスポーツになりませんからね 笑


勝たないと意味ないでしょうね。(僕はそうし思ってないんですけど 苦笑)
冷静に見たら大の大人が球ころがして勝ったの負けたのと言うのもおかしいですけど 笑 スポーツの勝ち負けの感覚を一般社会に擦り込んで考えても
あんまし意味ないと思いますね。
(スポーツの感動とかドラマには学ぶべきことはたくさんありますけどね。)
戦うビジネスマンでも退職したら放心状態でポックリなんていったら
どこで勝ちなんだかわかんないですよね 
大金持ちになったところで、美味いもん喰いすぎて肝脂肪で一人寂しく死にたくないなんてのもイヤですもんね。
そこそこの生活で大勢の人に囲まれて、幸せに死ねるんだったら
俺は負けてもいいですよ。 爆
立って半畳、寝て一畳だったかな? 人の人生なんて勝ち負けよりも大事なこと
おもしろい事、そんなドラマたくさんあると思うけど ?? とはいいつつも
とりあえず勝てる時には美しく勝っておいたほうがいいけど 爆笑
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心構えの問題だと思います。


「勝っても負けても努力だけすればいい」という意識では勝つことはなかなかできません。
「何が何でも勝つ」という意識。そして「そのために努力」する事が大事だと思います。
「努力したんだからいいじゃん」という「負けたときの言い訳」を用意しないことは
自分を追いつめ、奮い立たせます。
だからこそ、僕は「結果が全て」という考え方を支持します。
「結果に向かって努力」したなら結果が悪くてもちゃんと得るものがあると思います。
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評価される場所がどこかによると思いますよ。


例えば会社であれば、利益を上げられなければ、とちゅうどんなに努力をしようと、あなたが身を削ろうと、給料は出せないのですよ。慈善事業じゃないんですから。

でもその努力しているあなたの姿を見て、素晴らしいと評価する人間もいると思います。それが恋愛に発展したり、友人関係に発展したり。そういうところでは、結果が全てではないですよね。

畑山さんのような厳しい世界にいる人たちは、まさに結果が全て。ブラジルのプロレスのように、勝てなければ生活できないというようなギリギリの状況がベースにあるスポーツでもありますしね。職にあぶれても食い詰めることのないシステムにいる私たちにはわかりにくいことかもしれませんが・・・。

ある場所に置いて結果は大事です。でもその指標をどこに置くかはあなた次第。低い場所におくも、高い場所におくも、それはあなたの個性だと思いますよ。
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でも努力しなければ結果は出せないのですよね。

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プロセスというのは評価が難しいのですね。


どこまでを、プロセスとして見るかと言うことも有る。
例えば、
オペは、素晴らしいテクニックで進行したが、
患者の身体が、このオペに耐えられず死亡した。
「患者の選び方が悪かった。元気な患者のオペなら良かった」というケース。

苦労しようと、楽にであろうと、
クライアントが喜んでくれる水準のモノが
でき上がれば良いという世界。
もし、できなければ、
「プロセスは良かったのだが……」と言いつつ
自分を含めて家族が飢え死にするか、乞食になる。

「君、イカンのだよ!スタンド・プレーはやめたまえ!
……仕事というものは、民間人でもあるまいし、
そんなにガツガツやってもらっては困るんだ、君のおかげで
端が迷惑する」
という、ありがちなケース。


「この件の結論はどうなってるの?」と、社長が訊いた。
新入社員がこれに応えて言った「社長、KT大学は、
結論を出さないのが伝統なのです」

もしかして、プロセス重視の人は、KT大学で一生くらす
のが良いかもしれませんネ。私を含めて。
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こと仕事に関しては、結果が全てです。


「がんばったから・・」「精一杯やったから・・」なんてのはただの良いわけです、がんばれば良いだけなら誰でもがんばります。

畑山や、浪速のジョーのようにスポーツその他の世界で凡人にまねできないほどめちゃくちゃにがんばったやつに限って「結果がすべてだ」と言い、「こんなにがんばったから・・結果が全てじゃない」と言う人に限ってがんばれてないことが多い。
結果を出せるやつは、がんばって結果を出すことのしんどさを知っています。

会社は仕事しにいく所なので会社側からしてみれば「がんばって10」のやつと「がんばらなくても10」のやつじゃ当然後者でしょう。「がんばらなくても10」のやつはがんばれば20できるのだから・・。仕事にプロセスや努力なんて関係無いです。
少なくとも他の人より努力してる人は「俺は努力してる」なんて言わないし、思ってもいないです。努力なんて当たり前、誰でもしてることなのだから。

boxer-kさんの言うように仕事以外では人生結果が全てだとは思いません。
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他の方が答えている通り私も結果が全てとは思いません。


畑山さんの場合、ボクサーにおいてのことを言っているように思います。全てにおいて結果が全てということはいえないように思います。どんな大罪を犯してでも、どんな卑怯な手を使ってでも、結果を残せればいいと思えるでしょうか? 確かに結果をださなければ意味がないことはあります。でもそれまでの過程もとても大切だと思います。
例え失敗しても、努力して自分の信念を通せば、おのずと
結果もでてくると思います。要は自分を信じることです。
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