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モルモン教(徒)は、“日曜日は安息日として労働はしてはならない”と聞きます。
それでは、アメリカ大リーグの野球選手などの場合、日曜日のゲームはどうしているのですか?
教えを守って欠場するのですか?
それとも、教義には例外があるのですか?
モルモン教の教義は厳しいと聞いたので、教えてください。

A 回答 (3件)

どんな教義でも「例外」というものは存在します。



たとえばモルモン教徒と異教徒が戦争をしている場合、いくらモルモン教が「日曜は安息日」と言っても、異教徒は関係なく攻めてくるでしょう。その時に応戦しなければ、神様としても「自分のことを信仰してくれる人間が居なくなる」と言う事態になりますので「例外」というものがあるわけです。

もうひとつ、日本人には全くなじみが無い考え方なのですが「信仰は自分と神との約束」という考え方があります。
よく映画などで家族を殺された男が「おれは信仰を捨てた!」などと言いますが、これは「神が自分との約束を破った(自分はまじめに信仰していたのに家族を奪った)」という意思からくるわけです。

日本人にも信仰はありますが「神と自分との約束(契約)」という概念はないため、そのあたりが分かりにくいわけです。

もちろん、モルモン教徒ばかりの社会や国ならそもそも日曜日に試合をすることはないでしょう。安息日はユダヤ教にもあり、ユダヤ教の場合は土曜日ですが、イスラエルの土曜日は警官や消防士・病院や交通手段以外のほとんどは休んでいるわけです。

しかしアメリカではそうはいきません。そうなると各自が「自分はなぜモルモン教徒であり、そして○○選手なのか」ということを自問するわけです。
 私はその本人ではないので、実際にどうかは分かりませんが大体「神の采配によって私には○○の才能が与えられ、その才能で社会に貢献するのが『神から与えられた私の使命』なので、日曜日に仕事をしてもそれは『神の御心に叶う行為』であり『信仰の証』である」として自分を納得させることが多いようです。

つまり「自分が生まれたこと自体が神の意志」→「この才能を与えたのも神の意志」→「だからゲームが日曜でもその才能を発揮するのが神のご意思」ということです。

日本人はそもそも「自分が生まれたことが神の意思」なんて考えませんよね。だいたい、神様がおおすぎて「誰のどこの神の意思」によって生まれたかもわからないのが日本人で、一神教の神とは全く考え方が異なるわけです。
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彼のジャイアント馬場は熱心なモルモン教徒だったと聞きました。

レスラーに成る前に大怪我をして、生死の境目をさ迷った時に枕元で熱心にお祈りをしてくれたのがモルモン教徒だったそうです。それからは、アメリカで試合がある時は本部まで足を運んでいたという話も聞きました。

レスラーですから、日曜も試合をしていました。因みに同氏は葉巻の愛好者でした。モルモン教ではご法度のはず。

多くは自分の中で切り分けていると思います。
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確かに日曜日は安息日となっていますが、実際にその競技をどのくらい忠実に守るかどうかは個人の判断にまかされています。


プロの野球選手の場合、教義とは別にプロとしての契約がありますので、その契約で日曜日の試合に出ることを本人が了解している限り、日曜日でも試合に出ます。

オーストラリアのプロラグビー選手が、日曜日に試合がないという理由で別のラグビーチームに移ったという話もありますので、モルモン教徒でも判断は人によって違うということです。
http://www.deseretnews.com/article/865652908/Fol …
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