2016年11月30日、サントリーホールでのシャルル・デュトワ名誉音楽監督指揮のNHK交響楽団定期公演のコンサートマスターは誰だったでしょうか? 始めて見る外国人のようでしたが、詳しい方教えてください

質問者からの補足コメント

  • 名前だけでなく、所属やポスト等、いろいろお願いします

      補足日時:2017/07/16 17:21

A 回答 (3件)

ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター、ダンカン・リデル(Duncun Riddell)がゲスト・コンサートマスターとして客演しました。


2011,2012年にも客演しており、今回が3回目です。
父親が音楽教師、母親がアマチュアのヴァイオリニストという音楽的な家庭に生まれました。
若いころには、EUユース・オーケストラに参加、
その後、ロンドン・フィル、ボーンマス交響楽団のコンサートマスターを歴任し、
現在はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めています。
本人の記憶に特に残っているコンサートは、
ロンドン・フィル時代のクラウス・テンシュテットの最後の演奏会、
ゲオルク・ショルティの最後のレコーディングとなった、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の公演、
ロイヤル・フィルへ移ってからのシャルル・デュトワとのベルリオーズの『幻想交響曲』などだそうです。
詳しい経歴はあまり出ていないようですが、探してみて下さい。

http://blog.goo.ne.jp/tafelmusik/e/82f5959b55afa …

https://royalphilharmonicorchestra.wordpress.com …
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この回答へのお礼

ありがとう

とても詳しいお答えをありがとうございました。実は質問したあと、質問の演奏とほぼ同じ時期の井上道義指揮のN響のコンサートを見ていて、良く見ると同じコンサートマスターでちゃんと「ダンカン・リデル」と字幕が出ていました。良く見て質問すれば良かったです。しかしお陰で彼の生い立ちや経歴まで分かり、やはり質問した甲斐がありました。ありがとうございました。

お礼日時:2017/07/16 23:55

ライナー・キュッヒルさんはPMFで来日中のようですね。


https://www.pmf.or.jp/jp/artist/
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この回答へのお礼

さっそくお答えいただきありがとうございます。ただ、キュッヒルの名前と顔は私も知ってるつもりで、どうも彼ではないようだと思い質問させていただきましたしだいです。

お礼日時:2017/07/16 23:46

どうして公式すら調べないの?


https://www.nhkso.or.jp/about/orchestra_members. …

「ライナー・キュッヒル」ってそのままググれば、立派に日本語ウィキペディアまで用意されてましたよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4 …

この人じゃないというならごめんなさい。
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この回答へのお礼

さっそくお答えいただきありがとうございます。ただキュッヒルの名前と顔は私も知ってるつもりで、どうも彼ではないようだと思い質問させていただきました。

お礼日時:2017/07/16 23:44

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Q東京芸大音楽学部、桐朋学園大学のレベルは世界的に見るとどの程度でしょうか?

クラシック音楽演奏者の養成学校として有名なのはジュリアード音楽院、パリ国立高等音楽院、ウィーン国立音楽大学などが思い浮かびますが、それでは日本の東京芸大と桐朋のレベルについてはどれくらいになるでしょうか?この2校の卒業生は国際コンクールの入賞者を結構出しており、そこそこいくように思うのですが。

↓このランキングによると東京芸大は100位にも入っていないようですが、これは「舞台芸術」のランキングであり、今回の主旨(音楽)とは違います。
http://violinear.com/world-university-ranking-result/

Aベストアンサー

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝統音楽を専攻する邦楽科が、
美術学部には日本画科があります。
これらを専攻した人の活躍の場は主に日本に限られます。
この二つの例からだけでも比較するのが無理だということがわかります。

ネット上の情報を見るときは、注意しなければならないことがたくさんあります。
リンク先のホームページは、公的機関や研究団体のサイトではなく、個人が趣味で作成しているサイトです。
作成者のプロフィールには、楽器も弾けない、楽譜も読めない、とあります。
引用したランキングがどういうものかも調べていないようで、記事そのものの内容も誤解を招くものです。

このランキングを見ると、聞いたことのないインドネシアの大学が並んでいたりして、
不自然であることがすぐにわかります。
調べたところ、この企業のランキング調査の対象に音楽大学が含まれるようになったのは2016年。
リンク先のランキングはその年の結果で、まだデータが集まっていません。
今年のランキングを見ると、東京芸大ではなく東京大学が突然38位に入っており、
大阪大学が100位以内に入っています。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2017/performing-arts

このランキングについてはドイツでも「お粗末なデータに基づいている」として、
「das ranking ist kranking」という見出しで批判が書かれているサイトがあります。
「kranking」はダジャレで、「krank」は「病気」の意味ですが、
ミュンヘン音楽大学やザルツブルク・モーツァルテウムがこんなに評価が低いわけがないと論評しています。
http://blogs.nmz.de/wm2014/2016/04/01/musikhochschulen-im-vergleich-das-ranking-ist-kranking/

このランキングの選考基準は、卒業生が舞台芸術の世界で活躍しているかどうかとは全く関係がなく、
判断の基準になる評価指標は、以下の項目と評価配分です。

各国学者のビア・レビュー 40%
雇用者の評価 10%
学生一人あたりの教員比率 20%
教員一人当たりの論文引用数 20%
外国人教員比率 5%
留学生比率 5%
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#QS.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E5.AD.A6.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E3.82.B0

つまり、この調査は完全に「学究的見地」から行われているもので、
卒業生が音楽の世界で活躍しているか、コンクールで入賞しているかは反映されていません。
上位にイギリスの大学が多いのは、イギリスの企業の調査による偏りのようにも思えますが、
同時にアメリカの大学がたくさんランクインしていることを考えると、
論文の査読と引用が評価指標の60%を占めることから、
英語圏の大学の評価が必然的に高くなるということでしょう。
東京大学がランクインしているのも、文学部や哲学科の学生や教員が、
芸術関係の論文を英語で書いているから、という可能性が考えられます。
音楽大学の場合は、卒業演奏や卒業作品であり、論文というのは、音楽学専攻をのぞけばほとんど問題になりません。
このようなランキングを発表している機関はほかにもありますが、方法は似た様なもので、
「舞台芸術」で検索しても、上のランキングとは全く異なり、
オーストラリアのシドニー大学が1位表示されたり、なぜか「工科大学」がランクインしたりしてします。
ドイツに優れた音楽大学がたくさんあるにもかかわらず上位に入っていないのも、上のような理由からでしょう。

では実際はどうかというと、ここにもやはり国ごとの学制、価値観、伝統、社会的評価の違いがあり、
単純に比較することは不可能です。

一般によく言われますが、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単、
欧米の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい、ということがあります。
音楽大学も例外ではなく、東京芸大や桐朋学園の入試はレベルが非常に高いです。
ヨーロッパは、国と大学によって違うとは思いますが、日本ほどではなく、
入学後の学生全体の技術レベルという観点から言えば、
日本の音大生のレベルの方がむしろ高いかもしれません。
そして、芸大や桐朋で学んだだけでも、国際コンクールで入賞したり、
ヨーロッパの名門オーケストラに採用されるだけの力をつけられたりする可能性は十分にあります。
ヨーロッパの音楽関係者の間でもこれらの音大の名前はよく知られており、
「芸大ならば」、という信頼は持たれています。
しかしその一方、日本の音大生、音楽家は、技術はあるが音楽性がない、という批判は数十年前からあり、
この点はいまだに十分克服できているとは言えません。
たとえば、前々回のショパンコンクールでは、日本人参加者は一人も本選に進めませんでした。
コンクール後の審査員講評では、「日本の参加者は、楽譜通りに弾くだけでなく、もっと音楽を感じて弾かなければならない」
と指摘されました。前回のショパンコンクールでも受賞者は出ていません。

ヨーロッパの音大で、学内のクラス発表会などを聞くと、
技術的には荒削りでも、音楽的で、一人ひとりが個性的な演奏をのびのびとやっています。
このような日本の音大生、音楽家の欠点の原因の一つは、教え方にあります。
ヨーロッパの大学などでは、技術や音楽表現について、具体的かつ論理的に、
どうしたらよいか、なぜそうなるか、を明確に説明できる教師がたくさんいます。
日本の場合、やや曖昧な精神論で済ますきらいがあります。
教師と学生の関係も、日本では上下関係になる傾向が伝統的にあります。
ヨーロッパの学生は、たとえやっていることが間違っていても、
自分はこう考えたからこうした、という主張をし、教師と議論をします。
日本からの留学生に対する教師の印象も、先生に言われたことはきちんとやるが、
それ以上のことをやろうとしない、という評判を聞くことがあります。
こういった点は、大学のレベルの問題ではなく、民族性や気質の違いに起因するものでしょう。

コンクールでの業績も、必ずしも評価の指標にはなりません。
先ほど挙げたショパン・コンクールなどは、「ショパンの演奏はこうあるべき」という権威の認める演奏スタイルがあり、
それからはずれた個性的な演奏をすると、技術的、音楽的に優れていても落とされます。
そういうこともあって、現在ショパン・コンクールはヨーロッパの学生の間では人気がなく、参加者も減っています。
アジア人の入賞者が増えるのは、アジアの音大のレベルが上がったというより、
参加者の比率が変わったことに原因があります。
すべてのコンクールが不当な評価を下しているとは言えませんが、
審査員の中の特に力を持つ人が、自分の弟子を入れるためにほかの参加者を落とすとか、
審査員の息子が優勝したのが問題になり、次の回から、審査員の家族、親族は参加できないという規約に変更された例もあります。
コンクールの裏事情については、信用できる話からデマに到るまでいろいろあります。
ヨーロッパの若者には、当然、審査基準の不透明なコンクールよりも、
実力で地道にキャリアを積む方がよいと考える人が多くなります。
むしろそういうやり方が本来の行き方で、コンクールが盛んになるのは現代になってからですが、
そういう伝統が残っているヨーロッパと違い、日本などはやはり経歴や受賞歴が重視される傾向があるので、
どうしてもやらざるを得ないという事情はあります。

あとは、個々の音大の特徴や長所、短所があります。
ジュリアードなどのアメリカの音大も、どちらかというと技術は優秀ですが、
ヨーロッパの本格的で伝統的な演奏法とは少し異なる部分があると思います。
しかしその一方、ジュリアードなどは、かつて名教師と言われる人がいて、
そういう教師を求めてやって来る生徒がいました。
ヨーロッパの音大生にしても、一つの大学で学んだあと、特定の教師にさらに習いたいということで、
その教師が在籍する大学に移ってさらに研鑽をつむのはごく普通の道です。
芸大、桐朋の卒業生でも、海外で活躍しているような人は、
さらに欧米の音大で勉強をつづけた人が大部分と思います。

欧米の一流音大の学生でもダメな人はたくさんいますよ。
結局のところ、個々の学生が、何を学びたいのかという明確な目標意識を持ち、
それに一番適した大学や教師を選び、自分で道を選ぶものであって、
大学全体のレベルや名前による格の違いという話題は、通俗的なものになりがちです。

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝...続きを読む

Qピアノの曲なんですが、 最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、 その後に結構激しい(?)

ピアノの曲なんですが、

最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、

その後に結構激しい(?)曲になります。

曲名、わかる方いますか……?

Aベストアンサー

クラシックカテゴリーだからクラシックなんですよね…?なんだろ

これかな?
https://youtu.be/rNrTNZcktSA

Qフジコ・ヘミング について

最初にお断りしておきますが、これは、フジコ・ヘミングさんを誹謗するものではありません。 音楽家(芸術家)としての あり方についての 私見です。

先月、彼女のコンサートに行ってきました。 友人に誘われたのです。日本、L.A. NYC あたりだと $100 ぐらいするそうですが、安かったし、私の住んでいる州にくるので(それなら行こうかな。)と思ったしだいです。
個人的には彼女のこと、(素晴らしいピアニスト)とは思っていませんでした。ただ、日本ではかなり人気があること。 You Tube で、(魂のピアニスト、だとか、鳥肌が立ちました。)などという感想があったため、(どんな演奏かな?)と、聴きにいきました。

はっきり申し上げて、ひどかったです。 ミスタッチだらけ。 ベートーヴェン の Moonlight Sonata 第三楽章にいたっては、ミスタッチだけでなく、テンポもめちゃくちゃ。 おそらく、あの速さの曲はひけないのだろう、と思いました。十八番の ラ・カンパネラは 上手に弾いていらっしゃいました。 Chopin のノクターンも Interpretation はほとんどなく・・・・。

音楽に全く詳しくない友人も「やる気のなさ、がわかった。」と言いました。でも、彼女はミスタッチはわからなかったそうです。(多分、ピアノを弾かない人はそうかもしれません。) 聴衆(98%日本人)は スタンディング オベーションをしていましたが、私は失礼ながら”座ったまま”でした。 お歳もいかれているので 仕方が無い部分もあるかもしれません。人間ですから”気分がのらない時”もあるでしょう。 でも、プロでお金をとっているなら、それなりの演奏をするべきだと思います。 過去の彼女のインタビューに ミスタッチを指摘された際「人間ですもの、間違えるわよ。」とおっしゃったそうですが、プロならミスタッチを聴衆に分からないようにするべきだはないでしょうか。

あくまでも、私の私見ですが、日本で大人気の disability のピアニストも もし、彼が健常者だったらあれだけの人気がでただろうか、と思います。

スポーツ選手も芸術家も ピークというものがあります。 それを、著しく過ぎた方は潔くRetire するべきだと思います。 
音楽に造詣の深い方、フジコさんの演奏をどう 思われますか?
彼女の演奏は鳥肌が立つほど、素晴らしいですか?

 私の感性がおかしいのでしょうか?

私は、ラン・ランのコンサートでは鳥肌がたちました。

最初にお断りしておきますが、これは、フジコ・ヘミングさんを誹謗するものではありません。 音楽家(芸術家)としての あり方についての 私見です。

先月、彼女のコンサートに行ってきました。 友人に誘われたのです。日本、L.A. NYC あたりだと $100 ぐらいするそうですが、安かったし、私の住んでいる州にくるので(それなら行こうかな。)と思ったしだいです。
個人的には彼女のこと、(素晴らしいピアニスト)とは思っていませんでした。ただ、日本ではかなり人気があること。 You Tube で、(...続きを読む

Aベストアンサー

ホロヴィッツが初来日した際、「ひびの入った骨董」と酷評した故・吉田秀和氏。

もはや齢80歳、伝説的なピアニストを一目見よう(聴こう)と高額なチケットを求め期待に胸を膨らませて会場に足を運んだ聴衆たち。

ステージで弾いているのはまさしく本人。今までレコードやCDでしか聴いたことのない遠い存在の人が眼前に。

しかし、肝心な演奏は・・・ミスタッチだらけ・・・そこには確かにかつての世界的巨匠がいるのだが。

もはや骨董と化した伝説の名ピアニスト。

けれど、憧れの骨董品をやっとの思いで所有する喜び。残念ながらひびが入っている。価値は下がるがそれでも欲しい・・・

とにかく、生涯にあのホロヴィッツを生で聴けた・・・それが何より重要なのですね。

会場を後にした人たちは恐らく殆どがそんな思いを持ったのでは・・・?

で、フジコ・ヘミング。

勿論、第一級のピアニストでもなく、経歴等マスメディアにより持ち上げられた感が多分にあるようです。

ま、純粋なクラシックピアノ・ファンならば彼女の力量・レベル・知名度?を十分理解しているはずですので。

加齢によりテクニックの衰えを感じ自ら引退するか、それでもいいから熱望する聴衆の前に姿を現すか、

そのあたりは時のなりゆきに左右される場合があるのでしょう。案外、幾つになっても(出たがり?笑)かも。

ミスタッチだらけとしても、見てて(聴いてて)ホロヴィッツなどとは聴衆の受け取り方には明らかに違いがあります。

現に質問者さんもそう思われたのでは?

彼女に関して言えるのはこの位ですね・・・

ホロヴィッツが初来日した際、「ひびの入った骨董」と酷評した故・吉田秀和氏。

もはや齢80歳、伝説的なピアニストを一目見よう(聴こう)と高額なチケットを求め期待に胸を膨らませて会場に足を運んだ聴衆たち。

ステージで弾いているのはまさしく本人。今までレコードやCDでしか聴いたことのない遠い存在の人が眼前に。

しかし、肝心な演奏は・・・ミスタッチだらけ・・・そこには確かにかつての世界的巨匠がいるのだが。

もはや骨董と化した伝説の名ピアニスト。

けれど、憧れの骨董品をやっとの思い...続きを読む

Qオーケストラのリハーサル時間は?

オーケストラの定期公演やその他の練習というかリハーサルのの回数や時間はどれくらいでしょうか? また協奏曲の場合、ソリストはリハーサルにどれくらい一緒に参加するものですか? まさか本番ぶっつけではないと思いますが。教えてください

Aベストアンサー

オーケストラによっても、公演場所や形態によっても違うと思います。
全く新規の曲や初演の曲であれば2~3回の練習があるかもしれませんが、通常の「レパートリー曲」であれば、練習は1回程度、あとは当日本番ホールでステージリハーサル(配置や音響の確認も含めて)ぐらいではないでしょうか。
協奏曲のソリスト合わせも同じようなものかと思います。

地方公演や海外オーケストラの来日公演では、本番当日に軽いステージリハーサル程度だと思います。
特に来日オーケストラでは、同じプログラムで何回か公演がある場合には、「初回以外はぶっつけ本番」ということも多いようです。

海外のオペラハウスでは、「新公演」(プレミエ)以外は、毎日が「ぶっつけ本番」だそうです。

Qクラシック作曲家の作品の引用について

クラシック作曲家は他の作曲家、たとえばブルックナーが3番の交響曲でワーグナーを引用したり、またジョン・アダムズが『Absolute Jest』という作品でベートーヴェンの交響曲第7番を引用しています。
ショスタコーヴィチは15番の交響曲で、ロッシーニやワーグナーを引用する一方、自作品を引用したりもしているわけですが、

他作曲家を引用する場合と、自作品を引用する場合の違いについて教えて下さい。

Aベストアンサー

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を自由に引用して使っていますね。
・ピアノ協奏曲第1番の冒頭は、ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」の引用。「リスペクト」ととるべきか「パロディ」と考えるか。
・有名な交響曲第5番の第1楽章第2主題は、提示部では短調なので気づきませんが、再現部で長調になるとビゼー「カルメン」のハバネラの合唱にカルメンが乗せて歌うオブリガートの引用であることが分かります。
・いろいろな曲への自分のイニシャル(D-Es(=S)-C-H」の引用。スターリン死亡直後の交響曲第10番や弦楽四重奏曲第8番など。
・交響曲第11番「1905年」に、たくさんの革命歌を引用。体制へのすり寄りか、革命の原点へのオマージュか。(ショスタコーヴィチ自身は父親も含めて革命に共感していた)
・弦楽四重奏曲第14番は、弦楽四重奏曲を初演してきたベートーヴェン弦楽四重奏団の創設以来のチェロ奏者「セルゲイ・シリンスキー」に献呈され、自作のオペラ「マクベス夫人」からのカテリーナが愛人セリョージャを歌うアリアがチェロに引用されます。「セルゲイ」の愛称が「セリョージャ」なので。
・最後の作品となったヴィオラソナタには、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が引用されます。

 バルトークは、亡命先のアメリカで死の病の中で作った「管弦楽のための協奏曲」で、第3楽章「悲歌」に自作のオペラ「青髭公の城」から「涙の湖」の主題を引用するとともに、第4楽章「中断された間奏曲」に、直前にアメリカ初演されたショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」第1楽章の主題(侵攻の主題、これもレハール「メリー・ウィドウ」の引用)を嘲笑するように引用しています。体制を鼓舞するショスタコーヴィチを揶揄していると言われていますが、むしろこの曲のアメリカ初演権を争ったトスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーやセンセーショナルに取り扱ったアメリカ音楽界を揶揄したのでしょう。

 思いつくだけで、いろいろな引用がありますな。

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を...続きを読む

Q歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰って

歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰っている記事を見つけました。
藤村実穂子さんはオーディションで、君の歌は良かったけれど、ドイツ人を選ぶ。と言われたとか…。
よく、なんでもかんでも差別だと思いすぎだ、と言いますが、これは明らか差別ですよね?

オペラ目指して勉強(留学)してる人はこんなに大変なんですか?
実力があっても人種のせいでオペラに出られなかったり主役出来ないなんて、音大生の夢が無くなるような事実ですね……
黒人で活躍されている人もいますが白人ほどではないし、役も限定されるし、黄色人なら尚更…
外国人が歌舞伎しているようなものなのかもしれませんが…驚きです。

Aベストアンサー

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバレエでは黒人にはつらい環境ですね
かなり役がらが限られる。少なくともクラシックの主役は難しい。
比較的出身地が多様なABTでも
数年前にに初の黒人主席バレリーナというニュースが出たぐらいですから。
(男性なら他にもいたりしますが)
どうしてもクラシックではなく、現代ものなどの役が多いです。
ロマンティックな中世のヨーロッパ的古城に黒人のお姫様とか
白鳥というわけにはいかないのでしょう。
あと、体型もですね。筋肉や骨格がバレエの目指しているソレではないので。
もちろんコンテンポラリーという現在のバレエや、それをメインにした団体には
数は増えますが。伝統的な演目にはまず見ないです。
見た目をそろえるために身長制限で落とされることもある世界ですから。

でも、日本だってそれはあるでしょう

では白人が銀座に寿司屋を構えたらいろ物じゃなくて、どこまで実力を認めるのかなと。
「所詮日本の繊細な味の機微や、情緒は理解しないだろう」と思っている人も多いと思います
あるレベルまでは、日本の文化や料理に惚れこんでくれた外国人大好きという感じでしょうけど
自分たちの領域に踏みこんだり、仕事を取って替わるとなったときに
抵抗がない人も結構いるでしょうね。

一番日本の嫌だなと思うのは、相撲力士は外国からバンバン連れて来るわけですが
やはり外国人ばかりが活躍するより、日本人に活躍させたいという雰囲気がある。
人に寄っては差別ではない、同朋や同郷を応援するのは当然というだろう。
それは確かに致し方ないかもしれない

でもそれなのに一方で、イチローや本田は向こうで人気者になってほしい
自国選手と同様に扱われたい、とどこかで思っているだろうという報道や取りあげ方。
活躍した、声援を受けた、そんな話をニュースでちょいちょいやってますが
実際はいろいろと厳しいと思いますし
自国で相撲ファンがやっていることを考えてみろと思います。
なぜそれで能天気に外国にいった日本人が優しく受け入れられていると思うのか。
愛ちゃんが人気になると大喜びするけど
日本に来る外国人にはちょっと厳しいナーと思います。


ほかの競技でもそうでしょう。外国人を連れてきた選手と、日本人選手
差がわずかなら、自国選手を選ぶのでは。

もちろん劇場で使う、というのはその音楽家に経験を積ませ育てることにもなりますから
活動拠点を自国に置く可能性が高い歌手の育成という意味でも
差が圧倒的でなければ、自国の歌手が有利かもしれませんね。
外国人は終わったらどっか行っちゃうかもしれないし

日本でオペラやるときに日本人歌手よりちょっとうまいぐらいの韓国人が受けにきたら
自国の歌手を選ぶのでは。
見た目では大差ないですけど…。

あと地元だと集客力やスポンサーなども考えると
興業という意味では「強い」わけですから。
たとえクラシックだろうが興業はある意味ばくちです。
少しでも収益が確実に見込めるほうが強いんですよ

夢がなくなるというか、そんなことわかったうえで進んでいるでしょう。

あと楽器でもなんでもそうですが
点数のつくようなコンクール的な「お上手」な演奏は得意でも
個性とか、表現とかで殻を突き抜けられない、というのも日本の特徴かなとは思います。

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバ...続きを読む

Q佐村河内と音楽評論

先日、図書館から佐村河内守の交響曲第1番のCDを借りて来たところ解説に驚きました。
高名な音楽学者であっても作曲家の「背景ストーリー」に影響されてしまい、そのことによって音楽を語っているのですが、こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?
なるほど、音そのものには意味がないわけで、たとえば親しみのない外国語は音声としか感じられないし、意味もわかりません。
それにもかかわらず、多くの人達が音楽から意味を読み取ろうとするために、件の音楽学者のような失態を演じてしまうと思うのてすが。

曲の印象としては、3楽章の終わり頃になって突然マーラー的なアダージェットになって鼻白んだのですが、曲の出来としてはどうなのでしょう?

音楽は説明しないと理解できないか?そしてこの曲の評価の2点についてお聞きします。

Aベストアンサー

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E6%9A%81%E7%94%9F/dp/4121018168/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1496418078&sr=1-1&keywords=%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F


>こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?

「音楽CD」は、「芸術作品」ではなく「商業製品」ですから。売れれば売れるほど、解説の執筆者の収入も増えるのでしょう。執筆者は音楽業界と一心同体なのだと思います。
CDの解説は、学術論文ではなく、拡販PR文章の延長線上です。もっといろいろ聞いてみたくなる、同じ作曲家の他の曲のCD、同じ演奏家の他のCD、同じ曲の他の演奏家のCDも買いたくなるための。「セカンド・オピニオン」ではないですが、1つの解説を金科玉条にするのは危険です。

>曲の出来としてはどうなのでしょう?

この作品の評価はよく分かりません。例の「贋作」公表以降、誰も語らなくなってしまいました。それまで、さかんに涙を流していた人も。その意味でも、「音楽」として聞かれていたのではなく、「音楽の背景」を聞いていたのでしょうね。
私はNHKか何かで放映された実演を1回聞いただけなのであまり語る資格はありませんが、そのときには「マーラー」と「ショスタコーヴィチ」を折衷したような内容で、曲の内容はともかく、オーケストレーションは職人技だと思いました。(その意味で、佐村河内氏の経歴からは書けないレベルの筆致で、第三者の手が入っているなと思いました。新垣氏の筆であることに非常に納得しました)

そういう「〇〇もどき」の曲が現代に作られることにも意味や意義はあると思います。何が何でも「独創性」や「新奇性」がなければ意味がない、ということではないと思いますので。
1980年代以降のペンデレツキなんて、そんな感じですよね。

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E...続きを読む

Q世界最高のクラリネット奏者

趣味で、クラリネットを吹いています。

こんなことをいうと、笑われますが、
私は、ずっと以前に教わったクラリネットの先生が、世界最高のクラリネット奏者だと
思ってます。

あえて名前はあげませんが、茨城在住の室内楽にしかほとんど興味のない
クラリネット奏者です。

CDを聞いたら、世界でもこんなブラームスのソナタは、聞いたことはありません。
(No2しか、録音がありませんが)
それくらい素晴らしいクラリネット奏者です。

あと、Youtubeでシフリンのブラームスも、素晴らしいと思いました。
でもCDは若いときの録音のせいか、
あまり感動できなかった。

みなさんが、素晴らしい、世界でも最高のクラリネット奏者を教えてください。

もう中年で、感動することが少なくなってしまいましたf^_^;

どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

初めて、モーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴いたのが、ハインリヒ・ゴイザー、ドロルツ四重奏団のLPでした。
なんて良い音色だろう、と思いました。
その後、ザビーネ・マイヤーの演奏するモーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴く事が出来、2楽章は、息を飲む美しさでした。
アルフレート・プリンツ、ミュンヒンガー指揮、ウィ-ンフィルのモーツァルトの協奏曲のCDは、宝物です。

ご自分が習われた先生が、世界最高、と思われる、ということは、大変素晴らしい事だと思います。
そういう、音楽を通して、人と巡り合えるという事は、非常に大切な事だと思います。

Qダダダーンダダダーンダラダラーンダラダラダダーン分かりますか?花婿とはなよめが

ダダダーンダダダーンダラダラーンダラダラダダーン分かりますか?花婿とはなよめがいますね

Aベストアンサー

追加です。
一般に通用している「真夏の夜の夢」は、相当に編曲されていています。
もとは、オペラ曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=LXFdY7YdMA0
こちらのワーグナーの結婚行進曲も有名です。
http://www.youtube.com/watch?v=0rgmE0nTXDU

Q曲名と指揮者は誰?

お世話様です。下記の映像で5ʹ40ʺ頃にバルビローリがリハを行っている曲名はなんでしょうか?
また、1˚27ʹ頃に映っている指揮者は誰ですか?

お分かりになる方ご教示ください。

https://www.youtube.com/watch?v=LYnqU4AJvtA

Aベストアンサー

バルビローリが指揮しているのは、ブルックナー作曲「交響曲第7番」の第3楽章スケルツォですね。

1°24' あたりからは、フリッツ・ライナーですね。きちんとタイトルが出ます。そこから、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をヤシャ・ハイフェッツと、1°26' 30'' あたりからベートーヴェン作曲「交響曲第7番」第1楽章の冒頭です。


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