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このグローバルな時代に武器で人や物を壊し殺すという様な野蛮な行為が行われるなんて

信じられません。兄弟喧嘩で殺し合うようなものです。もうそんな破壊の時代はやめて

戦争自体を国連で禁止し起こしたものは国連軍が徹底的に取り締まる様にならないものでしょうか?

大国も国連に従ってもらわないと 国連の理想が大国の我侭によって台無しになっています

核兵器禁止条約が可決されたのだからアメリカもロシアも北朝鮮も核開発をやめて

核兵器を解体すればいいと思います。核戦争など起きたらたまったものではありません。

人殺しが正当化されるなんてあってはならない事です。日本国憲法を持つ日本だからこそ

戦争禁止法を提案し可決してもらいたいと思いますが どうでしょうか?

A 回答 (39件中21~30件)

第二次世界大戦の原因は、


実は『単純な戦争の禁止』なんです。


ですから、現在、国連は戦争を違法(国連憲章第二条第四項)とし、
破ったものには制裁を加える『集団的自衛権』という
考え方を取っています。

つまり、実は既に国際法上、部分的にですが
質問者さんのおっしゃる通りの体制なんです。




どうしてこうなったのか。
まずは、かつて何があったのかを確認しましょう。
第一次世界大戦のあと、世界は国際連盟を結成し、
『戦争の禁止』を規定しました。


この理念の下、軍縮が進められましたが、一方で
ヴェルサイユ条約で兵器の所有を禁止されたドイツは再軍備を行い、
ワシントン軍縮条約の後も各国は軍備を拡張していきました。

世界は条約違反の軍拡に対しても介入を行いませんでした。
やがて枢軸国は攻撃を受けたという口実で、
必要以上に反撃を行い、単独で占領地を増やしていきました。

この間、世界は止める行動を起こせませんでした。
戦争という行為そのものを悪とし、反対していたためです。

ですが、弱い国が虐げられているとき、無法な国家へ介入しないこと。
これは実は戦火をどんどん拡大してく行為であったのです。

結果として戦火の拡大は止まらず、
第二次世界大戦は二倍以上の犠牲者を出すこととなりました。




こういった経緯から単純な『戦争の禁止』が
戦争を招くことが明らかになったため、
その反省から、現在の国際連合は『戦争を違法』としつつも、
戦争を起こそうとする者に対してのみ連帯して反撃する
『集団的自衛権』の考え方を取るようになりました。
この発動の可能性があることから、大国は戦争を発動しないようになり、
世界大戦規模の戦争は起こらなくなっていったわけです。




質問者さんのアイデアと
現在の国際法の考えが違うところが『国連軍』の存在ですが、
集団的自衛権では1国あるいは1集団で戦争を起こせない、
というところが重要なのです。
もし、各国の軍事力を上回る常設国連軍を設置して
それが暴走したら止める手段が無いですよね。


集団的自衛権は、単純な制裁戦争ではなく、
お互いがけん制しあう、という状況を作り
より多重に安全弁をかけている状態なのです。
結果として第二次世界大戦以降の世界大戦はひとまず防がれています。


ただ、安全弁が多すぎては結局第二次世界大戦のように
無法な国の行為を見逃すことになってしまうわけですから
そのバランスを取るところが現代の平和への試金石ですね。
ここで単に戦争を忌み嫌い、目を背けるだけでは、
第二次世界大戦の二の舞になってしまうのですから。
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この回答へのお礼

Thank you

勉強になります。その様になっているのですね。

しかし国連軍は暴走しないようにシビリアンコントロールを利かし

飽くまで警察としての役割に徹するように意識付けます。

バランスも必要かもしれませんが 何より必要なのは戦争犠牲者を出さないために

全力を尽くすことです。今は無理ですが国連軍にも自衛隊と同じような意識付けをします

第一次、第二次大戦で もう戦争はしたくないという国も多いと思います。

また教育から戦争はしてはいけないと言う平和教育をしていかなければなりません。

我々も平和教育を受けた事になっていますが 自衛隊が違法なので実際には当たり障りなく

平和憲法教育などほとんどなされていません。

お礼日時:2017/07/16 14:17

No.14です。



「もし内戦発生時に国連軍が割って入れば中立の立場が入るのですから」
⇒そうですね。

米国・西欧対ロシア・中国の構図です。

どちらが悪いかの違いは、私とharu27さんの違いでもあり、構図は同じですね。

つまり、国連軍が統一されることはないのです。
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この回答へのお礼

ありがとう

私は米国や西欧より中国やロシアの方が良いと言ってる訳じゃありません。

米国にべったりになっているのでアメリカの良くない部分を見ないようにしていると言いたのです。

それでは世界を考えた平和は実現しません。お互いに自分の欠点を認めなければならないのです

中国も変わるでしょう。アメリカも変わりました。日本もいい方向に変わらなければなりません。

国連軍は今はバラバラでも何時かは協力しなければならないはずです。と思うのです。

お礼日時:2017/07/16 13:55

あなたが世界を変えない限り、私が諦めていると言われることと何も変わりませんが。

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この回答へのお礼

ありがとう

お互い励まし合って頑張りましょう。僕一人の力ではそうそう変わりませんよ。

お礼日時:2017/07/15 20:53

厳罰ってのは、例えば死刑とかですかね。


超絶権力、絶対正義、なにかありがちな原理主義者のようですね。
当然、武装集団や戦争を起こした国家と、国連軍との戦争になりますね。彼らにとっては、黙って罰を受け入れる筋合いは無いですから。そうすると戦争を禁止している国連は例外的に正義の制裁と言う名の戦争をするわけですよね。当然民間人にも被害が出ますよね。戦争で勝てなければテロに訴える者も増えますね。
なんでそんなに短絡思考なのか。

言いたいことを聞いてもらえないのでテロが起こる。
言いたいことが通らないので争いが起こる。
違うもの同士が理解し合うとか、尊重し合うと言う方向に持っていくのが正義ですね。
正義についての世界統一見解を出すのは正義では無いと思います。寛容と受容の精神で乗り切りたいですね。その為には情報が開かれており人々がいつでもそれを知ることが出来なければなりません。この時代にはそれが可能になりつつありますね。
チャンスでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとう

寛容と受容の精神で上手く行くならそれに越したことはないです。

戦争が起きる前に世界に向かって戦争を起こさない様な考え方、思想を宣伝する必要があります

厳罰というのは死刑ではありません 服役くらいでしょう。

戦争をすれば何れ世界中の非難を浴びて罰せられるという事を宣言しなければなりません。

情報を公開することが当たり前にならなければなりませんね

世界の力が国連に集まって 戦争の抑止力、警察力となる必要がありますね。

お礼日時:2017/07/15 21:03

お礼ありがとうございます。


第2次世界大戦の前は、国際連盟というものがあったわけですが、こちらは、当初の常任理事国はイギリス、フランス、大日本帝国、イタリア王国(後にドイツ、ソ連も常任理事国になっています)でした。
国際連盟には、アメリカは加入していません。(モンロー主義により、国際紛争に関わらない事にしていたからです)
国際連盟は、第2次世界大戦の阻止は出来ませんでした。
つまり、国際的な平和機構があっても、それが適切に運営されなければ、何の意味もありません。
国連が、常任理事国に何か言っても、常任理事国は無視するか、脱退すれば良いだけです。
日本が、アメリカに何か言っても、アメリカが聞く必要はありませんし、言葉で済む話ならば、はなから戦争はおきません。
基本的には、アメリカだって、理由が無ければ戦争は起こさないでしょう?
紛争が問題なのであって、当事国自身が問題なわけじゃないですよ。
戦争を無くすには、紛争を無くすか、紛争を武力衝突以外で解決する方法をとらなければいけません。
その方法を考えるのが難しいと言う事です。
大体、日本の敵国条項が撤廃されていない以上、日本がアメリカと組まないで自由な発言は出来ないんですよ。
敵国条項により、日本国は、大日本帝国が連合国に対して行った降伏条件に違反する行動を行った場合は、連合国は自由に制裁を与える事が出来るんです。
具体的には、日本と交戦していた52か国は、この条項を適用できます。(中華人民共和国については、国が交戦時に成立していないので、あくまで中華民国とする見解がありますが、常任理事国を中華民国から継承したので、これが適用できると中華人民共和国は考えています)
ちなみに、イラクも日本に宣戦布告していますから、IISが旧イラクの権利を保持しているとすると、日本にテロのような制裁を行っても、国連憲章違反では無いので、国連はこれを理由にIISに制裁を加えられません。(テロ行為自体が、国連憲章違反なので、こちらでは制裁可能とは思います)
アメリカがそんな事をするとは思いませんが、この敵国条項により、アメリカの意向に反する行動を行った場合は、アメリカは日本の占領を再開できます。(日米安保条約がある以上、これがなされる事は無いですけどね)
そんな国連に何を期待できるんですか?(国連加盟国は、国連憲章を批准して加盟していますから、これを認めています)
この、敵国条項は、国連決議によって、廃止が決まっていますが、安保理常任理事国5ヶ国を含む、国連加盟国の2/3以上の批准が必要ですが、今だに廃止されていません。(多分、将来的にも不可能でしょう)
これだけ、がんじがらめの国連が、自由な採決を確実に実行できるとは思えないですよ。
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そちろん、それでいいと思います。



でも、国連に加盟している国には、戦争をなくそうとしない考えもあり、国連が統一見解を出せません。
シリア、イラクでのIS問題一つでも、統一見解を出せませんね。
ですから、実現できないでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとう

シリアの場合も国王側にロシアが、反政府側にアメリカが付くから戦争が大きくなるので

その上アメリカが中東で滅茶苦茶やってるのでISまで出来てしまって

もし内戦発生時に国連軍が割って入れば中立の立場が入るのですから

あんな大きな戦争にはならなかったはずです。

戦争をなくそうとしないなんて 困ったものです。

お礼日時:2017/07/15 19:38

戦争自体を国連で禁止し起こしたものは国連軍が徹底的に


取り締まる様にならないものでしょうか?
   ↑
ハイ、なりません。
なぜなら、戦争大好き国家、米国が真っ先に
反対するからです。
ロシアも中国も反対するでしょう。
彼らは、戦争で得していますので、反対するわけです。

国連の規則を変えて、強引にやれば
米国、ロシア、中国などは国連から脱退しますよ。




日本国憲法を持つ日本だからこそ
戦争禁止法を提案し可決してもらいたいと思いますが どうでしょうか?
  ↑
9条で縛られた、軍事小国日本が提案しても
可決しません。
軍事大国、米国が提案すれば可決するかもしれません。
理由は説明するまでもないでしょう。

軍事力を持たない国には、発言権など無いからです。
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この回答へのお礼

しかし核兵器禁止条約は可決されたではありませんか

少なくとも大国が賛成しなくても多数決で戦争禁止条約を可決してしまうことです

そうすればアメリカやロシアには大義名分がなくなります。

もう戦争などしてはいけない という戦争体験者たちの声を無にする事は出来ません。

軍事力のない国は発言権がないなんて どれだけ野蛮な集まりですか。

お礼日時:2017/07/15 17:35

それを行うには特定の国だけが拒否権と言う権利を持っている安全保障理事会の常任理事国と言う制度を廃止する事が先決。


国連軍と言っても国連が独自の軍隊を持っている訳ではありませんから、そこには必ず国の利害関係が影響する。
それに国連の元々の成り立ちを考えれば絵に描いた餅にしか為りません。
日本国憲法って九条を指しているのかな?
日米安保条約でアメリカの傘の下に居る事で成り立っているだけで、日本の自立を抑えている条項であり、アメリカが離れれば
単なる自滅条項でしか有りませんが。
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この回答へのお礼

うーん・・・

アメリカの奴隷じゃないんだから 物申してもいいではありませんか。

日米安保闘争で日本人は何も出来ないプライドのない国になってしまった

日本人にはもう哲学もないのか?思想もないのか?自信も自由もないのか?

惨めだ。

お礼日時:2017/07/15 16:34

>日本とアメリカの戦争も国連が力を持って仲裁してくれていれば



はぁ?何言ってんの?
国際連合ができたのは第二次世界大戦後だけど。そんなことも知らないの?
もし国際連盟のことを言っているのなら、日米開戦の前がどんな状況だったか調べましょうね。
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この回答へのお礼

もし日本とアメリカの戦争の時に国連があればという話です。

もっと世界が国連を重視してくれば 世界はもっともっと良くなる。

お礼日時:2017/07/15 16:27

誤解の無いように念をおしておきますと、あなたの考え方に同意します。



私も戦争紛争が憎いし、人殺しが兵器を造ってぼろ儲けしてる現状を肯定してるわけではありません。

ただ、現在の政治と経済の絡み等、現状を見るにつけ、絶望しか感じません。

大企業が兵器産業に加担してる現状を止める法律でもできたらいいのにとか、思ったこともありますが、ヤツラが作り出した仕組みはかなり強固です。

経済格差も国家間の関係も、あらゆる国際問題が絡みます。

絶望してますが、理想を捨てたくないのが本音でもあります。
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この回答へのお礼

Thank you

そうですよ 絶望して理想を捨てたら後は世界は悪化してゆくばかりです

北朝鮮もアメリカもおかしいです。何が起こるかわかりません

日本の政府が北朝鮮と中国とアメリカを取り持ってくれればいいのにと思います

トランプ氏はロシアや北朝鮮と契約を結んで手柄を上げたいのではないでしょうか

今がピンチですがチャンスかもしれません。世界が不安定な時に国連を見直すのです。

お礼日時:2017/07/15 16:24

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以下質問です。
哲学では、何が正解なのですか?
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Aベストアンサー

科学哲学が参考になります。https://oshiete.goo.ne.jp/qa/53553.html左記質問のno.2による科学と哲学の違いが良い説明。
 no.2
 「科学哲学」をどういう意味で仰ってるのか、ちと見当が付き
 ませんが、科学が哲学の一分野であるという認識を持っていら
 っしゃるのなら、さほど難しい話ではないと思います。

 テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べてみると、
 (0)観察をする。
 (1)仮説を立てる。
 (2)仮説から演繹される予想を立てる。
 (3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。
 (4)予想を実験で検証する。繰り返し実験を行って再現性を確か
   める。
 (5a) 実験が予想に反するなら仮説を棄却する。あるいは
 (5b) 実験が予想に良く合うなら、ひょっとしたら仮説は正しい
   のかもしれない。
 ということですが、(0)(1)(2)(3)までで終わればまだ「科学」の
 体をなしていない。
 (0)(1)(2)(3)(4)まででもまだ中途半端。
 (0)(1)(2)(4)(5b)というのは、しばしば勘違いの誤謬を含む。
 (0)(1)(2)(3)(4)(5a)となれば、これは立派な「科学」で、失敗報
 告という論文が書けます。既にある理論に対立する理論を構築
 し、検証したが否定された。これは重要な価値を持っている。
 (0)(1)(2)(3)(4)(5b)の場合、形而上学的に(1)を認めちゃうという
 短絡をやらかすと「科学」ではなくなるし、哲学としてもお遊
 びレベル。この場合(1)は「一応の仮説」として提言されるべき
 で、何度も(2)~(5b)のサイクルを回った上でようやく「一応最
 もらしい学説」に昇格する。でも反例が一つ出たら瓦解します
 。だから、哲学としては(0)を追加するなり、(1)を精密化するな
 り、(2)のバリエーションを作るなりして一層深い研究を進める
 べきです。
 かくて、(0)(1)(2)(3)ぐらいのレベルをいろいろ検討して(手間と
 コストを掛けて実験してみる価値のある)良い仮説を構築すると
 ころまでは間違いなく哲学で、ことに(5a)(5b)の次のサイクルを
 方向付ける、(0)(1)(2)(3)こそ哲学の仕事です。その指針として(
 検証不可能であるところの)形而上学があったって、それは構わ
 ない。どの仮説から手を付けようかサイコロ振って決めるというの
 よりも、人間の洞察力を信じたいですね。(しかし何度か旨く行
 った形而上学が、だからといって信仰に化けてしまうのは感心いた
 しません。)

まとめ。科学は哲学の一分野である。テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べる。
(0)観察をする。
(1)仮説を立てる。
(2)仮説から演繹される予想を立てる。
(3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。
(4)予想を実験で検証する。繰り返し実験を行って再現性を確か
  める。
(5a) 実験が予想に反するなら仮説を棄却する。あるいは
(5b) 実験が予想に良く合うなら、ひょっとしたら仮説は正しい
  のかもしれない。
科学は(0)(1)(2)(3)(4)(5a)と(0)(1)(2)(3)(4)(5b)をたくさん集める。(5a)のとき失敗報告という論文が書ける。既にある理論に対立する理論を構築し検証したが否定された。これは重要な価値を持っている。(5b)のとき、類似したたくさんの(5a)とあわせて科学。でも反例が一つ出たら瓦解する。
哲学は(0)(1)(2)(3)ぐらいのレベルをいろいろ検討して(手間とコストを掛けて実験してみる価値のある)良い仮説を構築するところまで。次のサイクルを方向付ける。指針として検証不可能である部分を持つ。

リンク先の質問とno.1~no.83を読んでみると、哲学で意見が対立する場合、範囲の設定、現象の特定、現象の呼び名、現象から推測される予測が異なってくるのだと思う。予測が否定されると、自身の信条が否定されたと強く感じてしまうと、自身の予測に矛盾があるのが自身で認められなかったり、自身の予測の反例となる現象が認められなかったりする。範囲の設定、現象の特定、現象の呼び名が同意できなくなる。論争になる。正解が見つからない感じになる。

声が大きい(多い)方が正解というのは誤り。リンク先のno.2の説明が良い説明だというのはno.20の直感。どうして良いのかは説明できない。✕百家繚乱〇百花繚乱。

科学哲学が参考になります。https://oshiete.goo.ne.jp/qa/53553.html左記質問のno.2による科学と哲学の違いが良い説明。
 no.2
 「科学哲学」をどういう意味で仰ってるのか、ちと見当が付き
 ませんが、科学が哲学の一分野であるという認識を持っていら
 っしゃるのなら、さほど難しい話ではないと思います。

 テーマが何であれ科学のプロセスを簡単に並べてみると、
 (0)観察をする。
 (1)仮説を立てる。
 (2)仮説から演繹される予想を立てる。
 (3)予想が既知の事実と矛盾しないか先ずチェックする。...続きを読む

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  ↑
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あると思います。
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科学は測って仮説を立てて実験して証明するだけです
   ↑
性質ってなんですか?
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人間とは何か?という問いはあまり問いません。
  ↑
そんなことはありません。
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人間が他の動物とどこが違うのか、という点なども
科学は答えてくれます。



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   ↑
それは科学と一致します。
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人間もその例外ではありません。
遺伝子研究などもそれを示しています。

何のために存在するのか、という部分に
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Aベストアンサー

(No13,16の誤字訂正です)

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お礼ありがとうございます。

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世界観という反証不能なものに、科学でいどめるというのは、そのような認知の歪みのもとでしか行なわれないでしょう。

(削除機能か編集機能がなく、タイプの苦手な自分にはお手上げ状態です、、どうもすみません)

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《特報》「人間によって観測」されるまでは「この世の現実は存在しない」ことを、オーストラリアの量子学研究チームが実験で確認

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http://oka-jp.seesaa.net/article/420222661.html
画像には複雑そうな機器が見えますが、人間、あるいは認識が、この実験にどのように関わっていたのかご存知の方おられましたら、お願いします。
どんな実験だったのか?
興味が尽きません。

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、観測者が見るまで不確定と言うのも、おかしいような気がしますよね?
ただし、記録内容は、観測者が見るまで、誰も見ていないわけです。
そういう意味では、それが、確定した記録と信ずる証拠も無い事になります。
もちろん、マクロの範囲ではそういう事はありませんし、一般的に記録媒体の記録が、見るまで不確定と考える人もいません。
量子力学が、「因果性」、「局在性」、「実在性」に対して、確率的な法則しか与えられない以上、理論が述べられるのは、そのような事でしか無いと言う事です。
今、仮に、観測者自身も、量子力学の範囲の観測系として、その不確定性の影響を受けるとすると、観測者自身も一定の確率で、その収束結果を見る存在として、存在すると考える事も可能になります。
そうならば、未来にAと言う結果と、Bと言う結果を見る観測者は、観測するまでに、同等の確率で存在しえた事になります。
そう考えれば、観測の直前までは、観測者自身も未来の可能性において、確率的存在だと言える事になります。
もちろん、その事によって、観測者自身が変わるわけではなく、その未来の可能性が不確定なだけです。
これが、いわゆる量子力学の「多世界解釈」という解釈の方法です。
多世界と言う言葉は、同時に複数の世界があると言う意味ではありません。
未来の分岐可能な世界が複数存在すると言う意味であり、SFなどのパラレルワールドと言う意味では無い事に注意してください。
観測者は、量子力学の実験において、波動関数が示す確率によって、違う観測結果を見る可能性を持つ存在として、観測前は存在していると言う事です。
そして、観測によって、ある観測結果を見る存在として、収束すると言う事です。
これは、ある可能性が捨て去られたと言う事ですから、ある意味、観測者自身も、その結果の影響を受けていると言えなくもないです。
ただ、これは、実験がある確率で測定結果を与える不確定性を持っていると言う事だけであり、未来は不確定と言うのは、ある意味、当たり前の事です。
表れない未来として、違う観測結果の未来は存在しえたが、観測によってそれが収束したと言う事は、観測するまで、未来が確定しない事は言えますが、人間が観測するまで、物理的存在が、存在しないと言う事まで言及しているとは言えないと思います。

お礼ありがとうございます。
量子力学における観測問題については、どこまでが、観測装置としての系に入るかは、物理学者の間でも、かなり議論されている内容でしょう。
実験結果としては、最後の選択(と思われる行為)が、波動関数の収束をおこしていると言う事は確かなわけですが、どこまでが、観測装置なのかと言われれば、確かに難しい問題です。
結果を見た、観測者まで含めれば、観測者が結果を見るまで、波動関数の収束は起きていないと言う事も言えなくはないです。
ただし、記録装置の記録内容自体が、...続きを読む

Q善悪の判断基準

私は、このような人間とか社会の基本的なことを、過去の哲人たちの思索を
手掛かりに、一般大衆がよくよく考えるべきであると思います。
もはや、我々一般大衆が、力を持っていることを自覚するようになった、そ
ういう時代になったと思うからです。

現代人にとっての「善悪」は、絶対的なものが存在するわけでなく、移り変
わる状況の中で、その都度おこってくる問題との関連で、一人一人がどう生
きるのが最も善の生き方であるかを選択する以外にないという「状況倫理」
の考え方でとらえているのが多数派であろうと思います。

しかし、私はこの「状況倫理」という考え方は、信念を持とうとして持てな
かった結果であり、一種の諦めであるように思えます。

その結果として、地に足のつかない、軽薄で自己中心の社会になり、相互不信
と断絶の状況になっているのではないでしょうか?

今から思えば、倫理・道徳感の残っていた「昭和」と、昭和生まれの人間もそ
れを捨てつつある「平成」とを比べてみれば、歴然たるものがあると思います。

さて、絶対的な「善悪」というものは何なのかという「観念論」とともに、善悪
の基準を持つべきなのか、また、いかなる基準を持つべきかという「現実論」に
ついて、ご意見をお聞きしたい。

私は、このような人間とか社会の基本的なことを、過去の哲人たちの思索を
手掛かりに、一般大衆がよくよく考えるべきであると思います。
もはや、我々一般大衆が、力を持っていることを自覚するようになった、そ
ういう時代になったと思うからです。

現代人にとっての「善悪」は、絶対的なものが存在するわけでなく、移り変
わる状況の中で、その都度おこってくる問題との関連で、一人一人がどう生
きるのが最も善の生き方であるかを選択する以外にないという「状況倫理」
の考え方でとらえているのが多...続きを読む

Aベストアンサー

>また、いかなる基準を持つべきか

お礼欄を拝読すると、これはもう結論が出ていますね。責任を持つこと。可能な限り長期的な視野で。
無責任、場当たり的責任の取り方は、「悪」ということになりそうです。
平成の様々な失敗を前にすると、そう言わざるを得ないでしょう。
責任を取ることを前提に、それぞれが多角的に議論を戦わせられるようになると、次の世代はうまくいくかもしれません。


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